188. 宿題は夏休み中放置するもの
「なあなあ〜峰さん」
「ん~?」
「もう宿題終わってる?」
「ん~、終わってるよ」
その言葉に巧は目を輝かせると、素早く峰さんの前に移動し、そのまま土下座した。
「助けてください」
お前は何を言っているんだ。
「えっ、待って、巧君どうしたの??」
「お願いします!この通りっ!!」
「待って、まずは状況を説明して!?」
場所は武器屋『ヴァルネロ』のトライアルスペースだ。
ソラが退院してから暫くして、最近店番に復帰したとの事で遊びに来ていたら突然巧が峰さんに土下座し始め今に至る。
「あのー……射撃場の矢道に立ち入るのは辞めてくださーい……そこ危ないでーす……」
そこは矢とかが飛んでいくスペースで物理的にヤバみがー……と、ソラはなんとも言えない微妙な表情を浮かべながら巧への声掛けを続ける。
「どうせ手付かずなんだよ、峰さん」
「流石だな、彗。俺の事よく分かってる」
まあ、そうだけど……いやそう言う問題じゃなくてだな。
「巧さあ、夏休み後何日だと思ってるのさ。峰さんも、こんな奴甘やかしちゃダメだからね」
「なあ峰さん頼むよ〜峰さんだけが俺の頼みの綱なんだよ〜」
「コイツ、今更だけどウチには縋り付かないのね……」
「いや、ソラはそんなこと言うとなんか武器で殴って来そうでさ」
「御注文承りました。そういう事でしたら当店自慢のウォーハンマーで私共が直々にご要望通りおドタマをおかち割り遊ばして差し上げますね」
「待って!ノーバイオレンス!コンプライアンス!コンプライアンス!」
「ちなみにこれはグレネードランチャーにもなる可変型でお値段は本来税込☆899,980程の所を20%オフのキャンペーン中だからお値段☆719,984になります。ちなみに私共が殴るのは10%のチャージが掛かります事をご了承下さいませ」
「ヒィーッ破壊活動防止法!国連安保理決議!あとクソみたいに高い!」
「は? ウチは良心的な価格がウリなのにてめえ様は馬鹿にしてやがり遊ばしてるのかな?」
「ち、違う!そういう訳じゃーー」
「なんか結構値段がそれっぽくて生々しいね……」
「峰さんほんとそれなー……」
ソラがドスンと大きな音と共に手元のカプセルからくっそ重たそうなウォーハンマーを取り出すと巧が意味不明な言葉を発しながら土下座する向きをソラの方に変えてみせる。
コイツは、今までもそうだった。
少なくとも中学校にいた頃には既に巧はこんな感じだった。
僕は毎年毎年、夏休み最後の一週間ぐらいになると巧に泣きつかれては宿題を見せるという負のループに陥っていたのだ。
僕は、いつも宿題を早い段階で終わらせてしまうからそこに巧がつけ込むと言うか、すがりつくと言うか……
今年は心を鬼にして、夏休みに入ると共に宿題を見せる事は無いと釘を差して置いたので、てっきり今年はちゃんとやっているかと思っていたのだが……
「ソラ、グレラン巧にぶっぱなすのは僕が許可するよ」
「サンキュー彗。実はウチグレランって実機試した事なかったからちょっと楽しみだったんだよね」
「彗てめえ!ソラも物騒なこと言うな!!」
「大丈夫だよ巧。生命活動に支障無い事はウチが保障する」
「それドライブのお陰じゃねーか!」
「ね、ちょっとだけ、ちょっとだけだから!先っぽだけ!お願い!」
「それ女が言うセリフじゃねえ!」
何故か手を合わせて巧にグレラン発射許可を求め始めたソラを後目に、峰さんがボソリと呟く。
「私、宇宙に来てから結構ソラの印象崩壊してるかも……」
「正直僕もソラがこんな魔砲少女キャラだとは予想もしてなかったかも……」
「いやそんな事より峰さん!宿題見せてくれよ〜」
「え〜……」
今日もいつもの三人は元気だなあ。
そんな事をぼんやりと生暖かい目を向けながら考えているとふと鈴の音が鳴り、ソラがハッとした様子で顔を上げた。
「あ、お客様だ。ちょっと行ってくるね。あと巧、冗談抜きに矢道から出て」
そう釘を差すとソラは業務用スマイルを浮かべながらレジへと走っていく。
その間に巧は矢道から出ると、膝についた汚れを魔法で払いながら呟いた。
「ソラって理知的なようで実は頭の中火薬詰まってるよな……」
「まあ伊集院くんもこないだの模擬戦の後ゴリラとか猪とか結構酷い事言ってたからね」
「そういやそんな事言ってたな……それに比べて峰さんはほんと天使だわ」
「え、何突然」
「だから俺に神の慈悲をお示し下さい」
「そこで話を戻すか。」
まあ、たまには僕じゃなくて峰さんに泣きつくのもいいのかもね。
「も〜っ、しょうがないなあ」
「と、言う事は……!?」
「今回だけだよ。あと、私はあくまでも教えるだけで巧はちゃんと自分で解いてね」
「ィヨッシャァア!!」
「ほんっと巧は相変わらずだな……」
ガッツポーズを繰り出す巧にため息をつく。
直ちに鞄から宿題を取り出しトライアルルームの隅にある机に向かうと巧は即座にアタックし始めた。
それに呆れつつもついて行く峰さんを後目に、僕はスカウターを起動し依頼掲示板を開き時間でも潰すことにした。
◇
タイトル:ボディガード
場所:メタリック星メタリック城
依頼内容:今度行われる事になった、タービュラ・トンプスのOxblood Tourにて、来メタした際彼のボディガードを勤めて下さる方を募集します。
受諾制限:この依頼を受ける人には戦闘試験を課します。採用人数二名まで。
報酬:日当☆50,000、コンサート最前線のペアチケット
◇
「……えっ」
「どうした、彗」
X-CATHEDRAって、こんな依頼まで来るの?
「ちょっと、これ見てよ峰さん」
「なーに?」
もう巧の宿題を見始めている峰さんを一瞬呼んで、僕はそっと依頼掲示板を峰さんに見せた。
「タービュラ・トンプス?」
「宇宙一有名な歌手なんだってさ」
「へぇー。好きなの?」
「いや、僕もついこないだこんな人がいるんだって知ったんだけどね」
「そうなんだ」
……受けてみようかな。ダメ元で。
「ちょっと依頼受けてくる」
「えっ、待てよ彗俺も混ぜろ」
「だめ。巧は峰さんと宿題!」
席を立とうとする巧に、そう言い聞かせるとシュンとした様子で巧は沈んでいく。
「戻りましたー……って、巧も峰さんもどうしたのそんな所で」
ソラが再びトライアルスペースに現れる。
「おっま、また物騒な物を……」
「ソラちゃん……それ、何? 流石に私もそろそろ擁護出来ないよ……?」
「いやこれお客様の武器なんだけど。って言うか、擁護って何?」
巧と峰さんがドン引きするのも無理はない。
今、ソラの手元にあるのはチェーンソーだ。
赤とオレンジ色に輝き、無数の刃が炎のように揺れ動いている魔法のチェーンソー。
「お客様……?」
「なんか調子が悪いから見て欲しいんだって〜。ウチも正直こんなヤバい武器触るのも恐れ多いレベルなんだけどね……」
「見るからにヤバそうではあるね」
「うん。これね、刃の所……ソーチェーンって言うんだけど、これ一枚一枚が全て広東省にしか生息してない広東紅龍の逆鱗を使ってて、鎖のガイドバーの所はウェルシュシルバーの尾を丸ごと使ってるんだよね……」
「ごめん、日本語で」
「要するに鎖は全部違う龍の逆鱗で刃本体は竜の尾で出来てる狂気の産物」
その言葉ににわかに僕達はざわつく。
「やべえな。ドラゴン大虐殺じゃん」
「って言うか、ドラゴンなんてそんなホイホイ倒せるものなの?」
「地球原産の魔物の中では一番強いし、普通は無理だと思う」
地球最強の魔物がドラゴン。
やはりドラゴンは強いらしい。
「これ、どうやって直すの……?」
「流石にウチでは直せないから、メーカーに連絡するわ……」
「じゃあそろそろ解散するかー」
巧の提案にみんなでうんうんと頷き、荷物をまとめてソラの店を出る。
彼女は店の外まで見送ってくれたが、軽く手を振るとすぐさまどこかへと電話をし始めた。
おそらくはメーカーだろう。
「あ、じゃあみんな先に帰っててよ。僕寄るところあるから」
「お、依頼か!俺も混ぜろ!」
「巧は宿題ちゃんとやって」
「チッ」
「いや、チッじゃないから」




