war plan anti orange
「青国、皇国に対して無条件降伏勧告だ。」
「こ、皇国は…勧告を受諾し、青国に無条件降伏致します…」
皇国側の首相、女子学生ユリア・サクラは絞り出すように宣言した。
皇国の首都、官邸を臨む丘に建つ小さな建物に静寂が広がる。この勧告の受諾は皇軍大学校総合科の校舎で総力戦を想定して一晩中行われた模擬戦争の、皇国側の敗北による終結を意味していた。すでに窓からはまばゆい光が差し込んできており、対決を終わらせて顔を挙げた両者は突然目に飛び込んできた光に顔をしかめた。
この模擬戦争は皇軍大学校最高学年の卒業試験であり、御上も謁見する最上級の格式を持つ場でもある。最初の卒業試験の時からこの戦争において勝ってきたのは常に皇国側であったため、当然、今回も皇国側の勝利が期待されていたのだが…
「どうするのよ、カナタ!いくら特別措置でも、こんなこと…」
「落ち着けってユリア…いくら前代未聞の敗退を喫したからって」
「違うわよ!あなた、このままだと不敬罪で捕まるわよ」
「えっ」
憲兵に今にも連行されそうになり、顔が青くなった青国側首相役カナタ・アルアを傍目に、その後ろで椅子に深く腰掛けていた本当の皇国首相が口を開いた。
「まあ待て、憲兵殿。今回は一部、特別措置をとっておる。この驚くべき結果の原因の一端はわしにあると言ってよい。この場の責任は、わしが預かろう。」
皇国は現在、大陸戦線の収束の見誤りと、それに伴う合衆国との関係悪化から大戦前夜の様相を呈している。特別措置とはこの情勢を勘案した試験を行うための一連の変更を指したもので、首相の発案によるものだった。
「それは首相が御前の本試験、つまりは国事行為を侵犯したとの認識でよいのですね」
憲兵が首相の声を聞いて動きを止めると、皇軍陸軍大臣が声高に首相を糾弾する。そもそも陸軍大臣はこの特別措置に不満を示していたが、皇室の認可も下りていたため大きな声では咎められなかったのだ。
「そのとおり、わしが責任じゃ。本試験結果をもって国政に臨むと今ここに表明しよう。」
「首相ははぐらかすおつもりか。皇国が負けるように設定するなど、不敬であるぞ。」
「はて、陸軍相。わしは現実に即した試験への変更を求めただけじゃ。聞きようによっては本試験は八百長ありきの結果の知れた試験だとも捉えられるが。御前において、それこそ不敬に感ずるがいかがだろうか。」
首相ものらりくらりと応じてみせる。
「そうは言っておらん。だが、これだけはくれぐれも言っておくぞ、首相。統帥権の侵犯だけはあってはならん。」
「もちろんじゃとも。」
カナタは国政トップ同士の会話の槍玉から降りられたことを知ってほっと胸をなでおろす。
皇国陸軍を筆頭とする軍部の暴走と対立する皇国政治家という政情の縮図のようなやりとりである。この軍部の暴走により、皇国は膠着した大陸戦線の泥沼から抜け出せていない。その現状を打破しようと帝国との同盟を結び、大陸戦線に対する援護作戦として帝国が併呑した共和国の南大陸領に進出したのだが、その結果として皇国は、帝国と敵対関係にある合衆国、王国との対立を深めていた。
「もうカナタ、いくら皇国側が私だからって何してもいいと思っちゃって!なんで私がアンタの心配なんか…」
「なんだ、負けてそんなに悔しいのか?まあオレが相手だと心配も止まらないよな」
身の安全が保障された途端調子に乗るカナタである。そのまま静かに席を立つと、首相と陸軍大臣の注目をひかないようにこっそりと扉の方へ向かった。
しかし、国の重鎮二人の方に気を配りすぎていたため、すぐ近くの席の同級生が見せた表情には気づいていなかった。
「少しでもアンタを気にかけた私がバカだったわ。ほんっっと少しだけだけど!憲兵さ~ん、カナタが帰るらしいですよ~」
「おまっ、バカッ」
「おい、そこの坊主!止まれ!」
「ひっ」
扉まであと数メートルというところでユリアから密かに退散しようとしていたことを大声で指摘され、カナタに静止の声がかけられた。
思いもよらぬ友人の裏切りと思いのほか威圧感のある呼び止めに驚き、カナタの喉から音が漏れる。そのまま裏切り者を恨みがましい目でにらみつけると、しぶしぶといった風に声の主の方へ振り返った。
「アルア少尉、話がある。」
「………初めまして、首相補佐官殿。ぜひ、喜んで参ります。首相閣下からの用件ですよね…」
「うむ、このあとすぐだ。」
カナタの言葉に首相補佐官は思わず感心してしまった。肥大しすぎた軍部の前で、文官統制の建前を通す政治センスを見る限り、軍大総合科の名前は伊達ではないようだ。
皇軍大学校総合科。方面指揮官クラス以上の指揮官になる士官の育成を主において新設されたこの学科は、従来の戦術一辺倒の教育を補うべく、戦略の視座を獲得するための教育が行われていた。そのため、戦術学はもちろんのこと、政治学、経済学、外交学、統計学、はては心理学まで、非常に多岐にわたる教育がなされていたのである。
カナタは今日の試験のためまだ多くの軍人が残っている軍大校舎をぬけ、どことの行先も聞かされぬまま首相とその補佐官の後ろからついて行った。二人は慣れた風に官邸へとつながる裏道を通り、首相の執務室に入っていった。どうやらここが行先のようだ。部屋には一目でよく考えて選び抜かれたことがわかる家具が並んでいて、そのどの家具にも、あるべきところにあるといった印象をカナタは受けた。
カナタの入室を確認すると、首相は、足が古くなっているのだろうか、柔らかそうなソファーを軋ませながら腰をおろした。