170. 旧き敵
「コイツが……」
「フ、我々の後釜を狙うとは烏滸がましいものよ」
「……」
「大体さぁ、まずそもそもさあ、生命体としての『格』が違うんだよね。我々のような崇高な生命体に? こんな矮小な? 海洋生物が? 追いつけると思ってるのか? 本当にちょっと信じられない話だな」
「臍で茶を沸かすわ」
「其方らに全く持って同意だ」
「……、……」
大して変わらない気がするのは俺だけか?
「御主、何を見ておる」
「いや、何も」
どうも白けた目線を送っているのがバレたのか、左の羽が因縁を付けてくる。
「ピンキー殿、其方も彼のウェルドラとやらが、我らに成り代わり裏社会を牛耳ろうとしている事を滑稽に思わぬのか?」
「……知らん」
セルティネスのどうでもいい質問を適当にあしらう。
するとデュセルヴォとセルティネスは此方への興味を無くしたのか、再びモニターに向き直った。
「しかし……ここは酷く懐かしい物だな」
ふと、左の羽が呟く。
「だね〜。X-CATHEDRAと僕達が分裂したのがもう二年前なんだっけ?」
「そうじゃな……こうして居ると、こなと伊集院、そしてリーグ様がまだ手を取り合っていた頃を思い出す……」
羽を生やしたオレンジ色の大蛇、セルティネスがそう語ると羽『だけ』の生命体であるデュセルヴォの左側と右側がうんうん、と頷く。首などないくせに。
「リーグ様……」
「嗚呼、何故自害為さったのですか……」
突然湿っぽくなった部屋の空気感に動揺しつつも、務めて冷静に魔物組を眺める。
まあこの魔物共は出戻りしてからここ最近ずっとこの調子だから、そろそろ慣れてきたのも事実ではある。
嘗てX-CATHEDRAから方向性の違いから分裂し、ルナティックと言う組織で徐々に腐敗して行ったこの2人。
……いや3人か? まあなんせ奴らは、我々が組織を買収した際にまた此方に戻って来たのだが……
「リーグ様は偉大だったな」
「うむ。少なくともこの者が居る組織の長よりはな」
途端にニヤリと邪悪な笑みを浮かべる奴ら。
モニター越しに伊集院によって気絶させられているウェルドラを見て蔑んでいるのだ。
お前らだって一歩間違えたら似たような立場にいたくせに……
「見るが良い。何とも間抜けな姿ぞえ」
「うん。我々には考えられない恥ずかしい事だ」
向こう側には聞こえないのをいい事に、この魔物共からは罵詈雑言しか出て来ない。
特に右側の羽ことセルヴォRとセルティネスがひどい。
醜い。実に醜い。
こんな醜くて情けない場面、ほかの幹部共の前やかつてのルナティック構成員たちにはちょっと見せられない。
……いや、ルナティック構成員だった奴らはむしろコイツらに同調しそうだ。
それはそれでめんどくさい。
「フフハハハ、見よこの軟弱な身体を。この様な輩など、妾の尾の一振りで砕けそうだ」
「このアクセサリーもりもりおばさんさー、アクセサリー無かったら完全体の僕達はおろか、僕らの片方だけでも充分すぎるよねー」
「右に同じ意見だ」
完全体。
このセルヴォLとRは完全体への復活を夢見ている。
未練がましく己の焼け残った羽に取り憑いた双頭竜の魂は、元の2ヘッドドラゴンになりたいのだ。
ぶっちゃけ彼らは元々ルナティックに対して忠誠があったかも怪しいもので、レメディの手ほどきを受けた後に道を逸れたスマートがいる方に流れたというのが正しい。
かつての大戦争の災厄だった彼らの身体を錬成することは流石のレメディもしないが、スマートなら、と言う期待感だ。
最も、大元ではコイツらを飼い始めた伊集院にも期待している節はある。
あの男は、底が読めない。
それは、彼らからしても同じなのだが。
「この卑しい輩の所属は何処だったか?確か……」
「確かDEATHとか言ったな」
「ダサい名前だよ……我々ルナティックとは大違い」
「……どちらも大して変わらない気がするがな」
「――それは無い」
「――それは無い」
「――ふざけんな」
こいつら……
「あのー、ピンキーさん」
「……グレイス」
「ウェルドラは見せ物ではありませんよ」
会議室に誰かが入ってくる音がして振り返ると、そこには呆れ返った顔のラルリビ星人が腕を組んで……あ、いや、グレイスは元々奇形で腕が祈る様な形でくっついているんだった。
「……貴様」
「セルティネス、言っておきますが私は元通り貴方の上官なのですから、口には気をつけてくださいね」
「チッ」
そう言えばグレイスは元々ルナティック側の人間でこっちに寝返った奴だったなとぼんやりと思い出している間に、セルティネスは顔を歪ませながらそっぽを向く。
「ウェルドラはどうするつもりだ」
疑問に思っていたことを口にすると、やや間があって、グレイスは口を開いた。
「……暑い場所に行って貰うとだけ明言します。セルティネスの住んでいる火山程では有りませんが」
「暑い所?」
「ええ。アクアン星人は他と比べて熱に弱いですからね。気候のより威烈な場所で尋問を行います」
グレイスが努めて静かにそう言うと、竜の羽がざわめく。
「ほう」
「懸念しているのはリークです。もちろん、マスコミには嗅ぎ付かれない様にはしますが……」
そこまでグレイスは言うと、口を閉ざす。
大体グレイスーーいや、どうせ伊集院かーーの考えが読めてきたところで、セルヴォLだかRだかが発言した。
「なるほど読めてきたぞ。わざとDEATHに情報を流して、襲撃を誘うのか」
「ははーん。マスコミにだけ注意しながらリークして、向こうを罠に嵌めると」
「私は何も言っていませんよ」
あくまでも懸念事項を口にしただけです。
そう付け加えておき予め逃げ道を確保する聖女様に苦笑いしていると、セルティネスがその身体をくねらせながらグレイスへと擦り寄った。
「それで? 我らはどうすれば良いのだ。ただでさえ出戻りで監視が付いている状態の我らにこんな情報、タダで流すとは思えん」
コイツらは元とはいえ敵対組織の幹部だ。
情報を流すと言うことはそれなりに裏がある。
そう思っていたけれど、グレイスの口から出た言葉は予想を裏切るものであった。
「はい? 貴方たちには特に何か動いて頂く予定など有りませんよ?」
「……は?」
「どういう事だ?」
「ですから、貴方たちには特に命令や依頼は出しません。どこで、何をしようと関知しません。自由時間です」
「ああ、そういう事か」
思わず口に出してしまう。
あいつらが何をしようと、それは彼らの独断なのだ。我々は関係ないと言う事。
「もちろん貴方たちは監視が着いていますので、何か勝手に動いた先で何かこちらに連絡事項があるのなら、それはそれでその人たちを使うなりなんなりは自由ですよ」
「相変わらず嫌なやつだ」
セルティネスがそう吐き捨てると、グレイスはゆっくりと笑みを浮かべてみせた。
それはまるで、彼女の後任者であったかの死神のような、恐ろしさを感じる笑みであった。




