145. 喉に刺さる小骨
「はー疲れたー!」
「もうほんと疲れたー」
流石はシティと言うだけは有る。
1日で遊び切れないプールなんて、聴いた事無いんだが……
「ホテルがあるプールなんてすげーよ」
「うん……そろそろ上がる?」
「だな」
日が傾き始めた頃に、片付けをしホテルへと向かう。
普通の人ならホテルには泊まらないだろう。
でも魔法界の通貨☆1が為替で1,000円に変わるとなれば話は別だ。
「じゃ、また後で」
「うん」
「おっけー」
マリシムシティはプールについているホテルなだけあって、水着のままチェックインが出来る。
そのため僕達はそのまま部屋に水着姿のままで入っていく。
廊下で女子と別れて、僕は巧と泊まる部屋に2人で入っていく。
「いやーマジで疲れたわー」
「今日は遊び過ぎたね」
「まだ飛び込みとかやってないよな?」
「うん、まだ」
「ここ遊ぶ場所多過ぎるだろ……」
巧の言葉に同意の頷きをしながら、適当に荷物を放り投げる。
「ここは温水プールや水着で挑むアトラクションが有るからね……シャワーどうする?」
「あ、じゃあ悪いけど先に入っていいか」
「いいよ」
ホテルは温風が玄関で吹いていて水着は割と簡単に乾いてくれたが、身体からは塩素の匂いがかなりする。
巧がササッとシャワーを浴びに浴室へと入って行くと同時に、伊集院くんが廊下から玄関へと姿を現した。
「あれ、巧は?」
「シャワー」
「シャワー?」
「ほら、プール入ったからさ」
「あーね。室内なら別に非魔人居ないし魔法使っても良いんだぞ」
そう言うと彼の抱えていた荷物がひとりでに彼の手元を離れ、そのままバシュッ!と音を立てて消える。
「やれやれ。【遊離魔法:次亜塩素酸ナトリウム】、【清掃】」
彼の身体から一瞬スチームが湧き出ると、清掃呪文によってその煙が直ちに清掃されていく。
「何今の」
「対象から特定の化合物を強制的に抽出する化学魔法。プールの塩素だけ身体から引き剥がして、後は清掃魔法でその他の汚れと一緒に消すだけ」
「便利だね」
「本来は人間の身体に使うような魔法では無いから真似しない方がいい」
そう言うと彼の身体が一瞬黒く染まる。
黒く染まった身体が元に戻ると彼の服装が変化していた。魔法で着替えたらしい。
彼は大きく欠伸を噛み殺すと、手元に冊子のようなものを出現させてそれを読み始める。
それと同時に、巧が首にタオルを掛けながら下着姿で風呂場から現れた。
「おっ、伊集院もう洋服じゃん」
「俺はもう汚れ落としてる」
「マジか。彗は?」
「僕は普通にシャワー浴びるよ」
「おう」
シャワーを浴びてあがると、伊集院くんの姿は無かった。
曰く、女子に用があるとかで隣の部屋に行ったらしい。
「そういえば、巧」
「ん?」
巧も流石に下は半ズボンのジーパンに着替えていたが、上はまだ裸だった。
僕はベッドに腰掛け、テレビを特に意味もなく見つめながら、言葉を選ぶ。
「なんて言うかその、今まで魔法使いだって黙っててゴメン」
「ん? 今更どうした?」
ずっと自分の頭の片隅で引っ掛かっていた事を口に出す。
魔法使いである事を隠していた事。
それがずっと小さな棘みたいに、自分の喉元あたりに引っかかっていた。
「ほら、あの電車で魔法使いが戦闘し始めた事件まで、ずっと言おうって思ってたんだけど、その――」
「ああ、魔法使いが人に正体言えない事なら俺も言われたよ、あのレメディって言う人に」
「そうなんだ」
「まあ、でも俺には言って欲しかったかもなー」
そう言うと巧が徐に立ち上がり、大きく伸びをすると首にかけていたタオルをタオル置きに掛け始めた。
「……ごめん」
「まあほら、事情が事情だし別に気にしてねーよ」
「ありがとう」
「そんな事で俺が彗に怒るわけないだろ」
そう言うと彼は僕のそばに腰掛ける。
「ま、これからもよろしくな。センパイ」
「うん」
その言葉に、ほんの少しだけ救われた気がした。
「……にしても、巧に先輩呼ばわりされるのってなんか気持ち悪いわ」
「は? 言うに事欠いて巧様を気持ち悪いと?」
「いやごめん、普段から気持ち悪い」
「うん、それは俺も同意する。お前は気持ち悪い」
気が付けば目の前には呆れた顔の伊集院くんが戻って来ていた。
「ブルータスお前もか」
「日本人にしてはいかんせんスキンシップ過多。今もなんか彗に近いし。やっぱりそう言う関係なのか」
「なんでだよ!」
伊集院くんはそう言うと、懐から小さなカプセルを取り出すとそれを無造作に投げる。
ポン!と言う音と共にカプセルから茶色い敷物が出現し、床に広がった。
「……これは?」
「簡易ワープパッド……行き先は一応X-CATHEDRAの俺の部屋に設定してある」
マットには魔法陣が描かれている。まるでビニール製の玄関マットみたいだ。
「最近防衛軍としての依頼もギルドの方に来てるからね……暇だったら依頼を受けたりすると良い」
「おお、サンキュー!」
「じゃ、隣にも置いてくるから」
扉を閉めていく伊集院君を見届け、僕たちは直ぐに玄関マット……じゃなかった、ワープパッドに向かった。
これ、簡易転送装置との用途の違いって何だろう。
「こんな玄関マットで瞬間移動出来るって翌々考えると意味わかんねーな」
「確かに」
「まあ、それも魔法の内か……」
「そう言えば、巧はどうやって『あっち』に行ったの?」
あっちとは勿論エリアXの事だ。
「あ? あの幽霊が出るって噂の廃墟からだぜ」
「……なんか出て来た?」
「デッカいカマキリ。戦って死にかけた」
「カマキリ?」
僕の時はクモだったような。
「めっちゃヤバかったんだよ!なんかたまたま落ちてたデッカい鎌と弓矢で峰さんと何とか倒せた」
……鎌と弓矢??
「僕と違うんだね」
「へ? 違うって? 彗も戦ったのか?」
「僕は銃で、デッカいクモだった。あと僕はソロだったけど」
「マジで!?」
人によって違うのだろうか。鎌と弓矢って。
なんで近代兵器じゃないんだろう。ハードモードだな。
「で、どうする? 入るか?」
「勿論」
「だよな!」
「一回二人で宇宙を回ってみたかったんだよね」
そう合意して、僕たちは二人して同時にパッドの上に乗り込む。
「準備はいいよな!」
「当然だよ!せーのっ」
「――転送!」
「――転送!」
その言葉を唱えた瞬間瞬間、景色が歪み崩壊を始める――




