221. 転校生がやってきた
※一部ネットスラングや差別用語が出ます。ご注意下さい。
「あれ、今日から学校なのー?」
「そうだな」
「……」
朝。
絶望の朝。
「ほら、そろそろ行くぞ」
「俺今日休んでいい?」
「Of course not、保護者として私が認めません」
「チッ、エリア起きてたのかよ……」
同居人のエリアがまるで爆発したあとのような髪をボリボリと掻きながら、部屋から現れるやいなやそう死刑宣告をしていく。
「ず、随分と寝癖が酷いわねー」
「学会の準備してたら寝落ちした……」
「ああ、そう……」
興味無さげにペットが呟く。
そのペットはこちらに鼻を向けてフン、と鼻息を漏らすとリビングのソファにぴょこんと飛び乗り、何度かその上で回ると横になって大あくびをかいて目を瞑る。
垂れた長い耳から左目にかけて、半透明なデバイスが装着されている。
宇宙のオーバーテクノロジーだ。
「じゃあ、そろそろ行くよ。ナナ、何かあったら知らせる」
「はーい行ってらっしゃーいー」
そう言うと同居人は手を俺に差し出す。
宇宙よりも深い闇色の瞳からは僅かに疲労の色が滲んでいた。
その手を取った瞬間、全身に自分の身体が解けるような感覚が走る。
続けざまに遠心力が自分の腕から掛かり、思わずその手を強く握った。
「さ、ついたぞ。いつものように俺は正面に回って入るわ」
言われてハッと気付くと、周囲の風景が一変していた。
具体的にはトイレの個室だ。隣では既に伊集院が黒いガスに変化していて瞬く間に消え去っていく。
そして俺は扉の向こう側に誰もいない事を確認し、そっと扉を開けて見慣れた学校の廊下まで出た。
「お、キモタクじゃん。おはよー」
「お、おう。おはよう」
廊下をテクテクと歩いていると、後ろから肩を叩かれ、振り返る。
頭を茶髪に染めた快活な男が、ニカッと笑うとそのまま教室へと走って行く。
柳井巧。
いつも星野彗と連んでいるDQNだ。
「あ、木本くんおはよう」
「お、おはよう……」
続けざまに爆乳女子の鳩胸さんからも声をかけられ僅かにテンションが上がった所で、教室に入る。
見慣れた風景だ。
教室では爆乳はまな板と話をしており、DQNはキョロ充にホモホモしくまとわりついている。
遅れてやってきた同居人が席に着くとDQNたちが声をかけ、気だるそうに手を振ると同居人はスマホを取り出して指を滑らす。
……というかあのDQNマジでホモなんじゃねーのか?
見ていると入学当初よりも明らかに星野への密着度と言うか距離感が近いんだが。
「……ん?」
突然、高ちゃんが鋭く首を上げる。
それと同時にまな板女が電流でも走ったかのように飛び上がり、教室の入口を凝視してみせる。
「……」
「……」
「ソラちゃん? 何かあった?」
「え? あ、いや、なんというか……うん……多分大丈夫だとは思うけど……」
「ごめん、その煮え切らない感じ何?」
「そのうち分かる」
そう言うまな板は苦笑いしていた。
対して高ちゃんも何だか首を傾げており、僅かに彼の存在感が薄くなるのを肌で感じる。
恐らくなにかの魔法を使ったのだろう。
ビクリとまな板がまた反応し次に高ちゃんの方を凝視すると、自然に気づいた彼は肩を竦めてみせた。
「今のに気付くか」
「そりゃ、私の苦手とする類の事をしてたら流石に……」
「ふむ。なら多分向こうにも気付かれてるかな」
「……分かる感じ?」
「ああ。ここまであからさまにバチバチしてる感じはそう多くないしな」
「……」
あからさまに隠語というかニュアンスで曖昧な会話を2人がし始めた事で、爆乳とホモとキョロが互いに顔を見合わせる。
「伊集院くん、何かあった?」
「……すぐに分かるさ」
含みを持たせた言い方に、キョロが頭を更に傾げてみせる。
なお言った本人もあからさまに疲れたような顔をしており、今にも荷物をまとめて帰りそうな雰囲気を出していた。
「なあ彗、なんかあるのか?」
「さあ……」
こういう時はろくな事が起きない。
過去の経験からそれは承知していたが、その時はまさかそれが自分に降り掛かる災いであったとは夢にも思わなかったが。
「さ、入って」
暫くして数学教師でもある担任の鎌瀬が現れるや否や、彼女は扉に向かって話しかけて見せた。
小さな間があり、教室の扉がガラガラと開けられると、男と女が一人ずつ現れる。
転校生だ。
「朝のショートホームルームを始める前に、転校生の紹介をします。じゃあ手前の方から自己紹介をお願いね」
相変わらず気だるそうな表情の鎌瀬先生に最初に自己紹介した男は、何処にでも居るような普通の男だった。
「えっ……と、佐藤浩司です。親の仕事の都合で転校して来ました。宜しくお願いします」
声はちょっと低い感じだ。というか名前まで何処にでも居るような感じ。まあ無害だろう。
問題はもう片方の転校生だ。
「えっと〜、水津美知っす。まじこの学校の事まだよく分かんないっすけどまあこれから宜しく~みたいな?」
その女は、この世で俺から最も遠い、対極の存在の様な女だった。
ソイツはダボダボの靴下を履き、アマゾンの毒キノコみたいな色をしたつけ爪で武装し、顔面を3時間は加工してそうな風貌をして髪からピンク色の糸をぶら下げる奇怪な生命体だったのだ。ちなみに髪は金髪。
一言で言えば、ギャルだ。
「じゃあ佐藤君と水津さんには柳井君の後ろの席に一旦座って貰って……今日は席替えをします」
2人が移動すると共に、まな板と高ちゃんが何かを察知したかのように顔をしかめる。
……香水でも察知したのだろうか?
「席替えは普通にくじ引きで決めるわよ。シンプルアンドフェアーにね」
教卓の裏側からそう言って鎌瀬先生は箱を取り出すと一人一人生徒の席に回るので、俺たちはクジを引くと先生は教卓に戻り口を開いて見せた。
「では皆さん、クジのナンバーに従って席の移動を」
「うわ!」
「まじかー」
「やった!」
ガヤガヤと教室がざわめく。
俺はあわよくば爆乳の周囲が良かったが、そう上手く行くなんて事は無かった。
「あっ、佐藤くん隣だね」
「えっ、あ、よろしく……」
「彗~隣だな!」
「うっわ巧の隣とか最悪なんだけど」
「ひでぇ」
「変わらない物だね、天野さん」
「そうだね……」
「所で天野さん、あの転校生についてちょっと情報共有したいんだけど、この後良いかな」
「……分かった」
むしろ最もこの世で来て欲しくなかった奴が俺の前に居る。
「うっす、アタシはアクアの水と津波のつで水津、美人の美と知的の知で美知っすー」
は?
「読み方が……スイーツビッチ……?」
「ごめん今なんて?」
「あ、いや、何でも無いです……」
心の声が思わず盛れてしまい、笑いよりも驚愕が勝っている所に、不機嫌そうにそのギャルは口を開く。
「で、そっちは?」
「……木本拓也」
「木本拓也……えっ本当にそんな名前なの? ヤバ過ぎでしょマジでウケるんですけど〜」
「……」
なんだこいつ。
ぶち殺すぞ。
「じゃあショートホームルームは終わります、皆さん授業の支度をしてくださいね」




