21. 初めての魔法
「……」
火の玉が出るイメージで腕を突き出してみたはいいが、何も起きない。
暫くその姿勢のまま固まり、もう一度火の玉のイメージをしたところで、マヨカがやれやれと言った形でため息をついた。
「あのね、いきなり詠唱破棄出来るとでも思った訳? 普通は呪文を使うでしょ。もうちょっと常識的に考えて」
その言葉に唖然とした。貴方その呪文を教えに来たんじゃ無いんですか……
「いや、あのー……僕はその呪文が分からないから……」
「あー、そっか。そう言えばそんな事聞かされてたわ。ごめん。『火球浮遊』またの名『ファイアリフト』の呪文は……『レヴィファイア』よ」
「レヴィファイア」
「そうそう。じゃあ、もう1回手のひらに火の玉を浮かべるイメージを浮かべて、レヴィファイアって唱えてみて」
右手を突き出し、掌を上向きにしてイメージに集中する。
火の玉。火の玉の魔法って、どんな火の玉なのだろう。配管工よろしくオレンジ色の火の玉なのだろうか。それとも、青白い鬼火のような物なのだろうか。
「ーー【ファイアリフト】!」
もう一度頭で魔法を意識し、呪文を唱えると、僕の手のひらから少し離れた空中に、炎の球が出現した。
明るい黄色の炎だ。まるでろうそくの火が付いているような、そんな色。
「あら。いきなり一発目で出来ちゃうのね。まあまあ優秀じゃない」
思っていたよりも大きいサイズの火の玉だ。手からわずかに離れた位置に浮遊しているからか、やけどこそはしないが、ほのかに熱を放っているのを感じ取ることが出来る。
「これを、よりくっきりと頭の中で強く念じたりすれば詠唱破棄出来る?」
「そうね。呪文を頭の中で唱えてしっかりとしたイメージを持つことが出来れば無詠唱で出来るわ。後は、呪文の代わりに魔法陣を頭の中で思い描くことでも発動することが出来るのよ」
そう言うと彼女もまた、手のひらに火の玉を出現させてみせる。詠唱は行っていない。詠唱破棄だ。
「これ、手のひらに火の玉を出すと言っても、正確には少し浮いてるんだね」
「そうよ。これは魔力を燃料として燃やし続けている魔法で、魔力が切れると燃焼する物が無くなって消えてしまう。僅かに浮いているのは、手のひらに直接火を出すと普通に火傷するから、それを防ぐための術式が魔法自体に組み込まれているってわけ」
「なるほど……」
魔法の構成が思っていたよりも常識的で、思わず笑う。
言われてみれば、火の玉を手づかみなんてしたら普通に火傷するし、何も燃えるものが無いのに火の玉がずっと燃え続けているのもおかしな話だ。
魔力を燃やしているのか。
「ちなみにこの火の玉は念じれば弾丸のように放ったりも出来るから、考えて使いなさい。あと、私たちの使うありとあらゆる魔法は、追加で魔力を込めることでその威力や発動時間を操作することが出来る『冗長化術式』という物が組み込まれているわ。簡単に言うと、この『レヴィファイア』は余計な魔力をつぎ込めば火の玉のサイズが大きくなったり、弾速を上げたり、炎の温度を上げることができるってこと。でも一方で、魔法の術式自体を根本的に見直すことで、より低燃費で高機能の魔法を使うということもできる」
ふむふむ。メモが無いのが惜しまれるところだ。
慌ててスマホを取り出し、ボイスレコーダーアプリを起動しつつメモアプリを並行して起動させる間にも彼女は続ける。
「例えば『レヴィファイア』には、上位互換魔法として『レヴィフレイム』から始まり、『レヴィブラスト』、『レヴィフレア』、そして最上位に『レヴィソレイユ』が。という詠唱が存在するわ。上位に行くに従って火球のサイズと威力は大きくなるけれど、当然その分消費魔力も上がる。使い所を見極めて使ってみてね」
上位互換のような魔法もあるのか。なるほど。
後でちゃんと勉強しよう……
とりあえずこの依頼が終わったら、魔導書の1冊でも買おう。
マヨカの話を聞いている限りでは、どうやら僕は特に魔法の属性によって使えるもの、使えないものとかは無さそうだし。
というか、マヨカ自身も僕に教えるために割と色々な魔法を使って見せていた。属性という概念がある割にはあまりそう言った縛りは無いのかもしれない。
……ああ、でも伊集院くんは回復魔法はサッパリとか、そんな様な事を言っていた気もする。
この辺も魔導書を読んで調べておかないと行けないかもしれない。
魔法は確かにまるで魔法のようで、なんでも出来てしまいそうだが、単一の魔法では限界もある。
こんなに勉強しないといけないものが増えてしまってもいいのだろうか。
幾ら僕が学生とはいえ、勉強量が増えてしまうのはあまり……いや、でもこれは自分の興味のあるものだから幾らでも出来るわけだけれど。
数学の勉強とかの時間は圧迫しそうだ。
◇
「こんなもんで良いんじゃない?」
その後約1時間程で、ちょっと小回りの効く魔法や興味のあった風、そして森の中で火事になったら困るから、水の魔法。いくつかの魔法を軽く覚える事が出来た。
「ありがとう」
「どう致しまして。じゃあ私はもう行かなきゃ」
そう言うと彼女は持っていたモーニングスターを肩にぶら下げた。
「えっ、もう行っちゃうの?」
「この森で待ち合わせてる人がいるからね。私も依頼の最中なのよ。じゃあねー」
それだけ言いのこして、彼女は蒸発した。何だかんだ言って結構いい人だった。
それにしても、マヨカさんも依頼を受けていると言っていた。こなさんは仮にも王女様だし、この世界はどうも地位の高そうな人でも普通に依頼を受けるような世界らしい。ちょっと驚きだ。
そう思いながら気を取り直して出発したのが、今から一時間前の話だ。
「はぁ、はぁ、ちょっと休憩……」
かなりの時間をこの森でさ迷ったが、些か体力の限界だ。回復魔法とかも教われば良かったか。
休憩のためにちょっと座ろう。そう思って僕は何気なく草むらの中に腰掛けた。
「ん?」
何かふかふかした物に当たった。森の中の草むらなだけあって、暗いし草の背は高いしでよく見えなかったので、草を掻き分けて何に触ったのか、当たった物を見た。
「なっ!?」
すると、そこにあったのはなんと真っ赤に染まった、うさぎのような宇宙人であった。
真っ赤なのは間違いなく、血液だ。
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「……」
「大丈夫ですか!?しっかりして!」
「……」
息はある。けれど、今にも消え入りそうだった。一刻の猶予を争う事態だ。そう思って何か連絡手段はないかと考え、ふと、スカウターには確か電話機能があったと思い出す。
「もしもし!緊急事態です!!目の前に負傷……」
思わず絶句した僕の目には、広がる紅い池に浮かぶ残り3人の人型しか映っていなかった。そしてその中には、さっき別れた彼女も居た。
「とにかく大至急、来てください!!!」
どうやら僕はとんでもないものに当たってしまったようだ。




