11. 考える犬
モニターに映っていたのは、一発の銃弾によって眉間を撃ち抜かれ、粉々に砕け散る巨大蜘蛛――アクロマンチュラだった。
その硬質な甲殻が砕け散り、紫色の体液が床へ飛び散るのとほぼ時を同じくして、その巨体が力なく崩れ落ちる様子を、私はただ呆然と見つめていた。
信じられない。
何度見ても信じられない。
あまりにも現実感がなくて、まるで誰かが映像を加工したのではないかと疑いたくなるほどだった。
そんな私の頭上から、呑気な男の声が降ってくる。
「な? 何とかなっただろ?」
アイスティーを片手に、私を膝の上へ乗せたまま男が笑う。
どこか勝ち誇ったような顔だ。
その余裕たっぷりな態度に、私は思わずその男を見上げた。
「う、嘘でしょ……」
口から漏れた声は自分でも分かるほど震えていた。
「だってあれ、アクロマンチュラよ!? 討伐ランク7相当よ!? 本当に、マジであれ素人なの!?」
男は肩を竦める。
「素人だよ」
「いやいやいや、そんな訳ないでしょ」
私は思わず叫んだ。
アクロマンチュラ。
討伐推奨ランクはスペードの7。
熟練の冒険者なら誰でも知っている危険種だ。
その巨大な体躯と鋼鉄並みの硬さを誇る甲殻。
それに毒牙と、口から吐く糸による拘束能力。
そして何より、その高い再生能力。
新人冒険者が遭遇した場合、生還率は一割にも満たないだろう。
中堅冒険者が数人集まってようやく討伐対象になる相手だ。
実際、私たちの正規兵ですら単独討伐は推奨されていない。
そんな魔物を。
モニターの向こうの少年は。
たった数発の銃撃で倒してしまった。
しかも、魔法を使わずに。
「意味が分からない……」
本当にそれしか言葉が出てこなかった。
まず戦闘経験が無さそうな人間がアクロマンチュラを倒した時点でだいぶおかしい。
だが、それ以上に理解できないことがある。
それは武器だ。
あの魔銃。
私の持っている固有スキルなら、武器の性能は基本的に見れば大体分かる。
だからこそ言うが、あれは決して高級品ではない。
ゲームで例えるなら、旅を初めて二つ目か三つ目の町で売られている程度の装備。初心者卒業記念品みたいなものだ。
決してあんなボス級モンスターを、たかが数発で消し飛ばせる代物ではない。
だと言うのに。
たの少年が放ったチャージショットは、アクロマンチュラの頭部を丸ごと吹き飛ばした。
「あり得ないでしょ……」
思わず呟く。
「そんな安物にどれだけ魔力を流し込んだら、あんな威力になるのよ」
「そうだよ」
男は面白そうに笑った。
「だから言ったろ。ダイヤの原石だって」
私は思わず目を丸くした。
まさか本当に?
魔法使いになったばかりの新人?
そう口にしようとした瞬間、男が画面を指差した。
「腰の辺りを見てみろ」
「……腰?」
言われるまま映像を拡大する。
ズボン。普通だ。
ベルト。特に変わった様子は無い。
腰回り。
そして私は気付いた。
「……え?」
無い。
本来あるはずのものが。
「うっそ……」
思わず二度見するが、無いものは無い。
どういうことなの。魔法使いなら誰でも持っている魔導補助装置であるドライブが無いだなんて。
ドライブは魔力制御、魔力増幅、防御障壁、そして何より生命維持をするために魔法使いであれば必ず保有している、文字通り生命線。魔法使いにとって心臓にも等しい装備だ。
それが存在していない。
つまり先程の戦闘で一撃でも攻撃を受けていたら。
あの少年は間違いなく死んでいた。
「こんなことある……?」
私は呆然と呟く。
「なんで、ドライブ持ってないのこの人」
「まだ魔力計測前だからな」
「それにしたって!」
思わず声が大きくなる。
「防護壁の魔道具とか! 離脱装置とか! アーティファクトとか! 何か一つくらい持たせるでしょ普通!」
男は不思議そうな顔をした。
本気で何を言っているのか分からないという顔だ。
「死ぬはずがないのに?」
「いやいやいや!」
絶対おかしい。流石の私でもそれくらいは分かる。
普通なら保険を掛けるでしょう。
バリアでもいいひ、耐久強化の指輪でもいい。
エンチャント装備でも何でも、生存率を上げる手段はいくらでもある。
それを何一つ持たせないなんて、正気の沙汰じゃない。
だが男は平然としている。
「何かあったらお前が鎮圧に行けばいいだろ」
「だから空間魔法で飛べないんだって!」
私は机を前足で叩いた。
「向かってる間に死ぬ可能性あるでしょ!」
「でも死んでない」
「それ結果論!」
しかし実際、少年は生きている。
それどころかアクロマンチュラを倒した。
その事実だけが目の前に存在している。
私は改めて映像を見つめた。
少年は戦闘後だというのにどこか呑気そうだった。汗を拭いながら周囲を見回している。どうやら達成感はあるらしい。
だが、自分がどれほど異常なことを成し遂げたのか理解していないようにも見える。
そこがまた恐ろしい。
「まさか……」
私は一つの結論に辿り着く。
ドライブ無しで補助装備も防御装備無い、そんな状態であれだけの魔力を魔銃へ流し込んだ。
つまり、あれは素の出力と言うことになる。
純粋な本人の魔力量。
「マジでダイヤの原石じゃん……」
思わず呟く。
それに対して男は満足そうに笑った。
「だろう?」
その顔が少し腹立たしい。
こいつは、初めから全部分かっていて放り込んだのだ。
試験のためとはいえ、普通なら絶対にやらない。
でも、私の飼い主は残念ながらそういう人間だ。
危険を危険と思わないし、人の感情を感じ取ることが出来ない。
才能を見つけるためなら多少では済まないような無茶も平気でやる。まあ、だからこそ多くの逸材を発掘してきたのだが。
「本当に性格悪いよね〜」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めてない」
即答すると男は楽しそうに笑った。
まったく反省している様子がない。
「で?」
男が顎でモニターを示す。
「そろそろ行くか?」
「……はいはい」
私は大きくため息を吐いた。
確かに私にはまだ仕事が残っている。
あの新人を目的地まで誘導しなければならない。
問題は、相手が1ミリたりとも新人には見えないことだけれども……
いや、冷静に考えてアクロマンチュラを玩具みたいな銃で撃ち抜く新人など聞いたことがない。
正直少し怖いんだけど。
とはいえ、仕事は仕事だ。
「行ってきまーす」
私は男の膝から飛び降りる。
軽く身体を伸ばし、尻尾を揺らした。
「気を付けろよ」
「誰に言ってるの?」
「もちろんお前」
「失礼ね」
そう言いながらも否定しきれない自分がいた。
あの少年は規格外だ。
戦闘力だけなら、下手な上級魔法使いよりも危険かもしれない。
「じゃ、案内してくる」
私は遠吠えを一つ上げる。
そして部屋の奥へ駆け出した。
アクロマンチュラを瞬殺した化け物じみた地球人を迎えに行くために。




