202. 最初の分岐点
「じゃあ、今日のリハはこんな所で」
トンプスの言葉で、今日の稽古が終わる。
僕の拘束時間もこれで一旦終わりだ。
「星野くんもお疲れ様」
「いや、僕殆ど何もしてないので……」
伊集院くんと会った翌日。
今日アーティさんは非番でボディガードというか警備員は僕一人だけだ。
と言っても、まずそもそもトンプスさんはくそ強いからボディガードを雇っている理由もイマイチ理解できないし、そもそも襲われたり襲撃されたりする事も無いから基本的にくっそ暇なのだ。
「居てくれるだけでも抑止力になるだろ?」
「言うほど僕って抑止力になってますか?」
「……、……。もちろんだ」
「今、そこそこ間がありましたね!?」
僕の突っ込みをスルーするかのように彼は楽器の手入れを始める。
「……ところで星野くん、俺がある程度未来を見通すことができると言ったら信じるかい?」
「話題逸らしにしては雑過ぎですね?」
「いや、これは真面目な話だ」
その声があまりにも真剣だったので、僕思わず眉間に皺が寄っていくのを感じながらも、務めて真面目に答える。
「まあ……時間魔法を使うんだし、信じる要素なら有りますよね」
「そうか。なら悪いが今から俺を指定暗黒組織AAAAの首領と会わせてくれ」
「……はい?」
それは何とも唐突な要望で、思わず聞き返してしまう。
「君にこの要望をすれば未来はより良い方向に変えられると未来視する事が出来た」
「何ですかそれ」
「過去とは定まった物であるから変えることは出来ない。だが未来は可能性による次元の揺らぎによって未来視した物を回避したり、手繰り寄せたりする事が可能だ」
「……言ってる事がよく分かりません」
説明を求めると、彼は顎に手を当ててしばし考え込むような仕草を見せた後、ゆっくりと答えた。
「端的に言うと、俺がそいつと会わないとこの先君が死ぬ恐れがある」
「言ってる意味が、よく分からないです」
言葉と言葉が、主語が、繋がっていない。
「何と言えば良いかな……今朝そんな未来の可能性が見えたんだよ。今見える未来は貨物船と……紫の結晶。仮面の人物と裁判所。これがどう影響してくるかまでは分からねーが、無数の未来からとりあえずそいつと会うべきというビジョンが見えてな」
「うーん……と言われても、何で僕にそれを? まずそんな人、僕が知ってるとは限らないじゃないですか」
いやまあ実際は思いっきり知っているけれども。
でもあえてそれを口にせず、そう聞いてみると彼は頷いてみせる。
「未来とは不確定な物だ。だが、こうすればこうなる、みたいな物はある程度見る事が出来る。とりあえず俺は君にこう言う事を頼めば俺の血を分けない兄弟に会えると言うビジョンが見えたのさ。で、それが巡り巡って君の延命に繋がると」
「……何ですかそれ」
「時の秘術としか言いようがないな」
そう言えばザントさんの先代が育ての親だとか言っていたなと思い出しながら、考える。
確かにザントさんのことはそれなりには知っている。
知っているけれど、それなりに、なのだ。
まず僕はどこに行けばザントさんに会えるとか、そう言った情報は持っていない。
それに延命ってのもよく分からない。なぜ僕はその……死ぬと言うのか?
「ちなみに会えなかったら僕はどうなるんですか」
「端的に言うと暗黒魔法に呑まれた結果、君はX-CATHEDRAから離反し、そして討たれる」
「暗黒魔法?」
「ついでに直接の死因としては伊集院に殺される」
「伊集院くんに??」
「ああ。それで今これを口に出して分かったが、俺がこれを口にしたところで俺がそのAAAAの首領に会わない限り、その未来は変わらなそうだな」
そう言って彼は腕を組む。
その表情は深刻だ。
「未来は不確定なんじゃなかったんですか」
「ああそうだ。だからこそ君は未来を選べるんだ。今ここでイエスと言う未来とノーと言う未来の二つがある。選んでくれ」
そんな事急に言われても。
と、口にしようとした所で、ふとこの状況を俯瞰してみて気付く。
これ、もう実質僕が知っていると言ってしまってる様な物なのでは?
そこで知らんと今更言った所でただの意地悪に見える気もする。
いやでも僕がそんなマフィアと繋がっていると白状したらトンプスさんは僕を敬遠……あ、それは無いか。この人マフィアに育てられてたんだった……
なら、無理に変な駆け引きをする必要なんて無さそうだ。
「……分かりました。薄々気付いているとは思いますけど、僕は今のAAAA首領の『Z』とは面識が有ります」
とは言っても、トンプスの期待する様なパイプでは無いし、何処にいるか知っていそうな人がいる場所に案内するだけだがそれでも良いのかと聞くと、彼はそれを快諾してくれた。
「だが、何処に行けば顔見知りと会えるんだ?」
「トンプスさんとは別の意味で血を分けない兄弟の所ですよ」
思わずそう言う言い方をすると、彼は目を丸くした後、笑って見せた。
「なるほど。ソイツは良いな」
「聞いた話では、一時期一緒に修行をしていたそうですよ」
「へえ。俺の兄弟たちはそんな事をしていたのか」
「ただ問題はその人、知っての通りそこそこ忙しいので会えるか分からないんですよね……」
「ああ、その心配は要らない。時間が無いなら作ればいいだけだからな。ちなみに最後に会ったのは?」
「昨日ですね」
「それなら話は早い。昨日に飛べば良いだけの話だ」
「そんなこと、出来るんですか?」
「俺を誰だと思っている。世界最強の時間魔法使い様だぞ?」
そう言うと彼は獰猛な笑みを浮かべ、振り返るように手を翳し、呪文を唱えて見せた。
「時よ戻れ……【時間逆行】!」
その瞬間、世界がドロリと溶けていく。
紫色の混沌に世界が包まれ、その混沌が流れるように全てを洗い流していく。
その紫色の混沌が流れ去って行くと、そこには先程と変わらない風景があった。
「……今の、は」
質問ではない。
恐らく、時間を遡ったのだろう。
「さて、兄弟に会いに行くとするか」
「えっと、今の時間は?」
「昨日の同じ時間さ。おっとその前にちょっと待ってくれないか」
そう言うと彼は懐から手のひらサイズの、動いていないデジタル時計を取り出した。
「これは?」
「時間を超えたり減速させたり加速させたりして行動する際、時空超越師は必ずこうして本来とは違う時間に居た期間を計測しなければならないのさ」
「それはなぜ?」
「寿命の調節を行うためだ」
僕は歩きながらトンプスさんの説明を受ける。
「と言うと?」
「例えば、保証期間が1年で、買ってから2年経つと壊れる機械があるとする。これを時間魔法で加速させ2倍の速度で時を刻ませると、機械本体は買ってから2年が経過しているのに実際の世界では1年しか経過せずに機械が壊れ、保証期間中で対応することができるようになる」
「はあ」
「この機械の実際の寿命と時の流れによる寿命をマッチさせるには、どこかでその機械の中を流れている時間を遅くして現実世界の時間に合わせるか、あるいは機械を未来に飛ばして現実世界の時間に合わせるかをしないといけない」
これを『寿命補完の義務』と言う。
寿命補完の義務は物ではなく生き物にも適用される。
過去に飛んだら、未来に戻る時は過去に滞在した時間の分だけ自分が飛び立った未来に飛んでズレてしまった寿命を精算する必要がある。
そうトンプスさんは説明してくるが、僕には難しい内容でよく分からないというのが正直なところだ。
「だからここでの滞在時間はこうして正確に記録する必要があるのさ」
「な、なるほど?」
「……お前、本当に理解したか?」
「もちろん。そんなことより早く行きましょうよ、時間は作れても有限……ですよね?」
疑うトンプスに対して話題を逸らすためにそう言うと、彼はニヤリと笑って見せた。
「違いないな。時間は作れるが、有限には違いない。俺たちは今、過去の時間を借りているに過ぎないからな。精算する時間は一分一秒でも短い方がいい」
「でしょう? そうと決まれば出発ですよ」
どうやら上手く話をそらすことが出来たようだ。
そう心の中で安堵し、僕達は再び歩き始めた。




