「しろ・と・くろ」
「しろ・と・くろ」
スッコト・スッコト・スッコトコン
スッコト・コトコト・スッコトコン
スッコト・オカシイ・スッコトコン
世間様にはやはり、一年の長とか、餅は餅屋なんていわれるように、その道に通じている人と、そうじゃない人が居るもんです。
が、中には、知ってるような事を言ってる割に、口先だけもおります。始末の悪いのが金力は有るんですが、管理が素人の人。他人は金力に頭を下げているだけで、金力の持主に頭を下げている訳じゃないことを知りません。
本人もこの勘違いに気が付かない。
素人経営者から、タイコ持ちなんてなぁこの手の人から金を引き出すプロ。
音楽絵画プロテニス、ま、世の中には色んなプロがありますが、板前ほど冠婚葬祭の裏方を支えている職業も珍しい。
「板さんは毎日おいしいものたべれて、いいね」って誰かが言うと
「家じゃ何食ったらいいか、迷うんじゃないか」なんて心配する人も居る。
先日、知り合いの板前さんに、何が一番の好みですか、って、ま、寿司とか鋤焼きなんていうかと思っって聞いたら、なんと即席ラーメンだって言う。
板前さんは食べる素人かもって言ったら。
「馬鹿やろう、砂糖がなくとも死なんが、塩がなければ死ぬぞ」ってどやされ、塩を使いこなすのが板前さんなだそうです。
これと即席ラーメンがどんな関係なのか、私には分かりません。日本人は仕事の為に食うと言いますが、ユダヤの人は食う為に仕事をする食べるプロ。
ま、卵と鶏どっちが先か、みたいなもんですが、やはり食いたいから仕事をする、の方が納得できます。子供に関しては母親に、かないません、知ったかぶりのお医者様だとか、偉そうにしている亭主なんか、かないません。小鼻をヒクヒクさせている子を見れば、肺炎か、下あごに自分の手の甲を当ててやって熱を見る。ほてった顔を見れば、風邪でも引いたか、何もなくとも、気の休まる事がないプロなんです。
ガム公が親方の手元に居たのが十年、日本を流して十年、板前のプロと言われて欧州を流して二十年。還暦を目前に帰国したのが二年前。
グミ助がガム公と同じ板前になって、早いもんで、七年。四十の手習いと言いますが、掃除洗い場の追い廻しを二年、焼き方煮方、立ち回りを行ったり来たりで五年が過ぎ、なんとなく素人に毛が生えた格好となり、客前のカウンターに出始めたのが、つい三月前。
今日は天気もいいので、近くの喫茶店にふらりと、チョコ坊とガム公が連れ立って来た。
二年前、ガム公が帰国した時、貯めた金がなくなるのが早いか、死ぬのが早いか知らねぇが、ユックリしたいって言うのを、チョコ坊が引き込んだ。
どこの国でも、男と女に関して、女はプロだと、つくづく思ったガム公。
そして今、二人の心は十九・二十歳の気分となってる。
「ねね、なんか浮かない顔で、グミ助がショボクレて居るけど・・・」
「どこに、あ、一人じゃないか、どうかしたかな」
「声、かけようかい」
「まて、向こうで気が付いて、こっちに来るまで」こうして、二人がテーブルを挟んで、額と額がくっつくようにして注文したコーヒーを飲んでいますが、いつ、グミ助が来るかを探っている。二人は額だけじゃ足りなくて、テーブルの上で、指を絡めあっている。
その二人に声を掛けにくそうに、グミ助が側に立ってきた。
二人は今さらのようにグミ助を見上げた。
「お、誰かと思ったら、ま、座れ」
「どうしたの、しょぼくれちゃって」
「兄ィ聞いてくれよ、最近の親方、訳の分からん怒り方をする」
「親方がか、怒られたんじゃなくって、叱られたんだろ」
「どっちだっておんなしだい」
「いや、違うな」
「どこが、どう違うんだい、ガム兄ィ」
「いいか、怒るってなァ、手めぇの気分だが、叱るってなぁ相手の明日を思っての事だ」
「そんなの、知るかよ」
「そこだ、グミ助が親方から言われたことを、明日の為と思うか、逆恨みするか、全部お前次第だ。どんな嫌な事とか、問題でも、法律で解決できるものは法律に任せればいい、世間の判断が欲しければ世間に任せればいい、だがな、人の法は手めぇの心で決まる。世間はとやかく言うだけで、だぁれも責任を取っちゃくれねぇ。嫌がらせ、意地悪も、手めぇを磨いてくれていると、思えるかどうかだ。あこぎな事をやって、口先で言いつくろっても、いつかはばれる。それが人の世の法だ。悪意の人が滅びる。悪意を善意に取ったお目ぇは栄えるんだ」
「そんな事ってあんのかよ」
「ある」
「そうかよ、チョコ姉ぇもそう思うかい」
「ガムちゃんは神でも仏でもない人だから、馬鹿と利巧を併せ持ってる、でも、今のガムちゃん、利巧を言ってると思うよグミ助」
「そうか」
「で、何があったんだい」
「ん、しろがころがったって、しろのしたにゃ、叶うもんじゃねぇって怒られたんだが、何の事かさっぱり分からん」
「その時、何があった」
「昨日の事だ、常連客が来たんだが、何も注文がない、で、俺がメニューをやったら、スッと帰っちまった。帰りがけ店長に客が、金を追っかけ始めたねって言ったらしい。親方に告げ口しやがって」
「常連客か、客も偉いが、いい親方じゃねぇか、しろがくろがってんじゃないといったんじゃなく、素人が玄人ぶるな、素人の舌にゃかなわん。といったんだ。板前七年生ともなれば、親方にさえ文句を言いたくなるもんだ。どうして親方が親方なのか、考えもしない。腕はまぁまぁでも、あの親方はいい、と言われる人が居る。それはな、客の心と健康を考えてやってる親方だからさ。そういう親方の作った冷たい刺身も、客の心にはあったかいもんさ」
「なんとなくだが、分かる」
「それで、いい」
「兄ィ、素人と玄人ってどこが違うんだい。場合によっちゃ家庭の奥さんが俺達より、美味いもん作ってるぜ」
「そうだな、奥さんは、料理のプロだと思って居ない分、奥さんの味で、食べる人を納得させるんだろう。それが家庭の味であり、お袋の味じゃないのか」
「だったら、料理屋の味は誰の味なんだい」
「奥さんの味を納得するのは、まず家族、そして親戚知人だろうが、これには義理が絡んだ納得が入る特定多数だ。ところが料理屋となれば、義理も人情もねぇ、美味か醜味だ。醜味な料理屋に、義理人情で金を出してまで食いに来る奴なんざ、よっぽどの馬鹿だ。料理屋が相手にしているのは不特定多数の客。それに応えるのが料理人・板前だ。読み、読みだな、どれだけ先を、深く広く読めるかだ。空手だって将棋だって、次を考えて今、何をするかだろ」
「段取りか・・・」
「そうだ、芋一つ仕入れるにも、どうしたら客に喜んでもらえるかと思ってやれば、選ぶ目つきが変わってくる」
「いい年こいて、伊達に使いッパやったんじゃねんだな、俺」
「そうよグミちゃん、初めの頃は飯が追っかけてくるなんて、馬鹿言ってたけど、俺の焼いた鰯、客がどんな顔で食ってるか気になるって言ってたじゃない」
「気になるようになったか、エゲツねェ経営者の店じゃ、親方だって客の顔色を気にしなくなる。皆で店を食い漁って、知らん顔だ。子飼いと仲良くして、いい外様で長く居たがいい、流れ板にはなるな」
「何でだい、かっこいいじゃんか」
「板前ってなな、板場の前に立って板前なんだ。世間の川に流された板を追っかけるのが流れ板前。それのどこがいい」
「分からん」
「流されねぇ、板の前がいいだろ」
「話してあげたら、ガムちゃん」
「ん、今度な」ソロソロ一服、アラドッコイ