144. 簒奪者
「あー、お腹空いた!」
「そろそろ戻ってメシにしようぜー」
「賛成賛成〜」
峰さんの発言を皮切りに、僕達は再び自分たちのシートへと戻る。
「伊集院君ー!」
シートでは伊集院くんが荷物番をしていたはずだが、当の本人はかなり色の濃いサングラスを掛け、浮き輪を枕替わりにして寝ていた。
「こいつ寝るんだな」
「ほんとそれ。ウチ伊集院が寝るイメージとか無かった」
「さっきから思ってたんだけど2人の中の伊集院くんって色々と振り切ってるよね」
僕の冷静なツッコミを他所に、峰さんが寝ている伊集院くんの身体を揺すり始める。
「伊集院君〜起きて〜」
峰さんが屈み込む様な姿勢で伊集院くんを揺さぶる。
しかし彼は一向に目覚めるような気配がない。
「伊集院め……至近距離で拝むとは許せん」
「いや寝てるから拝んでないと思うよ?」
「寝たフリしてるだろアイツ」
「流石に巧とは違うと思うよ」
「何でだよ!」
「人徳の差」
ここまでのやり取りで、ソラが噴き出す。
伊集院くんを起こそうとしていた峰さんは聞いていなかったのか、はて? と片眉を上げながらコチラへと振り向く。
「まあ待ちなよ」
そろそろ巧がなんか危ないので、僕はプールサイドまで行き、水を両手いっぱいに掬う。
そしてその両手いっぱいの水を持ち帰り、僕はそれをそのまま伊集院くんに掛けると流石に驚いた様に彼は飛び起きた。
「うわっ!?」
飛び上がった拍子にサングラスが彼の顔から滑り落ちる。
「おはよー」
「……これやったの彗か」
「うん」
「巧くん、君の親友が人の汗を初めとする体液をそれなりに含んでると思われる液体を俺にぶっかけて来たんだが、君の親友はそういう趣味なのか」
「そうなんだよあいつ……ほんとマジで気色悪いよな……」
「何でだよ! って言うか、言い方!」
今度は僕が言う番だ。
巧がゲラゲラと笑い、ソラと峰さんが苦笑いする。
伊集院君は鞄の中からタオルを取り出してそれで身体をさっと拭くと、身につけていた腕時計を見つめた。
「もう昼か、室内の方に行けば何かあるかな」
「ああそうそう、お昼にしようって言ってたんだ」
「だな。行くか」
マリシムシティのプールは屋外と屋内に別れている。
屋外はプールなどの設備がメインだが、屋内は物販や食事所、温水プール等が整備されていて一休みをするのに最適だ。
「焼きそばうっま!」
「巧、煩い」
「カレーってどうして外れがないのかな」
「まさか和食が食べれるとは……」
レストランも沢山あり色々迷ったけど、僕たちはセルフサービスのお店に入る事になった。
中は適温で結構人が多いし、品揃えもいい。
店員さんも皆水着姿だ。
「ここマジで心が潤う」
「……何だよそれ」
「だって、イケメンがほぼ裸でその辺歩いてるのヤバくない!?」
「分かる〜! 巧とか彗ってそんなに筋肉ないもんね」
「ねえほら見てあの店員さ、あの腕で腕枕されたらクソ熟睡できる気がする」
「待ってそれならあっちの方は胸板ヤバ過ぎて頭乗せたらそのまま昇天するんじゃない」
「あいつらも大概な言い方だな……」
女子が突然巧化するだけでなく、突然言葉でボディブローを浴びせてきたことで僕達の箸が止まる。
一方の伊集院くんはお構い無しで蕎麦を啜っている。彼の身体に自然と視線が落ちる。
その後自分の身体に視線を逸らす。
また伊集院くんに視線を向ける。
負けている。
何だこれは。僕の人生はクソゲーなのだろうか。
「巧」
「な、なんだ!?」
「君の親友が俺の身体を舐め回す様に見て来るんだが、やはりそういう趣味なのか? 差別する訳じゃないが、俺そういう趣味が無いから気持ちに応えられなさそうでさ」
「ああ、アイツは昔からそうなんだよ……」
事実無根の主張を双方からされ、思わず飲んでいた水を吹き出しかける。
いやいや待って欲しい。
「違う!」
「すまないとは思っている。これからも取引先兼友達として接してもらうのではダメか」
「だから違うって。って言うか……取引先?」
「おいおい、腐ってもギルドのサブマスターだぞ俺は」
伊集院君はそう言うと再び蕎麦を食べ始めた。残りの3人は笑っている。
僕が思わず腕を組みそういえば伊集院くんそんな設定有ったなとか考えていると、峰さんが話題を変えてきた。
「そういえば、伊集院君」
「うん? 今日はモテるね」
「さっきシェアハウスに住んでるって言ってたけど、シェアハウスで何してるの?」
高校生でシェアハウス住まいって、何をしているのだろうか。
おのずと好奇心が湧く。
「んー、何って言われてもな。同居人と普通に暮らしている」
「同居人って何人?」
「ペット一匹と、他2人。俺入れると3人」
「マジか」
「ペットって、ナナの事だよね……」
伊集院ナナ。
本人曰く普通の犬らしいが、彼女は魔法を使いこなし人の言葉を話し、口からブレスを吐いたりするので犬の概念について考えさせられる魔犬だ。
しかも伊集院家のペットを自称している割には何故か宇宙防衛軍兼ギルドX-CATHEDRAの幹部もしている。
ペットの概念もよく分からなくなってくる。
「府中のペットショップで買った時は普通の犬だったんだけどね……」
「なんであんな……特徴的な、犬になったの?」
「昔暗殺者がうちに来た時に魔力吸い込み過ぎて、お前らみたいに魔法使いに進化したんだがそれ以来あんな感じでさあ……」
「……なんか色々と伊集院くんも大変なんだね」
ある程度言葉を選んだつもりだが、伊集院くんもどうやらナナには思う所があるらしい。
まあ、ただ喋れるようになったぐらいではギルド幹部……というか、防衛軍の幹部なんてやらせるはずもなく。
その辺の経緯は密かに気になっているところなのだ。
「暗殺者て」
「最近は流石に少ないが、昔は守護者の力を狙って来る奴が多かった」
「……なんで?」
「ああ言った事がなかったっけ。この力は持ってる奴を殺れば奪えるんだよ」
一瞬の沈黙が駆け巡る。
「俺は正当な継承を経て先代から受け継いだが、先々代は魔王と呼ばれていてラルリビを闇の底に沈めていた奴でな。それを殺って守護者を継承したのが先代。ついでに言えば、その先々代の魔王様もその前の守護者を殺して簒奪していたはず」
「じゃあ、例えばウチが伊集院殺ったらなっちゃうの?」
「ああ、なれると思うぞ。やれる物ならだが」
ソラの質問に対してニヤリと彼は笑う。
「へえ」
「ちなみに元の属性は関係ない。先々代の光のとかは炎属性だったと聞く」
「マジか」
「だから例えば俺が巧に襲われると闇の炎使いみたいな厨二臭いことになる」
「俺は彗じゃないから伊集院なんて襲わねえぞ」
「僕も襲わないよ? 何言ってるんだ? うん?」
「でもー、伊集院くんの話ってなかなか新鮮かも〜」
考えてみれば、伊集院君の身の上話を聞くのは初めてだ。
「んじゃさ、今度伊集院ん家遊びに行って良いか?」
「へ?」
「魔法使いの家って気になるじゃん」
確かに、元から魔法使いの人の家ってどんな感じなんだろう。
「そんな事言うけど、天野さんもそうでしょ?」
伊集院君がそう指摘した。
ソラも元から魔法使いだ。
「ウチはもう彗たち家に呼んでるし」
「客としてだろ」
「お買い上げ頂きありがとうございます」
「どうせ初心者だからって巧限定で訳分からん武器でも売りつけたんだろ」
「ウチはゲームの武器屋じゃないんで、使用済武器は基本返品不可となっております」
「クーリングオフは?」
「させないよ?」
なんだろう。
魔法使い組がそこそこのクソ野郎に見えてきたぞ。
「伊集院って地球と言うか日本に住んでるんだろ」
「一応な」
「一応?」
「帰れない日も多い」
一瞬管理職の悲哀が、彼の声から滲んだ。
「じゃあ、それなら伊集院くんの家に遊びに行けるね」
「お前スケジュール空けとけよ」
「拒否権無いからね」
「……みんなが言うならしょうがないね」
やれやれと言った様子で伊集院くんはため息をつく。
こうして僕達がお昼を食べている間に、伊集院家にお邪魔する計画が出来上がっていくのであった。




