186. 淵の底
Rock
[動](他)
1.〈人などが〉(前後・左右に規則的に)〈赤ん坊・揺りかごなど〉を揺り動かす.
2.…を揺すってさせる.
3.…を(精神的に)揺さぶる,動揺させる.
━(自)
1.〈船などが〉(前後・左右に)揺れ動く.
2.動揺する,動転する.
3.≪俗≫ロックンロールを踊る.
━━[名]揺れ;動揺.
Royalty
1.(本などの)印税;著作権使用料;特許権使用料;鉱山使用料.
2.王家の人,王族.
3.王位;王権;王の特権.
「よりにもよって砂漠でスナームが捕まっただと!?」
心臓が飛び出したかのようなブラッディア様の声が轟く。
「申し訳、ありません……」
『……』
ウェルドラが歯を食いしばりながらも頭を垂れる。
その様を冷徹に眺めることしか、自分には出来ない。
『スナームハ身体変化後、大規模ナ水魔法ニヨッテ意識喪失。ソノ後X-CATHEDRAノ手デ身体ヲ構成スル砂粒ヲ元ニ蘇生サレ、敵ノ手二落チタ事ヲ確認シタ』
努めて冷静に報告を行う。
すると首領であるブラッディアが大きく舌打ちをする音がした。
「アトモスが虫の知らせだとか言って立っていなければ貴様の奪還も出来なかったんだぞ!!」
怒号を浴びせながら、ブラッディアが机を大きく蹴り飛ばす。
吹き飛んだ机はテンペスの風で出来た身体を通り抜け、反対側の壁に激突し大破した。
「……返す言葉も、御座いません……!」
ウェルドラが何とか声を絞り出す。
「あ、アトモス。何か他に策は無いのか」
『策ネェ……』
おずおずと横にいるテンペスが声を上げる。
策と言っても、今回だって危険な綱渡りだったのだ。
これ以上迂闊な事は出来ない。
「俺の組織に動けるデザイナーが2人しか居ないのは些か厄介だ」
『私ハモウ、手出シヲスル事ハ出来ナイ。助ケラレナイ』
打てる手は全て打った。だがそれでもダメだった。あの組織を切り崩してスナームを強引に奪うのは現実的ではない。
「デザイナーが居なきゃ、物は描けない」
「……」
『ブラッディアノ言ウ通リダネ』
「流石に闇の守護者と聖女グレイスが現場に居たとなってはアトモスと言えども手出しは困難だろうからな……狙うなら収監先を潰すか……」
ブラッディアが独り言に近い呟きをするが、やがて思考の海に落ちて沈黙する。
ウェルドラは頭を上げない。自分もまた、考えているので声は出ない。
テンペスが居ることによって生まれるそよ風以外、音が何もない。
「……何か案が思い付くまでは活動を収縮せざるを得まい」
『同意シマス』
苦々しくそう言う。
普段は自分がこういう時に案を立案するが、生憎自分はそれをしたばかりだ。
それも1度ではない。2度だ。
もうこれ以上は此方で思いつく事も無い。
咄嗟に機転を効かせて、何とか水族館は急場を凌いだ。
それでもテンペスが早まった真似をしたせいで多大な犠牲を払ってしまった。
お陰で此方もとても動きにくくなったばかりかウェルドラが捕らわれた。
意図的に情報を流出させて捕らえた人質をわざと解放した時もそうだ。
アレは正直な所、苦肉の策だった。
そして今回の砂漠。嫌な予感がして行って見れば案の定完全に失敗して返り討ちにあっていた。
ウェルドラは何とか回収できたが、今度はスナームが囚われた。これ以上どうにも出来ない。
そしてついでに言えば、もうこれ以上アトモスが表舞台で暴れる訳にも行かない。
アトモスとはそういう存在なのだ。
『ハア……』
「今回ばかりはアトモスもどうにもならんか」
『コレ以上ハドウニモ出来ナイ。少シ時間ガ必要。頭ヲ冷ヤシテ、ジックリト考エル時間ガ欲シイ』
今、この場でパッと思いつくようなものは無い。
時間が必要だ。
これを打開するためには、暫く自粛するしかない。
スナームを直ちに救い出す手立ては無い。
「仕方がない。あのX-CATHEDRAの動きに合わせて我々も動こう。全く、貴様が迂闊な真似をしなければ……」
「も、申し訳ありません」
テンペスが珍しく殊勝な声だ。
普段は暴れ狂っている様な奴なのに、今回は些か自分が悪いと自覚したか。
まあ、当然のことなので同情はしないが。
まさかギルドの掲示板にハブルームの拠点を洗う依頼が飛んでいたとは思いもしなかった。
正直な所、今のこの組織には1日数万件もの依頼が寄せられるギルドの掲示板を洗うマンパワーは無い。
『当面ノ間ハギルドノ動向ヲ監視スル。暫クハアジトニハ戻レナイ物ト思ッテ欲シイ』
「ああ」
『ト言ウカ、ドウセ活動縮小スルノダシ、イッソノ事休ミガ欲シイ』
「休み?」
『最近激務ナノデ……』
思わず心の声が漏れると、テンペスが此方に視線を向ける。
『何カ文句デモ?』
「いや……」
『何ナラテンペスガ何カ策ヲ考エテクレテモ良インダケド。自分ノ失敗ハ自分デ挽回シテクレテモ良インダヨ』
「……」
こうなるなら有無は言わせない。
ちょっと頭を冷やして、冷静に状況を分析する時間が必要だ。
「まあ、俺からは特に異論は無いな。どの道開店休業だ」
『……一応、休厶ト言ッテモ何カ考エテハ見ル』
「すまないな」
『イイエ』
「ただ何かあったら悪いが連絡はさせて貰うぞ」
『勿論。承知』
「アトモス、では貴様はもう下がれ」
『承知シマシタ』
頭を下げて、ブラッディアのいる総帥室から退室し自室へと向かう。
このアジトの内装は基本的に黒を基調としている。
天井、壁、床は全て黒いタイル張りとなっている中、長い廊下を抜けて自室の扉を開く。
『フウ』
身につけている変声機能付きの仮面を外し、自分のデスクの上に置く。
そのまま自分の幹部席に座り込み、目の前の端末をシャットダウンし、見上げる。
目の前の壁には、写真がびっしりと張り巡らされている。
その写真に写っている男を眺めながら、自分の中の復讐心を燃やす。
自分の中の憎悪を補給し、恨みを殺意の餌にして自分の中の均衡を保つ。
絶対に、この男を許さない。
この男を自らの手で血祭りに上げるまで、休む事は出来ない。
大切な人を何人も奪っていたこの男が憎い。
自らの命に変えてでも、必ず、必ずこの男を殺す。
そしてこの男の剣となり盾となる者も、て殺す。
この男が作ってきたありとあらゆるものを全て破壊し、この世に生まれてきたことを後悔させる。
そしてコイツの周りに居る者たちには、この男に関わってきた事を絶対に後悔させる。
それが自分がこの組織に居る意義。
それが自分がこの組織をここまで発展させてきた理由。
それが自分をこの世に繋ぎ止める唯一の理由。存在理由なのだ。
シャットダウンを完了した所で席を立つ。
そしてその男の写真にまみれた壁に、新たな写真を1枚、追加する。
砂漠の写真だ。
砂漠で魔法陣を展開し、スナームの身体を再構成する様が映し出された写真。
その写真を新たにコレクションに納めたところで、自分のデスクの裏にある転送装置の上へと乗り、表の世界へと戻る。
必ず、必ずこの男……伊集院を殺す。
絶対に。そのためにならあらゆる代償を支払う用意がある。
そう決意を新たに、ワープでアジトを離脱する。
適当に場所として設定した公園はまだ日が登っていない事もあり、人が全く居なくて不気味なまでに静かだ。
そして今日もまた、私はあのクソを自分の手で刺し殺すことを夢見て、家へと帰り、眠りにつく。




