134. 宇宙の全てがすべてを滅ぼす
「ハッ!」
肋骨が開き、リーグが剣で衝撃波を発生させ僕達は回避行動をとる。
その隙を突き開いた肋骨のケージから閃光の速さで切りかかる彼の剣を自分の剣の側面で受け流し、反撃を試みるとリーグは飛び退きながら逆五芒星の光線を放ち、その反動を利用して更に距離を取った。
「彗避けろ!【混沌の息吹】!」
伊集院君が再び腕を変形させて紫炎を放つ。
魔龍ごとリーグを飲み込むその大出力の魔力の中からリーグが飛び出し、僕はまた剣を彼と合わせた。
「甘い!【風魔烈風】!」
「そこに【邪光】!」
僕と剣の押し合いをしつつ突風を巻き起こし炎を妨害するリーグに、こなが赤黒い光線を放射する。
リーグは鍔迫り合いをしながら無詠唱で光の膜を展開しそれを跳ね返すと、赤黒いビームはこなを掠めて行き、彼女の目の色が変わった。
「やってくれるわね」
「――【ファイアリフト】!」
こなの手に膨大な魔力が集まると同時に、伊集院君が突然鍔迫り合いを続ける僕に火の玉を投げつける。
当然避けられるはずもなく、火炎玉が僕に当たり、身体が宙に浮くと同時にこなが詠唱を行うと、巨大なライムグリーンの爆発が発生し、緑色のドームが形成されるとそれが瞬く間に収縮し全てを吹き飛ばして見せた。
「【ディスラプター】!」
僕が伊集院くんの火炎玉にふっ飛ばされた瞬間こなを中心に起きた爆発。
クレーターが出来た床の破片が雨のように降り注ぎ始めてようやく伊集院くんが僕を無理やり攻撃範囲から逃がすために文字通りフレンドファイアを放った事に気付くと同時に、リーグの声が煙の中から聞こえた。
「今のは効いたな……間一髪でシールドが回復してなかったら流石に死んでいた……」
風が吹き、土煙が払われるとそこにはリーグが剣を手に取り佇んでいた。
伊集院くんが舌打ちをすると片膝を付きながら手を組み、ブツブツと詠唱を始める。
「【奪え サリエル】!」
それに応じるかのようにリーグは呪文を唱え、再び死天使を召喚した。魔龍がリーグを飲み込むと、再び肋骨の中に彼は落ち着く。
死天使が出現した瞬間、床からビチビチと嫌な音を立てながら魔法陣が天使の足元に現れ天使が低い呻き声をあげてみせた。
「また呪い、か。まあいい、そろそろ終わらせるぞ」
鎌が伊集院くん目掛けて振り下ろされると同時に僕が割って入り、剣を使って凶刃を受け止める。
力を込めてその鎌を押しやり一閃を浴びせると、天使は曇った声を上げながら後退して見せた。
骨ばった魔龍がゆらりと地面に降りるとその尾が煙のように四散し、地から生えるように魔龍の脊髄が床と融合する。そしてその境を中心に巨大な魔法陣が展開され、力が集まっていく。
「あの魔法陣は……」
「マズいな」
その行為を危惧した伊集院君が、またまた腕をリーグを納めるそれと同じものに変形させて飛び上がる。
「【掩蔽の光】!」
伊集院君の腕が形を変えた魔龍の砲口が鋭く光り、オパールの輝きを放つレーザーが辺りを薙ぎ払い始める。
「彗、これから空気中の魔力濃度が急上昇するからビリビリ来るけど耐えてちょうだい!」
「えっ!?」
「アイツが切り札を切るなら、こっちもそれに合わせるわよ!」
そう言うと、こなも両手を広げ魔力を溜め始めた。
そばに居るだけで押し潰されそうな、途方もない魔力が彼女の腕に集まる。
そしてそれはリーグに置いても同じだった。
魔龍の口に溢れんばかりの魔力が注がれており、今にも臨界点に達して零れてしまいそうな量の暴力がその口に宿っていた。
「わ、分かった!」
その間も伊集院君は床を抉り、魔法陣の完成を阻止せんとしている。
僕にも、何か出来る事は無いのか――
「――【フォース・オーバーロード】!」
「【増幅】!!」
恐ろしい直径のビームが放たれる。
僕の咄嗟の増幅魔法で全てを破壊する魔の光が更に威力を増し、魔力の洪水が全てを呑み込もうとしていた。
「――【ビッグクランチ&バン】……」
やけに冴え渡るような声が聞こえる。
リーグの詠唱と共に魔法陣が輝き、空間のある一点が、黒に染まった 。
「な、何が……うわっ!?」
なんだこれは。
身体が、引っ張られる。
「ぐっ……!!」
魔法陣を破壊しきれなかった伊集院君は、床に降り立つと地面にセイバーを突き立て、それにしがみつく。
「全て滅べ!破壊の先に再生だ!」
僕とこなもそれに続いて武器を深く床に刺ししがみつく。
凄まじい引力だ。
「キッツイ……あいつの『クランチ&バン』って、こんなに強力だったっけ!?」
「んなわけないだろ、ヴァリエの影響だ!【土縫】!」
伊集院くんの詠唱に合わせ、僕とこなも地面に足を縫い付ける重力魔法を使い、何とか身体を固定し突如現れたブラックホールのような攻撃に耐える。
「かっ、壁が!」
吸引力に耐えきれず、壁に亀裂が走り、やがて耐えきれなくなった壁が崩れる様に少しずつこちらに飛んでくる。
「でぃ、【水の壁】ッ!」
瓦礫と化した壁が飛んで来るのを、僕は水の壁でガード……
――出来ない!?
「マズいわね」
強烈な引力に、展開した水のバリアが瞬く間に吸われてしまう。
自分の剣に何とかしがみつつ、辛うじて振り返ると、黒の一点にありとあらゆる物が吸い込まれていた。
まるで今まで地面だったものが壁になり、自分の剣がその壁に刺さって宙ぶらりんになっているかのような感覚だ。
こなは辛うじて衝撃弾をリーグに対して放ってみるが、その弾道はその魔法によって逸れて吸い込まれて行く。
「あっ……あれは!」
「なんでこんな……って、こな? えっ、ちょっ、何このーー」
壁が崩壊していく事で、その向こう側に居たと思われるマヨカの姿が現れる。続けざまに蠍とピーカブーの姿も出現し、皆が一瞬壁が消えて僕達が現れたことに対して混乱した表情を浮かべた。
しかし一斉に引力の干渉を受けた事で彼らはその理由を瞬時に察し、それに逆らう行動を各々で取り始める。
「ちょ、何これ? リーグ? うわっ、ヤバ……」
「何事で御座る……ぬうっ!」
「うわあああああ!!!」
こんな時にアレだが、ピーカブーがうるさい。
露骨に眉間が歪むこなが詠唱を破棄し、火炎の龍をリーグに向けて放ちながら口を開く。
「ピーカブー、こんな時にその甲高いで叫ばないで!減給よ減給!」
ピーカブーの目が一瞬見開かれ、その瞬間ピシリと嫌な音が響いた。
次の瞬間、彼はなんとしがみついていた瓦礫ごと僕に向かって一直線飛び始めた。
「あ」
「げっ!!」
「ちょっ……」
それを回避する術も無く、瓦礫と亀野郎が僕の身体にクリーンヒットし、地面に縫い付けていた自分の脚が宙を舞う。
「マジかよ!?」
咄嗟に剣を地面から抜き、ぐるりと遠心力で一回転させ剣を自分の足元の方向ーー引力の方向ーーに再び地面に叩く様に突き刺す。
それと同時に突き刺した剣を真横から踏むようにしてバランスを取り、剣を魔法で地面に固定しながらその剣の上に乗り重力を耐える。
まるで壁に刺さった剣に乗っているかのような感じだ。
剣がカチカチと揺れながら、悲鳴を上げる。
地面自体に固定魔法をかけて、地面が崩れないようにしていると急速に引力が弱まる気配がし、僕はそのまま床に真横を向きながら落ちた。
今度はまるで床に寝ていたみたいな格好だ。
「いてて、攻撃が収まった……?」
吸い込みが……止まった。
宙に浮かぶその黒い点は沈黙し、徐々に色を白へと変え始めている。
これで攻撃へと転じられる。
そう思って僕は剣を引き抜きリーグに向き直ると、僕の腕をこなが唐突に掴んでみせた。




