149. アクロマイマイ
「――違うっ!」
突然バシーン!と小気味のいい音が辺りに響く。
「いってぇ!」
「レヴィファイアでしょー!何処をどう間違えたらデヴィファイアになるわけ?」
「噛んだだけだって!」
「どっかの国の夫人じゃないんだから口答えしてる隙が有ったら練習よ練習ー!」
「ごめんなさいっ!」
反応に困るようなやり取りをする2人の声が僕の背の方向から聞こえる。
ナナって、あんなスパルタだったんだ……
「ちょ、ちょっマジでタンマ!少し休ませろ!」
「あぁん?」
「俺疲れたよ……」
「そんな根性でよく依頼を受けようなんて気になったわね!この出来損ないの屑がさあー!」
「ひぃっ!」
「魔法縛って依頼受けるだなんて100年は早いんだよこの鼻垂れ小僧がよおー!」
「サーイエッサー!」
せっかく久方振りの魔物戦、それも久しぶりに蛇以外の魔物との戦闘だと意気込んでいたのに、どうしても後ろの2人……いや、1人と1匹のやり取りが気になって集中出来ない。
「私はメス犬なんだからさー、まずそれを言うならイエスマムでしょ〜!」
「マムイエスマム!」
「ーーあと、実際の軍隊では今時もうそんな事言わないから。せいぜいアイアイサー。しかもアイアイサーはほぼ海軍限定だから。他では言わないから」
「そこ突然冷静になるのやめろよ」
「いや、私の同居人その辺煩いからさー。ついでに言うと、実際の命令とか受けたらコピーとか短く言って終わりだから。一瞬の判断や一瞬の遅れが命取りとなる戦場で了解って言うのにわざわざ3音節も使うとか今どき有り得ないから」
「そうやって俺たちの当たり前を覆してくるのやめようぜ。いやほんとマジで」
「……」
控えめに言って、鬱陶し過ぎる。
「さて、僕はカタツムリをだな……」
ナナのノリについていけてない巧は若干可哀想だが、流石に超巨大なカタツムリ二匹と視線が合ったので、気を引き締めて僕は銃を構えた。
剣がダメなら、銃でやるしかない。
「よし」
手始めにその巨大なカタツムリからにゅっと突き出ている目に狙いを定め、魔力を銃に込める。
チャージショットを放つと、それが魔物の目に吸い寄せられ、着弾と同時にカタツムリの魔物は粘液を撒き散らしながら奇声を上げて暴れ始める。
「うおっ!彗今何し――いって!」
「余所見する余裕が出てきたなんて上等ねー!」
「ひーっ!」
眉間にシワが寄っていくのを感じる。
そうこうしているともう1匹いたアクロマイマイが目を光らせて、目から緑色のビームを放ち攻撃を仕掛けてくる。
「わっ!【痺れ針】!」
サイドステップで僕はそれを回避し、そのまま電気の針を弱っている方に向けて飛ばす。
二匹の魔物を相手するなら、とりあえずは片方を先に潰して1対2の状況を素早く解除するに限る。
「ギィィッ!」
針をまたしても傷付いている目にヒットさせると、怒った魔物が粘液を飛ばして攻撃を仕掛けてくる。
続けざまに健全な方のカタツムリが硬そうな殻に身を引きこもらせると、その殻が高速回転を始めて僕に向かって突進攻撃を仕掛けた。
「うおっ!」
殻に入るまではカタツムリが鈍足だったので、その突然の高速突進に驚きつつもそれを回避し傷付いている方に向かって更に銃撃を畳み掛ける。
「【吹氷】!」
再度突進攻撃を仕掛けてくる片割れによって攻撃の中断を余儀なくされる。
思いのほかあの突進攻撃が鬱陶しいので、作戦を変更だ。
二匹に対して吹雪を発生させて攻撃をし、粘液を凍らせて動きを封じる。
特に突進攻撃を頻繁に仕掛けてくる個体に対しては念入りに凍らせて、固めておき時間を稼ぐ。
傷付いた個体が眼から緑色の光線を放ち、僕はそれに対して茨の壁を展開し、攻撃を防ぐ。
「【プラントニードル】」
展開した茨から棘を射出させ、更に敵の急所である目を念入りに潰す。
目を潰された個体が奇声を上げると悶えるように暴れ始め、凍りついている身体から緑色の血を噴き出させながらのたうち回り始める。
「【光の鞭】!」
それを抑え付けるために僕は銃の先端から光の鞭を出現させ、その虫を叩く。
目が見えなくなり暴れ回っていた魔物の殻を光の鞭で巻き取り、固定して僕は空いている手を敵に向けトドメの呪文を唱える。
「【アイスタワー】」
――ドンッ!
「ギッ!……」
鋭い氷の柱を地面から勢い良く突き出させ、巨大カタツムリの頭を文字通りぶち抜く。
一瞬カタツムリが小さく悲鳴を上げるが、完全に頭部を貫通していたそれによってカタツムリの全身から力が抜けて行き、殻が横向きに倒れる。
その衝撃で地面が鳴り、辺りの草がその風圧で靡く。
「よし、後はーーうわっ!」
息を吐くとほぼ同時に、凍り付いていた個体が目から光線を放ち氷を破壊する。その光線が僕の顔を掠め、死んだ固体をついでと言わんばかりに薙ぎ切った。
「あっぶな!」
まるで怒り狂うかのように酸弾をばら撒く敵に向けて発砲し、敵の突進攻撃をダイブしながら回避する。
そこでカタツムリの放っていた酸弾が空中に滞留し始め、その形を鋭い槍に変えた上で僕へと飛来した。
「【爆炎】!」
前方に爆発する火の玉を投げつけ、その爆風で酸の槍をやり過ごすと同時に敵の目に詠唱を破棄して光の螺旋を放つ。
カタツムリの片目がその攻撃で抉れ取られると、敵は奇声を上げながら悶絶し、残った片目を血走らせて憤怒の視線をこちらへと向けた。
「そろそろ終わりだ!雷――」
「ーー【連鎖爆炎】!」
呪文を唱え終わる前に割り込まれ、火の玉がどこからが投げつけられる。
その火の玉が敵に着弾すると、小規模な爆発がその巨体の上を這うかのように次々と発生し、巨体カタツムリにいくつもの風穴を開ける。
「えっ、ちょっ!?」
突然何が起こったか理解出来ず、呆然とする。
一瞬の間に何が起きたか頭を巡らせると、回答となる声が後ろから聞こえてきた。
「凄ーい、私の熱血指導のお陰ねー」
声のした方向に体を捻ると、其処には目を細める犬と、腕を突き出して静止していた男の姿があった。
「……巧!?」
思わず声に出すと、彼は腕を下ろし肩で息をしながらニヤついて見せた。そして無言のサムズアップ。
「これで……俺も……一人ま……え……」
巧がそのまま倒れる。
驚いて慌てて巧の元に駆け寄ると、ナナがどこからともなく鮮やかな青色の薬を取り出し、それを魔力で浮かばせながら巧の口へと運ぶ。
「ゲホッゲホッ!おえっ!何だこれ!?」
「いや魔力回復薬だけど。何ちゃっかり英雄面して意識手放してるの。これ戦場なら死んでるわよ?」
「まっず!!」
「薬が美味しいわけ無いでしょー?」
……どうやらナナのお眼鏡にはかなわないらしい。




