178. 病院大好き
「えーっと、毎度ご利用頂き誠にありがとうございます?」
「毎度ご利用頂くつもりじゃなかったんだけどなあ……」
メタリック中央病院。
ギルドの提携先ということで、僕はデュセルヴォのお陰でこの病院で目を覚ました。
まさか元敵だった奴に助けられたってのも驚きだが、驚いたのは目を覚ました時にソラが何とも不安そうな顔で僕を覗いていたことだ。
「それにしても、良くDEATHのアジトから脱出なんて出来たわね……」
「スーパーアーマーで痛覚遮断してから自分の指をセルフ脱臼させて、無理やり縄を解いた……」
「なるほど。合理的ね」
「ごめん、その発想を思いついて実行するのも、それに理解を示すのもめちゃくちゃ怖いんだけど……」
ソラの何とも恐ろしい脱出手段に、感心したようにレメディが言う。
「見せしめのために殺すとか言われたら、もうなりふり構ってられなくて……」
話を聞くに、ソラはなんと処刑される寸前であったらしい。しかも手段が爆殺ときた。
どうやらあの組織は爆弾を屋敷中に仕掛けて屋敷ごとソラが吹っ飛ぶ様を撮影して流すのが目的であったらしく、それを聞かされたソラは覚悟を決めて脱出を図ったのだ。
痛覚遮断の魔法をかけて無理矢理拘束を解いてから、見張りの戦闘員の武器を強奪し逃げていた所に僕達と遭遇。そのまま間一髪で脱出という訳だった。
「でも、無事で良かった」
「……うん。まさか助けに来てくれているとは思わなかった」
ありがとう。
照れ混じりにそう言われて、うん、と頷く。
レメディにチラリと目をやると、彼女は腕に繋いでいるリボンをうねうねと操作し半透明なスクリーンに何かを書き込みながら、注射器を取り出していた。
「悪いけど、そっちの女の子の方は少なくとも今日一日は入院してもらうわよー。暗黒魔法と違法ドライブを密売しているテロリスト集団に拉致られてるとあれば、念の為暗黒魔法汚染とかはチェックしないと行けないからねー」
「……分かりました」
「彗、アンタは……なんというか、まあ例によって身体の傷は回復魔法で一発だったから外来の会計窓口さえちゃんと帰りに寄ってくれるならもう適当に失せてもいいわよ」
「あっハイ」
それだけ言うと、レメディは注射器のポンプに注射針を装填し、ソラに対して告げる。
「血液検査とかもするわよ」
「分かった」
ソラの解答に、レメディがニヤリと笑う。
その瞬間ソラの腕にリボンが巻きついていき、腕が圧迫され血管が浮き上がった。
「げっ、今やるの!?」
「え、当たり前じゃない。なんで彗がそんなに驚くのよ」
「だって、痛そうじゃん」
「えっと、レメディ殿下、気にしないで良いですからやっちゃってください」
「オッケー」
咄嗟に目を逸らして採血のシーンから目を逸らす。
「地球人の男って何故かこういうの苦手よね〜」
「あ、殿下もそう思います?」
「採血の時に顔を逸らさない地球人男性は今の所伊集院しか見た事がないわね」
「あー……アイツは何か針とかガン見してそうですよねー」
「正にそんな感じよ。っていうか、私のことはレメディで良いわよ」
「え、でも……」
「城の外で殿下とか呼ばれるの気持ち悪いのよね。それに私たち三姉妹の事を一々殿下って呼ぶの違和感あるでしょ?」
「…………あ、えっと、そのーー」
「そんな無理に言葉を絞り出さなくてもいいわよ」
はいお疲れ様〜と気の抜けるような声が聞こえて目線を戻すと、底にはソラの腕に回復魔法を掛けるレメディの姿があった。
「採血後に回復魔法……」
「え、何か変?」
「あ、いや、むしろ逆に今までその発想なかったなーって……」
そりゃあ、変なシールを貼るよりもずっと楽だけれども。
そもそも僕の頭の中では未だに医療行為と回復魔法がイマイチ結びついていない。
「今更だけど、この宇宙で病院って、何のためにあるの?」
「病気治すためだけど」
「いやそうじゃなくて、回復魔法とかあるのに病院って必要なのかなーって……」
僕の疑問に答えてくれたのはソラだった。
「回復魔法はあくまでも外傷とかにしか効かないの。毒とか麻痺状態とか呪いとか、後はそれこそ暗黒魔法の依存性とか、ああいうのは病院で専門的な薬や魔法とかで治療を受けないと行けないんだよ」
「へえ〜」
「後は普通の病気も回復魔法効かないからね」
「そうなんだ、てっきりキュア的な魔法があるのかと」
こんな時にやはりソラは詳しい。
……この詳しい友人を失わずに済んで、本当に良かった。
ソラが戻ってきたと言う実感が突然胸いっぱいに広がり、思わずため息をつく。
「いや、本当に……ソラが助かって良かった……」
「……ありがとう」
「ところで、親御さんにはご連絡した?」
「あ、ううん、まだ」
「一応宇宙警察から連絡入ってるとは思うけど、どうせ今日はここに軟禁なんだし連絡しておいた方がいいわよ」
「ありがとう、レメディ……さん」
「じゃあ、私はあなたの血を検査に回してくるから」
そう言って、レメディが席を外す。
病室には僕とソラの2人だけが残された。
「そう言えば、巧たちは?」
「ああ、巧なら今エジプトにいるよ」
「……エジプト?」
流石にこの答えは予想外であったらしく、ソラが思わず眉間に皺を寄せながら聞き返した。
「今エジプトの支部でギルドの指名依頼で警備員しながらついでにサンドワーム狩りをしたりしてるよ」
「……どういう事??」
そこで僕は、掻い摘んでソラのいない時にこちらで起きた出来事について話し始めた。
ウェルドラの事。
砂漠での事。
みんなの事。
「そう……そんな事が……」
その話を聞いたソラは、深刻そうな表情を浮かべていた。
「まあ、結果的にソラが戻ってきてくれたんだし、後はなんとかなるとは思うんだけどね」
「ふふっ」
少なくとも、これ以上は悪くなることは無いはずだ。
そう告げると、ソラは目を閉じて頷いて見せた。
「なら今度巧たちに会う時はすごく日焼けしてそうだね」
「あ、そうかもね。砂漠の日差しは皮膚が焼ける感じがする」
「ウチも様子だけ見に行こうかな。日焼け止め塗って」
早く巧たちにも、このことを教えてあげたい。
そう思うと、自然と身体が立ち上がっていた。
「じゃあ、巧達にもこのことは教えておくよ。あと病室の番号とか」
「うん、ウチもパパに連絡しなくちゃ。幸い病院の売店で予備のスカウターを買えたしね」
そう言うとソラは真新しいスカウターと、元々持っていたと思われるボロボロの物をサイドテーブルから手に取って見せた。
「じゃあ、また後で」
「またね」
病室を出て、扉を閉める。
廊下を歩いて、階の受付で面会終了の旨を伝え、病院の入口まで戻り、外に出る。
「……」
それにしても、何とかなったから良いとはいえ。
何の罪もないソラを誘拐し、屋敷ごと爆殺するつもりでいたとは。
今回ばかりは、デュセルヴォにもお礼を言わないといけない。ソラのことは勿論、僕のことも助けてくれたのだ。
こいつら大丈夫かなと疑っていた自分が、少し恥ずかしく感じた。
「D.E.A.T.H.か……」
嫌な組織だ。




