220. ギルド定例取締役会
別視点章。
「定刻よりも少し早いですが、皆様お揃いのようですので、1031年10月度の定例取締役会を開催致します。開催に先立ちまして、ギルドマスターより一言お願い致します」
「えーと、先ずは今回無事に取締役会を開催出来てホッとしています。本来であれば3日前に開催しないといけなかったはずの取締役会が、急な同時多発テロ攻撃によって延期になってしまい、一時はどうなるかと思いましたが、今回無事にテロを鎮圧し、死人を出すことなくこうしてこの場に臨むことが出来たのもひとえに皆様のお陰です。この場をお借りして、御礼申し上げます」
「なあ、言うほど無事に鎮圧してたか?」
「フン、エリアYの一部が更地になっていた気がするぞ」
「あのさあ、アンタたちほんとうるさいわよ? 冒頭の挨拶からオフレコにせざるを得ない雑談挟むの辞めてくれない? 一応私による神聖な開会の挨拶なんですけど?」
開幕からザントと共に茶々を入れると、我らがギルドマスター様が不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。
「……こほん。それでは早速議題の方に移らせていただきます。まず第一議案:月次収支報告の件です。今月の収支については度重なるDEATHによるテロ事件の影響で保険事業本部がーー」
進行役を総務部のβハブルーム星人ボーンズが咳払いをすると、こなは不機嫌そうに腕を組んで沈黙する。
取締役会は退屈だが重要な会議のひとつだ。
と言うのも、このギルドは監視網を広げるためにM&Aを繰り返し急速に発展させてきた経緯があるため、事業部が非常に多い。
そうすると何が起こるかと言うと、早い話が幹部勢が集まるタイミングが限られてしまい、意思決定とそれに基づく行動のタイミングが遅くなってしまう。
情報は鮮度が重要なのに、情報を集めるために行ってきたことが裏目となり情報が死にかねないのだ。
そのため、ギルドでは月に一度の部門会議や取締役会を通して情報を交換し、意思決定を行う。
と言っても取締役会は一応意思決定の機関なので、情報交換の大半はオフレコとなってしまうのだが。
「エリアYの保険事業真っ赤になりそうね」
「これほぼ姉上のせいじゃない」
「わ、悪かったわね」
例えば保険事業本部。
その名の通りの部署だが、この部署の大半の収益は依頼を受ける者からの収益によって成り立っている。
依頼で負傷したり死亡したりしてしまった際の医療費や生命保険など、ギルドにありそうでなかった商品を考えた時に発案し、とっとと買収した物だ。
収支はあまり良くない。
だが保険というリスクマネジメントに直結する物をポートフォリオに組み込んだことで、より世間の情勢について敏感に察知することが出来るようになったので、結果的に正解だっただろう。
「次にギルド事業部の収支についてですが、まず今月寄せられた依頼の量はおおよそ83万件となりました。内、達成された依頼の数は58万件で、前月比0.3%増加となり、依頼受諾が1ヶ月以上されない滞留依頼の数はーー」
ギルド事業の本質は手数料ビジネスだ。
この事業については、俺自身が創業した時に1からつくりあげたシステムであり、このギルドの事業の中では当然一番古い。
手数料を払って依頼を掲示し、これに対して人が応募すると言う、人材斡旋業の亜種。
出てくる依頼の傾向等は社会情勢に直結しているので、大いに役に立っている。
「そう言えば最近鎮圧依頼が多いわよね〜」
「メタリック星での暗黒魔法の検挙率増と関連性あるのか……?」
「あっ、そこは後ほど諜報部の報告がありますのでお待ちください」
取締役副総帥家ペットと言う、傍から見てもよく分からない立ち位置のナナがぼんやりと喋ると、監査役のピンキーが半透明なスクリーンに対して腕を組みながら呟いた。
当社は創業者である俺を副総帥として、その上に総帥のこなが座っていると言う少々歪な構成だ。
社外取締役としてザントを招いているが、最近になって人事本部のグレイスが取締役になってしまったので、交代を検討している。
一応、宇宙のルールでは役員の血縁者を外取にするのはコンプラ違反ではないが、地球市民としてはやはりどうも気になるので臨時総会でゼノ博士との交代を検討している。
「人件費高いわね……これやっぱアンタたちの役員報酬減らしたら怒る?」
こなが欠伸をしながらそう言うと、場の空気が一気に冷え込む。
「……まず総帥自らの身を切る改革から始めるべきだ」
「じ、冗談よ冗談!もうピンキーったらそうやってオフレコ雑談に真面目に応えるんだから〜アハハ……」
「説得力に欠けますね」
「姉上、恥ずかしいから冗談でもそういうことは言わないで……」
「……」
袋叩きだ。
「で、では特に質問事項等無ければ会計本部からの報告議案はこれにて終了と致します。次に諜報部より月次諜報活動進捗の件となります」
「諜報部長ピーカブーです。今月の諜報についてですが、惑星クラフトの軍部に不審な動きがあります。惑星クラフトのノーブルタイクーンネオンが地球・アジア地区の日本エリアに出現しました」
「……ネオン? アイツ確か日本人じゃなかったっけ」
ピーカブーの報告で思わず首を捻る。
俺の記憶が正しければ、ネオンは日本人だ。
年齢も俺とそんなに変わらないはず。
「具体的には?」
「えーっと……ハッラー・ジューク? とか言う場所だね」
「……原宿?」
なんでまたそんな場所に。
「そのスポットからほど近い森の中で不審人物との密会が確認されているよ。またその地点では濃い暗黒魔法の残留魔力も確認されている」
「森? あんな所に森なんて……あ」
明治神宮じゃねーか。
よりにもよってあんな場所で暗黒魔法の痕跡とは。
「現在魔力の痕跡をトレースしてはいるけれど、いくら出身地とは言えネオンはクラフト軍の隊長の1人だし、警戒しておいて損は無いね」
確かに、あの森の中は人目のつかない場所でもあるし、密会をするには便利かもしれない。昼間でも道中薄暗い所はあるし。
「次に指定暗黒組織D.E.A.T.H.のアトモスの素性調査についてですが、こちらについては残念ながらまだ特定に至っていません」
「……」
「また、指定テロ支援惑星のヤーテブに対する諜報活動として、現在潜入しているスパイの数は1名が怪我により離脱したため現在92人となっています」
「あら、誰か怪我したの? 何かヤーテブ星で何か目立った動きでもあったのかしら?」
「今の所ないね。訓練中の怪我と言う報告が上がっているね」
こなが手元資料を眺めながら深く、ゆっくりと息を吐く。
「諜報部からの月次報告は以上だよ。ここまででなにか質問はあるかい?」
そんなピーカブーの声に、ナナが口を開こうとした瞬間、レメディが突然手を挙げながら立ち上がる。
「保険福祉本部より今の議案について補足事項があります。あ、ボーンズ、悪いけどここからはオフレコでお願いね」
「えっ?」
レメディが懐から半透明なカセットを取り出すと、それを無言でこなに手渡す。
妹からそれを受け取ったこなは、怪訝な顔をしながらもそれを自分の執務机まで持っていくと、それを何も無い机にそのまま挿し込んだ。
ズブリ、と半透明なカセットが机の中に沈んで行く。
「これは私の病院で扱ってる患者のカルテ情報よ。端的に言うと、とある患者から採取した血液を分析にかけた所、DNAデータがとある検体と合致したわ」
空中に大きめなスクリーンが展開される。
そしてそのスクリーンに映し出された情報を目にしたところで、会議室の空気が凍りつく事となった。
「先日副総帥から受け取った検体とのDNA一致率は98%となったわ。まだ諜報部にこの情報は連携できてないから正式な手続きはこれからになるけれど、今のうちにこう宣言させていただくわ」
「これは……」
「やはり、か」
「フン……この屑が、か……」
俺の睨んだ通りであった人物の顔が、展開される。
「ーーアトモスの正体が、割れました」




