208. 竜種
「ドラゴンとかまた妙なことやってるなアイツ」
傍に居る巧がそう言う。呑気な物だ。
一方で、ソラの方は珍しく怒っている様子で、顔を怒気で僅かに赤らめさせていて拳を握っていた。
「ドラゴンは単体で挑んでいい生き物じゃない。これじゃまるで彗が捨て駒じゃない!」
私たちはソラの家でもある武器屋『ヴァルネロ』の2階にあるソラの部屋で寛いでいた。
そんな中で巧の宿題を見ていてようやく全て終わらせたのを見届けた私たちが彗に電話を掛けてみたら飛び込んで来た情報は、彗がこれからテロ組織とドラゴンを相手すると言う、また反応に困る情報だった。
「ど、ドラゴンってそんなに強いの?」
「地球って魔物の数がすごく少ない代わりに魔物の強さは宇宙でも群を抜いてるの。特にドラゴンなんかは地球と言えばドラゴン、ドラゴンと言えば地球って言う位には地球の魔物の中でも最強として有名なの」
そう言うとソラは本棚へと駆け寄りそれを漁り始める。
「ど、どうした?」
「河北黒龍……確かこの辺に……あった!」
本棚から本をまとめて薙ぎ払うかのように押し退けると、大量の本が落下に幾つかが巧の身体に当たる。
「いって、おっまマジでさあ!」
「うるさい。【文書検索:河北黒龍】」
真剣な表情で一冊の本に対して短杖を向けると、ソラの呪文に合わせて本が独りでにパラパラとめくれる。
やがて何枚かのページが光を帯びて見せると、ソラはその光るページに目を通して見せた。
「あった!」
齧り付くように彼女は目的のページを読み出す。
流石に空気感を察したのか、巧はそれ以上の不平不満を口には出さず、代わりに彗にまた連絡を飛ばした。
「彗」
『何?』
「ソラが何か見つけたみたいだぞ」
その言葉にソラは目敏く反応すると、声を少し張り上げてみせた。
「彗、河北黒龍は水属性だから雷と光魔法に弱い、龍だから逆鱗持ちで位置は顎の下、他の弱点は鱗に覆われてない眼。氷のブレスには気をつけて!」
『助かる!』
『ちょっと、ひょっとしてあれドラゴンじゃない? 勘弁して欲しいわね……』
『えっもう? そういうわけだからまた後で!』
端的に情報を詰め込んだソラの言葉に彗の声が応えると、通信が途切れる。
聞いた事のない声が最後に聴こえたが、少なくとも彗は単身では無いらしい。
「なあソラ、そんなにドラゴンってやべーのか」
そういう巧の声は低い。
本が頭に落ちてきた場所をまだ擦っている巧に対して、ソラは目を閉じながら淡々と答えた。
「……竜種は地球原産の魔物の中でも最も強い奴らなの。普通の魔法使いでは束になっても適わない」
「彗は確かふたつ持ってたよな」
「ふたつ程度では話にならない。単身では少なくとも無理。自殺行為」
「で、でも〜、今の最後に別の人の声も聞こえていたし、何とかなりそうじゃない?」
私のそういう声に対しても、ソラは首を力なく振る。
「仮にその人が選ばれし者でも2人での討伐は無理よ。守護者クラスなら何とかなるだろうけど……」
そういうソラの声には、恐らく伊集院くんの事が念頭にあるのだろう。
彼女は口にした傍から顔を歪めて見せた。
その懸念は、恐らく私の抱いているものと同じ。
伊集院くんは、きっとこの程度の事ではテコでも動かないだろう。
彼は、そういう人だ。
「なら、尚更助けに行かないとな」
「無茶言わないで」
「無茶じゃねえよ。言っただろ? 俺も峰さんもトリプル共の魔力で進化してる。俺達もトリプル級だ」
「だからって、今の巧はシングルでしょ?」
ソラは呆れ半分怒り半分と言った様子で巧に詰め寄る。
確かに、今のままでは私たちが行っても邪魔なだけだ。
だが、1つだけそうならない例外ならある。
「私たちが今からトリプルになれば良いだけじゃない?」
そう提案すると、巧も同じことを考えていたのか腕を組みながら頷く。
今ひとつしかないなら、数を増やせばいい。
それでも尚、彼女は首を振る。
「無理。いきなりやったら身体が耐え切れない。やるにしても数はダブルまで、それも市販のそこら辺にある様な物だけを装備する形になる」
「ならダブルまででいい。やらないよりはマシだろ?」
「あのね、ドラゴンってのはそう簡単には倒せないの。あまりにも強いから竜を狩る専用の武器もあるくらいだし、専用の対策が必要になるの」
「そうだな。で、ここはそういう武器も置いてるんだろ? あとその変な図鑑。今めっちゃドラゴンのこと読み上げてたよな?」
「それは……」
「そういや彗の剣もなんかそういう武器だったよな。思ってたよりも勝機有りそうじゃね?」
言われて、彗の持っていた武器を思い出す。
あれの名前は、スレイザドラゴン。
直訳すると、竜を屠る。いっそ笑えるほど竜狩りに向いてる武器とも言える。
そして目の前の図鑑。
表紙にはご丁寧に『ザ・イラストレーテッド・ブック・オブ・ドラゴンズ』と書かれている。
「無謀だろうがなんだろうが、彗が死にに行くのを黙って見てることなんて俺はしたくないんだ。お前もそうだからわざわざ逆鱗がどうのこうのとか言ってたんだろ」
「……」
「ねえ、行こうよ。私たちなら、彗を助け出せるよ。私だって回復魔法は使えるし、巧も火力だけはあるし、そこにソラちゃんの知識と武器があればきっと何とかなるよ!」
意を決して、私もそう言ってソラを説得する。
暫くソラは俯いて沈黙したが、目は鋭く細められている。
瞳孔が開いたり閉じたりをしていて、息も心做しか細められている位だ。まるで何かをシミュレーションしている様にも見える。
やがて彼女はゆっくりと目を閉じて、息を吐く。
「……そこまで言うなら、分かった」
「よっしゃ!」
「でもまずはドライブを買うこと。次に武器はウチの秘蔵品を出すからそれを使う事。それ壊したら当然弁償ね」
「分かった」
「おっけーおっけー」
「じゃあ、武器持ってくるからそこで待ってて。あと、彗との電話の履歴出しておいて。位置情報割り出すから」
「おっけー」
そういうと彼女は眉間に皺を寄せながらも、何処かスッキリとした顔で立ち上がった。
「所で峰さん」
「ん〜?」
食べかけていたせんべいを口に放り込んだ所で巧がこちらに向き直った。
「俺炎属性で水はガン不利なんだけど大丈夫かな」
……先行きが不安だ。




