152. 平伏の奇跡
あれからも時々魔物を倒していて、ふと気付いた事が幾つかある。
「ねえ、巧」
「ん?」
まず最初の一点。
「また、道が崩れてる」
「あ、ホントだ。ここボロいなー」
「そうなのかな?」
至る所で、道が壊れているのだ。
螺旋階段のように上へと延びている通り道だが、それが至る所で抉れるように壊されており、行く手を阻んでしまっているのだ。
「仕方ないね……【物体浮遊】!」
僕は生憎、空を飛んだり浮いたりするタイプの魔法を持ち合わせていない。仕方ないので、そんな時は適当に瓦礫を浮かび上がらせ足場代わりにし、巧をまずその先に進ませる。
次に同じ事を巧にお願いし、その上を移動して僕たちは先へと進んだ。
「うぐぐっ……」
「彗、後ちょっとだ!」
これがまた、てんで疲れるのだ。
念力魔法で浮かばせた物に人が乗ると、途端に消費魔力が増えるしバランスを取るのが大変だ。
オマケに、僕はまだしも問題は巧。
僕はもうある程度魔法界にも慣れているし魔法に慣れているが、巧はつい最近ーーと言うか、さっきーー魔法が使えるようになったばかりなのだ。
だから、僕が足場を移動する時はできるだけ素早く飛び移り、巧の魔力消費を最大限抑えて負担のかからないようにしている。
「つ、疲れた……巧、ちょっと休んでいい?」
「あ? ああ、俺も疲れたわ」
念の為に辺りに魔物がいないか確認をし、手頃なクリスタルの塊に腰掛ける。
ーーもうひとつ、気になっているのは空気中の魔力についてだ。
この大樹、下にいた時はそれほどでもなかったのだが、上に登るにつれて魔力が何やら不快になってきている。
何だかツンと鼻に来ると言うか、形容しがたい不快感をこの大樹の上部から感じる。
まるで、体力を削られていくような嫌な感触。実際にはダメージは受けていないのだけれども、精神的に疲れてくるような、そんな感覚。
そこでふと思い立って、僕は回復魔法を展開しようと思い立ち、記憶を参照することにした。
「えーとなんだっけあの魔法」
「あの魔法?」
「乗ってるとじわじわ回復出来る魔法陣を作る魔法があるんだよ。レメディが前に使ってた」
「回復床的な?」
「そうそう、まさにそんな感じ」
「便利だな」
「その内回復魔法とか覚えないといけないなーとは思ってるんだけど、ついつい攻撃魔法ばかりに目が行くんだよね……」
サナ何とかとか言う詠唱だったような。
思い出せない。
「まあ、回復する暇もないぐらい攻撃して押し切れば余裕だしな」
「僕はそこまで脳筋じゃない」
「でもお前、最強の魔法使いと同じ魔力を宿してるんだろ? ならその方がかえって合理的なんじゃね」
ふと目を閉じて、自分がこなと同程度の出力で魔法を出せるようになった状態を想像する。
……戦艦を謎の極太ビームでスクラップにしてみたり雑に戦闘機を払い除けたりするのか? 僕が?
無理無理。
「やっぱなんかイメージと違うなあ」
「一回試しに猛攻を仕掛ける練習をすりゃ良いんだよ。脳筋も生まれた時から脳筋だった訳じゃないんだし」
「いやー練習すればその内出来る様にって言ってもそんな機会ある……――!?」
突然、寒気が背筋に走る。
慌てて銃を取り出しながら僕は座っていた水晶の塊から飛び退き、銃に魔力を込める。
背後だった場所は壁だ。壁には何の変化も見られない。
「どうした、彗?」
心の奥底がざわめく。
まるで心臓が痒いような不快感が自分を襲っている。
この世に存在してはならないような、歪な力を僅かに感じた。いや、今も感じている。
「……ーー巧、伏せて!!!」
「ほえ?」
その間抜けな声に、行動をするのは無理と一瞬で判断し平伏の奇跡と詠唱破棄し巧を床に叩き付ける。
巧が勢いよく床とキスをすると共に、壁が破壊され、水晶の破片が辺りに散らばる。
「ヒャハッ、ヒャーァハハァッ!」
狂った笑い声と爆発と共に壁を突き破って来たのは、黒装束の者。
そいつはクリスタルの破片を撒き散らしながら空中で制止し、此方を鋭い眼光で睨むとこう言った。
「ん~? お前ら誰だァ?」
どうみてもまともな奴ではない。僕はいつでもチャージショットを放てる準備を済ませた銃を構えた。
「僕は――」
「あ、お前新入りか?」
「えっ?」
「考えて見りゃあテンペス様が新入りが来るとか言ってたからなァ……で、どうなんだ?」
ズイッと近寄るそれに反応して、僕ははんば反射的に思考を走らせた。
どうするのが最適な行動だ。
こんな話は聞いていない。下のオルディナさんは分かっていて僕達を誘導したのか? それともこれはオルディナさんの知らない事?
だとしたらコイツは何だ? テンペスとは誰だ? 様付けをしているという事は、上司かなんかの類か? どんな事業の上司だ?
黒装束のフードからは赤い目が見える。あの目は地球人の目だ。地球人の目なら見れば思考がある程度は読める。
顔を見てみれば白人だ。白人だけど瞳孔が開き切っている。様子がおかしいのは明白だ。という事はコイツの上司はろくなものでは無さそうだ。
……今コイツを撃てば、間違いなく奇襲は出来る。でも、それをしたら敵とバレる。ならどうする?
「うぐぐっ……てめー、いきなり何をしやがる……」
巧の声が聞こえ、僕とその黒装束の目が巧へと向けられる。平伏の奇跡で地面に這いつくばらされていた巧がゆっくりと身体を起こし始めていたのだ。
この状態で相手をするのは不味い。
僕は最悪なんとかなるにしても、巧にはまだ無理だ。また僕が巧を庇いながら戦闘を出来る気がしない。
ならやる事は一つだ。
「なっ……」
「そ、そうです。あの、まだ入ったばかりで何も良く分かりませんが、その、宜しく御願いします、先輩!」
とっさに、巧の首筋に銃を突きつけて僕はそう言った。
「おまっ、どう言う――」
「黙れ。それ以上喋ると首から上が吹っ飛ぶぞ」
口を開く巧に言葉を被せて、無理矢理黙らせると黒装束の男は無気味な笑みを浮かべる。
「ヒャハッ、ガキの癖になかなか良いこと言うじゃねぇか。で、コイツは?」
「下の方で見つけて捕らえました。多分近くの村の奴かと」
「そうか。じゃあ後で牢にぶち込んで置くか。俺がやろうか?」
「いや、地理とか覚えたいんで、自分でやります」
「そうか……んじゃ、俺は先にテンペス様の所に向かうぜ……ケケケ、今日は大収穫だ」
それを最後に、彼はそのまま大樹の上へと舞い上がっていった。風の魔法だ。風魔法使いなら、炎魔法か毒魔法で対応出来るな。
そんなことを考えているとやがてその男は見えなくなり、僕はホッと肩の力を抜き巧の拘束を解除した。
「あ、危なかった……」
「彗、お前今の……」
「ああ、ごめん。ああしなかったら襲われてたからね……」
「ま、まあ……そうだけどさ、ちょっと焦ったわ」
「とりあえず今から連絡だけする。」
スカウターのダイヤルをカチャカチャと弄ると、電話が繋がる。
「はい、此方X-CATHEDRA諜報部です」
「もしもし? 星野彗です。ハブルームの大樹に怪しい組織が構えられてるみたいなんですけど……」
「少々お待ちください」
開いた穴からふと外を覗くと、どうやら相当高い場所まで来たらしい。冷たい風が吹き込み、雲がいつもよりもずっと近くに見える。
「此方ピーカブー、大丈夫かい?」
「うん……話は聞いた?」
暫くして電話に出たのはピーカブーだ。
彼は男なのにかん高い声をだすアクアン星人で、諜報部をまとめる人物だ。
見た目は地球の生き物に例えるなら二足歩行するとてもかわいい亀だが、多分この組織の中でもかなり重要なポストにその亀人間は着いている。
「聴いた。場所は?」
「ハブルームの大樹。黒装束の人がテンペス様とか言ってた」
「テンペス? 聴いた事のある名前だね……調べてみる。分かり次第応援を送るよ」
「了解!」
通信が切れる。
巧に目をやると、鼻から血が出ていた。さっき魔法で床に叩きつけたせいで鼻血が出たのだろうか。
そんな巧だが、彼は不思議な表情を浮かべて僕のことを見ていた。
「巧、大丈夫?」
「いや、お前策士だなぁと思って」
「こんな不安定な場所じゃバトルは出来ないし何があるか分からないからね……」
「まあな」
巧にシールド回復薬を飲ませて、更に道を進む。道を登りきると外へと通じる穴があり、クリスタルで出来た枝葉で作られた広場に出た。
どうやらここからは、この木の枝を登るしかないみたいだ。
「葉っぱがクリスタルだぜ……すげぇ」
この上に一体何があるのだろうか。
僕は改めて銃を構え、先に進んだ。




