14. 宇宙最大の人材派遣業
「こっちだ」
彼に案内されるがままにエレベーターに向かうと、しばらくの時間を経て僕は何やら大きい部屋に通された。
そう言えば、エレベーターは超高速で移動していたのに、気圧とかで耳が痛んだりしなかった。
あれはどういう技術なのだろう。
そう密かに感心しつつ、僕はその大きな部屋に足を進める。
「失礼するよ」
自動ドアを抜けると、天井が限りなく高い部屋に出る。さっきのエレベーターによるとここは最上階の120Fらしい。
「あーらいらっしゃい」
ここは何の部屋だろう。
「ようこそ、宇宙防衛軍時々ギルド、X-CATHEDRAへ」
「……あれ?」
声を掛けられてその方向を見ると、そこには鮮血色の服と漆黒のマントを羽織る人がいた。
こなさんだ。
「改めましてー、私はメタリック星メタリック帝国第二皇女にして当軍の最高司令官及びギルドマスター。こな・レジーナです」
社長室とかにありそうな大きなデスクに腰かける彼女はそう言い放った。
メタリック星って何だろう。というか今この人、帝国第二皇女とか言わなかったか。というか、この人今ギルドマスターって言わなかったか。ギルドマスターで皇女で猫型宇宙人って属性盛りだくさん過ぎないか。
「そっちも自己紹介ぐらいしたら?」
彼女が首を回しながらそう言うと、僕の前に居た伊集院くんが振り返り、徐ろにこう答えた。
「……X-CATHEDRA副総帥、サブマスターの伊集院英高です。改めてよろしく」
「ふ、副総帥?」
伊集院くんは困ったような笑みを浮かべると、こなの元へと歩み寄った。
「ああ、今は私がボスでコイツナンバー2だけど、この組織の創設者はコイツなのよ。ついでに言えば、コイツはこの宇宙で最強の闇魔法使いでもあるわよ」
「ギルドと言えば響きはいいが、まあ要するに日雇いの派遣労働者たちの元締めやってる宇宙最大の人材派遣企業さ……」
なんだか夢を真っ向からぶち壊す様な事を言っているこの気だるそうなクラスメートが、宇宙最強の闇魔法使い?
その唐突な情報の津波を全く咀嚼しきれずに軽い目眩を覚えていると、続いて新たな衝撃が僕に襲いかかってきた。
「わんわん」
「!?」
あの犬だ。
「はぁ、もういい? お楽しみのところ申し訳ないんだけど、私吠えるの飽きたんだわー」
「え……」
先ほどまで追っていた犬が表れるや否や、人の言葉を話し始めるのだ。
「そもそもわんわん喚くの性に合わないのよねー」
そんな発言が聞こえた瞬間、その犬はいきなり完全な二足歩行を開始し、あろう事かため息を着いた。
「喋った!」
「犬が喋っちゃいけないのー?」
「あ、いや、そんな訳じゃ」
……なんで僕は犬に対してこんなに卑屈なんだろう。
「伊集院ナナ。よろしくねー」
「伊集院……?」
「ああ、ウチのペットなんだ。君と同じーーと言うには別の生き物だからやや語弊があるがーーまあA型の魔法使いだよ」
これだけ驚けばもう一生怖いものはないのだろう。そう静かに考えていると、その犬改め伊集院ナナはこなさんのもとへと駆け寄った。
「ナナおっつー」
「で、報酬は? 依頼受諾条件に即払いを私提示したわよねー」
「あーはいはい」
何の話をしているのだろうと気になっていると、小さな袋が彼女からナナに投げ渡された。
彼女はそれを手のように変化した前足でつかみ取るとその袋をほどき始める。本当に犬なのだろうか。犬にしてはいくら何でも足が器用すぎる。
「バッチリ頂きましたよっとー」
前足、いや手で中身を器用に確認するとナナはぴょんと伊集院君の肩の上に飛び乗った。すごい跳躍力だ。
「撫でろ」
「飼い主に向かってなんだその態度は」
「くーんくーん。これで満足?」
「お前はもう少し演技力を身につけろ」
何だかんだで伊集院くんはナナを撫でる。重くないのだろうか。
「……で、星野彗くん。依頼内容なんだけど、私は貴方にコレを運んでほしいの」
伊集院家の面々に呆れたこなさんがそう僕に伝えるとポン!と小さな箱が空中に現れた。
「この箱は?」
「内緒。依頼内容に対していちいち首を突っ込まない方がいいわよ、プライバシーの侵害で訴えられる可能性があるから」
なるほど。
「……そうだ、あなたに渡さなきゃいけない物が在るのよね」
「えっ、僕に?」
彼女が思い出したかのようにそう言って手を適当な動作で振ると、片手に収まる小さな機械が新たに現れた。
まるで戦隊物のテレビに出て来そうなデバイスだ。それを受け取ると同時に、彼女はこう囁いた。
「これは、貴方のファーストドライブ……モデルZzよ」
「ドライブ……Zzって?」
「ドライブって言うのは、魔法を使う際に使うジェネレーター見たいなものよ。魔法界の必須装備でこれが無いと魔法を素早く使ったり、宇宙の環境から身を守る事が出来ないの」
「と言うと?」
こんな、小さい金属のデバイスが宇宙における必須装備と言うのは、どういう事だろう。首をかしげる僕を見て、伊集院君からフォローが入る。
「作られた経緯から話した方がいいね」
「そうかもね。星野君ってさ、正直魔法ってローブを羽織った人間が魔法の杖を使って魔法陣とか描いて使うものだと思ってたでしょ?」
確かにそう思っていたなと首を縦に振った後で、改めて考え込んでしまう。
魔法はそうだと思っていたが、その魔法について今僕にレクチャーしているのは人外と言うかエイリアンだ。前提条件がそもそも大きく異なっている。
「そのイメージは間違ってないよ。地球ではそれが主流だったんだ。ヨーロッパで魔女狩りが始まるまでは、の話だけれども」
「魔女狩りまで?」
伊集院君は淡々と説明をしていく。
「そうだね。ではここで質問だけど、君は魔女狩りって矛盾してると思ったことはないかな」
「えっ」
「だって、魔女だって事は、魔法使えなきゃおかしいじゃない? それが魔法を使えない普通の人間に狩られるって、妙な話じゃない?」
こなさんがそう相槌を入れた。
「にも関わらず、魔女狩りの時代では数多くの魔女が捕まえられ、バーベキューにされたんだよ」
「魔女なら、その気になればこの間みたいにテレビぶっ飛ばしたり記憶を弄くったり出来るじゃん?」
「お前そんな事をしたのか」
伊集院君が片眉を上げそんな事を言うと、こなさんは不機嫌そうに伊集院くんを睨みつけた。
「うるさいわねー、兎に角、なぜ捕まったか分かる?」
「えっと」
言われて見ればおかしい。魔法使いなら雷位は落としたり出来そうだ。
「……一般人の対応が迅速だったから?」
「惜しいね、それも有るけど、一番の原因は当時は魔法を一つ使うのに恐ろしく時間が掛かったからだよ」
伊集院君はこう続ける。
「例えば、瞬間移動の魔術を例に取ると」
話しながら彼は音もたてず煙のように消えた。
「あれ? どこ行った?」
「真後ろ」
「わっ!」
後ろから声が聞こえて振り返ると、本当に僕の真後ろに伊集院君が貼りついており、思わず飛びのいた。いつの間に。
「この様に、今じゃ詠唱無しでも出来るけど、昔は――」
そう言うと伊集院くんの足元に魔法陣が作り出された。
「【我が言の葉は境を砕き、世と世を曲げ繋げと欲す鎖となる】……」
地面が少し揺れ、ジジジと怪しい音が上がる。それと同時に、後ろから光が漏れ始めて振り返ると僕の後ろにも魔法陣が出来始めた。
「【我を在るべき土地へと還せ……瞬間身体転移】!」
雷が至近距離に落ちたような音が轟き、伊集院くんはまばゆい光と共に姿を消した。
「うわっ!」
「ね? えらい時間かかるでしょ? これでも魔女狩り時代より遥か後の術式なんだけど」
煙が上がると、伊集院君は再び僕の後ろに出現した。確かにさっきの魔法よりは時間がかかる。
「魔女狩り時代は、ワープするのに約10分は掛かったらしいわね」
「科学の進歩と同様に、魔法も術式の簡略化と進歩が進んでいくんだけど、こんなに時間かかってしまうと誰にでも捕まえられちゃうだろ?」
確かに。
10分もあったらインスタントラーメンが幾つも作れる。
「そこで昔の魔法使いたちは、我々宇宙人とコンタクトを取り、宇宙の技術を輸入し始めたのが始まりよ」
「で、そっからはめんどいからある程度飛ばして、その後地球の魔法使いたちは色々となりをひそめるようになるのさ。そして次に地球の魔法使いたちが再び存在感を表し始めたのがこの『ドライブ』の発明がきっかけだ。この宇宙の必須品の発明はつい最近で、第一次世界大戦時代の地球だ」




