224. 恨みと血と
扉が勢いよく開かれる。
『ブラッディア』
蹴破るようにして現れたのは、アトモス。
我が右腕。
「なんだアトモス、随分と不機嫌だな」
『当然ダ。アノ杜撰ナ作戦ハ一体ドウ言ウツモリダ』
「見ての通りだ。これでようやく俺様のデザイナー諸君は全員揃った」
『フザケルナ』
抑揚の無い人口音声とミスマッチするかのように、激情した拳が机に叩き込まれる。
「ふざけてなどいない。結果としてこうやってスナームを救出し、おまけにあの機械の運用法にも目処が着いた」
『ソノ結果コノ組織最大ノ防衛機構デアルアトモスノ正体ガ露見シカケテイル』
「何?」
アトモスは俺様の右腕だ。
この組織には無くてはならない存在。
俺様にとっても、欠かせない存在だ。
この組織は、俺とアトモスの二人で発展させたと言っても過言では無い。
荒事は俺が。秘め事はアトモスが。
分担することによって、組織の表立った舵取りは俺が行い、その残務処理や工作はアトモスが行う方式でここは栄えてきた。
『アトモスノ正体ガ露見シタラ、モウコノ組織ヲ守ル事ガ出来ナクナル。ソノ場合ノ責任ハドウ取ルツモリダ』
風向きが変わったのは、対立組織のAAAAがあのギルドと手を組んだ頃だろうか。
AAAAは元よりあの大魔導師ザイゲイスが立ち上げた、ある種伝統のある由緒正しき反社会的勢力だ。
時の秘術によって証拠を残さない、または証拠を使い物にならなくして法律の穴を掻い潜るその手法は独特であり、その辣腕は裏社会でも知る人ぞ知るものであった。
「その時はあの秘密兵器で全てを轢けばいい」
『出来ルト思ッテイルノカ』
「ああ」
俺は、あの糞梟が死ぬほど嫌いだった。
当時の光の守護者であったピカザックに進言し、次代のーーつまりは当代のーー光の守護者によりにもよってあのシエルを選定させ、グレビステックに俺を廃棄させようとしたあの糞を、俺が許すことは無い。
『浅ハカダ』
「だが今回見事に試運転には成功した」
『ソレハ結果論ダ。次モ上手ク行ク保証ハナイ』
「それを上手く行くよう保証するのが貴様の仕事だ」
だから、俺はかつてあの組織にこちらの幹部格をスパイとして潜入させた。
名はドック。やがてそいつはダブルの名を冠する幹部となり、あの組織を内側から崩した。
暗黒魔法による内部腐敗、そして傭兵の蠍を用いた暗殺で組織幹部の半数を取り除く事に成功したのだ。
『……』
「ここまでやれたのだ、今更出来ないとは言わせんぞ」
しかし、その快進撃も長くは続かなかった。
当時Gの名を冠した男とCの名を戴く女……後のZとXになる奴らが、ドックを始末した。
奴らはドックを始末すると、当時DEATHのアジトにしていた場所にその生首を届けてきやがったのだ。その時はX本人が自ら俺様のデスクにソレを置いた。
『……ソレヲスルニシテモ、時間ト暗黒魔法……悪意ガ足リナイ』
「暗黒魔法が無いなら増やせばいい」
当時ドックと付き合っていたらしいアトモスは、それを機に変わった。
変わったと言うか、ますます憎悪を深めたと言うか。
あの頃はまだヒラであったアトモスだが、当時から仮面を常備し情報を秘匿していた物が、よりエスカレートし眼に火を灯す様になった。
そしてどうすればAAAAを崩せるか、どうすればあのX-CATHEDRAに一矢報いることが出来るようになるか、どうすれば部下を失わずに組織を維持でき、護れるようになるか。
それを立案し、直接的に俺様の方針に介入するようになった。
『ドウヤッテ。私ハ洗脳魔法ハ使エナイ』
「いつものやり方だ。それを派手にやればいい。たまには俺様にも作戦を立案させろ」
今ではアトモスの存在は欠かせない。
とは言え、いざとなったら切り捨てる事も出来る。
本人もそれを承知の上、一番最初に俺様にそうプレゼンをしてきたのだ。
なら、そうする事もやぶさかでない。
「次の舞台はそうだな……皇帝陛下のお膝元でやるのはどうだ」
『……メタリックカ』
「ああそうだ。この秘密兵器を……貴様が見事にあのギルドの鼻の下から掠めとってみせたSTARを使って、メタリックを闇に沈めればいい」
『アソコハ帝国三姫ト双帝ガ居ル。噂デハAAAAの本拠地モアルト聴イテイル。リスクガ高過ギル』
「数で潰せばいい」
『ブラッディア、アノこな殿下ハヒト薙ギデソノ召喚生物ヲ全滅サセタノダガ』
「それは壊しても復旧出来る目処が有るからだろう。メタリックは本国だぞ」
暴れられるはずがない。
こなの火力は桁違いだが、あまりにも高すぎて迂闊に振り回せないものでもある。
『ソレデモ得体ノ知レナイ伊集院ヤ残リノ二姫ガイル』
「あいつらが湧いてくるようなら俺様が出て相手する。時間を稼ぐ位は出来るだろう」
『……此方二来タラ?』
「貴様はサポートだ。大人しく見ていて必要な時に離脱等のサポートをしろ」
アトモスは仮面のまま、暫し思案するように首を傾げ手を顎に添える。
天秤に掛けている。
リスクとリターンの天秤に、俺の言葉を。
「少なくとも、スナームやウェルドラはまだ出せる状況に無い。テンペスにはクラフト軍との交渉を任せているしな」
『……』
「言っておくが、これは命令だ。貴様はサポートとして待機、俺様が暗黒魔法と悪意をマッチ ポンプで回収する。適当に集めたらズラかる。何も難しいことはない」
この組織のトップはあくまでも、俺だ。
断じてこの女ではない。
コイツはあくまでもウェルドラやスナームとの同格。
重宝はしているが、必須パーツではない。
「決行は3日後だ。それまでに隊員と捨て駒共のメンテナンスをしておけ」
『……了解』
大体、最近は少しアトモスの発言力が高過ぎる。ここは俺様の組織であって、アトモスの組織ではない。
確かにテンペスはグズだしスナームやウェルドラも最近は随分とトンチンカンだが、アイツらはあくまでも横並びの関係のはず。
まあこれは最近の戦果が急にアトモスに寄ってるからというのもあるのだが……
「チッ」
まあ、いい。
何も切り札はあの星屑だけではない。
いざとなれば、もうひとつの札も切ればいいだけだ。
俺様に敗北は無い。
俺様をナメるなよ、地球人め。そしてクソ皇女め。
確かに俺は妹のように守護者の力は有していないが、その分暗黒魔法を味方に付けている。
貴様らに遅れをとる言われは無い。
そしてあわよくば、今度こそ、あの地球人の闇の力を俺様が継承しよう。
全てを闇に沈めるために。
 




