222. 横槍への備え
「で……情報共有?」
放課後。
伊集院くんによって私たち4人は空いている教室に集められると、教室の扉が独りでに閉まり、その直後に空間が夕闇の色に染まる。
「悪いな。ちょっと非魔人や一部の魔法使いに聞かれたくない話なのでね」
空間隔離魔法を展開する彼は教室の教卓の上に足を組みながら座っている。
戸惑いを隠せない彗と、何が起きているのか良く理解していない巧に対し、ソラちゃんは難しい顔をしてため息をついた。
「一部の魔法使いって言うか、クラフト軍将軍のネオンでしょ?」
ソラちゃんは近くの椅子を引いてそこに腰掛けるや否や、肘をついて頭を抱えて見せた。
「やはり君は知っていたか」
「あんまり有名じゃないけど、知ってる人は知ってるって感じよね……」
「なんだソラ、顔見知りか?」
「いや……そういう訳じゃないけど……」
そう前置きをすると、ソラは淡々と語り始める。
半工惑星クラフト。あるいは、死星クラフト。
死にかけている星に住む、死にかけの民。
白色矮星となった太陽に辛うじて縋り付き、惑星自体も核が冷え切った『終わった星』であるのがこの惑星の特徴。
自転・公転の速度もほぼ死んでおり、ここ数千年は朝と夜が変わることなく続いているので、惑星全体をサイボーグ化させる事でそれを止めようとしているのがクラフトである。
……などと言われても私はちんぷんかんぷんなのだけれども。
「で、そこの将軍が水津さんなんだ」
「間違いない。アレはノーブルタイクーンのネオンだよ」
「……あの身なりで将軍と言われても、ピンと来ないんだけど」
「分かる〜」
「俺もだわ」
伊集院くんとソラちゃんが顔を見合わせる。
「属性は電気、主要な武器は付け爪、ドライブの指数は3。10歳の頃に地球から惑星クラフトに移住し、12の頃には惑星ヤーテブとの小競り合いで軍を率いていた猛者だ」
「……なんでそんな奴がうちの高校に来てるんだよ」
巧の疑問はごもっともだ。
12歳って、当時まだ小学生じゃん。
小学生で軍を率いていた人って、どういう事なの?
「それが分かれば苦労はしない。住民票は地球に移してないみたいだから住まいは変わらずクラフトにあるだろうしな」
伊集院くんはそう言うと片目を閉じてスカウターから資料を黒板に投影し読み始める。
その映像には水津さんの顔が映し出されていた。
「つーか、意味不明な強さの猛者がちょうど今俺たちの目の前にいるからイマイチピンと来ないんだが、伊集院から見ても強いのか」
「強いな。うちの幹部にも引けはとらんだろう」
「マジか」
「少なくともさっき展開した索敵魔法には気付かれたし、手慣れではあるよ」
「お陰でウチは教室の中の魔力が闇一色に塗り潰されてビビったけどね……」
「魔力濃度上げて闇で塗り潰しておけば、君たち4人が魔法使い……それも、揃いも揃って超強力な魔法使いである事は隠せるからな」
「……そんな意図があったんだ」
「ただでさえ最近はDEATHとかが蔓延ってるからな。然るべき時までは君たちの存在は隠しておきたい」
思案顔で彼は資料を読み続けながらそう答える。
やや間が有って、彼はこう続けた。
「これはまだ決定事項では無いが……今年はお前たち以外もこの学校で魔法使いが大量に生まれているから、来年のクラス替えの時に恐らく魔法使いのクラスが2つか3つ、生まれるだろう」
「魔法使いのクラス?」
「ああ。春の電車襲撃事件でかなりの人間が魔法使いに進化してしまったから、こちらから日本の魔法省に掛け合ってそう要請してある」
そう言うと伊集院くんはため息をついた。
「魔法省なんてこの国にあるのか……」
「天野さんのようなN型の魔法使いのクラスが1つ、残りは彗や巧、鳩峰さんのように事件前後で魔法使いに進化したA型の魔法使いを集めたクラスになるだろうね」
唐突な宣言に私たちは目を丸くした。
伊集院くんっていつの間にそんなクラス替えに権限を持っていたのだろう。
「えっソラはクラス別れるのか」
「そうなるだろうね。今回やたらとN型の魔法使いが入学していたから、それで小クラスを作ることが出来る程度には人が居て少数のA型と一緒に魔法使いだけのクラスをひとつ作る予定で居たが……事件のせいで大量にA型が生まれたからな」
「……そうなんだ」
かろうじてそう返した彗の顔は不安げだった。
ソラちゃんも浮かない顔をしていて、彼女が伊集院くんに疑問を口にする。
「でも、どうして来年? 今年と言うか今年度ては無理なの?」
「ここの所日本というか東京で事案が起きまくってて向こうの対応が遅れている。こないだの水族館の襲撃もまだ片付いていないしな。ここの闇魔法の先生とかも身体にガタが来ているとも聞くし……」
「そ、そうなんだ……」
「えっ待って伊集院くん、ここ闇魔法の先生とかいるの?」
キョトンとした顔でそう彗が聞く。
「いるぞ」
「なんで??」
「この学校の名前を下から読んでみろ」
「……」
「……、……」
「……あっ」
都立久慈真高校……
都立、真慈久高校……!
「おっま、マジかよ……」
「ええ……さすがに名前、ちょっと安易過ぎない……?」
「私結構前から思ってたんだけど、宇宙人っていうか魔法使いってみんな軒並みネーミングセンスセンス死んでるよね……」
私の発言に巧と彗がうんうんと頷く。
「所詮地球人とは感覚が根本的に異なるエイリアンだからな。そこは許してやれ」
「えっ何、ここ作った人エイリアンなの?」
「宇宙かぶれの人である事は間違いないな」
「僕こんな形で学校の名前の由来は知りたくなかったな……」
彗が肩をすくめる。
「まあ、いずれにしても彼女が要警戒人物であるのは間違いない。何かあったら連絡してくれ」
「はーい」
「……まあ、お前がそう言うなら」
「わかった」
「仕方ないね」
皆で返事をすると共に、空間隔離が解けていく。
夕闇のような空間が本物の夕闇と差し代わり、くすんだ西日が鋭く教室に射し込む。
「じゃ、俺帰るわ」
「あっそうだ伊集院、お前こないだの話覚えてるか?」
「うん? どの話?」
「あーほらマリシム行った時にさ、お前ん家行くって話しただろ」
「なんかそんな話したな」
「そろそろ行っても良いか?」
一瞬伊集院くんは考え込む仕草をした。
「……一応同居人の許可は取るが、お前ら既に顔見知りだから大丈夫だとは思う。いつ来る予定?」
……顔見知り?
「え、私たちがもう会ったことのある人なの?」
「そうなる」
「誰?」
「そういやあの外人の人、ルームシェアがどうとか言ってたな」
「エリアの事か。そうだな。アイツも同居人だが他にも居るんだよ」
「そうなのか」
「まあ日程だけくれたらこっちで調整するわ」
「おう」
それだけ言うと、彼の姿は煙のように消えた。
「伊集院くんの家って楽しみだね」
「やっぱ武器とか置いてるのかな?」
「巨大な会議セットとか置いてありそう」
そう言いながら、私達もまた教室を出て校門へと歩き始める。
巧は相変わらず何も考えて無さそうだったけれども、彗とソラちゃんは色々と思案している顔だ。
無事に終われば、いいのだけれども。




