164. 宇宙の掟
「ソラ!」
「ソラーっ!」
水族館の中に戻ると、DEATHの構成員がそこらじゅうで暴れ回っており、それに対して宇宙警察の人間が応戦していた。
「お願い……無事で居て……」
炎の弾丸が頭上を掠め、天井に穴が開く。天井からはコードがブラりと垂れ下がっており、火花を散らしていた。
峰さんが祈るように呟くと共に、進路の方向から交戦していない構成員が飛び出して僕達に長杖を向けた。
「【浄滅の風】!」
「【鉄の壁】!」
黒い浄化の風が吹き始めると同時に僕は鋼の障壁を展開し攻撃を防ぐ。
「ぐっ……なんだこれ!?」
展開した鉄の壁が押されるのを感じ取り、魔力の出力を上げる。
なんて力だ。
これが、暗黒魔法の力なのか。
「【水の鞭】!」
風が止むのに合わせて峰さんが呪文を唱えてみせると、彼女の短杖からしなやかな水の鞭が現れ、敵を叩いてみせる。
そこに巧が後方から地を這う様な青い炎を展開すると、その火炎が敵に巻き付いて燃え上がる。
「ギャァァアアッッ!!」
「【フレイムサーペント】!」
再び炎の蛇が巧から放たれると、敵が焼かれて暴れながら近くの小さめの水槽を杖で殴りつける。
水槽が破壊され、水が溢れ炎が鎮火し、突然の出来事に恐慌状態に陥った魚が床で跳ねる。
「貴っ……様らぁ……」
敵が一歩前に踏み出て、魚を踏み付ける。
即死だ。
「許さん……許さんぞォ……暗黒の魔法は、憎しみを喰らい……その力を、増す!!【エアスティール】!!」
杖が僕に向けられる。
その瞬間、自分の肺が強制的に収縮した。
「ぐ……っ!?」
ーー息が、出来ない!?
「彗!?」
「……っぐ……かはっ!!」
肺から空気を抜かれ、酸素供給が途絶える。
視界が徐々に暗転し、目が回り出して膝を付く。
「てめっ、彗に何しやがった!? 【ファイアリフト】!」
「負の力が俺たちをより強力にするのだ!!」
喉を掻き毟り口を大きく開け、口から酸素を取り込む試みを本能的に行う。
それでも空気が喉を通って行かず、回らない頭が緩やかに停止しようとしていた。
「――【闇の曲射】!」
「ギャッ!?」
「がはっ!?」
突然、空気が肺に流れ込む。
「ゲホッゲホッ!」
意識がゆるりと覚醒していくと共に、いつの間にか倒れていたことに気づき起き上がると、伊集院君が闇で作られた矢を放っており、敵が被弾したことで僕への攻撃が中断されていた。
「伊集院!」
掛かっていた魔法が解け、肺に新鮮な空気が流れ込んでいく。
酸欠で頭がぐらぐらするが、気合で起き上がり情報を処理する。
「【フレイムリフト】!」
「【蒸気玉】!」
グラグラ回っている目を凝らして無理やり資格情報を頭の中で処理していく。
そこには巧と峰さんが火の玉と蒸気の塊を放ち黒装束のシールドを破壊した様子が目の前で映し出されていた。
「チッ、こうなっーー」
敵と思われる、聞き覚えのない声が途中で途絶え、何かが地面に落ちた。
「非魔法開拓地区法違反の現行犯で処刑する。悪く思うな」
酸素が充分に供給されていき、ようやく認識が正しく動き出す。
地面に落ちたのは敵の膝だ。
敵が膝をつき、伊集院くんが半透明の紫色のセイバーを引き抜くと、その黒い塊は紅いエキスを静かに零しながら沈黙した。
「なっ、伊集院お前……」
殺人。
巧が絶句する中、伊集院くんは淡々と応える。
「……宇宙の法律だからやらなきゃこっちが酷い目に遭う。何時までもそんな顔するな」
闇で出来たセイバーが一瞬刀身を失うと、こびり付いていた血液が床に落ちる。
ゴトリと音が鳴ると共に、伊集院くんは再度セイバーの刀身を出現させた。
その音の正体は、凍ったかのように凝固していたその血液であった。
「死体は放っておけ。後で宇宙警察が処理をする。水族館内の敵を引き続き殲滅してくれ」
熱帯魚の水槽の前で歩みを止めた伊集院君がクルリと反転しこちらを向く。
「魔法界の機密は非魔人、つまり魔法使い以外の人種には漏らしてはならない。もしも魔法界や魔法使いが非魔人に見つかったら、その時は地球社会は大混乱に陥る。その内各国で魔女狩りが再来し、我々は地球に住めなくなるだろう」
「……でも」
僕たちの考えを見抜いてるのか、彼はこう続ける。
「非魔法開拓地区では緊急時以外の魔法行使は禁じられている。破ればその場で処刑。何故なら一度破った者は再び破る可能性があるからだ。それに一度でも魔法を使うと、残留魔力が放射能の様に辺りに滞留して、人を魔法使いに変えてしまう。魔法使いに進化できるならそれでいいが、中には進化に耐えきれずショック死する人も少なくない。そうした自体になると隠蔽工作も数倍大変になる。そうした犠牲者を出さない為にも、この処刑は存在する。これは鉄の掟だ」
「……」
「これからもこういう事があるかも知れないから、今の内に言う。X-CATHEDRAには暗殺依頼も沢山来る。そしてお前らは強力な魔法使いを糧に進化してる。その内確実に……お前らが人を殺す時が来る。覚悟しておいた方がいい」
そう伊集院くんが言うと、一際大きい爆発音が大水槽のエリアから聞こえ、地面が僅かに揺れた。
「……あっちか」
僕と巧はお互いに顔を見合せ頷き、伊集院くんの後を追う。
伊集院くんに言われた事が頭の中で纏まる前に、今回の黒幕が姿を現し、僕達の前に立ちはだかっていた。
見知った顔が1人、知らないのが1人。
片方はアクアン星人だ。そして――
「ソラ!」
「おっと動くな」
第三の声。
「コイツがどうなっても良いのか?」
「……くっ!」
木枯らしが水族館の中で吹き始め、半透明な渦がソラの側に形成されていく。
「テンペス!」
「昨日ぶりだなガキ共。ウェルドラ、コイツらが昨日話した奴らだ」
テンペスがその姿を露わにすると共に、風で浮かび上がったガラスの刃がソラの首元へと向けられていた事が分かった。ソラはその刃を首筋に当てられて、冷や汗を垂らしている。
その光景に僕は拳を握り締めていると、ウェルドラと呼ばれたアクアン星人が徐に口を開く。
「何なんですかこの猿たちは。Nですか? それともS?」
そのアクアン星人は優雅な所作で手に持っていたロッドに肘を立て頬杖をした。
銀色のローブを身につけており、魔導師の帽子を被っていてそれは金色であった。
僕たちの困惑した表情を見て、その宇宙人ははあ、とため息をつくと、何型の魔法使いなんだ、と付け加えられた。
「ここにいるのは皆Aだけど……」
「はん。ということは元々魔法使いですら無かった愚鈍な劣等種族だったと言う訳ですか。吐き気がしますね」
「愚鈍な劣等種にも劣る脳みその癖に差別主義者なのか。そう言えばそんな話は聞いていたな……」
一人だけ答えなかった伊集院君がそんな売り言葉をふっかけた。
……差別主義者?
「お前は知ってるぞ……確かX-CATHEDRAのナンバー2だな? どうする、ウェルドラ」
「フフフ、私はゴミ拾い狩りもたまには悪く無いと思うぞ」
よく見るとウェルドラは、ネックレスやブレスレットなどを着けていて煌びやかだ。
いつか戦ったピアースとは真反対の印象……彼が海の荒波なら彼女は優雅な川、そんな印象だった。
「彗、お前らは下がれ。なんで天野さんが捕まっているのかは理解に苦しむが……人質作戦は通用しないぞ」
「それはどうかな」
僕達三人が1歩後退すると共に、水族館の中で吹く風が威力を増していく。
「ウェルドラ、本当にやるつもりか」
「フフフ、良いのでは? ああそうそう、申し遅れましたが私、『指定暗黒組織DEATH』デザイナーのウェルドラ・トリリオネ・ミリオネアと申します」
僕たちに対する挨拶を済ませると、彼女は伊集院くんに向き直り、その杖を構えた。
「……」
「では、お手合わせ願いましょうか」




