191. 機神皇帝エペレス
「では、エペレスはどっちを取るのじゃ?」
「そうですね……」
トンプスは身を引き、いつの間にか魔法で作り出した椅子に腰掛けている。その間に双帝は愉しそうにどちらが誰と模擬戦を行うか、僕達4人を取り合っていた。
「では……」
暫くして二人の纏う空気が変わる。
「では、二次試験の組み合わせを発表します」
「……」
「第一試合は私とブーレさん。第二試合はカーゼルとフェイドさん。第三試合は私と星野さん。最終試合はカーゼルとメモリアさんとなります」
「では、ミスレディアン以外は適当に腰掛けてくれ」
トンプスがそう言うと追加で椅子が魔法によって作り出され、僕たちの前に置かれる。
そしてそれを追うように出現するのは金色の液体に満たされたグラスだった。
……これは一体何なんだろう。お酒じゃないだろうな。
「応援してるよ、ミスレディアン」
「あ、ありがとうございます!」
トンプスが囁きに近い声色でブーレさんを応援すると、彼女は裏返った声でそう返事をしてみせる。
「では、お手合わせ願いましょう。我こそはメタリック帝国双帝『機神』エペレス。やるからには本気で行きますので、我らを失望させぬよう」
「は、はひぃっ!?」
ブーレさんが返事をしようとした所で、一気に場の空気が変わり、ブーレさんの返事が悲鳴じみた物に変化してしまう。
それと同時にトンプスは手を翳すと、薄い膜のような物が僕たち控えのメンバーとカーゼル陛下、そしてトンプスを丸ごと覆っていく。恐らくは結界か何かだろう。
皇帝エペレスの武器は、先程の八面体のビット。それが4つ空中に漂ったと思った瞬間、そのビットの表面がボコボコと変形し、こんぺいとうの様な形状へと変化して見せた。
それと同時に皇帝は身を半歩引き、足先を八の字に開くように足踏みをし横を向くようにブーレさんと相対した。
対するブーレさんは脚部に鋭い武爪を身に付けている。梟の様な鉤爪に相応しい、黒光りする禍々しい爪。
そんな彼女は一気に飛び上がり、空中でゆっくりと羽ばたきながら目を細めると、エペレス陛下は短く、詠唱をした。
「【忿れ ケゼフ】!」
あからさまな怒気が波動のように広がり、彼女のビットが真っ赤に燃え上がる。
そしてそのビットの下部に、鋼鉄の鎧が出現し、場を揺るがして見せた。
天使だ。
「なっ、これはーー!?」
「憤怒よ、全てを焼き払え!」
エペレスの威圧的な声が轟くと、現れたゴーレムの顔ーーつまりエペレスのビットーーから赤白い光線が放たれ、僕たちのいる広場が火の海に包まれる。
「おいおい、いきなりこんな事するとか鬼神の陛下はイカレたのか?」
「……あ奴は手加減とかが昔から出来ないタチでな。これで城が壊れたらまたレッドに叱られるではないか……」
もう片方の皇帝が、トンプスと溜息をつきながらそんな愚痴を零す。
「この親にしてあの次女ありですね」
「言うでは無いか。あのバカ娘のせいで伊集院殿も相当苦労しておると聞いておるのじゃ」
あー確かにこの親にしてこの子ありかもなあ。
トンプスの何気ない発言に内心で同意していると、鋼鉄のゴーレムたちがロケットパンチを繰り出してブーレに攻撃を仕掛ける。
これを空中で身を翻しながらブーレは攻撃を躱すが、五月雨式にビームやらロケットパンチやらが飛来する状況に攻撃に転じる隙を見い出せていない模様だった。
「くっ!」
ゴーレム一体であればどうにでもなるのかもしれないが、生憎今いるのは三体。しかも、まだ余剰戦力として一つだけビットが皇帝の手元に残されている状況だ。
その当人は詠唱をしてから一歩たりとも動いておらず、空中を飛び回るブーレを目で追うのみで腕を組み仁王立ちしている。
……どうしよう、こんな奴と僕は戦わなくちゃいけないのか? 凄く相手にしたくないんだけれども。
「フフフ、どうかなさいました? 早く掛かってきなさい」
「う……」
エペレスが煽り立てる。
「……れ、【炎輪の雨】!」
ブーレが苦し紛れに詠唱を行うと、炎の輪が舞い上がり、上へと放たれた火の輪が解けるように炎の雨へ変化して降り注ぐ。
「その様な攻撃では私はおろか、ゴーレムすらーー」
「ーースキル発動!喰らい尽くせ!」
ブーレの懐が紅く光ると、撒き散らされた炎が更に燃え上がり、巨大な火柱に変化する。
そしてその火柱から全身が炎で出来た魔獣が出現し、ゴーレムの頭に噛み付いて攻撃する。
「ふむ」
炎のグリフォンが別のゴーレムに飛びかかると、ゴーレムが身を引き攻撃を躱す。
するとその炎のグリフォンは勢いよく床に衝突しそのまま崩れるように消え、辺りを炎の海に変化させそこから新たに炎のペガサスが生まれ再びゴーレムへと飛び掛かってみせた。
「おーおー、派手ですねえ」
「この戦い方はアレじゃの、第12精鋭部隊の上級大将レッドに近い戦い方じゃのう」
僕たちの傍ではカーゼル陛下とトンプスが呑気に会話をしている。
「ご報告致します。ブーレ・レディアン様のファーストドライブはFsと言うドライブの模様です」
「ほほう。その名前から推察するに、炎の形を操る固有能力かのう」
「ご明察で御座います」
炎の形を操るスキル。
今結界の外が文字通り火の海と化していて炎でできたキマイラやドラゴンが飛び回っている様を見せつけられているからと言うのもあるが、見るからに強そうなスキルだ。
ただ、その炎もエペレス陛下の元に近付こうとすると不自然にその姿を歪めてしまい、エペレス陛下の周りだけ炎が無い状態だ。
「ところで陛下、此方の方は?」
「おや、トンプスにはまだ紹介していなかったか? こやつは第7機兵部隊大将のメタモーフじゃ」
「機兵? 人じゃないのか?」
「申し遅れました。第7機兵部隊のメタモーフと申します。人かと言われると、知的生命体として人権が認められる人の定義からは逸脱するドロイドで御座います」
「お、おう……相変わらず帝国軍は色々とぶっ飛んでるな……」
さっきからなんか執事っぽい人がついているなあと思っていたら、まさかの軍人だしそれ以前にまず人じゃなかったのかよ。
どうやら陛下以外は全員そう思っていたらしく、皆の視線がメタモーフへと集まる。
そんな中で唯一もう1人の地球人は戦いを続けている二人を見て目を細めており、ポツリと呟いた。
「あれ、斥力場展開してますね。それもとても強力なの」
「おお、気付くか。流石はアーティ殿じゃな」
「まあ、これでも俺は重力使いなんで」
彼がそう返すと、エペレスの方が次に動き出してみせた。
「【重力転穴】!」
最初の反撃は彼女の影から生まれる無数の黒い穴だった。
床にぽっかりと空いた穴が、そのまま地面を這うように移動し次々と部屋中に散っていく。
「……わわっ!?」
その穴が空中を飛び回るブーレと縦軸を合わせた瞬間、突然ブーレはバランスを崩し天井に叩き付けられる。
「アツッ!アッツッ!ギャッ!」
天井に叩きつけられた瞬間、天井にまで燃え広がっていた炎に自分の身を焼かれ、ブーレは慌てて天井から跳ねるようにして飛び退く。
すると今度は突然そのまま床に向けて高速落下し、炎の海へと頭から突っ込み再び身を焼いていた。
「反重力の穴ですか。いやらしいですね」
「反重力と言うよりは反転重力の穴じゃな。あの穴の上では上空100mまでは重力が逆転する」
「なるほど……」
「エペレスの得意魔術じゃよ」
皇帝カーゼルとトンプスの話を聞いて合点が行った。
穴が移動していくから、天井に叩きつけられた後、下に落下したのか。
ブーレもどうやらそのことに気付いたらしく、穴の上を回避するように宙を舞い、呪文を唱えて見せた。
「【分子炸裂砲】!」
若干聞き覚えのある詠唱と共にブーレか放ったのは紫のビーム。
炎は重力に対しては分が悪いと悟ったらしく、一斉に炎が止み代わりに毒属性のビームが放たれたのだ。
「【三点障壁】!」
それに対して、皇帝エペレスはビットを中心に三角のバリアを展開し容易く防ぐ。
そして攻撃を受け止めた直後にピチュン!と音が鳴るとそのビットから放たれた細い紫色のレーザーが彼女に直撃した。
「くあっ!」
続け様にゴーレムの一体から放たれたロケットパンチが彼女の体をそのまま壁に叩きつけると、エペレスが再び詠唱に入る。
「トドメよ。【報復の光】!」
ゴーレムの身体が砕け、頭を形成していたビットがエペレスの前でグルグルと高速回転を始めるとその円周を起点に魔法陣が展開された。
これに対してブーレは反射的に炎の障壁を展開するが、直後にエペレスの展開した魔法陣からブーレを丸ごと飲み込むような、拡散する虹色のビームが放たれ敵を攻撃する。
そのビームが彼女を焼いていくと同時に、シールドが破壊される音が鳴り響いた。
それは戦闘終了の合図だった。




