229. 伊集院家の面々
「今、お茶を出すよ」
六本木ヒルズレジデンスの一角。
流石に最上階では無かったが、結構上の方の階でエレベーターが止まり、一番奥にあった角部屋まで案内され、扉を開けるとそこは広大な空間となっていた。
ドキドキと半分興奮半分緊張していた所で伊集院くんに応接間に案内されると、彼はそんなことを言って奥へと引っ込んだ。
伊集院君が部屋を去るのを見計らって、巧が飛び上がる。
「やべぇ。ヒルズ族だぜヒルズ族!」
「ヒルズ族だったなんて知らなかったな~」
「ウチ普通に日本にいるとは思わなかった……完全にギルド住み込みみたいなノリだと思ってた……」
「どう見ても僕宇宙にいると思ってたよ」
「って言うかこの部屋ちょっと広すぎない? 建物の構造的にちょっとおかしいと思うんだけど……」
「あ、それは多分空間拡張魔法だよ」
4人で思い思いに感想を口にしはしゃぐ。
「ってかこのソファー気持ち良すぎだろ!」
「これ水晶? クリスタルなのかな!?」
室内は白を基調として、とても綺麗に手入れされている。
ソファーも低反発素材で体にフィットする形になるし、僕たちの前に置いてあるテーブルはガラスで出来ている。
そのテーブルの上には純白のテーブルクロスと、クリスタルらしき物で出来た灰皿、そして不思議な記号の付いたリモコンがある。
 
絨毯はモコモコで、素足だったら結構くすぐったいかも知れない。
「お待たせ」
伊集院くんの声が聞こえると、4つのコーヒーカップがふわふわと僕たちの目の前に飛んでくる。
……えっと
「僕コーヒー呑めないんだけど」
「俺も」
「私も~」
「……」
ソラだけは黙ってそれを手に取り飲んでいる。
「そうか。まあ甘めにして有るから飲んでみな。これを機に飲めるようになればいい」
いや、あくまでも飲めと言うのか。
そう心の中でツッコミながらコーヒーに口を付ける。
……苦い。
これが大人の味か。
伊集院くんが大人びているのはコーヒーを飲んでいるからなのかとぼんやりと考えていると、不意にバシュッと空間転移で誰かが現れる音がした。
「ただい――ちょっ、メモリーワイーーってなんだ、めっちゃ焦った……」
転移してきて一瞬固まったのはナナだ。
「おかえりナナ」
「今普通に非魔人の来客かと思ったじゃん、めっちゃ焦ったー……」
記憶消去の呪文を唱えかけたナナは大きくため息をつくと僕たちの座っているソファへと飛び乗る。
「そう言えばナナってペットなんだっけ」
「それね、私もたまに忘れるのよ〜」
「一応犬だからな。犬が目の前に突然現れて喋りまくったら普通ビビるから、非魔人の客がいる時はナナは普通の犬を演じているよ」
「そ、そうなんだ……」
ナナが普通の犬を演じる……とてもその様子が浮かばない。
まず伊集院家に普通という言葉が合わないのだ。
「疲れただろう、今飲み物出すよ」
「まじでー、ありがと〜」
「そういやもうそろそろみんな帰ってくると思うんだけど、今日の夕飯の当番って誰だっけ?」
伊集院くんがなんと言うか凄い俗っぽい事を言っている事に感動していると、突然ナナが固まる。
「……、……えっと、ね」
そのナナの尋常では無い様子に、彼も何かを察したのか、顔を引き攣らせる。
「……まさか」
「そのまさかね」
ナナがゴクリと唾を飲む。
「えっと、ウチら完全に置いてかれてるんだけど」
「なんだこの空気」
伊集院家の面々が顔を見合わせているところにソラと巧が思わず突っ込むと、ギギギと2人の顔がこちらを向く。
「今日は最悪ピザかなんかの出前でもいいか?」
「いや、それは別にいいけど……」
「何かあったの?」
伊集院くんがとても人間くさい。凄い。
何がどうなっているんだ。
「絵に描いたようなリアルメシマズって見た事ある?」
「へ?」
主語が抜けている。
いやこの場合は主語じゃなくて、述語か?
「ただいまー」
そうこうしているうちに、同居人が現れる。
その同居人の正体に、僕達は全員目を見開いた。
「おい、嘘だろ……」
「えっ、マジで!?」
「なんだよお前ら、なんで居るんだよ」
木本拓也。
「おかえり〜」
「拓也おかえり」
「おい待てよなんでこのリア充軍団が今日居るんだよ」
「いやお前の許可は取ったはずだが」
「いや事前に言えよ。心臓止まるかと思ったぞ」
あまりにも合わないペアだ。
伊集院くんと、キモタク。
「何でキモタクが!?」
「……色々あって一緒に住んでるんだよ」
バツの悪そうな顔で彼はそう言うと、自分の鞄を無造作に降ろして何処かへと消えて行く。
「待って伊集院くん、つまりキモタクって魔法使いなの!?」
「うん? 違うぞ」
「アレは非魔人よ〜」
……非魔人!?
「えええぇぇっ!!?」
「ウッソー!!」
「待ってナナ、じゃあなんでナナ普通に喋ってた!?」
さっき僕たちの記憶を消そうとしていただろう。
「私が進化する時に現場に居たから今更なのよね〜」
「アイツは魔法のことについては知ってるから心配しなくていいぞ」
「ごめん、ウチ理解が追いつかないんだけど……つまりキモタクは進化出来なかった人間って事?」
「そうなる」
魔法に当てられて、進化しなかった人間。
僕達は進化したけど、キモタクはそうではないのか。
一体どんな状況なのだろうかと考えていると、新たな転移音と共に唐突に横からぶつかる様な圧力を感じ、僕は勢い余ってソファに倒れ込む。
「Hey! I'm home!」
「わんわん〜」
「Oh, hi guys!」
「は、ハーイ……」
「お、エリア帰ってきたのか」
「おうBBA」
「F●cking die」
ソファのクッションが僕たちの目の前を飛んでいくと、キモタクが情けない声を上げながらクッションと顔面衝突をし倒れる。
なぜエリアさんが突然、ソファーに座っている僕と巧の間に無理矢理転移して来るのか。
「ごめん、何が起きてるのこの家?」
そう言うのは峰さんだ。
無理もない。この家、色々と組み合わせがおかしいことになっている。
主にキモタク周りがおかしい。
「いってえ……」
「いや今のは流石に失礼だと思うぞ」
呆れ顔で伊集院くんはそういうが、まるで自分はまともサイドであるかのような言いぶりだ。
「Listen, 私はまだピチピチのthirtyなの。Very Youngな乙女なの」
「俺たちの年齢考えて言ってるのか? 俺たち15とかだぞ。お前俺たちの2倍の年月は生きてるってわけ。ババア無理すんな」
詠唱破棄された空間魔法で僕たちの真正面に穴が開くと、エリアさんはその穴の中に勢いよく拳を突き入れキモタクの頭上に現れた穴からエリアさんの拳骨が叩き込まれる。
腕だけキモタクの頭上に転移させたようだ。
……なんという空間魔法の無駄遣い。
「DVババア!貧乳!児童虐待!」
「Want more?」
「ひっ!」
頭を抑えたキモタクがビクリと身を震わすと何処かへと逃げていく。
僕達はその展開を唖然として見ることしか出来なかったが、僕達はこの後知ることになる。
「エリア、お前一応大学教授かつ高校教諭でもあるんだから程々にしておかないと体罰教師とか言われるぞ……」
「はっ、くだらないわね」
……これがほんの序の口であるということを。
 




