136. 不完全な勝利
僕がシールドを破壊した衝撃で、リーグが吹き飛び仰向けに倒れる。
暫く静寂が辺りを包んだが、程なくして、彼は天を仰いだままその口を開いてみせた。
「俺は、また負けたのか」
「そうだよ……君は、負けた。でも……」
僕はゆっくりと再生しつつも沈黙を貫く龍の目の前にまで歩き、見上げた。
「君は僕たちに負けたんじゃない。君は……自分自身に負けたんだ」
僕は何があったのかを知らない。
だがこれだけは言える。
X-CATHEDRAを止めるために、自ら悪に染まるのは正しい選択ではなかった。
確かに、伊集院くんやこなは裏で何をやっているか分からない、異様な空気を抱えている。
それにザントさんは紛うことなき犯罪者。そして、彼らと手を組んでいるこの2人の神経は、ハッキリ言って訳が分からない。
だが。
それをこんな形ではなく、もっと有効的に、平和的に。
こんな、テロリストと化すような、強引すぎる方法ではなく、違うやり方があったはずだ。
「……ファントム」
リーグがゆっくりと上半身を起こすと、彼の呼び掛けに応えるように、ドス黒い炎がどこからともなく噴き上がりファントムが現れた。
「全ての構成員に告げろ……今日限りでルナティックは解散だとな」
「待ちなさい」
ファントムが頷くと同時に、こなが歩み始めハルバードを肩に背負う。
「何を勘違いしてるの? 言っておくけど私たちは別にルナティックをぶっ潰しに来たんじゃないわよ」
……え?
「どういう、つもりだ?」
ファントムのキョトンとした様子を見て、やれやれと言った様子でピンキーがこなの後を追うように彼らの元へと歩み寄ると、こう告げた。
「こう言うつもりだ」
ピンキーがつけていたスカウターから、半透明な板が空中に出力される。
それをリーグが掴んで目を通した瞬間、その目が見開かれる
「……買、収!?」
その表示を見たリーグが唖然とした表情で言葉を漏らした。
そこにあったのは契約書だ。
「そう、あなたとあなたの組織とあなたの部下を全て私が買うの」
……そう言えばそんな計画だったっけ。
「何故」
「何故も何も、元々ルナティックは分裂する前は私の物だったのよ? 私の組織をあなたはあろう事か簒奪し、この建物も星も全部強奪したのはあなた。言い換えれば、ここは貴方が不当に占拠したいるだけで私たちの資産なのよ」
本来なら不当に盗まれた物なのだから私がそのまま押収してもいいのを、それでは流石に納得が行かないだろうからせめて買い戻すのよ。
彼女はそう言うとリーグは思わず瞬きをした。
「おーい、ルナティックが分裂して行った時の総帥は俺だぞー」
「内ゲバの責任取って辞任しようとして慰留された人は黙ってて」
「それは表面的な話だろー」
「表面的であろうと弊社の沿革やマスコミの記録ではそう残るから」
伊集院くんが後ろの方から何とも気の抜けた声を上げると、こなはこめかみをヒク付かせながら返す。
「相変わらず隙あらば茶番だな」
「昔みたいにあなたも混ざってもいいのよ?」
「……いや、いい」
ややうんざりした様子で彼は言う。
「まあ、粛清とか逮捕とかではなく買収するのも、勿論思惑がない訳では無いわ」
「……好きにしろ」
どうせ俺は……
そんな声が微かに聞こえた気がした。
「本当に? 思ってたよりも素直に事が運ぶわね。じゃあこの紙にサインしてね」
テキパキとビジネスを進めるこなを後目に、ファントムがこう呟いた。
「見ての通りの結果ですか……では、予定通り契約破棄ですかね……」
……何だ今のは?
声が聞こえていたのは僕だけなのか、こなはどこか上機嫌な様子でサインされた契約書を確認していた。
「じゃあ、契約書の通り今月末締め翌月末払いで口座にお金は振り込んでおくわね。とりあえず買収して早々リストラの嵐を巻き起こすような敵対的買収者ムーブはしないから、そこは安心していいわよ」
それを言うと、リーグはどこかホッとした様子で肩を僅かに落とした。
「ファントム、じゃあ解散の代わりに買収宣言をして来い」
「承知しました」
黒い闇の中にファントムが溶けきると、リーグは立ち上がりこちらに向き直った。
「だが部下は部下。俺は俺。俺は、お前らと組む気はない」
「あら?」
「言っただろう。俺はお前らの様に、癒着が大好きな悪人とは相見えない。今となっては、負ければ賊軍だがな……」
「何言ってるの。貴方も私の部下として織り込み済みよ?」
「もう遅い」
自嘲するようにリーグが笑ったその瞬間。
地面に横たわっていた、黒い骨の龍の残骸が突然動き出し、床の上でもがき苦しむように暴れ始めた。
「な、何だ……っ!」
「暴走している!」
魔力の塊が自ら意思を持つように暴れ回り全てを破壊する。それがこの龍の正体。
その破壊の意志が大きな雄叫びをあげると、ガリガリとシールドが削られるような音が雄叫びを追うように鳴り響き魔龍の口が開く。
「――【紫炎弾】!」
「ぐあっ!」
リーグから紫色の炎の玉を突然投げ付けられ、僕は宙を舞った。僕が何かを投げつけられて飛ばされ、何かを無理矢理回避させられたのはこれで何回目だろうか。
気がつくとリーグはその背後から放たれた火炎に呑み込まれ、僕のいた所も炎に飲まれていた。当然、リーグの姿も炎に包まれていたが、彼は避けることなくそのまま立ち尽くしていた。
「リーグ!!」
「――竜殺しをよこしなさい」
伊集院くんやマヨカたちが燃え上がるリーグの元へと慌てて駆け寄る中、僕の握っていた竜殺しの剣を奪うとこなはその鍔を中心に魔法陣を展開する。
「どんなに強力でも所詮は魔龍――【竜滅】!」
こなが呪文を唱えながら剣を掲げ飛び上がると、振り下ろす瞬間に青色の稲妻が落ちる。
頭も肋骨も背骨もみんな真っ二つにかち割ったこなが地面に降り立とうとした瞬間、魔龍の輪郭がサラサラと崩れ始め、煙のように気化し溶けていく。
慌てて僕もリーグの元へと駆け寄ると、既に鎮火し黒焦げになっていたリーグが膝から崩れ落ち、うつ伏せの状態で倒れ込んだ。
「お前らに、力は……渡さない……」
「最初からそのつもりだったのか」
「ふっ……ふふっ」
「さ、最初から!?」
黒焦げになり、眼も焼けて無くなっていたリーグが、その上体を僅かに起こし伊集院くんとこなの立っている方向に顔を向けた。
「果たして、俺に代わる新たなサリエルは……見つかる……か……な……?」
何を言っているのか理解が出来ず、唖然としているとリーグは最期の言葉を残し崩れ倒れた。
伊集院くんは渋い顔をしており、こなは難しい表情で魂の抜けたその遺体を眺める。
「……」
何故、リーグは自害したのか。
今回の戦いは何を産んだのか。
伊集院くんやこなは、今回の戦いで何を得ようとしたのか。
どうしてこの男は、最期に敵であるはずの僕を庇うような素振りを見せたのか。
この宇宙の悪を1つ倒したはずなのに、僕の胸の中には言い表せないもやが掛かったままだった。




