161. 水着で行く水族館
このマリシムシティと呼ばれるテーマパークには、一つだけルールが有る。
「俺水着で水族館に行くって発想はなかったわ」
ホテルの中……それもチェックイン・アウト時以外、マリシムシティでは常に水着じゃないといけない。
プールでは当然のことだが、それは付属の水族館や博物館でも同じ。
そしてそれらを繋ぐ電車だかモノレールだかでもそうだ。
「アクアラインに着いたよ!」
「うわー……」
アクアライン。
文字通り水の中に透明なトンネルが通っていて、その中にモノレールが通っている。
練馬区のど真ん中にある水のテーマパークを繋ぐ交通網だ。
「み、水の中ってヤバくない!?」
「夢が広がるよね!」
「維持費が大変そうだな……いやでも★を為替で替えてるなら大丈夫なのか?」
全員が感嘆を口々に表現しているのに対し、伊集院君だけがまた夢の無い事を……
そうこうしている内にモノレールが到着する。
音もなく静かだ。そしてどこか幻想的だ。
「俺、水着でモノレールとか初めてなんだけど」
「そりゃみんな初めてだと思うよ」
モノレールの扉が開くと、ペタペタとゴム草履やサンダルの音が一斉に響く。
やがて発車すると、周りからは悲鳴に似たような感銘の声が聴こえた。
「凄い!これ本当に海の中みたい!」
「珊瑚やっべえ!」
乗客が全員水着姿で窓の外を凝視している風景は何とも異様だ。
でも、窓の外が普通に海の底みたいで、小魚が泳いでいた。
僕自身もとても興奮している。
「えっ、これが普通に水族館とかじゃなくて?」
「やばくない?」
アクアラインの水と魚は一体どこから来ているのだろう。いくら上が魔法使いであるとはいえ、まさかこれ全て海から持ってこれたとか?
「すげぇ……」
「これ、夕方に乗ったらまた面白そうだね」
峰さんがそうポツリと言うと、僕達はいっせいに頭を縦に振った。
確かに今は午前中で上から太陽の光が差しているけれども、夕方とか夜とかにこれに乗ったらまた景色が変わりそうだ。
「一体、どうやってこんな場所作ったんだろ」
「ね、気になるよね」
そうこうしている内に、モノレールの進行速度が緩やかに遅くなっていく。
扉が開き、僕達五人が降りて地上へと出ると、そこには眩しい太陽と、ビル街が幾つか並んでいた。
「オフィス街エリアかー」
「従業員とかの控え室や運営もみんなここらしいよ」
「なるほど……だからオフィス街なのか」
早い話、ここがマリシムの中枢らしい。
ビルに見えるのは要するに自社ビルで、中はアーケードのようになっていてお土産屋とか水着等が売っている。
水着に関してはここでの正装であるのもあって、色んなブランドのショップがひしめいており、選り取りみどりだ。
他にもお化け屋敷だったり絶叫マシンだったり、そうしたアトラクションも幾つか用意されている。
あとは当然事務所もここにあるとか。
「ここってさ、今は夏だからいいけど秋冬どうすんだろうな」
「それな」
「確かに……」
噂では屋内プールとか温水プールとかは使えるという話ではあるが。
あとは競泳プールも。
多分、屋外のプールだけは使えなくなるのだろう。
「じゃあ水族館行ってみる?」
「そうだね」
ここ、オフィス街エリアの見どころのひとつは水族館だ。
水族館は中学校時代の遠足で行った以来だから、とても楽しみだ。
◇
「リストバンドの提示をお願いします」
ーーピッ!
「それではどうぞお楽しみください」
水族館の受付も当然正装なので、水着姿だ。
受付の美しい水着のお姉さんにリストバンドのバーコードを読んで貰い、僕たちは中に入っていった。
「俺今のめっちゃタイプなんだけど」
「そうなの?」
「だっておっ――」
「あーはいはい朝から辞めてね」
慌てて巧の口を塞いで僕たちは順路を進んでいく。
一瞬ソラが汚物を見るような眼で巧を見ていたのは気のせいだと信じたい。
「すごーい、これマグロだって!」
「こっちはサメが居るよ!」
「これマンボウ?」
「マンボウって一度に卵を三千万個産むのに絶滅するとかしないとか言われてるらしいよ」
「へえ〜」
「伊集院ってほんと何でも知ってるな」
巨大な水槽の中に様々な魚が泳いでいる。
不思議なのは、サメとかが居る水槽でそのサメが他の魚とかを食べない事だ。
サメってどう見ても肉食なイメージがあるのだけれど、水槽の中の魚を食い荒らされたりしないのだろうか。
「このマグロ食べたら美味しそうだね」
「そーだね」
この水槽のマグロって食べれるのかな……
そんな事を考えながら先に進むと、今度はイルカのショーをしている広場へと僕達は着いた。
「丁度あと15分ぐらいで始まるらしいじゃん」
「マジか」
「ならせっかくだし見ようか」
「いいねそれ、賛成」
続々と水着姿の人々が集まる中、イルカショーが始まる。
トレーナーと一緒に優雅に泳ぐイルカたちはなかなか可愛く、また観客が全員水着という事もあり、隙あらば容赦なく水を浴びせてくる彼らは同時に憎らしい存在でもあった。
と言うか、ジャンプして着水したりプールの縁まで泳いでくるとほぼ必ずと言っていいレベルで尾ビレで水を飛ばしてくる。
いくらみんな水着だからって……
ショーが終わり僕達は先に進むと、次に出たのは小さい水槽の沢山ある場所だった。
「おっ、タツノオトシゴだ」
「ねね、こっちは何故かシジミとかが居るんだけど」
「シジミ?」
……水族館にシジミって普通有ったっけ?
「こっちアサリ」
「ハマグリも見つけたー」
……普通の水族館って、そう言う物まで展示していたっけ?
「食べれるのかな」
「食べれないんじゃね?」
「そっかー」
「……ってかお腹空いてきた」
「そう言えばそろそろ昼だし、飯にするか」
伊集院くんが最後にそう言うと僕達はみな首を縦に振り、水族館内に併設されているレストランへと足を運ぶ事にした。




