230. 客なんて居なかった
「ただいま」
「おかえり〜」
「ただいま、ナナ」
「2人ともちゃんと手を洗うのよ〜」
夜。
また誰かがやってきたと思ったらいつぞやの双子だ。
伊集院くん曰く、普段は全寮制の魔術高校に通っているけれど、夏休みを利用して遊びに来ていて泊まっているとの事。
それだけを聞けばごく普通なのだけれども……
「ククク……今日こそは貴様らの耳をもふもふしてやんよ……」
「うわキモ」
「木本さんまた怪我するよ?」
手をもきゅもきゅと気持ち悪い動作で持ち上げるキモタクに対し、双子が顔を引き攣らせながら後退りをする。
「ククク……ぬこ耳ショタと言ったら耳もふと相場は決まっているんだ……さあ大人しくもふらせろ!」
「木本さん、落ち着こう? 絵面が男と男ですよ? あと人のことショタ呼ばわりしてるけど、年齢そう変わらないですよ?」
「現実見ようよキモタクさん。お客さんとかも居るんですよ?」
「ぐはっ……!」
完全に白い目でキモタクを見つめるふたりに、こちらまで顔が引き攣って行くのを感じる。
「今更だけど、伊集院くんよく僕たちを招いたね?」
「俺身内がこんなんだったら恥ずかしくてダチ誘えねえわ」
「こいつらはともかく、アイツらは身内じゃないからな。恥をかくのは俺じゃない」
「……そういう問題?」
伊集院くんの謎の冷たさは健在だ。
ソラのツッコミに対しても顔色どころか眉ひとつ動かない。
「ククク、ぬこ耳ショタの癖に生意気な……
ぬこ耳には全世界のケモナーの夢が詰まっているのだよ!」
「Yeeeah, もふもふ is Justice!!」
「あ、エリアさんあっち陣営なんだ……」
峰さんめっちゃ反応に困ってるな。
「私のMottoは面白ければall OKだから」
「おばさんそれ保護者として恥ずかしくないの?」
「おばっ……!」
双子の片割れにそう突っ込まれるとエリアさんは胸を押えながら倒れ込む。
「ねえ、伊集院くん」
「なんだ」
「この家はいつもこの調子なの?」
「エレボスとアイテルが来てからは毎日こうだな」
そう言う彼の顔は少し疲れていた。
「……大変だね」
「察して貰えるのは有難い」
そう言うと伊集院くんは魔法で手元にノートパソコンを出現させ、ソファの端に座り込みながら指を動かし始めた。
「何してるの?」
「ギルドの各部署から上がってきてる月次業務報告の確認……実はそろそろ宇宙強者番付のシーズンだからその対応に追われててね……」
「強者番付って、あの?」
「うむ。今年もこなが選手宣誓する」
宇宙強者番付。
宇宙一強い魔法使いを決める大会だ。
こなはその大会で5年連続優勝している。らしい。
らしいと言うのは、僕はその実態を詳しくは知らないからだ。
「あー、もう上投げ即死コンの季節なんだ。ウチも忙しくなりそう……」
「……ごめんソラ今なんて言った?」
今のは明らかに女子高生から出てくるような単語ではなかったぞ。
「宇宙強者番付でこな殿下の試合になるとよく見る得意技だよ」
「何それ」
「何と言うか、文字通りこな殿下が上に敵を投げて敵のシールドを破壊する即死コンボだよとしかウチは言いようがない」
「なんつーか格ゲーみたいだな」
巧の感想に僕が同意して頷くと、伊集院くんはパソコンの画面を睨みながら口を開く。
「アレな、実は俺が教えたんだよ」
「……えっ!?」
「いやほら、こなって火力頭おかしいだろ? 横向きに技を放たれると観客席守ってるバリア普通にぶち抜いて大変なことになるから上に投げて空に向けて攻撃しろって俺がアドバイスしたんだよ」
「見てみる〜?」
ナナはしっぽを振りながらそう言うとムクリとソファから起き上がり、前足でスカウターを器用に操作して僕たちの目の前にスクリーンを映し出す。
「あー待てナナ、そう言うのはメシの後にしろ」
「はーい」
ナナはいつもの気の抜けるような声で伊集院くんに対して返事をし、何事も無かったかのようにソファの上に戻り丸まって寝転ぶ。
一方でその頃、ダイニングルームと思わしき場所ではキモタクが相も変わらず気持ち悪い手つきで双子と睨み合いを続けていた。
「うおおおおっ!」
均衡を破ったのはキモタクだ。
彼は跳躍し双子のキティ耳を狙って腕を伸ばし、襲い掛かる。
「甘いよ」
――バキイィィン!!
「うぎゃぁぁあぁああ!!」
大量のガラスが砕ける音と共に野太い叫び声が聞こえ、パソコンと睨み合っていた伊集院くんは手を止め頭を抱えた。
「き、キモタク!」
双子に飛びかかろうとしたキモタクは華麗に躱され、彼は勢い余って食器棚にそのまま激突し、食器が大量に降り注ぐ。
「……ナナ」
「うわっマジだる〜」
血まみれになっているキモタクに対して、ナナは詠唱破棄で回復魔法を掛け、伊集院くんは惨劇の場所を見向きもせず片手をダイニングルームに向けくるくると指を回転させる。
どうやらナナと同じように詠唱破棄で割れた食器類に修復魔法を掛け、念力で元の場所に戻しているみたいだ。
……いや待てよ。
冷静に考えるとこの情景はとてもおかしい。
「待って、キモタクって確かーー」
「いってええええ!」
「いい加減にしろ。あんまり毎日こう暴れてるとお前ら三人まとめて追い出すぞ」
相変わらず視線をパソコンにロックオンしたまま、伊集院くんは冷たくそう言い放つ。
「待って、3人?」
「なんで? 僕たち被害者なんですけど!」
「いや、被害者はどう見ても流血した俺なんだが……」
ナナは双子とキモタクを無視して魔法で床や食器に付いた血や埃を消し去っていく。
そしてエリアさんは心底どうでもいいと言った様子でいつの間にかヘッドホンを身に付け鼻歌を歌いながらキッチンに向き直っていた。
ただしそのキッチンの周りには亜空間の穴が幾つも開いており、時折彼女はフライパンをその穴に突っ込んだり、もしくは腕を突っ込んで何かを取り出したりしている。
「Pa Pa Pa Paper Gangsta♪」
「君たちはナナが回復魔法使えなかったらどうするつもりなんだ? ここのローンや防音魔法は誰が掛けていると思っているんだ?」
「あのー……」
「んー?」
ソラの気まずそうな声に、ようやくリビングへと戻ってきたナナが反応を示す。
「……ウチらのこと、もうちょっと気にかけてくれると嬉しいんですけど……」
「……」
それはソラの捻り出せた唯一のツッコミ。
何故、この人たちは客が居るのにまるで居ないかの様な振る舞い方をするのだろうか。
「Huh?」
「客?」
「でっていう」
エリアさんとナナとキモタクがお互いに顔を合わせてそんな事を言う。
なんかもうこいつら末期だ……
エリアおb……お姉さんはガガ様が好きだったりします。




