13. X-CATHEDRA
Ex cathedra
[形]〈ラテン語〉〔地位から来る〕権威による[によって・を持って]、命令的に
完全な権限を持っている、またはローマ法王カトリック教会のすべてのメンバーがそれを認めているため、法王が真実であると述べる。
瞬きをすると、そこには屋敷の地下とは似ても似つかない風景が広がっていた。
その先程とは全く違う風景に僕は混乱しつつ、とりあえず辺りを見回してみることにした。
見てみると、僕の周りに同じ様な装置が沢山並んでいて、何より……
「う、ちゅう、じん……」
この間のグレイスやこなみたいな風貌の生き物が沢山歩き回っていたのだ。それだけではなく、他にも梟みたいな生物や巨大な蝶、二足歩行をする人間サイズのかわいいけど巨大な亀や犬、体の色が目に悪い蛍光色になっている熊人間とか。
気味の悪い生き物で一杯だ。
それが当たり前の様に歩き当たり前の様に話、当然の様に闊歩していた。
そして、この人外まみれの群衆の中にはちゃんとした『人間』も居る。地球人だ。
「おいお前、とっとと降りろ! 取引に遅れるだろうが!」
「あっ、すいません……」
周囲に見とれててすっかり忘れていた。
慌てて僕が転送装置から出ると、スカウターを掛けた東洋人が舌打ちをしながら入れ替わりで飛び乗って消えていく。
日本語、うまかったなぁ。日本人だろうか。
「ったく……アメリカ、ホワイトハウス前」
そう荒々しく言うと、その東洋人も白い光に用に包まれて消えてしまった。ホワイトハウス前って、本当にそんな場所へ行ったのだろうか。
唐突に訪れた非日常に、僕は腕が痛いのも忘れ辺りを歩き回っていた。
この場所は凄く広い。この一室だけでドーム一個分ぐらいの大きさが有りそうだ。沢山ある転送装置の他に、喫茶店やレストランも幾つかあるみたいで、可愛げのある異形の生物たちがなんだか良く分からない飲み物を飲んでいる。
空中には幾つもの半透明なモニターらしき物が浮かび上がり、僕には全く理解の出来ない言語や写真で埋まっていた。
「つーか、あの犬はどこに……」
さっきからあの謎の犬が全く見あたらない。
僕と同じくらいの身長の『犬人間』ならたくさん見かけるけれど、あの犬はこっちの世界に来てから全く鳴きもせずそのまま蒸発でもしたかの様に姿を消していた。
「……あ!」
そんな時、僕の目に見覚えのある人が飛び込んできた。その地球人はなにやら赤いファイルに入っている書類を読みながら喫茶店でお茶を飲んでいた。その人物を確認し、僕は急いでその人のもとへと駆け寄った。
「あの」
「はい? あっ……」
「やっぱり」
こなさんが偽名で使ってたあたりもしやと思っていたけど、やはりそうだった。
伊集院君だ。彼も魔法使いだったんだ。
「……まあ、座りなよ」
そう言うと何もしていないのに独りでに彼の対面側にあった椅子が引かれ、僕は瞬きをした。
今のも魔法だろうかと考えている僕を尻目に、伊集院君は店員さんに何かを注文し僕に着席を促した。
そして僕は、彼に言われるがままにその椅子に腰かけたのだった。
「伊集院君も魔法使いなの?」
飲み物が到着するまでの間に、僕は色々と伊集院君に質問をしていくことにした。
「一応ね」
「いつから?」
「俺は生まれつきだよ、N型の魔法使いだ。先祖が陰陽師で、昔から魔法界に所属している」
資料をテーブルに置きつつ彼はそう答えた。
N型と言うのは、この間言っていたあのAとNと後なんかの魔法使いの分類法だろうか。
「凄いなぁ。魔法使いかつ陰陽師なんだ」
「陰陽師と言っても、君の連想しそうな安倍晴明とかみたいな高位な陰陽師じゃないさ。それに陰陽師はもう何世紀も前にとっくに廃業してるしね。それに生まれつきの魔法使いなんてゴマンと居るからね」
そこで店員さんが飲み物を持って来てくれたので早速手を着けた。
不思議と落ち着く味だ。初めて飲むものだけれど、これは何の飲み物だろう。
「むしろ僕からしてみれば、君の方が凄そうだけどね」
「えっ、なんで?」
意外な発言にそう聞き返すと、彼はゆっくりと目を細めながらこう答える。
「だって、君から感じる魔力は他とは全然違う」
そうなのだろうか。魔力とかの感じ方とかはまだ分からないが。
「僕はA型でつい先日になったばかりだから、あんまり良く分からないや」
「A型は魔法使いに進化する際に周囲にある魔力を取り込んで進化するからね。もしかしたらとても強力な魔法使いの魔力を取り込んだのかもね」
彼の発言に、こなさんが何かそんな事言っていたなと思い出す。母さんも目が飛び出るような驚き方をしていたし、あの人は高位な魔法使いなのだろうか。
「ところで星野くんはなんでここに?」
伊集院くんのその質問に、ようやくここに来た理由を僕は思い出した。忘れていた。
「犬の後を辿ってたら、ここに来て、その、見失っちゃって」
「ああ、じゃあついて着なよ。あ、お勘定」
お勘定と聞いて僕は慌てて飲み物を飲み干そうと腕を伸ばした。
「痛っ!」
咄嗟に腕を伸ばすと、ズキンと電流が腕に走って、思わず声を上げる。
「ん? 大丈夫か?」
「いたたたたた……」
さっきの大グモで、腕を負傷していたことを完全に忘れていた。
「あーこれ、ヒビ入ってるかもね」
「痛い……」
袖を捲られると、そこにはとんでもない色の痣があり、大きく晴れ始めていた。まるでそこに新しい心臓が宿ったみたいだ。
「俺はあいにく、回復魔法は専門外なんだ……あ、レメディ!」
伊集院君が参ったなとちらりと辺りを見回すと、ちょうど通りすがりの人に誰かいたらしく、彼はその人に声をかけた。
彼の声に反応してやってきたその人は、まるで日本のコラボ界の女王によく似ているネコ型の宇宙人だ。こなさんと似ている。
「どうしたの?」
「これ」
そう言って彼は僕の腕を指差した。
「レメディ、こっちは星野彗。星野君、彼女はレメディ・レジーナだよ」
「よろしくね。あ、じっとしてて」
どうも、と僕が小さく会釈すると、彼女はタクトみたいな杖をどこからともなく取り出し僕の腕の前でくるくると回し始めた。すると暖かい白い光が腕を包み始める。
「はい、もう大丈夫」
光が収まると、そこには綺麗さっぱり蘇った僕の腕があった。痛みもウソのように引いていて、自分の思い通りに動かすことが出来る。
「あ、ありがとう御座います!」
腕の痛みともサヨナラして、僕は改めて彼女を見た。両腕にはピンク色のリボンが、床屋の回ってるアレみたいにグルグルと巻き付けられている。身体つきはこなさんよりも全体的に筋肉質だ。
服は白衣で、大きく注射器と一本の骨がクロスして十字架みたいになったエンブレムが付いていた。
「ありがとう。俺回復はさっぱりでね……」
「いいのよ。じゃーね」
そう言うと彼女はそのまま行ってしまった。今思うと、彼女は確かレジーナと先ほど名乗っていた。こなさんの妹だろうか。
「ま、魔法ってみんなこう簡単に使えるものなの?」
「ん? ああ、宇宙人は皆魔法を呼吸するように使うね。多分君の予想しているよりもずっと魔法を使ってる」
「ま、マジで?」
「地球よりも文明が進んでるからね。当然魔法を科学しているし、魔法が日常生活に浸透しているから、魔法使いに進化した人たちは皆驚くね」
改めて魔法を皆使うという事実に驚く。
てっきり魔法は一部の賢者とか僧侶とかが使うもので、それ以外の人たちは使えないのかと思ったら、どうもそんなことは無いらしい。
周りを見渡せば、確かにそこら中に魔法らしきものを使っている人がいる。
中にはふわふわと宙を飛んでいる人もいるし、どうも宇宙に置ける魔法は所謂RPG系の魔法やスキルとかではなく、どこぞのイギリス式魔法学園とかに近いみたいだ。
「じゃあ改めていこうか」
「うん」
「……そう言えば星野くんはまだこっちの通貨を持ってないよね、奢るよ」




