175. 生き餌
「私思うのよ」
みんなで、オアシスのド真ん中でベンタンタさんが振舞ってくれたスイカを頂いてる時に、こなが不機嫌そうに言う。
「アンタたち全員上司使いが荒いのよ。私を誰だと思ってるの?」
いわゆるボヤキだ。
「そんなこと言うけど他に僕たちの言葉通訳してくれる人いないじゃん」
「そこにネイティブスピーカーのサブマスがいるでしょ。後はそこに外取も居る」
「アイツフランス語だかイタリア語だか知らねーけど直接話しまくっててまるで非協力的なんだが」
「僕は荒れまくってるザントさんに通訳をお願いする程馬鹿じゃないかな……」
あれからこなは、仕方なく通訳となって色々と喋った。
私仮にも社長かつメタリック帝国第二皇女なんですけどとこながブツブツと不満を垂れ流していると、仕方なさそうに伊集院くんが口を開いた。
「ここのオアシスはバハレイヤオアシスと地下で繋がっていて噴き出す温泉も源流は同じだ。クソみたいに熱い上に日中は砂漠の気候も相まって死ぬほど熱いから入るには適さない」
曰く、サハラ砂漠には結構温泉の湧き出る場所があるらしく、そうした所がオアシス化しているのだそうだ。
特に伊集院くんが言ってたバハレイヤオアシスなる場所は一つの観光スポットとなっているらしくそこそこ人気なのだとか。
「なるほどなー」
「ちなみにエジプトは世界でも上位のスイカ輸出国で、今俺たちが食ってるスイカもギルドの裏にある畑で採れたものだ」
「砂漠の真ん中に畑なんてあるのか」
「そりゃあ魔法で色々とコントロールしてるからな」
「なるほどね〜」
面白いことに、今食べてるスイカは丸い形ではなく楕円形だ。
それに、果肉が赤くない。白というか黄色だ。
食べると乾ききった口と喉が潤っていくのを感じるみずみずしさだ。
「おーひー!」
「んで、伊集院さ、いい加減これから俺たちがどうすればいいのか教えてくれよ」
「ん、ああ。もうちょっと待ってな」
こなとザントさんは、ベンタンタさんと何やらヒソヒソと話をしている。
伊集院くんはと言うとエリアさんと協力して砂漠の砂上に共同で魔法陣を描いている最中であり、その合間に僕たちに話しかけてくれていた。
あれだけ喧嘩していたのが嘘みたいな協力作業だ。なんだアイツ。
一体、これから何が始まるのだろう。
「さて、と。こな、話は付いた?」
「オッケーだって」
「よし。じゃあ早速実行するか」
伊集院くんがエリアさんと共にこちらに歩み戻ると、僕たちに手招きをして呼び寄せて見せた。
「エリア、早速だが頼む」
「OK」
それを合図に伊集院くんの身体から黒い煙ーーいや、闇ーーが湧き始める。
「【闇の鳥籠】、【カースペイン】、【悪夢の渦】ーー」
オアシスの上に、真っ黒な檻が出現する。
するとそこに伊集院くんは様々な呪いを付与し始め、真っ黒な檻が毒々しく虹色に発光し始める。
「オエー、そんなにやるの?」
「フン、必要な物なのは明白だろうが」
「I agree」
こなが不快感丸出しで呪い付与を見届ける中で、エリアさんが両手を広げて短く詠唱分を唱えて見せた。
「【Wormhole】(ワームホール)」
エリアさんが小悪魔な笑みを浮かべると、檻の中に穴が開き、その穴からウェルドラがドサリと落下する。
その瞬間、ウェルドラは叫び声を上げながら目を覚ます。
「おっと、【逆さ吊り】」
伊集院くんが呪文を唱えると、ウェルドラが上下逆さまの状態で檻の中心に宙吊りになってみせる。
痛みが去ったのか、彼女は何事かと辺りを見回し伊集院くんと視線を合わせると、その瞳に憎悪が走った。
「ご機嫌麗しゅう」
「貴様……」
「状況が分からないと思うのでご説明致しますが、ここは砂漠のオアシスなのですよ」
僕たちが見つめる中で、伊集院くんが一歩前に出てウェルドラに語り掛ける。
「……」
「先述しました様に、貴方は本来であれば処刑されるべき人物なのですが、残念ながら貴方は殺すには惜しい。そこで取引と致しましょう」
「はっ、取引だと!?」
「ええ」
巧と顔を見合わせると、何が何だか分からないと言う顔だった。峰さんも同じだ。
「司法取引ですよ。貴方の死罪を減刑する代わりに、貴方には指定暗黒組織D.E.A.T.H.について洗いざらい話して欲しいのです」
「ふざけているのか」
「まさか。私たちは本気も本気です」
どうも拘束されたままで身動きが取れなさそうな状態でいるウェルドラ。
更に逆さ吊りになっているその姿は何とも情けないが、彼女はそんな事を意にも介さずに伊集院くんを睨み続ける。
「貴方が全て喋って頂けるなら、これまでの非礼についてもお詫びしましょう。また貴方は錬金術師としても付与魔術師としてもはっきり言って天下一品だ。どこかにポストを設ける事もやぶさかでは無い」
「はん、今更何を言う」
「貴方と言う存在が喪われるのは、たかがブラッディアだけでなく、世界にとっても大きなロスであると少なくとも私は考えている。これは事実だ」
「卑劣な猿如きが。死ね」
「卑劣なのはあえて否定はしませんが、そんな卑劣な猿に捕縛されるような者は果たして高等知能を有していると言えるのでしょうか? 哲学的ですねえ」
あ、伊集院くんがいつものモードに入り始めてる。と言うか卑劣なのは否定しないのか。
ふとそう気付いたところで、伊集院くんがくるりと踵を返しこちらへと近づいてくる。
嫌な予感がする。
「俺から依頼だ」
「お、おう」
「受けるか?」
「ごめん、話の流れが全く見えないんだけど」
「私も」
失笑に近いため息をつきながらも僕達は伊集院くんに返答すると、彼は一瞬不服そうな顔を浮かべた。
「報酬は弾むぞ、指名依頼だし」
「いや、だから説明を」
「そうか、上乗せして欲しいのか。彗もなかなか交渉上手だな」
「スルーされた!?」
話にならない彼を他所に、彼の上司が頭を抱えて項垂れた後、のそりのそりと此方へと近づき口を開いた。
「依頼内容はここの警護。交代でいいわ。現在ウェルドラの組織は彼女の奪還に向けて行動しているという情報は掴んでいるし、ここにそうした輩が来たらその迎撃をお願いしたいの」
「なるほど……私が間違ってないならここ地球のギルドの管轄内だし、大丈夫だよね」
「ああ、誰も来ない可能性もあるわけだよな? なら余裕じゃん」
峰さんと巧が胸を撫で下ろす。
だが彼らは甘い。
僕は知っている。この後何と言われるかを。
これは経験則だ。そんな事は、ありえない。
「場所はリークさせてあるからウェルドラ奪還は必ずあると思って差し支えないわ」
「は?」
「砂漠のド真ん中にすればどの敵が来るかも大体検討つくしね」
やっぱり。
「……今回のターゲットは、さっきの資料にあったあの砂使いって事だね」
「正解。流石は私の弟子みたいな奴ね!」
「おっま、ふざけんなよ!?」
砂使いの幹部。
スナームとか言っただろうか。ソイツを釣り出す気でいるのだ。
つまり、ウェルドラは餌だ。
「何だと……」
「あーウェルドラ、貴方の尋問はちゃんと続けるのでそこは安心して欲しい」
「ふ、ふざけるな!貴様最初からそのつもりだったな!?」
「一石二鳥って奴ですよ。それに見方を変えれば、貴方がここで踏ん張ればスナームが助けに来るかもしれませんよ? 希望があるっていいですねえ」
「き、貴様……!」
「え? お仲間の事を信頼されていないのですか? まさか、こんな猿の群れに仲間が負けると? そんな信用が置けないお仲間ならとっとと情報を売って、こちらに寝返った方がお得なのでは?」
「……」
また始まったか、とザントさんが零す。
それに静かに同意しつつ、こうなったらどうにもならないだろうと僕は諦めてその依頼を受諾した。
砂漠のど真ん中で、砂使いを迎撃。
その対策を立てなくては。




