214. 不敗竜機
久しぶり……と言ってもついこないだ来たばかりのエリアYは、人でごった返していた。
「こなは?」
「マップ展開して!」
ソラに促されて巧がマップを展開すると、はるか前方にこなを示すマーカーを確認した巧が指を指す。
「こっちだ!」
こなの元へと駆け寄ろうと人を掻き分けて進む。
今ここにいる人達は恐らく依頼を受けたギルド員たちだろう。
皆指名依頼を受けているだけあって、屈強な見た目をしていたり強力な魔力の波動を感じる。
そうでない人たちもみな優秀な魔法使いであるみたいで、そこらじゅうで回復魔法の掛け合いや『祝福の陣』を初めとした回復魔法陣などを展開している。
「居るだけで結構参考になるね、ここ」
そういうのは峰さんだ。
峰さんは後衛寄りの戦い方だし、こうした補助魔法は色々と興味が有るのかもしれない。
そのうち何かいい補助魔法専門の魔導書でも探してこよう。
そんな事を考えながら歩いていると、やがて人が疎らになって行く。
安全地帯を抜けたのだ。
そこから更に早歩きで前へ前へと進んでいくと、やがて竜の頭を象ったヘルムを身につけた人影が視界に入った。
「こな!」
僕の声に気付いたらしく、彼女が振り返る。
全身を白金の鎧で覆い、右手には巨大なハルバードを携えているその人は、怪訝な声をあげて見せた。
「……彗? それに貴方達、こんな所で何をしてるの??」
「こなが前に出ると聞いて、何か出来ないかなと思って」
「そう? なら出来ることは何も無いし必要ともしてないから下がりなさい」
そう言うと、こなはハルバードの刃でトン、と地面を叩く。
バチッと火花が地面から散り、彼女の眼が凛と輝く。
「ーー【竜炎降臨】」
その呪文が唱えられた瞬間、火花だった物が瞬く間に豪炎となり天へと登って行く。
破裂するように燃え広がるそれがやがて生き物の形を作ると、その炎を喰らうようにして火炎から巨大な翼と顎が出現する。
「呼んだか、主」
「呼んだからこうして話をしているに決まってるでしょ。状況理解出来ないの?」
「こ、これは……」
白金の皇女と相対したのは、白銀の竜。
翼を持つ方のドラゴンだった。
そしてその皇女が、チラリとこちらを見ると、ニヤリと笑って見せた。
「カイザードラゴンよ。それも、古竜のね」
それだけ言って、彼女はハルバードを地に向けて衝撃弾を発砲。
反動を利用して飛び上がり、カイザードラゴンの上に着地すると共にその竜が呪文を唱えた。
「【武装束】」
眩い輝きと共に竜が装甲を身に纏う。
その圧倒的な存在感に、巧とソラが息を飲んだ。
「す、すげえ……」
「これが、メタリック帝国の誇る不敗竜機……」
何だか凄く厨二心の琴線を擽るフレーズがソラから出た所で、アーマーに身を包んだそのドラゴンが大きく翼を広げ、大地を蹴った。
白銀の鎧が眩しく太陽光を反射し、軽く羽ばたくだけで物凄い暴風が広がってみせる。
その暴風をモロに受けた僕は風に煽られる形で数歩下がり転び損ね、何とか転ばずに持ち直したところでソラが目を見開いた。
「じ、冗談でしょ……こなさんってカイザードラゴンの古竜を従えているの……!?」
ソラが大袈裟なまでに反応し3歩ぐらい後ろに下がる。
「なあソラ、カイザーのエンシェントってどういうことだ?」
「……えっと、カイザードラゴンってのはね、要するに洋ドラゴンの中でも最強格のドラゴンなの。ドラゴンが数千年力を蓄えたのがエンシェントドラゴン。つまりバケモノ中のバケモノ。分かる?」
「なるほど分からん」
巧は安定している。
……いやそんなことより。
「あれ、大丈夫かな」
竜の口に恐ろしい魔力が集うと、凄まじい爆音と共に純白の炎で出来たビームのような物が放たれる。
その射線上にいたありとあらゆるものが消滅し、消し炭すら残らない。
「アレは……マジでヤバいだろ……」
青褪めた顔で巧が呟く。
無理もない。
「誇張でも何でも無かったのか……」
死体すら残らないと思え、と伊集院君は言った。
これでは残す方が難しいだろう。
「私も少し暴れようかしら。【衝撃連弾】」
濃縮された純粋な衝撃の塊がこなのハルバードからばら撒かれ、敵の黒い影を蹂躙していく。
ドラゴンから放たれるブレスが広域を薙ぐと、その延長線上にあったあらゆるものが蒸発し、瞬く間に戦場が更地と化していく。
「【バイルソル】」
「【ホーリーエボニー】」
影のような軍勢から巨大な暗黒の炎と、黒い光の爆発が竜に向かって伸びていく。
その攻撃に対してこなはハルバードを向けると、竜の身体から鱗が幾つも剥がれていき巨大な盾を形成し攻撃を反射、敵の総数が大きく減ることとなった。
「主よ、生え変わるとは言えそこそこ痛いのだが!」
「新陳代謝は大事よ」
いやその鱗無理やり剥がしていたのかよ。
そう密かにツッコミを入れていると、その鱗がまるで鰯の群れみたいに空中で大きくうねると超速で敵を切り裂いて行き、ブレスの撃ち漏らしを漏れなく倒していく。
「【連鎖獄炎】!」
「【電磁砲】!」
続け様に別働隊から黒炎が次々と放たれ、更に違う部隊からは磁力を利用した超音速の砲撃が行われる。
これが装甲に覆われた竜の翼に被弾すると僅かにドラゴンがバランスを崩す素振りを見せるが、直ちに目から光線を放ち、反撃。
「【レーザービーム】!」
瞬く間に敵の数が減って行き、最後の一体をこなが細い光線で撃ち抜くと辺りに静寂が広がってみせた。
「さて、リスポーン地点は……」
ドラゴンの背に乗るこなが小さく呟いたあと、白い波紋が彼女から広がる。
索敵魔法だ。
「見つけたわ」
そう言うと彼女は竜の背中から飛び降り、詠唱を破棄して衝撃連弾を一点に向けて放つ。
それと同時に役目を終えたカイザードラゴンは炎に身体を変化させると空中で姿を消した。
「……」
こなによる破壊的な魔術によって立ち上がった土煙を、彼女はまた詠唱を破棄して突風を吹かせてこれを吹き飛ばす。
『ヤルナ』
その一点に現れたのは黒い影。
しかしただの黒い影ではなく、黒のクロークに身を包み、仮面でその肌を見せることの無い、黒の上塗りをした影。
「アトモス?」
『如何ニモ』
機械的な抑揚のない声に寒気がする。
その黒装束は仮面も身に着けていて、どこも肌を露出している箇所がない。
「あ、アトモス……?」
「おかしいわね、アトモスがこんな所に居るなんて」
こなが首を僅かに傾げながら仮面の者を正面から見つめた。
一方、小さく声を上げた峰さんは一歩下がりながら懐から短杖を取り出してそれを向ける。
「なんで、アトモスが……」
そう言うのはソラだ。
信じられないと言った様子でそう言った彼女もまた、短杖を取り出すとそれを構える。
『私コソガ闇デ全人類ヲ装飾スル、デザイナー・アトモス』
そう言ってアトモスが取り出したのは、刀だ。
こないだと持っている武器が違う。
それを見て、ソラが目を細めた。
「これが、アトモス?」
『ソウダ。私ハ影。私ハ大気。私ハ、何処ニデモ居ル隣人』
「いや私貴方みたいな気持ち悪い隣人嫌なんだけど」
こながそこで会話に割り込むと、ハルバードをまた構えて見せる。
「生憎貴方みたいな雑魚に付き合ってる暇なんてないのよね。バイバイ」
ハルバードを縦に構えると、その中心に飾られた赤い宝玉から全てを破壊する極光が放たれる。
その極光が消える頃には、アトモスは影も形も見当たらなくなっていた。
 




