135. 夢の終わり
「彗」
こなが反撃に転じようとした僕の腕を掴み、それを止めた。
僕が振り返る間に、引力。発現していた黒い点が、白く染まり始める。
「どうしたの?」
じわりと、何かが僕の脚を押し始める。
引力とは真反対の力。斥力だ。
「私に、捕まって!」
「えっ?」
じわじわと磁石の反発みたいに僕達を押し出す力が強くなっていく。
クランチの後に続くのはバンだ。そうだ。これは理科の授業だかでも習った内容だ。
アレは攻撃の終わりなんかじゃない。攻撃の始まりなんだ。
「早く!」
僕は迷わずその腕を掴んだ。
「【衝撃弾】」
こなは滑らかな動作で巨大なハルバードを逆さに持ち、斧の刃に片足を掛けると地面に接していたハルバードの先端から一瞬青白い光が漏れる。
ドバァン! と激しい衝撃と共にその反動で僕達は空中へと飛び上がり、共に地面に向けて手を翳した。
「ーー【鉄の壁】!」
「ーー【茨の壁】!」
鋼鉄の障壁と茨の障壁を真下に展開した瞬間、斥力の爆発が巻き起こり先ほどの瓦礫が光の速さで排泄される。
強大な重力の力で全てが薙ぎ払われ、その衝撃で僕達が展開した障壁が僕達の靴底に叩き付けられる。
着地? して下を見れば、瓦礫を叩き付けられ強制離脱する者もいれば、何らかの手段で強烈な斥力と瓦礫を捌いている者もいた。
伊集院くんやリーグは後者だ。
そうして一瞬の思考で辺りを俯瞰していると、唐突にそれは僕の脳裏に駆け巡った。
「凄い斥力っ……彗?」
見えた。
魔龍の弱点。
「彗大丈夫?」
「えっ?」
二人で作った棘と金属の障壁の上に僕たちは立っている。斥力がガードを地面に落とさせてくれないから、今僕たちは実質的に空中に浮かんだ足場に居るような物だ。お陰でここはある意味では死角。
「目を見開いちゃって、どうしたの?」
「見えたんだ。リーグの弱点」
「はぁ?」
今度はこなが驚く番だ。
「あれだけ頭は吹っ飛ばされてもお構い無しなリーグが、今は障壁を展開して自分の攻撃から身を守っている。リーグ本体が格納されているのは肋骨の部分。要するに心臓だ」
そもそもリーグが肋骨の中に収まっていると言う事は、そこが魔龍の操縦席であるとも言える。
心臓の役目をリーグが果たし、魔力をあの魔龍の元で循環させているのだ。
「なるほど。つまり肋骨を切り開いてリーグを引きずり出すことが出来れば何とかなると?」
「それだけではダメだろうけど、少なくともダメージを与える事が出来たのは僕が肋骨を攻撃した時だけだった」
「なら試してみる価値はありそうね。そう言えば貴方の2つ目のドライブはSsだったわね。視覚強化とパッシブで敵の分析能力向上が固有能力だったかしら」
これもドライブのお陰なのか? 相手の癖や弱点を見抜けるのがモデルSsの力だっけ。
「……そろそろ攻撃が終わるわね、私たちが今乗ってる鉄の壁の上昇速度が落ちてきてる」
「じゃあ……」
「そうね、飛びっきりの下突きをお見舞いしてやりましょう」
その言葉に、僕たちは足ばから更に飛び上がった。
僕も竜殺しの剣を手に取りそれを構えると同時に、ジェットコースターで丁度山の頂点に達した時の様な、ふわっとした嫌な感触が僕の内臓を襲った。
落下開始だ。
「うおおおおおおおおっ!!」
「伊集院、先ずはお前からトドメを――」
リーグが腕を伸ばすと、黒く淀んだ魔力がその手に集まる。
それを落下しながら見ていた僕は、着地に合わせて剣を大きく縦に振り下ろし、頭から肋骨を切り裂き、魔龍を真っ二つに割った。
「な――」
着地に合わせて、脚の骨が悲鳴を上げる。
脚の骨が砕け、肉が裂け、痛覚が焼き尽くされていく感触が一瞬駆け巡り、瞬く間に再生していく。
一瞬で脂汗が滝のように流れ出るが、それでも僕はリーグを見据える。
「〜〜〜〜〜っ!!」
続けざまにこなのハルバードが鈍い音をたてながらリーグの頭に叩き付けられる。
それでもドライブのお陰で死なずに即座に再生するリーグが悲鳴をあげると共に、再生までの僅かな間に飛び散った血が返り血となってこなの顔面を塗った。
「見事で御座るな……ぐっ……」
僕たち二人と、ピンキー以外はすでにボロボロだった。
「ちょっと……何であんたたちだけ無傷なのよ……」
「彗、まだ終わりじゃないわよ」
「分かっている」
まだ、リーグのシールドが割れていない。
シールドを破壊しない限りこの戦いは終わらない。
「そうだ……まだ、終わりじゃない……!」
血を流す彼は、そういうと再び龍の中に収まっていった 。
「【邪月斬】!」
再生した肋骨の隙間から放たれるブーメラン、それをジャンプして避けると僕はそのまま風の大砲を撃ち返した。
再生した龍の肋骨に攻撃を直撃させると、リーグが一瞬怯む。やはり彼処が弱点だ。
「みんな肋骨を狙うんだ!!」
「ふむ。試してみる価値はあるな。【忍法・鋼螺旋】!」
「【アスタリスクバレッジ】!」
「…………【迷彩真空】」
手裏剣の渦と星形弾の集中砲火、そして見えない真空波が一点に注がれる。
それに合わせてリーグは肋骨を開き、辺りに衝撃波を放ち攻撃を凪払いカウンターを仕掛けた。
その凄まじい衝撃波で、マヨカとピーカブーのシールドが砕け散り、マヨカとピーカブーは咄嗟に距離を取り戦線を離脱しようとした。
そこに天使の鎌が振り下ろされ、これを伊集院くんが剣で受け止める。
そこに魔龍がブレスを吐き伊集院くんを焼こうとすると、今度はこなが衝撃波をハルバードより放ちこれを防いで2人が離脱する時間を稼いで見せた。
「ならばもう一度……!」
リーグの言葉と共に再び形成されていく魔法陣。
あんな恐ろしい魔法をまた使われたら、今度こそ終わりだ。
「【フレイムリフト】、【ウインドブーマー】ッ!」
火の玉を放ち、直後に風の大砲を放つと風の大砲が火の玉を飲み込み、火炎の旋風となりリーグを飲み込む。
「みんな!援護して!」
「そうよ!此処で負ける訳には行かないわ!【衝撃連弾】!」
「………【竜巻】」
「【忍法・土砂吹雪】!」
こなが衝撃を濃縮したエネルギー弾をいくつも放ち、ピンキーが竜巻を叩きつける。続いて土のハリケーンが魔龍に降り注ぐと魔龍は大きく雄叫びを上げ、輝く金色のブレスを撒き散らした。
――ギャオオオオオオ!!!
「危ない!」
ピンキーを庇った伊集院君と蠍が飲み込まれる。
咄嗟に自分の視線がそちらに動くと、死角から逆五芒星の光線が放たれ、僕はそれを寸での所で回避し伊集院くんの元へと駆け寄る。
「早くリーグを止めるんだ!」
「我らに構わず行け!!」
伊集院くんと蠍の怒号にも似た声の後、僕は蠍に突き飛ばされた。
その瞬間、デジャヴの様にそのピンク色の物は僕のポケットから飛び出した。
これは……!
「はっ、最強である私が、こんな所で負ける訳には行かないのよ!【紅の夢現】!」
「ビッグクラ――」
紅い魔力のうねりがリーグに向かって放たれる。
それと同時に僕は剣をしまい込み、銃に持ち替え、本来であれば魔力を込めるべき所にそれを装着して、直ちに放つ。
魔龍からの暴力的な量の魔力がこなの魔法を相殺すると同時に、僕の放った一撃はリーグの顔を僅かに逸れ、リーグの背後にあった魔龍の背骨に着弾し、破裂して見せた。
「ーーぐっ!?」
ここだ。
「うおおおおおおおっ!!」
銃を仕舞う時間が惜しくて、走りながら僕はそのまま手を離す。
そして再び持ち替えた竜殺しの剣に魔力を集めると、ただでさえ黒い剣が更に黒い光を集め、鈍色に輝き出した。
「――【黒の切札】!」
半ば無意識に呪文を唱え、斜めに斬撃を与える。
弱点の肋骨を紙のように破き、リーグの胸を深く切り付けた瞬間、その形に静かに亀裂は生まれ、彼を守る魔力の膜が再度砕け散った。
そして魔龍は鼓膜が割れるような大きな叫びを上げると、背中から床に倒れ、沈黙した。
「……がっ……!」
リーグのシールドは破壊された。
僕達の勝ちだ。




