18. ギルドランク
Sanguineous
[形]残忍な;血の
楽観的な
Seed
種,種子
━━[動](他)…をまく
「えっと……x=3, 5」
「正解、じゃあ次の問題は……」
地球にて。僕は数学の授業を受けていた。数学の授業は鎌瀬先生の受け持ちだ。高校に入ってからの授業はなかなか難しくて、たまに嫌になる。
「……おい」
「うん?」
心の内で唸っていると、隣の席に居た巧が話し掛けて来た
「お前元気無いな」
「そんな事無いよ」
確かに、元気いっぱいと言えば嘘になる。
「お前俺が何年親友やってると思ってんだよ」
「……」
言われてみればそれもそうだ。今まで常に一緒に居たから、変化に気付かないはずもない。
「いや、実はね……」
「x=1/2, 8……」
巧に事の成り行きを話そうかと口を開けた瞬間、つまらなそうに答えを言っていた伊集院君と目が合う。
「いや、何でもない」
やっぱり言わない方がいい。
「何だよそれ」
「そこ、静かに!」
鎌瀬先生の鋭い声が刺さる。
……僕にはあんな事、とてもじゃないけど怖くて言えなかった。あれは昨日の夜明けの話だ。
「そうだ、注意して置きたい事があるんだ」
「注意?」
帰り際に伊集院君が話しかけてきた。
「魔法使いに成った事は、誰にも言っちゃ駄目だよ」
「えっ、なんで?」
何の気なく質問すると、予想よりもはるかに重い答えが返ってきた。
「魔女狩りの二の舞に成るからさ」
彼はこう続ける。
「現代魔法は確かに詠唱を破棄する事が出来たり、呪文が短くなったり、ドライブもあるから逃げたりするのは簡単になった」
「しかし同時に地球の科学も進歩している。それに魔法使いが捕まったら最後、恐らくバラバラに解剖されるだろうね」
「ば、バラバラ……」
なんとも物騒な話だ。
「そうだ、バラバラだ。まず生物学的に言えば、魔法使いと普通の人間は進化の前後にある別種の生き物だ。よって、人間じゃない生き物には当然ながら人権なんか存在しない。魔法なんてものが見付かれば地球全体が黙っちゃいないよ」
自分が息をのむと、それをよそに彼はさらに続けた。
「次に、一般人の前での魔法の使用は緊急時を除いて基本的に禁止されている」
「理由は、同じ……」
「そうだね。宇宙共通の法律で決められていて、魔法を使ったらその場で処刑される。魔法使いの存在が知れ渡ると、人間関係から芋づる式に他の魔法使いの存在がバレてその人たちのみならず魔法世界と非魔法世界全体に危機が及ぶ」
なかなか過激なその法律にめまいを覚える。
「……分かった」
「最後に、魔科学器具を一般人の前で使うのは禁止。あ、魔科学器具はスカウターとか武器とかね」
「……うん」
「魔科学器具はこっちの世界には無いものだから、見せちゃダメって事さ。特にスカウターはそれで生命の居る星や魔法の波動とかが割れちゃうからね」
要するに、地球に居る間は普通の人間としてふるまえばいい、と言う事らしい。まあ、別に今まで普通の人間だったんだし、それ自体は難しくないはずだ。
「そうそう、これを渡しておくよ。これは睡眠圧縮剤って言って……」
「あ、それはさっきレメディさんから聞いた」
「ならいいや。じゃ、学校で」
睡眠圧縮剤。
読んで字のごとく、睡眠時間が圧縮される不思議な薬だ。一度飲むと、睡眠時間1分が1時間分と同等の効果を持つという非常に便利な優れものだ。
これのお陰で、心配していた学校にも問題なく来ることが出来た。
「好きな人でも出来ただろー」
巧のその発言に、一気に現実へと引き戻された。気が付けば天野さんからの視線も感じる。やめて欲しい。
「は? 違うし」
微塵も恋する男子臭を漂わせていないのにこんな発言をする辺り、巧は頭が弱いのかも知れない。
「またまたぁ~、誰だよ」
「誰も好きじゃないよ!」
どんな勘違いだろう。
「さっきからうるさいわよ!」
鎌瀬先生がついに怒った様子でこちらを睨む。
それに反省して、僕達は授業に真面目に向き直った。
「誰なんだよ~」
「しつこいって!」
結局、巧は授業中は静かにしていたが、休憩時間も勘違いを元にした攻撃は続き、結局放課後までお門違いな誘導尋問は延々と続いた。
長い。
いくら何でも長すぎる。
「じゃあ何なんだよー」
「それは……」
「ほらー、何も言えない」
いい加減鬱陶しくなってきたな。
そう思って巧を睨むと、丁度分かれ道へと差し掛かった。
「……絶対尻尾掴んでやる。じゃーなー」
「だから違うから! じゃーねー!」
僕のイライラを察したのか、巧はそれ以上は言及せず手をヒラヒラと振った。
僕も同じくそれ返すと、真っ先に自宅へと走った。
「ただいま」
「お帰りなさいませー」
「うん……ん!?」
帰宅したら出迎えてくれたのはどういう訳かナナだ。
二足歩行する伊集院君のペットは怪しいコードを手もとい前足に持ち、僕の視線を感じてかこう言った。
「ここのパソコンのネットワークを宇宙規模の物にアップグレードしないといけないから来たのよー」
「そうなんだ。でも何でナナが」
そもそも、そんな物、犬に出来るのだろうか。
「私だけじゃないわよー」
「……これでオッケーだよ」
パソコンの方に振り向くと、僕の前に見慣れない宇宙人が姿を現した。この宇宙人は初めて見るタイプだ。
「あー、じゃあ後は回線ねー」
「えっと、どちら様ですか」
一見すれば、亀をとても可愛くしたような宇宙人。甲羅もあるし。
ただし体の色はドギツいオレンジ。後、例によって人間サイズ。デカい。
「ピーカブーだよっ」
その宇宙人は発した声はかなり高い音で、キンキンと鼓膜を刺激してきた。
「星野彗です」
「彗君宜しく」
「あんなカン高い声出すけど男なのよー」
「そうなんだ」
この声で男性なのか。まるでアニメとかに出てきそうな声だ。
「うん、よく女の子と間違えられやすくて」
「さ、始めましょー」
自己紹介もそこそこに、二人が作業に戻って5分ほどが過ぎただろうか。
「出来た!」
パッと見た感じでは特に変わった様子はないが、これで宇宙のサイトにもアクセス出来るのだろうか。
「早速試してみていい?」
「勿論ー」
満足げに言うナナを見て、僕はデスクトップに付いていた新たなアイコンをクリックした。
すると、見慣れない形態のアドレスがURL欄に表れ、新しいウェブサイトが開かれた。
「これが、X-CATHEDRAのサイト」
「そーよー。そーだ、ついでに何か依頼受けてみたらー? サイトからでも依頼は受けられるわよー」
見やすく整頓されているサイトにある依頼掲示板のリンクをクリックすると、ギルドさながら様々な依頼の記載のあるページが開かれた。
とんでもない数だ。
思わず瞬きをした。
「中には私たち幹部が依頼を出す事があるからチェックしてみると良いわよー」
「ホントだ……あ、こなからの依頼もある」
「みてみるー?」
◇
依頼主:こな・レジーナ
タイトル:敵艦隊の殲滅
場所:エリアY宙域
ランク制限:スペードの10、ハートの10または総合ランクJ
依頼内容:エリアY宙域にて現在指定組織ルナティックの宇宙艦隊が編成されつつあります。艦隊撃墜に協力してくださる方は連絡してください。また、今回は隠密的に処分したいので生身で艦隊を撃ち落とします。
報酬:☆15,700,000
◇
どう考えても不可能だ。生身で宇宙艦隊を殲滅するとか、全くもって訳が分からない。
「うわー、キッツイ内容だねー」
「まあ、こなはその気になれば星一つぐらいは楽に消し炭に出来るって噂だからね」
「ところで、このスペードとかハートとかって何?」
ランク制限と書かれている項目には、まるでトランプのような物が載っている。
気になってそれを問いかけると、ピーカブーが口を開く。
「あー、依頼にはランクと言うものがあってね。その規定ランクに達していない人間は受けることが出来ないんだ」
「ランク?」
「最初はランク2からスタートして、依頼を達成して実績を積んでいくとランクが上がっていくんだ」
「ランクは4つの区分に細分化されているのよ。ほら、人には向き不向きというものがあるでしょう? 戦闘が得意な人、隠密が得意な人、素材収集が得意な人って具合にランクを分類分けしているのー」
「スタートはみんなランク2よ。3、4、5と上がっていって、10の次はJ、Q、K、そしてAがトップ」
なるほどこれはギルドくさい説明だ。
正にトランプカードと言ったところか。
理由が分かれば納得するけれど、スタートが『2』からだとなんかむず痒い物を感じる。
そう僕が言うと、内部的にはランク『1』のデータというものもあるらしいが、曰くこれはギルドに会員登録していない、完全な素人の市民がランク『1』に相当するのだとナナが補足してくれた。
ちなみにSランクとかはないらしい。
聞いたら逆になんでSなんて文字使うの? それは何かの略なの? と言われてこちらが何も言えなかった。
そういう妙な所で現実を投げつけて来るのはやめて欲しい。
「スペードは魔物や賊等の討伐で上がる戦闘ランク。ハートは治癒や警護などの依頼で上がる防御ランク。クラブは薬草探しや鉱物の採掘などで上がる採集ランク。ダイヤは隠密作業や情報収集などで上がる諜報ランク」
「そしてこの4つのランクを総合して与えられるのが総合ランクよ。例えばこのクソみたいな依頼は、スペードの10かハートの10を持っているか、総合ランクがJの人しか受けられない依頼という事」
「へえ。ちなみにランク10ってどれぐらいなの?」
ギルドってせいぜい6〜8階級ぐらいしか無いものだと思っていたけれど、どうもこの組織は非常に細かく細分化されているようだ。
まあ、理に適ってはいるとは思う。
索敵特化の人だって居るだろうし、戦うのは得意だけど情報収集なんてまどろっこしいものは出来ない人だっているだろう。
それがある程度ざっくりととはいえ、見分けが着くというのは依頼を出す側からしても大切なのかもしれない。
「一般ならと言うか、大半はアルバイト感覚で依頼受けてるからボリューム層は2から4ぐらいじゃないかしら? 依頼を本業にしている人でも6もあれば十分ね」
「X-CATHEDRAの正規職員でも8とかが大半だね」
8が大半、と言う発言を聞いて改めてこなの依頼を眺め直してみる。
10。
昇格がどんなタイミングでどんな感じに行われるのかまだ聞いてはいないけど、これはひょっとして基本的には無理なものでは?
それに、JQKとAなんて、どんな物が有るんだ?
少なくとも依頼掲示板を今こうして端末で眺めている限りでは、10を要求してくる依頼なんてこれしか存在しないのですが。
「まあこんな10まで行くような人間はなかなかいないと思うから無視していいよ」
寄せられる依頼にはこういう理不尽な無理ゲーもあるのだなと覚えて、依頼のページをスクロールしていく。
「これがいいかな」
◇
タイトル:人捜し
場所:ハブルーム星グロウブ村
依頼内容:森に茸を穫りに行った弟が帰ってきません。どなたか弟を探し出してください。
報酬:☆10,000
◇
「ハブルーム星は比較的安全な場所よー、大して強い魔物も居ないしー」
「これはクラブとダイヤに掛かる依頼だね。戦闘も無さそうだし、安全でいいんじゃない?」
ナナがそんな説明を入れると、ピーカブーが相槌を打つ。
「そうなんだ? じゃあこれに決めた!」
依頼受諾のボタンをクリックすると、透明化させていたスカウターからポップアップが出現し、依頼受諾と小さい文字が視界に入った。
「じゃあ早速いこうかー」
「簡易転送装置を出すから待ってて……あ、簡易転送装置はポケットに入れて持ち運び出来る物なんだよ。手にもって目的地を言うと自動的にその場所へワープできるんだ」
ピーカブーが小さい球状の機械を渡しながら説明してくれた。
「じゃあ早速……ハブルーム星、グロウブ村!」
自分の身体が一瞬光に包まれたかと思うと、世界がまた一変する。座っていたはずの自分の身体はいつの間にか立ち上がっており、青臭い香りが僕の鼻をくすぐった。
「……っつーか生身で艦隊撃墜とかねー。久しぶりにこなの依頼を見たわ」
「まあ、こなは最強だからね……って言うか、これスペードもハートもQ相当じゃないか? 僕でもこんなの受けたくないんだけど」
「分かるわー。ちょっと依頼部に言って修正させるわー」




