11. 考える犬
モニターに映っているのは、銃撃を急所に受けて粉々に砕け散る巨大な蜘蛛だった。
映っているものが全く信じられなくて食い入るようにそのモニターを見つめていると、自分の上から男の声が聞こえた。
「――な? 何とかなっただろ?」
そう言うと私を膝に乗せていた男はアイスティーを口にしつつ、私に何処か勝ち誇った笑みを浮かべた。
まだ何処かでこのモニターに映っていた物が信じられない自分がいた。
「う、嘘でしょ……あれで本当に……いや、だって巨大蜘蛛のランクは……え、マジで、あれ本当に素人ー?」
だって、巨大蜘蛛と言えばランク7に相当する魔物だ。
ランク7と言えば、ある程度の経験を積んだ中堅冒険者やうちの正規兵が束になっても苦戦をする魔物だ。
だと言うのに、それを目の前のモニターに映し出された少年は、なんと魔法すら使わずに、わざとらしく部屋のど真ん中にドロップさせておいた玩具のような銃ですんなりと倒して見せたのだ。
はっきり言って、意味がわからない。
先ず、魔法を縛った状態であれだけの魔物を倒す事自体がそもそも異常なのだが、それ以前に武器だけで倒すにしてもたったの数発であの地球人があの化物を倒せたという事実に驚きを隠せない。
あの魔物は、たかが数発の銃撃で沈む様な雑魚では無いのだ。
ましてやあの少年の動きは完全に素人だった。戦闘経験が無いのは誰が見ても分かると言う程度には戦闘に対する姿勢が全く無かった。
それに魔法使いなら、巨大蜘蛛は木属性だから、属性を考慮して火か虚の属性を持った魔法を使うはず。
だが、あの子は攻撃魔法や防御魔法とか以前に、魔法自体を全く使っていなかった。まさかとは思うけど、本当に魔法使いなのだろうか?
……いや、あの銃は基本的には魔法使いじゃないと使用する事が出来ない。
だってあれは、グリップに触れている場所から魔力を吸って弾丸に変換するタイプの銃だ。
つまり、魔法使いではない人からしてみたらあれはただのおもちゃの銃と全く変わらない。
ところがあの少年は、弾を撃つどころか、俗に言うチャージショット的な物を放って巨大蜘蛛と言う上位の魔物を沈めた。
というか。
あのおもちゃみたいな銃からあんな強力なチャージショットが出る事もハッキリ言ってクレイジーだ。アレはそんな上等な銃ではない。
スキルの副産物で大抵の武器は見ればどんなものかわかるが、あの銃は下の上と言った程度の代物だ。
しょーもないRPGゲームとかで言えば、2つ目か3つ目の村で手に入るような、最序盤ではないけどまあ序盤の装備品と言う奴。
そんな安物にどれだけの魔力を込めたらあんな弾撃てるのよ。
「そうだよ。ダイヤの原石さ」
そう答える彼に、思わず目を丸くした。
マジで成り立てホヤホヤ?
信じられないと口にしようとした瞬間、彼は徐ろに腰周りを良く見てみろと呟き、私はその指示に従った。
初めは何の事かと思ったが、画面を拡大して履いているズボンを注意深く観察して見て、やがてその意図を私は理解した。
「うっそ……」
無いのだ。
「――さ、行って来なさい」
魔法使いなら、どんな星の出身でも必ず持っている筈である、アレが。無い。
ますます信じられない。
アレがないって事は、一撃でも攻撃を食らっていたら即死と言う事だ。魔法使いにとって何よりも大切な魔法具とも言えるアレが無いなんて、どうかしている。
「こ、こんな事ってあるの……え、何でアレを持ってないのこの人」
「だって、まだ魔力計測して判定出す前だし」
「いやそれにしても何かせめて防護壁を展開する魔道具とか、アーティファクトとか、離脱装置とか、何らかの補助アイテムを渡しておくとか、何か有るでしょ……」
バリアを展開するタイプの道具とか、もしくは被ダメを抑える鎧とか、魔法を付与してあるリングとか。
私の頭を撫でているこの人はまるで死ぬはずが無いのになんで用意する必要があるのかまるで理解できないよみたいな言い方をしているが。普通の神経をしているなら念には念を入れて用意しておくものだ。
「別に何かあったらさっきも言ったようにお前がアクロマンチュラ鎮圧に及べば良いだけだし」
「いやだから空間魔法でワープ出来ないから向かってる間に死なれるって」
「でも死んでないじゃん」
「いやまあそうなんだけどー……」
「良いからさっさと行ってこい」
いや、アレは生命を守る道具で有りながら魔力を増幅する機能も持ち合わせているはず。それを持っていないと言う事は、コイツはまさか素の状態でアレだけの魔力を魔銃に込めてぶっぱなせたのか?
だとしたらコイツはマジでダイヤの原石だ。
しかしそう確信し改めて驚愕する私の事なんかどこ吹く風とでも言った様に飼い主は人使い、もとい犬使いが荒い。
「……は、はいはーい」
飛び降りた私は、遠吠えを上げながら奥へと去っていく。
あの化け物地球人を誘導するために。




