117. 遊撃
「こちらナナ、本隊と合流した」
『了解』
「偽グレイスの情報を送るから解析しておいて」
『うん、お願い』
ピーカブーとの短いやり取りをナナが行う間も行軍は止まらない。
ルナティック総帥が直接管理する研究室に、偽グレイス。
あれは一体何だったのだろうか。
「サポート部隊いる?」
「はい!」
「この辺りに暫定的な安全地帯を展開するわ。回復魔法の準備を」
「承知です」
曰く、1階は大まかに制圧が完了しているとのこと。
はじめにサポート部隊にいた人達がナナの言葉で前に出ると、一斉に杖やら剣やらを掲げた。
「【祝福の陣】!」
各々が武器を前方に構えると、人一人分ほどを内包できるサイズの魔法陣が彼らの前方にそれぞれ出現する。
それを確認すると、更に一名の魔法使いが現れた。地球人だ。
「【重複接続】」
誰かの展開した魔法陣から一本の線が伸び始めていく。
光り輝いていたその線が別の魔法陣に繋がると、その魔法陣から網目模様に光の線が伸び始めていき、回復の魔法陣が次々と接続されていく。
「これは?」
「同じ魔法同士を接続することで魔法を強化する補助魔法よ。今のは、乗ると回復する魔法陣同士を束ねて強化しているところ。接続線の内側に居れば回復出来るはずよ」
ひとつの魔法陣は大きくもなく、力も貧弱だがそれが幾つも重なり、並べられ、繋がれるとひとつの巨大な魔法陣として機能し始める。
ここに臨時の簡易安全地帯が発生したのだ。
「負傷者はこの陣の中へ!魔力が枯渇している者は直ちに報告しなさい!」
ナナの一声で、隊員が動き始める。
「彗は大丈夫?」
「今のところまだ平気」
「そう? まあ無理はしない事ね、貴方はまだ仕事があるんだから。つーか、平気でも貴方は魔法陣の中にいて完全な状態でいた方がいい」
そう言うと彼女はふんふんと辺りの匂いを嗅ぎ始める。
「この辺に怪しいにおいは無さそうね……」
安全地帯の見回りを始めるナナを目で追いながら、彼女の指示に従い僕は連結魔法陣の中に足を踏み入れた。
その瞬間、下から勢い良く上昇気流の様に回復の魔法が吹き上がり、僕の疲れとシールドの破損を癒し始めた。
回復を受けながら辺りを見回すと、先程この魔法陣を展開した人達が部屋の片隅で魔力を回復する薬を飲んでいた。
見間違いでなければ、あれは僕が前にピーカブーとアクアン星に行った時に飲んだものと同じ。
皆顔を顰めていて、鼻をつまんだりしながらそれを飲んでいる。
「ピーカブー様は何だって?」
「あの怪しいグレイス様は調べておくってさ」
「そりゃ良かった」
疲れがとれ、身軽になった所でふと、スカウターに入電が入る。
ナナからだ。
「はい」
『彗? マヨカから連絡。どうも前線が圧されてるみたいだから行ってあげて』
「了解」
『マップにマヨカのスカウターの識別信号を送るわ。多分今上の階にいる』
電話が終わると、スカウターにマヨカの位置情報が流れ込み、マップにマヨカを表す点が出現した。
ここから階が2つ上だ。
そっと隊を離脱し、マップを頼りに上の階へと向かう。
銃を手に取り、辺りを警戒して階段を登ると、地響きで転び損ねる。
今回、僕に課せられた任務は遊撃隊だ。
それも、先程の遊撃隊への編成という意味ではなく、本当の意味での遊撃隊。
ルナティック対策会議の際に、こなに直々に名指しにされて遊撃任務を任された。
なんでも僕がルナティック幹部の大半との戦闘経験がある事を買ってくれているからこそとの事。
「こちら彗、マヨカ応答して!」
同じ階に到着した時点で、マヨカに向けて発信する。
すると程なくしてマヨカから返信が入る。
今、左の壁から凄い音がしたけれど大丈夫だろうか。
『こちらマヨカ。その声彗ね』
「圧されてると聴いてこっちにきた。今マップ見る限りではマヨカの右手にある壁を挟んだ向こう側にいる」
『分かったわ。なら壁から離れて』
「えっ?」
聞き返そうとした瞬間、自分の目の前にあった壁が粉々に粉砕され、僕は思わず尻もちをついた。
飛んできたのはトゲのついた鉄球。マヨカの武器だ。
「待ってたわ」
「今どう?」
「準幹部のヘイスを見かけた所よ、追跡して!」
準幹部ヘイスとは、次期ルナティック・スターズを見込まれている人物達の事だ。
ゆくゆくはルナティックを支える柱となるもの達。
名前だけは聞かされていたが、なんでもそのヘイスと言う者は毒属性で亜人類であるとの事。
マヨカが走るのに追随すると、敵兵がワラワラと出現する。
そこにマヨカはトゲ付き鉄球を放ち、敵を吹き飛ばしていくとそこに準幹部が待ち構えていた。
「くそっ!誰か応援をーー」
「【粒子炸裂砲】!」
よく見たら、いつぞやすれ違った紫色の雲みたいな亜人類だ。
まさか準幹部とすれ違っていたとは。
「次期ルナティックスターズ最有力候補がこの様じゃね。ヘイス、大人しく諦めたら?」
モーニングスターを振り回し、マヨカがそれを地面に叩き付けると瓦礫が舞い上がる。
マヨカはそれに先端の鉄球を当てるとその瓦礫がヘイスと呼ばれた者に飛んでいく。
またマヨカが鉄球を蹴り飛ばすと変則的な軌道でその鉄球が後を追随する。
「くっ……!」
「【氷蒼の弾丸】!」
マヨカの攻撃に怯んだ隙を逃さず、自分の銃から氷の弾丸を放つとヘイスのガス状の身体が一部凍った。
そこにマヨカが頭上からトゲ付き鉄球を叩き付けると、けたたましい音と共にヘイスのシールドが砕け散ってみせた。
「ぐあぁっ!」
シールドが破壊されたことにより、ヘイスの身体が消えてなくなった。
僕達が上空に飛ばしている離脱装置の力でハブルーム星に強制転送させられたのだ。
「雑魚ね」
「くそっ、ヘイス様がやられた!」
「撤退だ!撤退!」
「させないわよ!」
ヘイスが倒れても戦いは終わらない。
僕はマヨカの前線部隊にそのまま加わり、進軍を再開した。




