195. 暗黒卿の所以
「炎よ」
カーゼルが杖を振るうと炎が床から吹き上がりアーティへと向かう。
それに合わせてカーゼルは杖を逆さまに持ち、炎と呼吸を合わせてチェーンソーの側面を殴打して攻撃を仕掛ける。
これに対してアーティは咄嗟にチェーンソーを逆手に持ち替え受け流すようにして攻撃を受け止めるとカウンターで斬り上げ、カーゼルは顎を引く事でその逆襲をヒラリと躱して見せる。
「【電撃掌底】!」
「ぬおおっ、【桜吹雪】!」
再び手から電撃が放たれると、カーゼルがこれを杖で受け止めてみせた。
そして返しの呪文で桜の花びらが嵐の様に吹き荒れ、桜花が辺りを破壊し始める。
「……我々を隔離する観覧用結界に損傷を確認。修復を行います」
「あー待て、それは俺がする。【巻き戻し】」
僕たちを守るバリアに、大技の応酬によってヒビが入り綻び始めた所でメタモーフからそんな報告が上がるとトンプスが手を挙げてメタモーフを静止し、呪文を唱えてみせる。
その魔法によって、バリアに入った亀裂が修復を初め、ゆっくりと回復する。
「す、凄い……」
「これが、初めてオールランクAに至った野良の冒険者の実力か……」
吹き荒れる桜を斥力の膜を展開して弾くアーティが手を翳すと、桜の花びらが静止し一斉に術者へ向けて吹き荒れ始める。
術者に歯向かうそれに対して皇帝カーゼルが炎を再度放つと、斥力で歪んだ炎が逆噴射しカーゼルを焼く。
そしてアーティが重力を操作し桜舞う幻想的な状態であった部屋がまた火の海になった所で、炎の向こう側から突然杖を構えたカーゼルが飛び出し杖を振るわんとした。
これに対して、アーティはなんとチェーンソーをカーゼルに向かって鋭く投げ付けると、カーゼルはこれをスレスレに跳ぶ事で回避し杖を振りかぶーー
「はっ!」
ーーろうとした所で、アーティが両腕を突き出し、念力をフル解放するとカーゼルが一直線に壁に向かって吹っ飛んで行き、柱を貫通し破壊した衝撃で床に転がる。
「おおおおおっ!!」
隙を見逃さず勢いよく跳躍したアーティは、念力でチェーンソーを手元に引き寄せながら床に思いきりチェーンソーを振り下ろす。
カーゼルはこれを自分の横たわる床を爆発させ自らを吹き飛ばすようにして回避すると、代わりにその爆炎がアーティを包み込む。
「よもや剣を投げて念力で応戦してくるとは」
「流石世界最強の念力使いですねぇ」
「これが……オールAの戦い方……」
ブーレさんが感心したように横で呟く。
観客席の人間が分析をしている最中、爆炎がその指向性を変え真横へと広がりカーゼルへと逆噴射する。
これをカーゼルは杖の一振で炎を鎮火させると、目を細めながら杖から電撃の玉を生み出し攻撃を仕掛ける。
そしてアーティがこれを空中に飛んで回避するとそこに氷のビームが放たれ、アーティは空中を真横に移動する事でそれすらも躱し、空中に浮かんでみせた。
「やはりその念力スキルは邪魔じゃのう。汎用性が高過ぎる」
「お褒めに預かり光栄ですね!」
再びチェーンソーが投げられると、彼が懐から白銀の拳銃を取り出し弾丸を放つ。
皇帝はこれに対して障壁を展開しチェーンソーと弾丸を弾くが、チェーンソーは不自然に空中で静止し再び皇帝の首目掛けて再度突撃する。
「念力で武器を振り回してるのですかね?」
「でしょうね。実質的に腕が三本以上ある訳ですね」
皇帝が防戦に傾き始めている中、弾丸が再び放たれるとそれが弧を描く様に弾道をねじ曲げながらカーゼルへと向かい、これを杖で直接弾く。
二人ともやっている事が無茶苦茶だ。
方やカーブを描く弾丸で明後日の方向に発砲していてもそれが標的に向かっていき、空中でチェーンソーがほぼ独りでに暴れ回っていて圧倒的な手数と驚異的な命中率を弾き出している様な状況。
方やそれらを全て杖や防御魔法で防ぎつつ、高火力の魔法をいくつも放ち範囲攻撃をばら撒く状況。
「ーー【崩壊と塵殺の狙杖】!」
杖の先端に魔力が瞬間的に集まると、凄まじい衝撃波と共に細いレーザーが射出され、アーティのチェーンソーが中心部に穴を開け吹き飛ばされる。
その衝撃波で再び僕たちの観覧席にも亀裂が入り、謁見の間の壁に穴が開く。
武器が破壊された。
「ちっ!」
「【英智と撃滅の杖剣】!」
「くそっ!!」
間合いを一瞬で詰めた皇帝の杖先がアーティの心臓目掛けて突き出される。
これをアーティは手のひらを杖先に向けて翳すと、手のひらから数センチの所で杖先が止まる。
……いや、止まってるんじゃない。
アーティは手から念力を放ちで杖を押し返していて、強引に杖と念力で鍔迫り合いをしているのだ。
なるほど『暗黒卿』なんて物騒な名前が付くの理解できる戦い方だ。
要するに念力と言う名の能力を使っているかのような戦い方で、しかも威烈だ。
ついでにさっきは何か手から電撃出てたし、地球人なら誰でも連想してしまうだろう。
「ぐっ……!」
「ぐぐぐっ、お主は……そのスキルにっ……」
アーティは脂汗を額に滲ませながら懸命に押し返す。
一方、皇帝の方も渾身の力で杖で刺そうと力を振り絞っていた。
「頼り過ぎじゃ!ーー【揺蕩え ダマビア】!」
唐突に行われた天使の詠唱。
その詠唱が放たれると同時に、アーティの背後にドスン!と何かが落下する音がした。
驚きに目を見開き、アーティが振り返ると、突然アーティは吹き飛び壁に激突してクレーターを残しながら倒れた。
一体何が……?
「ぐっ!」
「ふむ。【凍結線】」
「がはっ!!」
追撃の光線が伸びていき、アーティは空中に逃げようとした所で被弾し腕が凍り付く。
今のは、今までの戦い方を見るに簡単に避ける事が出来た攻撃のはずだ。
「やはりの。お主はスキルに頼り過ぎじゃ」
「な、何をした……」
皇帝がニヤリと笑う。
「儂の契約しておるダマビアの権能は『スキルの封殺』……そなたの『念力』スキルはこれで封じた」
「そういう事かよ……!」
「故に、ここで終わりとしよう。【崩壊と塵殺の狙杖】」
その長めの杖の先端から、青白い光線が放たれ、その余波で僕たちの観客席のバリアが遂に破壊される。
そしてアーティのシールドが砕け散り、再び謁見の間の壁に新しい穴が生まれたところで、トンプスが立ち上がりその手を挙げた。
「両者そこまで。今回の勝者はカーゼル陛下とする!」
エペレス陛下がその言葉にニッコニコな笑顔で拍手する。
満更でも無い様子で皇帝カーゼルはフンと鼻を鳴らすと、此方へと緩やかな動作で戻り始めた。
「久々に暴れてしもうた」
「暴れすぎですよ陛下。柱は倒れてるし壁に穴やら傷やら出来てるし」
「穴はワシじゃが、柱を破壊したのは奴じゃ」
「……違いねえ」
アーティは満身創痍で何とか起き上がると、よろよろと此方へと歩み寄った。
よくアレで腕が吹き飛ばないなと感じていると、トンプスがアーティに向けて手を翳した。
「いいものを観させてもらったよ。【逆行回復】」
紫色の魔法陣がトンプスの前方に展開されると、時間が巻きもどるかのようにアーティの傷が癒えて行く。
いや、巻きもどるかのように、と言うよりは、本当に時間が巻きもどって居るのだろう。
「……流石に時間魔法で回復されるのは初めてだな」
「そりゃまあ時間魔法は色々と理論が面倒だし、回復魔法も理論自体はクソ面倒だからな。面倒臭い理論を掛け算する様な魔法は、俺も滅多には使わない」
「はあ」
「俺も楽しませてもらったから、これはお礼のようなものだ。さて、陛下の身体に鞭打つ様で申し訳ないが、早速審議の時間としようか」
そう言うとトンプスはエペレスをエスコートし、カーゼルと共に観覧席から玉座へと向かう。
審議する必要なんてあるのか? と先程の城を滅茶苦茶に破壊する戦いぶりを見て思うが、ひとまず僕たちはその結果を見守る事とした。




