16. メタリック中央病院
「ここは……」
どうやら病院の玄関前の転送エリアに着いたみたいだ。
やはり広い。例によって空中にはポップアップで半透明なスクリーンとかが幾つも出ている。ここはさっきいた場所と同じ星なのだろうか。
そう言えばさっきの場所はそもそも地球なのだろうか?
疑問は尽きない。
「院長室は……四階の東南東か」
そしてエレベーターに乗って四階に着き、マップを見ながら辺りを見回すと院長室と書かれた方向にある物を見つけた。
「えっと……」
立ち入り禁止の看板だ。これでは先に進めない。
「困ったなぁ」
もちろん僕は関係者ではないから入れない。しかし用のある院長室はこの先だ。
「すいませーん!」
近くに人がいないかと辺りを歩きながら人を呼んでみるが、返事はない。
「誰か居ますかー?」
しんと静まり返っている廊下は何とも不気味だった。
仕方なくマップを改めて確認すると、この階にも受付が有る事が分かり、僕はそこへと向かう事にした。
「あのー.......」
やってきた受付も、地球の物とはちょっと違うみたいだ。球状のコンピューターと思わしき物とにらめっこをする宇宙人が何人かいる。
「はい、どうかされました?」
僕の応対に来たのはグレイスみたいな格好の宇宙人ナースだった。兎人と言うべきか。
「院長先生にお届け物を預かっているのですが…」
「院長先生ですか?」
「はい……あの、X-CATHEDRAの依頼で、手渡しにと」
手渡し、はこの病院をよく知りたいためについた嘘だ。
「そうですか。ではギルドライセンスはお持ちでしょうか? お手数ですがご提示をお願いいたします」
彼女にそういわれ、そう言えばそんな物もあったな思い出しつつそれを提示する。
すると彼女はそれをなにやら紙に控えて球状のコンピューターに向き直った。カチカチと無機質な音が鳴る。
「ではこちらへ」
暫くして確認が取れたのか、彼女はそういうと席を立ち僕はそれに続いた。やがて先ほどの立ち入り禁止の前まで戻ってこれたのだ。
「一つだけ警告しておきます。これから院長室へと向かいますが、絶対に陳列されているカプセルには触れないでくださいね」
「は、はい」
わざわざ言うと言う事は、よほど危ない物なのだろうか。
「ではどうぞ」
関係者以外立ち入り禁止とされていた区域は、何というか異様だ。
「す、凄いですね……」
「アクアン大学と提携して生物実験も行っていますからね」
沢山あるカプセルの中は全て培養液で満たされていて、中には怪しい生物や臓器と思われる何かが浮かんでいるみたいだ。触ったらどうなるのだろう。
「あれは?」
一つのカプセルには人間の脳に蟹足が生えたような物が浮かんでいて思わず質問してしまう。
「猿人類、つまり地球人の脳と蟹を融合させた猿人脳蟹です」
「融合……?」
「かつての大戦争に使われた生物兵器の生き残りです」
生物兵器がどうやらこの宇宙には存在するらしい。なにが悲しくてこんな気持ち悪い物を作ったのだろうか。かつての大戦争とは何だろう。後で伊集院君に色々と質問してみよう。
「失礼します」
やがて魍魎の封印されたカプセルのある廊下を抜けるとそこには院長室と書かれた白い扉があった。
看護師さんがそれにノックをして扉を開け中に入るので、僕もそれに続く。
「院長、X-CATHEDRAからの使者です」
「……あ!」
「あら、奇遇ね」
院長室に居たのは、何と先ほど僕の腕を治してくれたレメディさんだ。
「先程はありがとうございました」
「良いのよ別に。あ、下がっていいわよ」
「はい」
レメディさんの一言で、看護師さんは部屋から退室した。
院長室内には真っ赤なライオンの皮で出来た敷物が頭付きで敷いてあった。おまけに左には大きなペガサスが丸ごと剥製になっていて、右には人間の脳みそが浮いている。
.......また人間の脳みそか。この人はそういうのが好きなのかな。見ていて気分のいいものでは無い。
「……で、早速荷物を」
「あ、はい」
僕はレメディさんに小包を渡した。
「ありがとう、これ貴重な薬草なのよね。おまけに鮮度保つのに時間停止まで掛かってる」
「薬草なんだ」
今まであまりにも魔法と言うよりかはSFに傾倒した物しか見て来なかったので、突然のファンタジー要素に驚いてしまう。
薬草なんてものがちゃんとあるとは……
「んー、こんなに強い物、早速使わなきゃ」
そう言うと彼女の左目にスカウターが出現し、何やらカチャカチャとそれを弄り始めた。
「ちょっと待ってね?」
「う、うん」
彼女は話しながらも電話をし始める。
「もしもし? 新鮮なゾンビプラント入ったから早速手術開始して? 今そっちに転送するから」
バシュッと良い音を立てながらその包みが何処かへと転送されていく。
「私も〆の所やるから待っててね、患者はスーパーアーマー付与に強いアレルギー起こすから慎重にね」
それだけ短く告げると彼女は電話を切り、こちらに向き直った。
「す、凄いですね」
「そんな事無いわ、ただ自分が好きな事をやってるだけ」
彼女の腕に巻きついたリボンが動き、部屋の奥にあった巨大な本棚から何やら分厚い本を取り出し始めていく。
「趣味の延長線上に仕事があるだけよ」
本が次々と机に並べられて行くと、ふと扉がノックされた。
「どうぞー」
ノックが入ると彼女は適当にそう答えた。すると扉が開き、新たな宇宙人が部屋に入ってきた。
「……」
「ピンキー! どうしたの?」
新たな宇宙人は熊のような人間と言ったところか。体色は何とも目に悪いショッキングピンクで、強烈だ。
「……引き渡しの時間」
引き渡し?
「あ、あの子ね」
「…………」
「あれ鑑定掛けてみたけど多分精神不安定とかそのたぐいで無罪になるわよ」
「あの……」
この人は一体誰だろう。
「はい? ああそうね、星野君だっけ? この人は宇宙全体を股にかける宇宙警察の宇宙警察長のピンキー・サルカズム。無口だけど気にしないでね」
宇宙警察長、と彼女は簡単に言ってのける。
なんだそれは。なんでそんな偉そうな人がこんな所に来ているのだろうか。しかも僕と言う存在がいるのに平気な顔をして。
「…………」
「ピンキー、この子はお姉ちゃんの毒気に当たってこっちの世界に入った私たちの後輩、星野彗よ」
毒気って、魔法の事だろうか。
……いや、ちょっと待って。
「後輩、って?」
そうレメディに質問すると彼女はおや、と言った様子でこちらを伺った後、こう答えた。
「あれ、言わなかったっけ? 私たちはX-CATHEDRAの幹部よ」
「……四天王だ」
四天王。何と言うかいかにも偉そうな感じだ。
「私たち四天王よりえらい人は二人しか居ないのよ、伊集院君とお姉ちゃん」
「……俺たち4人、創立メンバーだ」
さらりと重要そうなことを言ってのける彼らだが、そこそこの衝撃だ。
この人たちはそんなに偉い人だったのか。宇宙人だとどんな人が偉そうで誰がそうでないか、見当もつかない。
「……」
「そんなにガチガチにならなくても」
「あ、あの、宜しく、御願い、します」
恐る恐るそう言ってみるが、ピンキーさんはあまり興味なさげだ。
「……まあとにかく引き渡しだ、さあ、早く」
「落ち着かないわね、分かったわよ」
「あ、じゃ僕はこの辺で……」
「あらそう、帰りは気をつけてね。カプセルは触っちゃダメよ」




