207. 人避けの結界
京滬高速道路。
これは後からググってウィキった結果知ったのだけれども、この高速道路はどうやら首都北京から上海までを結ぶ主要幹線道路の一つであるらしい。
途中には天津とかもあるらしく、僕達はその中でも徳州南サービスエリアという場所に降り立った。
「……ここ、普通に人いますね」
「フード付きのクロークを着ていて良かったわ」
そういうウィンターさんは、変身していない。
純白のクロークであるためかなり目立つが、その中身はそのまま宇宙人なので慌てて僕達はサービスエリアの片隅へと避難する。
『こちら諜報部、星野隊員とウィンター隊員は応答してください』
「こちらウィンター、無事に到着しました」
「同じく星野、到着です」
コソコソと不審者になっていると、透明にしていたスカウターから音がする。
諜報部からの入電に答えると、諜報部員はこう告げた。
『これより対非魔人結界の展開を依頼したい。詠唱可能な者は居るか?』
「それなら私ができるわ」
『予定では73分後に敵性勢力がそのサービスエリアを通過予定だ。それまでに非魔人を排除してくれ』
「分かったわ」
ウィンターが手を空中に翳す。
クロークの袖が下がり、ほぼ熊である手が露になるが、幸い誰も見ていない。と思う。
「【反魔結界】」
彼女の中の魔力がゴッソリと減っていくのを傍で感じ取ると、彼女の手から半透明な白い光弾が放たれる。
そしてそれが空高く飛び上がり見えなくなったかと思った瞬間、パンと小さな破裂音とともにその光弾が弾け、巨大な膜がサービスエリアを覆った。
「こちらウィンター。展開完了よ」
『こちら諜報部。そのまま現場で待機していてくれ』
「了解」
通信が切れると、彼女はふっと息を吐いて見せる。
「久しぶりにこんな魔法使ったわね……」
そう言うと彼女は懐から鮮やかな青の液体で満たされたフラスコを取り出し、それをラッパ飲みし始める。
多分魔力回復薬だろう。昔僕が飲んだ物だ。
「その辺のベンチで待っています?」
「そうね」
適当な場所に腰掛けて、ジッと待っている。
今僕たちのいるのは登りの方らしく、かなりの量の車両が僕たちの前を走り抜けている。
「これ、人いなくなるのかなあ」
「突然効果が出るわけじゃないもの、仕方ないわ」
しかしそうウィンターが口にしたそばから、人の流出は静かに始まった。
「ーー我能够紧急地、再见」
「ーー现在该走了〜」
車が一切入ってこないのに、皆がゾロゾロと車に乗りこみ出て行く。
皆次々と何かに誘われるかのように一人また一人とSAを後にして行く。
そして、気がつけば店員と思わしき人たちも何やら慌てた様子で立ち去る。
30分もすれば、気がつけば誰もいなくなっていた。
「あ、そうだ」
「何?」
「【記録媒体破壊】」
いつかを思い出し、近くの監視カメラ……と、繋がっている大元を破壊する。
「ああ、そういう事」
「うん」
「中国区域はこうした防犯機器は多いのかしら?」
「さあ。でも、超監視社会とは言われてますね」
車の交通量も多いはずなんだけれども。
ここまで魔法でごく自然に人がいなくなるのはいささか不気味だ。
一体どういう原理で非魔人を避けさせているのだろう? しかもこの魔法は魔法なのに害も無いし。
そんなことを考えていると、ふとスカウターに着信が入った。
「もしもし」
『おっ、彗俺だよ俺』
「今どきオレオレとか言っちゃう?」
『ちっげーよ巧だよ!』
それは知ってる。
『お前今どこに居るんだ?』
「ニイハオな所」
『は? 俺も連れて行けよ』
「嫌だよ宿題永遠にやる気配ないし」
『もひもひ〜? ふい〜?』
そこで割って入ってきたのは峰さんだった。
……何か後ろでボリボリと咀嚼音が聞こえる。
「どうしたの? って言うか何食べてるの」
『ちょっ、峰さん食べながらはさすがにまずいって』
『ん〜』
「むしろそっちはどういう状況なの」
相変わらず耳に直接ボリッボリッと音が聞こえる。
顔をお互い投影していないのをいいことに盛大に顔を顰めていると、やがてその音も収まり峰さんが普通の声で話し始めた。
『今ソラの所で宿題終わらせてて〜、やっと片付いたから休憩してた』
「えっ巧宿題終わったの? 嘘でしょ?」
『当たり前だろ』
『いや、それはホント。ウチがちゃんと証人になる』
「マジか。巧の言葉だけなら絶対信じてなかった」
なんせ前科が無数にあるからな。
そこまでは口にはしなかったけど、ソラが証人になるとか言い出すならもうどうしようもない。
『で、彗はなんでそんな所に?』
そういう事なら、とこの後の展開が予想できるなと思いつつも、掻い摘んで今の状況を話す。
流石にAAAAの幹部が傍に居るとは言わないが、状況を説明していた所で、横のウィンターさん宛に諜報部からの連絡が入った。
『こちら諜報部』
「はい、ウィンターです」
『敵性勢力はD.E.A.T.H.の可能性がある。暗黒魔法に警戒してくれ』
その言葉に、ウィンターの目つきが鋭く細められた。
「DEATH……? はっ、上等じゃないの。情報感謝するわ」
『現在予定よりも早く敵性勢力は北上中だ。敵に指揮官は居ないようだが、中国区域固有の魔物をテイムしていると言う情報が入っている。注意してくれ』
「了解よ」
「……だそうだよ」
『マジか!俺達も行く!』
案の定巧はそんな事を言い出すが、時間差でソラがゆっくりと口を開いて見せた。
『……中国固有種って、東洋の龍以外に何があったっけ?』
その発言に、思わず僕はウィンターさんと目を見合わせる。
「地球原産の魔物で有名なのはドラゴンよね」
「……ですよねー」
ましてや中国なんて言ってしまったら。
それこそ龍の原産地だろう。
「天野先生天野先生、ちなみに龍ってどんな魔法使いなら互角になるのかな?」
『……ランクで言うなら、スペードのQ以上が4人』
無言でウィンターさんの方を見つめる。
彼女は首を横に振った。
あれ、これ無理では?
「……こちら星野、諜報部応答してください」
『こちら諜報部』
「今向かってきている魔物って何なんですか?」
『少々お待ちください』
縋るような思いで、諜報部に確認をとる。
こっちの戦力はたったの2人だし、せめてなんか河童かなんかであればーー
『東洋の龍の一種の河北黒龍です。まもなく到着すると思われます』
無情にもドラゴンであるとむしろ確定してしまった事により、隣のウィンターが目を見開く。
ドラゴンを従えている敵に、2人だけで一体どうやって対抗したらいいんだ。




