183. スナーム
「な、何だこれ!?」
「召喚魔法?」
ゾンビが砂の中から這い出す。
峰さんが巧に回復魔法を掛けながらも構え、巧が指を鳴らしながら空中で構える中、僕は自分の表情がしかめっ面に変わっていくのを感じた。
僕はあの詠唱の仕方が何を意味しているか知っている。
「【部分召喚】」
「【腐食弾】!」
エリアさんが呪文を唱えると、空間の裂け目が現れそこからガトリング砲の先端だけがニュッと出現し、掃射を開始する。
それに合わせて僕も毒の玉を銃から出し、その玉が淡い紫の光と共に破裂すると濃い紫の毒液が溢れ出し砂漠の砂を汚染して行く。
「彗!」
「ファイ――【氷槍】!」
ゾンビが毒沼を踏むと膝から崩れ落ちて消滅していく。
峰さんが火の玉を放とうとして背後に迫っていたゾンビに気付き、詠唱を中断し代わりに氷の槍を作り自分の周囲を薙ぎ払う。
どうやらゾンビの耐久性自体はそこまで高くはないらしい。
だが四方から無限とも言える量のゾンビが砂の中から湧いている上に、この毒沼が瞬く間に乾き切った砂の中に沈んで消えて行く。
「おい、これやべえぞ!」
巧が空中から両手を突き出し火炎放射をしながらそう僕に叫ぶ。
とんでもない数だ。これがスナームの天使なのか。
「エリアさん!」
大声で声をかけながら目配せをすると彼女は頷き、白銀の二丁拳銃を構えながらジープの上に飛び上がる。
そしてジープの掃射機と彼女の二丁拳銃から、鉄の塊が滝のようにゾンビたちへと注がれていく。
「【燃え盛る鋏】!」
「【アクアタワー】!」
「【鉄の壁】!」
白銀であったはずの二丁拳銃が真っ赤に染まり、エリアさんがそれでウェルドラに斬り掛かる。
ウェルドラは長いロッドでこれを受け止めて見せると、エリアさんの足元から間欠泉の様な水の柱が湧き上がり、エリアさんが瞬間転移で距離を取りながら銃で撃つ。
これをウェルドラは鉄の壁を展開しやり過ごし、流れるように巧に向かって翡翠の槍を詠唱破棄して飛ばすと慌てて回避しようとした巧が空中でバランスを崩し、砂の上にボフン!と音を立てて落下した。
「くっ!」
ゾンビが飛び掛かり僕の視界を塞ぐ。
これを銃撃で排除すると共に、スナームに狙いを付けようとした所に別のゾンビがまた視界を妨害。これを沈めて再度狙う。
ますます埒が明かない。
巧が雑に炎を撒き散らし、辺りから一瞬ゾンビが一掃される。
しかしまた砂から腕やら頭やらが生えてくると、そこから新たなゾンビが出現しスナームの指揮の元で僕たちに向けて緩慢な動作で襲いかかろうとし始める。
隙を見てスナーム本体に雷の槍を詠唱破棄で飛ばすと、スナームがまた砂となって散り散りに散って行く。
それに気を取られていると、ウェルドラの間欠泉が足元から吹き上がるので、慌てて僕は地面に向けて鋼の障壁を張った。
リーグとの戦いをトレースするかのように、僕を乗せた鉄壁が浮き上がって行く。
「これ、本当にどうしたらいいんだ……」
「【滝落とし】!」
空中で間欠泉の上の鉄の壁に乗りながら、僕もお返しに水柱を叩き落として報復を試みる。
ゾンビをまとめて押し流し、体制を立て直す暇を作るとその隙に峰さんが巧やエリアさんに回復魔法をかけて行く。
「オールラウンド、か。厄介だな」
同じく空中にいたスナームに杖で思い切り殴られた僕は、気がつけば砂地に体を叩きつけられていた。
「がはっ!」
「彗!」
硬い砂の上を転がると丁度峰さんの前に落ちた所で峰さんが僕にも回復魔法を掛ける。
さっきから見ていて、ウェルドラには何だかんだでコンスタントにダメージは与える事が出来る。
でもスナームは無傷だ。
攻撃しようとすると、名前通り砂に変化してまるで意味がない。
何を叩き付けても身体を砂に変え、砂漠の砂に潜り込み別の場所から姿を現すのだ。
……あれ、叩き付ける?
「いてて……そうか」
ああ、そういうことか。
スナームの強みと弱点。分かったぞ。
「よーし……」
「彗?」
「峰さん、そう言えば水属性だったよね」
「え、うん」
「広範囲を水浸しにするタイプの魔法とか、手持ちにある?」
「……それなら」
峰さんが短杖を空に向ける。
「【雨天の花】」
その杖から霧の柱が立ち上がると、サハラ砂漠のど真ん中に雨雲が湧き、雨が降り始める。いい流れだ。
ーーここから一気に、カタをつける。
「巧!悪いけど少し耐えて!」
「はあ?」
「【平伏の奇跡】!」
大量の魔力を使い、広範囲に重力の力場を展開し、僕は敵味方を問わず地面に叩き落とす。
スナームが思わず膝をつき、ウェルドラは頭から砂の中に叩き付けられ、ゾンビが地中に還ると峰さんがすかさず呪文を唱える。
「【水の鞭】!」
「【雨天の花】!!」
峰さんの杖先から水の鞭が現れウェルドラの横っ腹を容赦なく叩いて行く間に、自分も峰さんの詠唱をそのままコピーし雨乞いの魔法を重ねがけする。
「あー、I get it」
ただでさえ雨が降り注いでいるのが、まるで豪雨の様になり、バケツをひっくり返したかのような濁流が乾き切った大地に天から降り注ぐ。
するとエリアさんが僕の意図を察したのか、オアシスから湧いていた温泉に空間の亀裂が現れ、雨雲の更に上に開いた亀裂を通して温泉の熱湯が冷たい雨と混ざりながら降り始める。
「ちょ待っ、俺炎なんだが!」
「今だ!」
スナームに向かって詠唱を破棄して風の大砲を撃ち込むと、雨水を取り込んだそれが水の渦となって彼に直撃する。
これに対し、すぐさま砂に変化し衝撃を殺そうとするスナームの姿が黄土色に変色した所で、彼は大きく目を見開いた。
「なっ、しまっーー」
「【アクアキャノン】!!」
水の大砲を銃から放つ。
土砂と化していたスナームの身体が、その攻撃で吹き飛ぶと身体のパーツであった砂が流されていき、細かく分断されていく。
「ば、馬鹿な!」
「今だ!」
「うおおおおおおおっ!!!」
爆発音と共に巧が吹き飛ぶ様に飛び、ウェルドラの頬に彼の拳がめり込む。
拳がめり込んだ直後に、土砂降りの中でも聞こえるくらい大きな発砲音が鳴り、ウェルドラのシールドが粉々に砕けながら彼女は吹き飛びオアシスに生えていた木に叩き付けられる形で崩れ落ちた。
「よっしゃあああ!」
「やった!」
「Hell yeah!」
巧と僕とでハイタッチをし、峰さんがエリアさんとハグを交わす。全員ずぶ濡れだ。
「さあ、ウェルドラ。観念してもらおうか」
「スナームは本当は捕まえておく予定だったのだけれど……never mind」
銃を突き付けると、ウェルドラは口から血を吐きこちらをゆっくりと見上げる。
「ま、まさか……こんな下等動物に、2度も遅れを取るとは……」
彼女の持っていた予備の杖は真っ二つに折れており、スナームは身体変化した状態で砂漠の藻屑と散った。
気付けば雨も止んでいて、生暖かい、魔力を帯びた風が緩やかに吹いている状態だ。
……風!?
「不味い!」
咄嗟にウェルドラに掴み掛かろうと腕を伸ばした瞬間、手に焼ける様な感覚が走り、思わず声にならない声を上げる。
腕を見ると、手の甲が真っ赤に爛れ、水でも垂らしたかのようにテカテカと光っていた。
まるで火傷のような感触だった。
そして僕とウェルドラの間に割り込むように、新たな人影が立ち塞がっていた。
「無様ダナ……」
「あ、アトモス……」
ウェルドラの口から紡がれた言葉は、第3の幹部を表している名前であった。




