223. お留守番での一幕
『ーーという訳で、今日は帰るのが少々遅れる』
「えー、マジで〜」
ソファの上で寝てると、不意にスカウターが鳴って電話を取ってみたら飼い主からの連絡だ。
『ネオンについては情報が少なすぎるからな。作為がある』
「じゃあ今日拓也は魔法無しで帰って来るの?」
『そうなる』
今日は休みなのだけれども所詮は幹部なので実質休みがあるのか無いのかよく分からない。
そんな事を考えながらお気に入りのソファの上でお腹を出して伸びをしながら聞いてみると、飼い主からは疲れを滲ませた声でそう返す。
「も〜しょうがないわね〜……」
『ジャーキー買って帰るからそれで許してくれ』
「え、嫌なんだけど。ウインナー寄越しなさいよ」
『ウインナー? ……お前また人間様の物食ったのか!』
「私はちょうだいなんて言ってなかったけど、貰う物は勿体ないから食べるじゃ〜ん?」
『あのバカ……犬には毒だからあげるなって散々言ってるのに……』
もう1人の同居人に対して飼い主が静かに呪詛を吐く。
そんな事を私に言われても、私はアイツにウインナーをちょうだいとは一言も言っていない。ただ横でおすわりして右前脚でちょいちょいとあの人の足に手を伸ばしてから見上げただけだ。
「まあとっとと帰ってきてよ」
『出来ればそうする』
それは出来ないと暗に言ってるような物じゃない?
そう口を開こうとした所で、玄関の鍵が開く音がし、その直後にドカドカと足音が玄関から響いた。
「ただいま」
「おかえり〜」
『ん、もう帰ったのか』
「そのようね」
『じゃあ俺も一旦切るわ』
「はいは〜い」
「はーもうマジで有り得ん」
「何があったの〜?」
雑に靴を脱ぎ捨てて上がると、そのまま彼は鞄を玄関に放り投げ、疲れ切った顔で洗面台へとそのまま向かう。
「今日転校生が来たんだけど……その転校生がもうマジで無理」
報告をあくびしながら聞いていると手を洗い終わった彼と丁度目が合う。
「……お前さ、普通帰ってきたら尻尾振って迎えに来ない?」
「私普通の犬じゃないし〜」
「前はあんなに可愛かったのに……どうしてこうなった……」
ブレザーを脱ぎながら彼は露骨に顔を顰めると、彼はそのまま自分の部屋に入って行く。
「で、学校どうしたのー」
「あ? あぁ、それで転校生が来たんだけどさ、とんでもないクソギャルが入って来たんだよ。有り得る? ギャルだぞギャル。今のご時世にギャルとか有り得るか? あんなん初めて見たわ」
「ギャル?」
部屋から声が聞こえる中でのっそりと起き上がり水飲み場へと向かう。
そして水を飲み始めたところで、彼の口から衝撃的な言葉が出たのだった。
「名前も凄まじいDQNネームでさ、スイーツビッチと書いて水津美知だぞ。スイーツビッチとか逆にすげえわ」
「ぶっ!!?」
その名前に、思わずむせ込む。
いや水津美知て。
ネオンじゃん。
「げふぉっ、がはっ!!」
「おいどうした」
「ゲホゲホッ、カーッ! ゲホッ!」
肺に水が入り必死に咳き込んで居ると見かねた彼が上だけ制服を脱いでTシャツに着替えた状態で現れ、背中をさすってくれる。
お陰で呼吸が楽になった所で、私は思わず聞き返してしまった。
「水津美知? マジで言ってんの?」
「お、おう。知ってるのか」
「知ってるも何も。宇宙軍率いてる軍人よアイツ」
「は?」
ついこないだ取締役会でその話を聞いたばかりだ。どうなってるんだこの惑星。
「クラフト軍の将軍よ」
「なんでそんな奴が俺の隣の席にいるんだよ! しかもくっそ絡まれたんだが!」
いや知らんがな。と言うか、なんで絡まれるんだ。
間違っても運命の糸がいじめ以外の理由で交差するとは思えない組み合わせなんだけど。
「隣の席なんだぜ? 笑い声も下品で大口開けながら手をチンパンみたいに叩くしマジで無いわ。なんなら笑い声もウギャーッハッハとかチンパン臭くて無理過ぎて無理みちゃんなんだが。アレで軍人とかよもまつ過ぎて草も生えねーよ……」
「それを言うなら世も末ね」
ガックリと肩を落としながら、彼はそう言うと開けっ放しになっている私室の扉の奥へと引っ込み、ゲーミングチェアに深く座り込んだ。
「鬱だ……」
「……」
何故接触されたのだろうか。
飼い主の魔力の残り香が色濃くついているのだろうか?
同居している以上は独特な闇の魔力がコイツに絡みついていても不思議ではない。
私ですら本当はただの犬なのに、凄まじい闇の魔力の残滓が毛とかについているせいでやれ魔犬だの嘲笑う狂犬だのロクでもない異名がついてしまっている。
「まあ、どうせ2年半の辛抱よ」
「2年半!? くっそ長いな!」
「もしくは高校留年したり中退したりする選択肢もあるわよ〜」
「それだ! おれは高校をやめるぞジョジョーーッ!」
「That's not gonna happen」
呆れた声が聞こえ、その方向に耳だけ向けると、空中に顔が浮かんでいた。
シェアハウスの住人のエリアだ。
「おかえりー!」
「ただいま〜!おりこうさんにしていた〜?」
ヌッと何も無いところから彼女の全身が現れると彼女はしゃがみこみ私の頭を撫でてくれる。
それがなんともくすぐったくて思わずお腹を出していた所で部屋の奥から不機嫌な声が聞こえた。
「お前なんで俺には塩対応でエリアにそんなに懐くの?」
「だってあなた私に何もくれないじゃない」
「ジャーキーやってるだろ」
「魔法使い犬に進化して貴方と同等以上の知能を獲得しているのにジャーキーしか貰えないとかもはや虐待じゃない?」
「今日は下のseijyoでcheese買ってきたのよ」
「チーズ!」
チーズ大好き!
「エリアお前そんなことばっかりやってナナを甘やかすから高ちゃんに白い目で見られるんだぞ」
「Yeah yeah。ところでNana、ピンキーから聴取メモを貰ったから見ておいて。I'll take a shower」
そう言うと彼女は雑に紙飛行機を私に向かって飛ばすのでそれを渾身のジャンプで受け止め、念力で紙飛行機を開くと彼女は白衣を脱ぎ捨てながらお風呂場へと入っていく。
「水族館の強襲と中国、エリアYの襲撃を初めとした事件はアトモスに対し秘密裏に進められた……ふうん? 面白いわね……」
ピンキーからの聴取メモ。
それはアトモスと首魁ブラッディアとの温度差を語る物。
「ここを叩けば、あの組織を崩せそうねえ」
アトモスの正体は、既に割れている。
私たちの背後を任せているAAAAにも共有済みだ。
ここからは、私たちによる分断工作の時間だ。




