128. 対峙する旧友
目の前には固く閉ざされた扉がある。
そして自分の周囲には転送装置が5つ。
先程各幹部や彗がそれぞれの転送装置へと足を進め、何処かへと転送されて行った。
残るのは自分だけだ。
「……」
扉に触れようとすると、バチリと嫌な音と共に自分の手が弾かれる。
何らかの魔法が付与されているのは見なくても分かるが、物は試しと触ってみたらこうだ。
念の為に身体を闇に変化させ、扉と床の隙間を通れるか試して見たが結果は同じ。
まあ『身体変化・闇』対策なんてしてますよねー。
後ろを振り返り、転送装置を見た。
ひょっとしなくてもアレはスターズの居る部屋へと繋がっている。
その予想を裏付けるかのように、スカウターから皆が同時通話で何か色々と話し始めた。
ザントやレメディ、蠍に彗たちが今この扉に掛かっているセキュリティーを突破するために必死に戦っている。
自分はどの戦闘に援護に行こうかなと考えていると、不意に機械的な音声が辺りに響く。
〈せきゅりてぃノ解除ヲ確認シマシタ。〉
「……はい?」
あいつらが突入した時間から言って、まだセキュリティーは外せていないはず。と言うか、スカウターにはまだ各々が戦闘をしている音がガッツリと聴こえている。
諜報部も特に動きは見せていない。
それなのに、突然セキュリティーが剥がされた。
誘われてるのか。
せっかく開いた扉なので、誘いに応じてその奥へと進むと、また廊下があった。
そしてその先には、白い転送装置。
〈現在転送先ハ設定サレテイマセン。転送履歴ヲ調ベマスカ?〉
「……まあ後で考える時間はあるか」
転送装置には転送先が設定されていなかった。これも奇妙だ。
装置を操作し、過去の履歴を確認する。
〈転送履歴ヲ表示シマス〉
音声ガイダンスと共に膨大な転送履歴が表示される。だが幸い、この膨大なログの中をわざわざ調べる必要はない。
調べなければいけないのは一番新しい履歴。そこに、アイツが居るからだ。
「……第一衛星L.O.S.T.?」
その転送先に目を丸くした。衛星か。
俺たちX-CATHEDRAがこの人工惑星エリアYを管理していた頃には無かったものだ。
Lunatic's Orbital Satellite Terraceと書いてL.O.S.T.なのだそうだ。衛星テラス??
「何じゃそりゃ」
変なネーミングセンスと言うか、変な略語センスと言うか。まあいいか。
どうでもいい事なので転送先をそこに設定し、転送装置に乗ると景色が瞬間的に変化する。
衛星と言うだけあって、まず空気が若干薄い。これ一体どれくらいの高度なんだ?
それとも本当に衛星と言うことで宇宙空間に浮いているのか?
思うことはそこそこあるが、とりあえず転送装置を降りて辺りを見回すと背のやや低い壁による廊下があった。
……廊下だろうか?
廊下と思ったが、少し進んで考えを改める。
どちらかと言うと庭園に近い。
イタリア式の庭園みたいな場所の何処かへと転送された様だ。
とりあえず何処か広い場所に出ればこの庭園の全体像がある程度分かるはずと判断し、索敵魔法を展開すると自分の斜め後ろの方角から強い魔力反応を検知。
歩くこと5分位だろうか。
目の前には想定していた通り彼が佇んでいた。
「来たか」
「これはどういう風の吹き回しかな」
左右が異なる目の色。オッドアイと呼ばれるものだ。もちろん緑内障でそうなったとか先天的にそうなったとかではなく、魔術的な施術を片目にした結果緑色だった右目は紅く染まっているわけだが。
緑目ということからも分かるように、日本人ではなくカナダ人とアメリカ人のハーフだ。
「ここは僕達がエリアYを制圧してから新たに作った展望衛星だからね。せっかくだからお披露目をしようと思って」
「ほう」
「せっかくだから、少し歩こうか」
彼の提案に乗り、2人だけで庭園を歩き始める。コツコツと自分たちの靴の音だけが辺りに響く。
こうしてリーグと歩くなんて、果たして何年ぶりだろうか。ルナティックと分裂する前は良くこうした物だ。作戦の打ち合わせとかをしながらだ。
「こなは最近どうしてる?」
「なんか最近は地球のポテトチップスにハマってるらしくてな。昔俺が使ってた総帥室のデスク有るだろ? あの引き出しの中にポテトチップスの袋が大量に眠ってる」
「なんだそれ」
他愛もない話をしながら、やがてリーグの目的地と思われる場所に到着した。
そこには特に何かあった訳では無いが、見晴らしがよくエリアYの全貌が眼目に映る広場であった。
「いい眺めだな。高度は?」
「6,000m位」
「そこそこ高いな」
そこまで話をして、リーグが視線を下から此方へと上げた。
「もう、戻れないんだな」
「門戸は広く開けているつもりだが、君に戻る気があるとはとても思えないんだが?」
「……ああ、そうだな。僕が馬鹿だった」
リーグが何故か悲しそうな眼をこちらに向けると、彼の足元に魔法陣が現れる。
戻れないって、あの頃にと言う事か?
自らルナティックとして離反して、関係性を破壊したのはリーグの方だと言うのに。何を考えているのやら。
「闇の守護者に、それも歴代で最も強いとされる闇の守護者に本当に勝てるとでも?」
魔法陣の形から言って、リーグは天使を召喚しようとしている。彼の持つ天使は、契約している死神と同じ権能を保有している天使だ。
「勿論だよ。でなければ君たちに喧嘩を売るような真似はそもそもしない」
「それもそうだな」
眩い光が魔法陣から放たれる。
それに併せてリーグは右手を前方へと翳して見せた。
「【奪え…… サリエル】!」
魔法陣が黒く染まり、彼がその手を高く掲げると鈍色の光と共に天使が姿を現す。
大鎌を持ち、白い翼を蓄えつつも黒衣に身を包み、フードで顔の見えない天使だ。いや、顔なんてそもそも無いのかもしれない。天使は人間とは根本的に異なる物だ。
死を司る天使が彼の背に現れるのを見届け、自分もまた懐から黒く染めた和紙で出来た式神もどきを取り出し、空中に放り投げた。
そして自分もまた天使の詠唱を放つ。
「【唆せ マスティマ】」
式神もどきから同じような黒い光が漏れる。
瞬間、ズシンと地響きを起こしながらその天使は四肢を付きながら落下しリーグを見つめた。
「お前に憑いていたのは、そんなのではなかったはず」
俺がかつて違う天使を行使していた事を知っているリーグが怪訝な顔をする。そしてその疑問に対する答えはこれだ。
「よく覚えているな。サマエルの方がマシな味だったよ」
わざと下唇を舐めて見せると、リーグの左右色の違っている眼に怒気が宿った。
「そう言うことかよ……!」
「お前のは美味いといいが」
本当に契約をしている天使は更に別にいるが、権能が気に入ってるのはこのマスティマだ。この展示は敵の疑心を煽り、疑り深くする権能を持つ。
「お前には負けない!」
「本当にか?」
そう囁きかけるだけで、彼の瞳孔が僅かに揺らぐ。
さあ疑え。
自分の勝利を。自分の正義を。自分の策略を。
何もかもを疑え。
「俺をそう簡単に倒せると思うな、『人喰い』!」
リーグは感情が昂ると一人称が変わる。今もそうだ。これで少しでも冷静さを欠いてくれればいいのだが。
天使が大鎌を振るう。
併せてリーグが武器である銃を構え、魔弾を撃ち始める。
銃は彗の持つ拳銃とかではなく、米軍で採用されているM4カービンをモチーフに作られた固有武装でエンチャントされたアサルトカービンだ。
こちらも天使が紫色の炎を吐き攻撃を仕掛けると共に、自分もドライブの能力で空中にガトリング砲を展開しそのまま弾幕を放つ。
敵のサリエルが文字通り蜂の巣となると共に鎌がガトリング砲を両断し破壊すると、リーグの銃から指向性の重力を帯びた弾丸が放たれ、自分の足元を抉り始める。
かくして、ルナティックとの最後の戦いが始まった。




