169.院長暇無し
「ーーバイタル下がってます!」
「グルカゴン投与して!」
「レメディ様!此方も血圧が測れません!」
「ドーバミン投与!必要ならドブタミンもあげて!」
「レメディ様!」
「アドレナリン静注!急いで!」
◇
「は〜〜……」
まるで野戦病院だ。
ようやくひと息つくことが出来る。
「レメディ様」
廊下のソファに腰掛けて大きくため息を着いたところで、尻尾が2つに別れたラルリビ星人の看護師から呼びかけられた。
「イルミーネ。今日はほんとお疲れ様」
数百人単位で押しかけてきた魔力拒絶の非魔人を相手に私と共に処置を続けてくれた戦友に労いの言葉をかけると、彼女もまたため息をついた。
「今日はほんと激戦でしたね……」
「いやーほんっとキツかったわ。誰も死んでないのほんと奇跡だわ。ミラクルミラクル」
150人超の魔力拒絶。
全員がアナフィラキシーを起こしていたせいで、一瞬でアドレナリンの在庫を溶かしてしまった。
私は本来外科が専門だし、本当は切ったり出来れば良かったのだけれども、魔力を取り込んだことによるアナフィラキシーではメスの出番はない。
……まあそれを言うと、本当は院長なのでそもそも医療行為なんてする立場でも無いのだが。
今回は急患があまりにも多すぎた。
「お宅の社長は一応製薬会社のトップよね?」
「……ええ」
「悪いんだけどアドレナリン発注していい? うちの担当窓口誰よ」
「……私はファルサーの社員では無いので、分かりかねます」
イルミーネ・クレア。
メタリック中央病院の副看護部長。人事・教育担当。女性。
しっぽが枝分かれしていて先端が鉤爪の様に鋭くなっている点を除けば、極普通のラルリビ星人。
……と言うことも無く、その正体は指定暗黒組織AAAA幹部・Iでもあり、在職歴は向こうでの方が上。
あのギルドが業務提携するとなった時に伊集院から渡された幹部リストをみて、驚いたのは記憶にまだ新しい。
提携するようになってからは、こっちと向こうのパイプ役をお願いする事が増えて、こうして顔を合わせることが劇的に増えた。
今回もその一環だ。
ここで話した情報は彼女を伝って、全てあちら側で共有される。
「仕方ないわね……一応薬剤部に在庫確認させておくわ……」
製薬会社ファルサー。
ザントの経営する会社だ。
表向きはザントはファルサーの一員で外取と言う名目でギルドの経営に関わっている。
「そう言えばレメディ様、このテロの原因ですけど、あのクズ共は捕まえられたのですか?」
「一応捕まえたらしいわよ。今はギルドで身柄拘束中」
「ほんとですか!?」
ぱぁっと一気に彼女の顔が明るくなる。
この子の組織とウェルドラの所は抗争中でもある。
その幹部を捕まえられたと言う情報は、彼女たちからしたら朗報以外の何物でもないだろう。
「そ、それでアイツらは、此方に回されるんですか!? 献体しても良いんですか!?」
「お、落ち着いて……」
人のデスクに身を乗り出して切り刻みたいと主張してくる看護師、怖い。
「とりあえず処分はまだ先。今回拉致された魔女もいたりするし、必要な情報をまずは聞き出してからよ」
「では尋問出来るということですね!!」
「だから落ち着きなさいよ……」
やったー!とバンザイする彼女を窘めると彼女は眉間に皺を寄せて頬を膨らます。
「ええーっ、ダメなんですかー」
「ダメに決まってるでしょ。まあ尋問自体は伊集院が直接するみたいだけど」
「それって具体的にどれ程の精神的肉体的苦痛が伴うんですか? それって信用出来るんですか?」
「さあ……」
伊集院としては、腹に一物有るみたいだけれどね。
そう付け加えると彼女は渋々と言った様子で一歩身を下げる。
「じゃあ、この件の共有よろしくね」
「承知致しました。では失礼しーーおや?」
面会完了だと思っていた所で、ふと彼女は顔を上げた。
何だろうと思っていると、彼女は声もなく院長室の窓を指さす。
はて、と自分の椅子をクルリと回転させてみると、外の景色を展望出来る巨大窓の片隅に、一羽のカラスがそのクチバシを立てていた。
「ああ、来たのね。入っていいわよ」
カラスに声をかけると、そのカラスはクチバシを立てるのを止めて此方を見据える。
するとそのカラスがドス黒い煙に変化し窓ガラスを通り抜け、こちら側の縁でまたその姿を再構成していく。
「こ、これは?」
「伝書鳩ならぬ伝書カラスよ。まあ正確にはカラスでも無いんだけど……」
目を丸くするイルミーネにそう答えている間に、そのカラスはパタパタと私のデスクまで飛んで私の正面に鎮座した。
カラスはその目を細め、瞑るとドロリと溶けていき、その正体を顕にした。
「えっ!?」
「……ふむふむ」
カラスが和紙で出来たメモ用紙に変貌したことに声を上げて驚く彼女を後目に、私はそこ伝言を読んだ。
読み終えた所でそのメモを腕に連結しているリボンで真一文字に斬ると、そのメモ用紙から魔力が抜けていきやがてメモ用紙が闇に変化し空気に溶けていく。
「こ、こんな魔法はじめて見ました」
「ああこれね、伊集院の持ってる固有魔法のひとつよ。式神魔法を応用したものらしいわ」
「式神って、あの地球で発達したと言われてる精霊魔法の一種ですか」
「そうそう」
「は〜、あんな発展途上星にこんな独自の魔法体系なんて有るんですね〜」
感心するように彼女はもう何も無い私のデスクをマジマジと見ている。
イルミーネ、もうそこには本当に何も無いから見たところで何も得るものはないわよ。
「で、ご伝言の内容は? わざわざスカウター電話じゃなくて手紙にしたのは理由が有るんですよね?」
「そうね。まあこれくらいならイルミーネに伝えても問題は無いかしら」
席を立つ。
剥き出しになっているリボンの巻いた腕を隠すために、申し訳程度に白衣を羽織る。
「えっ、これからどこかへ行かれるんですか?」
「ギルドの四天王宛の会議招集よ……とりあえず陣頭指揮は副院長に引き継いでおいて」
「承知しました」
ひと仕事終わったと思うと今度は会議だ。
一応、私の本職は病院経営のはずなのだけれども、困ったことに宇宙防衛軍の副業はかなり深い所にくい込んで来ているせいで、無下にする訳にも行かない。
……まあ、それを言ってしまうと本当の本職はメタリック星の第三皇女なのだけれども。
「ああそうだ、これはあなたへの個人的な伝言なのだけれど」
「はい」
院長室の片隅に置かれている、X-CATHEDRAにある私の私室へのワープパッドに片脚を乗せた所で、伊集院からの伝書式神に記載されていた内容を彼女に私は伝えた。
「どうもあの場には、デザイナーが三人居たらしいわよ」




