172. 形だけの尋問
Remnant
1.残り,残部,残存者
2.残り切れ,端切れ;残り物の
3.名残り,遺物,残滓.
Raid
1.襲撃,急襲;強盗
2.空襲
3.侵入,侵略
━━[動](他)…を急襲[襲撃]する;〈警察が〉…を手入れする
━(自)攻撃[襲撃]する;侵入する;手入れ
「初めに、君たちが恐らく気にしている事だが何故ウェルドラがこんな所でぶら下がってるのかを教えよう」
伊集院くんがそう言うと、彼はこめかみに一瞬手を当ててため息を付き、ウェルドラに向けて指を指した。
「そのためにはまずコイツらが具体的にどういう奴らであるかと言う情報を念頭に置いてもらわんといかんからな。という訳で、コイツはウェルドラ・トリリオネ・ミリオネア。年齢501歳、純アクアン星人。性別は女性。表向きは差別的で有名な宝石商……と言うか、アクセサリーの造り手だ」
空中で逆さ吊りになっている彼女の大まかなプロフィールを読み上げる伊集院君は、何処か冷たい声で淡々と語る。
「で、裏の顔は指定暗黒組織D.E.A.T.H.の『デザイナー』と呼ばれる幹部階級の一員であり、彼女の作る違法なアクセサリーは同組織の資金源の一つでもある」
伊集院君の反対側の席では、こなが器用に耳をポリポリと掻いている。
ザントさんは腕を組んでおり、謎の女性は脚を組んでいた。
「目の前の端末には、他の幹部の情報が乗っている。他の人たちも一応各デザイナーの情報については復習も兼ねて目を通すように」
そう彼が言うと皆が一斉に目の前のタブレット端末を手に取り、その上に指先を滑らせて行く。
その端末にはデザイナーと呼ばれるデス? とか言う組織の幹部のデータが大雑把に載っていた。
「これが、幹部の資料?」
「ああ」
◇
・テンペス(風属性)
亜人類(風型)。分類としてはシルフに近い。武器等は持たない。
ほぼ風なので物理攻撃が効かないのが特徴。
気性が荒いので相対する時は注意が必要。
・ウェルドラ(金属性)
アクアン星人。付与魔術師。
錬金術師でもあり、付与魔法とアクセサリーによる身体強化が特徴。
Aタイプの地球人魔法使いを激しく嫌う差別主義者。
・スナーム(地属性)
βハブルーム星人。男性。武器は杖とライフルの可変型武器。
身体変化・砂の使い手で隠密活動にも優れる点に注意。
・アトモス(属性不明)
地球人(推定) 性別不明。武器は呪い装備の両剣。
事実上のナンバー2。隠密行動専門。
両剣の呪いは接触部位の皮膚(含皮革)を溶解させ、回復・修復阻害効果があるため、切りつけられた傷は自然回復を待つ必要有り。
・総帥ブラッディア(闇属性)
D.E.A.T.H.の総帥。亜人類(埴輪型)。
血操術の使い手。武器の大剣が特徴。
流血の無い場合でも剣に染み込ませた血を使うため、奇襲に注意。
◇
「錬金術師……」
「水族館の時にヤケに硬いなと思っていたが、まあそれはジャラジャラ付けてた悪趣味な装備品のおかげだろう。ウェルドラ自身は本来そこまで戦闘力は高くない」
言われてみれば、ウェルドラが付けていたネックレスだとかは全て取り除かれており、彼女の放つ魔力も戦闘していた時程ではなかった。
「アトモスの情報はどれ程掴めているの?」
「あまり進展はないな。首領ブラッディアよりも情報の隠匿が余程強力だ」
こなの質問に対して伊集院くんがそうため息を付くと、峰さんが口を開く。
「それで……どうして、ウェルドラはここに?」
「地球で魔法を使うとその場で処刑。この法律はあなた達も分かっているわよね?」
疑問に対してこなが確認をし、僕達は無言で頷く。
「本来であればウェルドラも真っ先に始末しておかなければならない人物なのだけれども……残念ながら、この人は殺すには惜しい程度には情報を保有している。そこで、私たちとしては直ぐに殺すよりも、こうして身柄を拘束する事を選んだってわけ」
こなはそう言うと一瞬目を瞑る。
ザントさんはサングラスを付けているから分からないが、恐らくはウェルドラの方に視線を向けている事だろう。
「【強制気付】」
伊集院くんが杖代わりに剣を向けると、強烈な平手打ちを浴びせた様な音と共にウェルドラが目を見開く。
「うぐっ……ここは……」
「御機嫌良う、マダム・ウェルドラ。ここはX-CATHEDRA本部よ。今まで気絶してたからその間に何が起きたかを掻い摘んで説明すると、非魔法開拓地区で魔法を使った破壊活動に勤しんだ貴女の身柄は現在我々が拘束している」
「……」
こなが甘く優しい、勝ち誇った危険な声でウェルドラに語りかけている。
それに対してウェルドラは空中で身動きが取れないまま、その視線をあちこちに向けていた。
先ずはこなに、次は伊集院くん、そしてザントさん。
ザントさんに視線が行った段階で、彼女は目を細めた。
「本来であれば即刻処刑である所を、とりあえず命を奪う程では無いだろうと言うことでこちらで保護をさせて頂いた」
「……はん」
「その見返りと言っては何だけども、貴女に幾つか質問が有るの。勿論答えてくれるわね?」
僕から見ても白々しい言葉を伊集院くんが放つと、こながその笑みを深めてみせる。
「……拘束を解除しろ」
「D.E.A.T.H.の本拠地を教えてくれたらね」
ウェルドラの言葉を一蹴しこなは続ける。
「……」
「じゃあ質問を変えるわ。テンペスが誘拐した天野空が収容されているアジトはどこかしら?」
その質問に、僕たち三人は息をするのも忘れて耳に全神経を集中させた。
「知らんな」
「ふざけんなよ……!」
「巧」
伊集院君が凍てつく目つきで、絞り出すような声を出しながら椅子から立ち上がる巧を制止する。
顔を真っ赤にして怒っていた巧の袖を自分も引っ張り、半ば無理矢理に彼を座らせて僕は伊集院くんに目配せをする。
「ふーん。ならアトモスについて教えて頂戴」
「口が裂けても」
お返しにとばかりにウェルドラの言葉に刺が仕込まれた時だ。
伊集院君が待ってましたとばかりに立ち上がって、また白々しい声でこなに提案した。
「こな、こんな状態じゃ話してくれる物も話さなくなるだろう。まずはウェルドラを下ろしてやれ」
その一言でウェルドラが一瞬自分の耳を疑ったかの様な表情を浮かべ、ザントがニヤリと笑った。
「仕方ないわね……」
「ぐぎゃっ!?」
こなが手を叩くと同時に、ウェルドラが頭から会議室の机に落下する。
「ぐっ……」
「【強制失神】!」
手足を拘束されたままで有りながらも何とか立ち上がろうとするウェルドラに対して、こなは手から細く赤いレーザーを放つ。
これを受けると、ウェルドラは沈黙し脱力した。
ザントさんがおもむろに立ち上がり、ウェルドラがキチンと気絶している事を確認すると、皆が移動しようと唐突に立ち上がったのだ。
「ま、待って。どこ行くの?」
目的が見えない僕たちが混乱している中で、峰さんが伊集院君の袖を掴み訪ねた。
「今回のこの会合は意思確認みたいな所を兼ねていてな……ウェルドラがそこら辺の弱小貴族みたいな小物臭を出してくれることを期待したんだが、無理そうだからな。場所を移す」
「ば、場所を移す?」
「そうよ。教授、例のをお願い」
こなが指示を出すと、沈黙を貫いていた金髪女性が頷き、ゆっくりと立ち上がる。
身長が高い。まるでモデルだ。
「そうだ、君たちは初対面だったな」
女性が右腕をゆるりと回し壁に円を描くとそこから魔法陣が展開される。
見たことの無い模様の魔法陣だ。
「彼女の名前はドクター・エリア……俺の住んでいるシェアハウスの同居人で、空間魔法を極めた世界的権威だ」
「It's nice meeting you guys」
「え?」
「は?」
「英語?」
今、なんて?
「OK, done.」
目の前の魔法陣が一色に染まると、次に魔法陣が展開されていた場所だけ、景色が変わった。
彼女が出来た空間の穴に足を踏み入れると、そこから砂の匂いがした。
「さ、私達も行くわよ」
この空間の先には、一体何があるんだろうか。




