9. モニタリング
「――あのさあ、アレ本当に良かったの〜? アークマンチュラなんか放っちゃって。あれ一応ランク7相当の危険な魔物でしょー?」
モニターで広間の様子を見ていると、秘密の扉を開けて入ってきたそれがぼんやりとした口調で疑問を投げかけた。
「あー、それなら大丈夫だよ。と言うか、いざとなったらお前の出番だから待機しておけ」
「いやそれにしても……えっ待機しておけってそういうこと? 私があの部屋に向かう間に死なれたら流石に寝覚めが悪いんですけど……」
このモニター越しに傍観してれば、大体今部屋に入ってきた者がどんな奴かは検討付く。
何が起きているかまるで理解出来ていないと言うような顔つきで大蜘蛛と相対しているその少年は、蜘蛛による攻撃に晒され逃げ惑いながらも手に取った銃を決して離そうとはしなかった。
「まあ死なないだろうから大丈夫だろ」
「その言葉、本当に信用していいの? ぶっちゃけアレ、普通に死ぬような攻撃じゃない? なんか適当なゴブリンとかじゃダメだったの〜?」
星野彗は控えめな性格の、よく言えば普通にそこら辺にいそうな高校生だけれどもその芯はなかなか強そうだ。
それに、見た目よりも冷静に周囲の現状を分析し、咄嗟に何をすべきか決める決断力と行動力にも優れている。
魔法に対してのノービスや戦闘の才能が無い人であれば、あんな化け物にいきなり会ったら呆然としてそのまま速攻で食い殺されてしまうのが関の山。
だが少なくとも彼は、今のところ見ている限りでは死ぬ気配は無さそうだ。
こなとグレイスの情報によれば、彼は母子家庭。
母親は、かつて自分の部下でもあった対魔術師カカ・セキュア……『鏡の女王』や『反転王』、更には『反射厨』とも呼ばれる彼女の弟子。
反射魔法に置いては右に出る者は居ないと言われる対魔術師の手解きを受けている人が母親で、尚且つ類稀な対魔法体質であるならば、彼も恐らくは潜在的にカウンター類の魔法や起死回生の一手と言う戦略が得意だ。
多分だけど追い詰められた方が真価を発揮するタイプではなかろうか。
それに部屋の中央にいかにもわざとらしく銃を置いたんだ。あれで何処まで行けるか拝見させて頂く。
モニターを見ていると、星野彗は蜘蛛が魔法陣から出現した時に真っ先に下がりその魔物と距離を取った。その行動は正解だ。
感心していると蜘蛛がブレス状の糸を放ち、彗はそれをダイブする様に躱して、よく分からない石像の後ろに隠れて見せた。
「って言うか、本当に大丈夫なの〜? あのガキから全然魔力とか感じなかったし、私空間魔法とか使えないからマジで死体処理は嫌なんですけど〜」
自分の膝の上に載って鎮座する生き物が何とも嫌そうに言う。
目が細まり抗議の視線が寄せられ、何とも言えない形相だ。
「まあ……必要ないとは思うけどね……」
「だからー、その謎の自信の根拠というかエビデンスは何なのよー?」
コイツは語尾を伸ばす癖が有る。何故だろうか。
魔法を使えて喋れる様になったはいいけれど、それ以来ずっとこうだ。
魔法を取り込んで魔法使いに進化した者は魔法を放った人の性質をある程度受け継ぐはずだが、こんな性質の者は知らない。
「アイツはさ、この世で最も祝福された力を我が物としているんだよ」
これは実験。
それも壮大な実験の始まりだ。
「言ってる意味が分からなーい。あれ魔法のまの字も分からなそうだし動きが完全に非戦闘員と言うか、非魔人よー?」
彗は銃を真剣な目付きで眺めており、その銃をあちこち調べている。
大方マガジンがあるかどうかを調べているのだろうが、あの銃にはそんな物はついていない。
それもそうだ。
アレの弾丸は実物ではなく、魔力によって生まれるものなのだ。
一応、魔力を送り込めばマガジンが開いて中に付与した弾丸を込める事も可能だが、彼はそんなもの持っていないし魔力の送り方も知らないはず。だから純粋に魔力を使った魔弾しか撃てない。
まあ普通の魔法使いならそんなのでは勝てないだろうが、ヤツはなんと言ってもあのこなの魔力を受けて進化した純粋培養だ。十分すぎるだろう。
「まあ、観ていれば分かるさ」
「ほんとー?」
「ああ」
彗ならやるだろう。
今、何よりも大事なのは、コイツが本当に『あの』こなに匹敵する物を持ってるか否かなのだ。
この宇宙において、あの『歩く終末戦争』と呼ばれる生き物を超えたり、肩を並べたり出来る知的生命体は存在しない。
奴は宇宙最強の生物なのだ。
「はあ……私は責任持たないからねー」
「分かってるよ」
そして、今自分が観察しているこの人物は、ほぼ間違いなくその魔力を完全に受け継いでいる。
魔法を寄せ付けない強力な対魔法体質のために、母親から遺伝するはずの魔力すらを拒絶して今までは魔人に進化せずに居た模様だが、流石に宇宙最強の魔法使いの魔力を取り込むともなれば話は別という訳だ。
……コイツはそれを超えるこなの魔力をどれほど正しく純粋に受け継いでいるのだろうか。
「アンタの分かってるは信用出来ないのよ」
「何を言う、俺とお前の仲だろ」
「だからこそでしょー」
もし正しく進化していた場合は、前代未聞の事態だ。
『歩く終末戦争』の魔力は果たして一体何処まで対魔法体質を克服しているのだろうか。
魔法を録にどころか、全く使えない魔法使い一日目の人間が魔法武器ひとつで何処まで魔物に対して食らいつき、抵抗できるのか。
非常に興味深いモニタリングだ。それを察してか、その生き物も黙ってモニターを見つめ始め、その戦いの行く末を見守り始めた。
細かい所ですが歩く終末戦争と書いて歩くラグナロクです。
決して歩くアルマゲドンとか歩くアポカリプスとか歩くドゥームズデイとかではありません。悪しからず
 




