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深い森の彼方に 改訂版  作者: とも
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-3-


目が覚めた。

いつの間にか熟睡していたようだった。目の前には天井が迫っていた。廻りから女たちの意味不明な声が聞こえた。

まだ、夢をみているのではないかと思って下半身に手を伸ばした。身に着けているのはリーダーからもらったプリーツスカートだった。スカートをめくり股間の中に手をいれて探った。やはりモノは存在していなかった。あった場所をまさぐるとまだ痛みがはしった。あの出来事は夢ではなくて現実に起こったことだった。

ベッドから身を起こして見渡すと、あの大部屋だった。2段ベッドの上段にいたので天井が迫っていたのだ。奇声の老婆や独り言の女は既に起きていて、奇声を発し独り言をつぶやいていた。聞こえた女の声は彼女たちの声だった。

下の厚化粧も既に起きていて、私が起きたのに気付くと声をかけてきた。

「寝られたかい。新入りさん。」

「ええ、なんとか。」

初めてこの部屋の住人と会話をした。

「あんた、いったい何をしでかしたてここに連れてこられたのか知らないけど、ここにご厄介になった限りは図太くしてないと生きていけないよ。朝飯だってもうすぐなくなっちまうんじゃないか。早く行ったほうがいいよ。」

「ありがとう、そうします。」

あわてて管理人室の隣にある食堂に駆け込んだ。食堂には食べ終わって楊枝をすすっている中年女が二人いるだけだった。巨大な飯釜には麦飯が底にこびりついているだけだった。しゃもじで隅々まで掻きとってようやくどんぶり半分程度になった。味噌汁も漬物も既になかった。琺瑯のやかんに残っていた出がらしのお茶をたっぷりどんぶりに注ぎこみ、大急ぎで麦飯をかきこんだ。

食べ終わると早々にリーダーがやってきた。食堂の窓からリーダーが来るのが見えると、あわてて管理人室においてあったサンダルを突っかけ外に飛び出した。いきなり罵声が飛んできた。

「何だお前、この格好は!」

いきなり殴られた。なんで殴られたのかよく分らなかった。

「お前、女なんだろ。ちょっとは身なりを考えないのか。」

昨日渡された服をずっと着たままだった。そのままベッドに潜り込んで朝まで寝ていたおかげで、すっかり皺だらけだった。スカートのプリーツはほとんど取れていたうえにあちこちに干からびた私の白濁した体液がこびりついていた。

仕事にでかけようと宿舎から出てくる女たちの姿を見ると、それなりにこざっぱりとしていた。シャツやブラウスは色が褪せていたり黄ばんだりしていたが、きちんと洗濯しているようだった。この世界の労働着らしい濃紺のサージのプリーツスカートの尻はテカテカに光っていたが、アイロンを掛けているのか寝押しをしてい

るのかわからないが、皺もなくプリーツが取れているようなこともなかった。髪は長い人もショートの人もきちんとセットしていて、いかにも安物そうに見えるがピアスやネックレスもしている女がおおかったし、化粧はみんなしていた。

私は他に服は持っていないし、これから洗濯する余裕があるわけもない。途方に暮れた。

リーダーの大声に気付いたのか、あの厚化粧が外に降りてきていた。

「どうしたのさ、そんなに大声を出して。きれいな顔が台無しだよ。」

「着た切りで平然としていたんで焼きを入れてたところだ。」

「まあ、来たばかりなんだからそんなに怒らなくても。ちょっとまってて。」

厚化粧は部屋に何やら取りにいったようだった。

「あたしの服を着て行きなよ。あたしはもう仕事に行くのは億劫になっちゃってね。もう御上のお情けにすがって生きていくことにしたのさ。それにその仕事着はほんとうは若い娘じゃないと似合わないと思うんだよね。」

私に放り出してくれたのはかなり古びているけれど、洗い立てでそれなりに清潔感のある白いブラウスとふくらはぎまであるような一昔前のスケ番風のサージのプリーツスカートだった。

「おやおや、このリーダーさんはまた怖い顔して。あたしまで怠け者、なんて殴られたらかなわないよ、退散、退散・・・」

厚化粧は、私が「ありがとう」をいう間もなくあわてて、部屋に駆け戻っていった。

私は、どこで着替えようかと一瞬悩んだが、この女だけの世界に羞恥心はなかったんだと気がつき、宿舎の玄関で着替えた。

「いいか、今日は帰ったらまず服を洗うんだ。そして朝起きたらまず顔を洗って化粧ぐらいしろ。」

「でも、化粧道具が・・・」

また殴られるかとと思って身構えた。しかし、リーダーは背負っていたデイバッグから小さな化粧ポーチを取り出した。そして安物のようだったがチェーンネックレスもポケットから出し、手渡してくれた。

「ここまでだ。下着、服、化粧道具、ここまではお前にやる。次から仕事の報酬で自分で買うんだ。わかったな。じゃあ仕事に行け。」

めくらめっぽうファンデーションを塗りたくり、手探りで口紅を引くと慌てて学校へ向かった。

化粧をして女の服を着てるとはいいながら、髪は短髪、男のままだ。声だって高い声で女らしくしゃべろうなんて余裕はなかった。窓ガラスに映る自分の姿を見ても、醜い男が下手な女装しているとしか見えなかった。


学校に着くと、昨日のエプロン姿の用務員が待ち構えていた。

「今日はきちんと掃除してくれるんだろうね。」

「はい。」

「まさか、今日も3階だけなんてつもりじゃないだろうね。2日目なんだし、朝から夕までなんだから。」

「どこを」

「学校中の便所に決まってんだろ。早く行け。」

休み時間の前にできるだけやってしまおうと思って、手近なトイレから始めた。


********** 2日目も学校の情景 削除****************


大騒ぎをしているといきなり大声が飛んできた。

「またか、発情しおって。」

リーダーだった。

朦朧としている私はまた殴られた。襟をつかまれ引きづり出されるように校庭に突き飛ばされた。

「この変態め、女になりたがっているくせに女に欲情しやがって。」

鳩尾に数発のパンチを受け意識を失った。


いきなり水をかけられて目が覚めた。

用務員だった。

「じゃまなんだよ。とっとを消え失せろ。役立たず。」

下校しようとしている女生徒は汚らわしいものでも見るような目つきで通り過ぎていっしょうた。

リーダーにパンチを浴びせられたのは朝だったはずだったのに、もう下校時間だ。ほぼ一日中校庭に放置されていたというのか。誰にも相手にされずに。

「このままじゃ、お前に報酬などやれねえよ。さあ、掃除の続きだ。」

雑巾とバケツを私の目の前に放り出した。

とぼとぼと掃除を道具を手にし校舎に戻った。さすがに生徒たちは帰宅し誰もいなかった。おかげで、学校中の汚物だらけの女子トイレを何とか清掃し終わったのは深夜だった。

用務員室にはあの老婆がラジオを聴きながら焼酎を飲んでいた。

「終わりました。」

「お前、こんな時間まえかかって、まともに報酬を受け取ろうなんて甘い。まあこれだけやるからあとはリーダーに泣きつくんだな。」

何か入ったレジ袋を投げられた。

「早く、それをもって立ち去れ。」

深夜の宿舎に帰ると、女たちはみんな寝ていた。そっとベッドに上り袋を開けると、既に干からびでカチカチになった異臭のする具のない握り飯が2個か入っていた。

口の中で固くなったコメを噛みしめているうちに、いつのまにか寝てしまった。


「ほら、いつまで寝てるんだい。リーダーに殴られるよ。」

厚化粧の声で目覚めた。

「ごめんなさい。服を借りっぱなしで、まだ自分のを洗ってないんです。」

「ああ、いいよ。あたしは着ないからね。今日も着て行きな。早く帰れたときに洗えばいいよ。」

あわててベッドから下りた。もう仕事に行くらしい女たちが次々玄関を後にしている。

「朝飯はもうなくなってるよ。何か食べるものあるかい。」

「昨日もらったんで。」

「じゃあ、早く顔洗って化粧しないと、リーダーが来るよ。」

外の水場に行きあわてて顔を洗った。化粧は闇雲にファンデーションを顔に塗りたくるだけだ。口紅も塗りたくりリーダーから貰ったアクセサリーを付け、カチカチの臭い握り飯を口に抛りこむと怒鳴り声が聞こえた。

「なんて顔してるんだ。化粧の仕方くらい教われ。」

「まあまあ、リーダーさんよ。この子が帰ってきたきたのは夜明け近くだよ。無理言いなさんな。」

リーダーは、厚化粧の声に不承不承私を追い立てた。

「ついて来い。」

リーダーについていくと、昨日の学校の方角とは違った。次第に高層ビルに囲まれた市街地の中心部に近づいていった。

「今日は昨日の学校じゃない。お前は高校生の股間を見ると欲情してしまうようだからな。」

リーダーに連れて行かれたのは、オフィスが立ち並ぶ街の地下街の管理事務所だった。

「ほら、つれてきたよ。」

ここでも、リーダーは管理人に私を引き渡すととっとと帰ってしまった。

意地悪そうな年配の管理人の女性が私をにらみつけて言った。

「掃除婦がいなくてね、しばらくトイレの掃除してなかったんだよ。頼んだよ。」

「どこのトイレをすればいいんですか?」

「どこの、だと? 馬鹿いってんじゃないよ。全部だよ。当たり前じゃないか。しっかりやらないとリーダーさんにお仕置きしてもらうからね。さあ、とっとと行った。」

地下街の公衆トイレは学校とも宿舎とも違った。もっと明け透けだった。個室には扉も仕切りも無い。まるで中国の公衆トイレのように床に穴が並んでいるだけだった。更にひどいことには、水洗とはいっても床下を下水道が流れているだけで、大きな汚物の塊が流れずにあちこちにたまっていた。場所によっては、単に下に汚物を溜めておくだけの汲み取り式もあった。管理人は彼女の悲鳴を聞きつけ大急ぎでやってきた。


********** 地下街の情景 削除*******************


日暮れとともに、リーダーがやってきた。

「当分、ここで働いてもらう。お前の送迎など一々やってられないから明日から一

人で来るんだぞ分ったな。」

「でも、こんな身体になって毎日が耐えられるかどうか・・・」

また殴られた。

「ばかもの! 女になってこの世界で暮せるかどうかの試練だ。泣き言をいうんじゃない。わかったら早く宿舎に帰れ。」

とぼとぼと宿舎に向かって歩き始めた私にリーダーは声をかけた。

「忘れるところだった。宿舎の飯は日中仕事もいかずサボっている年寄り連中に食われちゃってまともなものは残ってないはずだ。ほら非常食だ。これはもつからな。飯の不足分として少しづつ食っておくんだな。」


リーダーから渡された非常食を見るとカンパンだった。それも異臭がする。昨日の干からびた握り飯と同じだ。宿舎に帰りつくと、真っ先に食堂に行ってみた。食堂にいるのは食べ終わった空の食器を前に下卑た笑い声と立てながら雑談をしている老婆が数人いるだけだった。

その老婆の一人は同じ部屋の奇声の老婆だった。

「おい新入り、飯を食いたきゃ袖の下がいるんだよ。年寄りを無視しちゃ生きていけないよ。」

私は、むっとして巨大な飯釜を覗いた。こびりついた飯粒もきれいにそぎ落とされたあとだった。汁も惣菜もこびりついているものすらなかった。しかたなく出がらしのお茶をがぶ飲みしていると奇声の老婆の下卑た笑い声がした。

「馬鹿な小娘だね、あたしを大切にしないのかえ。」

仕事もしていない年寄り連中は、仕事に出ている若い人たちからこうして小遣い稼ぎをしているようだった。私は、むしょうに腹立たしくなり老婆たちを無視して部屋に戻った。口に入れられるものはリーダーからもらった非常食だけだった。

腹が減らないようにすぐ寝てしまうわけにはいかなかった。厚化粧から借りた服はかえさなくてはならない。そのためにはリーダーからもらった服を洗濯しなくてはならなかった。新入りが使えるような洗濯機などなかった。外の流しで手で洗うしかなかった。なんでこんな生活になってしまったのか、男としてサラリーマンをしていた時のほうがよっぽどましだった。ポロポロ涙をこぼしながらブラウスを洗っていた。使える洗剤もないのでいくら揉んでもいっこうにきれいにはならなかった。

「あたしの洗剤使ったら?」

突然で声を掛けられた。おぞましい女ばかりの宿舎にもこんな人がいたのかというような、長身の若く美しい女性が隣りにいた。

「いいんですか?  ありがとうございます。この宿舎のルールがよくわかってないんで。」

「あなた、宿舎に入ったばかりなのね。どうりで見かけない顔だと思った。若い人が少ないんでよろしくね。」

仕事着から着替えたのか紺のワンピースに身を包んだ彼女は、自分の洗濯を終えるとさっさと部屋に戻ってしまった。


洗濯を終え、スカートのヒダがもとどおりになるよう丁寧に寝押しをして布団にもぐった時には、厚化粧も浅黒い娘も奇声の老婆ももうすっかり熟睡していた。布団にもぐっても空腹で熟睡できなかった。

うつらうつらしているうちに外が白んできた。年寄り連中に食べつくされないうちに朝食を食べないとと思って、眠い目をこすりながら食堂に行った。既に年寄り連中が大勢食事中だった。麦飯も味噌汁もまだ残っているようだった。飯釜に並ぶと後から来た老婆に声を掛けられた。

「おや、今日はもう若造の時間になってたのかね。」

前で、どんぶりに麦飯をよそっていた老婆も振り向いた。「おや、新入りだね。年功序列がわからないのかねえ、最近の小娘は。」

列から弾き飛ばされてしまった。結局、老婆が食べ終わり、その後の中年の人たちが食べ終わるまで待たなくてはならなかった。結局飯釜の底にこびりついた麦飯をそぎ落とすしかなかった。汁も漬物も残っていなかった。昨日と同じように出がらしのお茶をどんぶり一杯にかけてかきこむしかなかった。涙が止まらなかった。出がらしのお茶にポタポタと零れ落ちていた。

「ほら、食べるかい。」

小さい器に入った白菜の漬物が私の前におかれた。私の脇に立っていた。

「泣いてちゃだめだよ。強くならなきゃ。」

部屋に戻ったが、大変な大仕事が残っていた。化粧だ。向こうの世界にいたとき女装したことはあっても自分で化粧したことはなかった。昨日リーダーからもらった化粧ポーチにはファンデーションやら口紅やら色々入っていたが、どうしていいかわからなかった。

「おや、新入りさんはお化粧の仕方がわからないのかい? 田舎娘には時折そういう子がいるんだよね。ほら来てごらんしてあげるから。」

厚化粧だった。素直に彼女の前に座った。私のポーチからコンパクトを取り出しパフではたき始めた。

「早くこの宿舎のルールを覚えないとね。若い娘たちであの食堂で食事をしている娘はほとんどいないんだよ。いけ好かないばあさんたちに袖の下を渡して、少しずつもらって食べてる娘はいるけど。」

ベッドに座り込んでぼんやりしている浅黒い娘のほうを目配せした。

「ほとんどの娘は、外で買ってきたり食べてきたりしてるんだ。昔は材料を買ってきて食堂の片隅で自分で調理してた娘もいるけど。食堂は年寄りに占領されちゃって若い娘は入りづらくなっちゃってるからね。」

最後に口紅を塗ってくれた。

「ほら、きれいになった。あんたも結構べっぴんさんじゃないか。」

涙が溢れてきた。つらい時にやさしくされるのがこんなに嬉いなんて。

「泣いちゃったらお化粧が崩れるよ。さあ、早く仕事に行っといで。」

「ありがとうございます。じゃあ、いってきます。」

私は厚化粧に見送られて、昨日の地下街の管理事務所に向かった。


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