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ここからが、前回の投稿にない新たな部分になります。
既に8話分ほど書き溜めてますので、何とかエンディングまで持ち込めるはずです。
よろしくお願いします。
削除は1か所だけ。
翌朝、実際に行って確認しようとするところ整理した。
まず、私が最初にこの国に入った城郭と城門。城郭の一部だった小部屋、それは私の男性のシンボルを切断された場所だ。その後、軍事施設の傍らを抜け、住宅地、商業地を経て市街地の外れの学校、そこから下町風の町を通り外れの宿舎。宿舎の向こう側には川が流れ森があった。そのあと、市街地の中心の地下街、地下街の周囲の繁華街、私の暮らすマンション、暫く通ったオフィスだ。
宿舎だけはどこにあるのか分からなくなってしまった。その向こうにある森もだ。学校はどうなのだろう。そして城郭は。
城郭自体、市街地の風景とは似ても似つかぬ構築物だ。それを現在も使っているとは。雰囲気からすると明治、大正時代の大陸の風景か。それに隣接している軍事施設など、昭和初期のイメージだ。ひょっとしたら、もう見つけることは不可能かもしれない。あの宿舎と同じように。
城郭の向こうの深い森は鬱蒼とした原始林だった。恐らく城郭よりも遥かに高い樹木が密生していたはずだ。まず、高台に上がって森を探し、探索に向かう方向を決めることだ。
自宅の一応マンションだ。他のフロアに行ったこともないが、最上階に登れば何か見えるはず。
自室のある5階からエレベーターにのり11階のボタンを押した。ギシギシと不気味な音をたてながら上昇し11階で止まった。扉が開いた。一歩踏み出したがいつもの5階と構造はまったく同じだった。通路は外に面しているが隣のマンションに遮られ全く見通しが利かない。恐る恐る通路を進んだ。各部屋の扉はシンと静まり返り人の気配もない。表札もない。思えば、このマンション内で居住者に会ったこともなかった。そもそもこのようなワンルームマンションの居住者は隣人との付き合いはおろか、住んでいるのかどうかすら関心がない。私も、隣人がどのような人なのか全く興味もなかったが、マンション中の居住者の姿を見たこともなかったというのも不思議だ。
11階のフロアからは全く廻りの風景はわからなかったが、通路の隅にある非常階段が上に続いているのに気付き、上ってみることにした。隣のマンションとの間の隙間にはみ出したような非常階段は鉄板敷きで階下は丸見えのうえ埃だらけ、掃除をしている気配もない。恐る恐る上ると屋上に繋がる鉄の扉があった。ノブを回すと意外なことに開くことができた。
屋上は水道タンクやTVアンテナのメンテナンスにしか利用しないようで、建物の縁は50cmほど高さのヘリがついているだけ。私は隣のマンションとは反対側に目を向けた。何も見えなかった。上空を見ると晴れている。しかし、地平線はぼんやりと霞んで花曇りのような景色、街並みは見えるがその先は全く見えなかった。
何となく予想したとおりの結果だった。
それでもビルの合間に覗くわずかな緑を見つけ、その方向に行ってみることにした。
何度も方向を確認し、そのまま1階に降り向かった。町を500mほど進むとかなり高層のビルがあった。最上階には飲食店が入っているようなので、上って方向を確認することとした。
最上階には、鉄板焼き、中華料理などの店舗が入っていたが、店内はいずれも閑散としていた。店に入らないと外が見えない造りになっているので、方角を確認し洋食店に入り窓際の席を確保しコーヒーだけを頼んだ。
ついさっきまで一応晴れだった天気がにわかに掻き曇りビルはガスに覆われてしまった。25階のフロアなので、ガスに覆われることは不自然ではないがあまりのタイミングにむしろ恐怖を覚えた。それでも、ガスが晴れることを期待し1時間ほど待ったが晴れることはなかった。
やむなく精算して店を出た。レジの店員は私の話しかけることには答えたが、おつりを手渡しするような肌を接触させるようなことはなかった。エレベーターで1階に戻り外に出て空を見上げるといつのまにか晴れていた。
「おい、何をしているんだ。」
いきなり背後から声が聞こえた。振り向くとリーダーだった。
「仕事はどうしたんだ。今日は平日だぞ。」
「仕事といっても、あのオフィスにはもう誰も・・・」
「お前のせいだ。生活費はどうするんだ。」
「まだ少しは・・・」
「もう金の底はつくぞ。働け。」
「はい。」
「ここから、お前の家のほうにむかって2区画先、左側の8階建てのガラス張りのビルの2階、203号室へ行け。中に初老のショートカットの女がいる。その女の指示を仰げ。」
「何というオフィスですか。」
「いちいち聞くな。さっさと行け。」
これだけいうと、リーダーは私の家とは反対方向に足早に去っていった。
どう考えてもリーダーには私の行動が読めているようだった。生活費のことも気にかかり、ひとまずリーダーの指示にしたがい、そのビルに行くこととした。
203号室の扉を開けると、何の変哲もない事務室だった。パーテーションの奥には事務机がたくさん並んでいたが誰もいない。入口そばに向い合せに置かれた席の片方にリーダーの言っていたような初老の女が机に向かってうずくまり、何やら机の上に積み上げられた書類を一枚づつ一心不乱にチェックしていた。
「こんにちは。」
声をかけても返事がない。
「すみません。」
声を張り上げ3回目くらいでようやく顔をあげた。
「何の用だい、お嬢さん。」
「ここに来て、指示に従えと言われて・・・」
「ああ、あの短気なリーダーだね。さっき連絡があったよ。仕事を与えてくれってね。」
「よろしくお願いします。」
「事務所に座らせておいてはだめだ、あとはまかせたで、それっきりさ。いつもながら強引な姉さんだね。」
「それじゃ、何をやれば・・・」
「あわてるんじゃないよ。昨日の今日で何にも準備なんかしてないからね。とりあえず外回り、まあ世間じゃルート営業といっているやつをやってもらおうじゃないか。お客さんに見積書や企画書を持っていくこと。明日から頼むよ。」
「それでは、明日の朝来ます。でも、履歴書とか採用していただくのに書類が必要なんでは。」
「そんなもの必要ないさ、じゃあ、また明日。」
「よろしくお願いします。」
「ああ、そうそう。そんなチャラチャラした服じゃだめだ、ちゃんとスーツを着てこい。わかったな。」
思わす自分の身なりを見た。ベージュのカットソーに濃い茶色のフレアスカート、世間では十分地味な服装だったつもりだった。
「スーツなんて・・・」
「なけりゃ買え、そのくらい頭を働かせろ。」
「はい、わかりました。」
短気なリーダーと言っていたが、同じくらい十分短気な女だった。
なけなしの金をはたいて、リーダーが着ていたものと同じようなダークグレーのスーツを買いいつものコーヒーショップに行った。長身の彼女に、今日のことを話したかったからだ。30分ほど店にいたが現れなかった。店を出て30分くらい周辺を歩きまわっていたが、出会うことはなかった。
翌朝、前日買ったスーツで身を包みあの事務所に急いだ。下半身に異様にフィットするタイトスカートに足をもつれさせながら、同じような服装で機敏に行動するリーダーの姿がふと頭に浮かんだ。頭にリーダーの姿がよぎると、また**********を感じた。
余計な妄想を振り払い扉をあけると、昨日の女が待ち構えていた。
「初出勤にしちゃ、えらく遅いじゃないか。先が思いやられるね。」
「でもまだ8時半前だし、何時に来いとも言わなかったですよね・・・」
「馬鹿か、この女は。常識もわからんのか。」
最近やや優しくなったリーダーに代わって、はげしく怒鳴りつけられた。言葉もなく、黙っていると書類の入った封筒を5つ、目の前に置かれた。
「これをお客さんに渡してこい。説明なんかいらないからな。説明しろなんて言ってもどうせできないだろうし。」
「私の名刺はないんですか。」
「新人にあるわけないだろ。」
「お客様のところについたら、何となのればいいんですか。」
「知るか、自分で考えろ。」
「でも、着いたら何かいわないと。」
「知るか、自分で考えろ。」
「せめて会社名ぐらいは。」
「知るか、自分で考えろ。」
同じだ。前の事務所の人たちも、町で声をかけた人たちとも、みな同じだ。
この女の表情が虚ろになってきている。これ以上追及したらまた消滅してしまう。あわてて、しつこく問うのを止めた。
「どちらに行けばいいのでしょうか。」
「封筒に書いてある。いいから行け。」
厳しい口調を取り戻した女を後にして事務所を出た。事務所では結局あの女以外誰にも会わなかった。
ビルを出てから、封筒の表を改めて確認した。手書きの簡単な地図にビルの場所とフロア、部屋番号が書いてあるだけだった。
5つの封筒の宛先のうち一番近くにあるビルに行った。封筒の記載のとおり3階にあがった。指定の31号室の前に立ちノックをした。
「あの。」
自分の名前すらどう名乗ったらいいのか分からず、「あの」しか言えなかった。
「はい、どうぞお入りください。」
扉をそっと開け中をのぞくと、中年の女性が微笑んでいた。
「どうぞ、ご遠慮なくお入りください。」
「あの、書類をお届けに上がったのですが・・・」
「それはご苦労様、私が受取ましょう。」
「あの、会社名とあなた様のお名前を確認させてください。」
「それは必要ありませんよ。」
「でも、どなたに渡したのかわからくなって・・・」
「それは必要ありませんよ。」
「ちゃんと渡したかどうかも報告しなくてはならないし・・・」
「それは必要ありませんよ。」
同じだった。この女性から笑顔が消え虚ろになってきた。でも、この女性が消滅しても私の仕事には関係がない、遠慮なく問い詰めてもいいはず。
「すみません、会社名とお名前ぐらい最低限の確認はさせてください。」
「それは必要ありませんよ。」
徐々にこの女性の体自体が透けてきた。
「ここは何という会社なんですか。」
「それは必要・・・」
ついに消えてしまった。
消えてしまったが、オフィスは消えなかった。31という部屋番号しかなく、そもそもその女性以外誰も見かけなかったので消える必要がないということだろうか。
次の書類は隣のビルが宛先だった。特にフロアも部屋番号も書いていない。ビルに入ると書いていないのもごもともだ。1階のフロアの奥に堂々とした受付があり若い女性が座っていた。大企業のようだ。大企業ならば会社名ぐらいどこかにあるだろうし、受付嬢も名札ぐらい着けているだろう。
「いらっしゃいませ。」
受付嬢は愛想よく出迎えてくれた。
「書類をお持ちしたのですが。」
「ご苦労様です。こちらでお預かりいたします。」
受付の背後を見た。普通、本社の受付の背後には、社名、ロゴ、社章などがあるものだ。たしかに社章らしきプレートはあった。それに記載されているのは「お客様が第一、笑顔であいさつ」どう考えても社名ではない。
「あの、宛先を書き忘れてしまって大変失礼しました。御社を宛先名に書きますので正式社名を確認させていただけますか。」
「大丈夫です、こちらでお預かりいたします。」
受付嬢の名札を確認した。書かれているのは「Q06」名前のわけはない。
「それじゃ、申し訳ありませんが、受け取られる方の名前を確認・・・」
「大丈夫です、こちらでお預かりいたします。」
「でも、間違いがあっても困りますから。」
「大丈夫です、こちらでお預かりいたします。」
やはり、受付嬢の表情が無くなってきた。
「会社名だけでもお教えいただけないでしょうか。」
「大丈夫です、こちらでお預かりいたします。」
「社名がわからないのでは、こちらが困ります。」
「大丈夫です・・・」
消滅してしまった。こんどは、受付から背後のパネルまですっかり消滅してしまった。単に巨大なテナントビルの1階ロビーになってしまった。
次の会社も、その次の会社も最初に会った女性とやり取りをしているうちに消滅してしまった。
書類を届けるなんてどうでもよくなってきた。書類は会社と一緒に消滅してしまったからだ。書類自体は何が書かれているのだろうか。見積書とか言っていたが。
最後に一つだけ残った封筒を何の迷いもなく「厳」とゴム印の押してある封を開け書類を取り出した。誰でも知っている童謡の歌詞カード、組み立て式収納ボックスの組み立て方、中華料理屋のメニュー表の3枚だった。いくらなんでも馬鹿らし過ぎる。念のためその封筒に書かれたビルを訪ねてみた。ビルはあったが、記載されたフロアは倉庫になっていて、書かれた部屋番号の部屋などなかった。
午前中のうちに全ての「お客様」を消滅させてしまって、何とあの小うるさい女性に説明したらいいのだろうか。言い訳をいろいろ考えながら、すごすごとオフィスに戻ってきた。ガラス張りの8階建てのビルは何事もなかったように建っていた。階段で2階に上がった。201、202、203と廊下の片側に事務所が並んでいた。203が最も広かった。203号室のスチール扉をそっと開けた。あの初老の女性がいない。トイレにでもいったのだろうか。廊下に出て女子トイレをのぞいた。個室の壁がないトイレは全部見渡せたが誰もいなかった。給湯室にも誰もいなかった。
203号室に戻り見渡した。雰囲気が違う。パーテーションの向こう側には同じように事務机が並んでいる。手前には2つの事務机が向い合せにある。朝と同じだ。しかし、手前の事務机には何も置いてなかった。朝は崩れ落ちるほどの書類が山積みになっていたのに。机の引き出しを開けてみた。何も入っていなかった。あの女は全部どこかに持っていったのだろうか。
あの女の座っていた椅子に腰かけ日が暮れるまで待った。結局部屋に入ってくる人は誰もいなかった。私が書類を確認したために、この会社も消滅してしまったのだ。
あきらめて夕暮れの街に出た。昨日なけなしのお金を払ってスーツを買ってしまったので、もう現金は持っていなかった。念のためATMにお金を下ろしにいくと、どういうわけか1ヶ月分の給与が振り込まれていた。あの女のいた会社からだろうか。でももう行く場所もない。
「馬鹿か、お前は。」
ATMを出ると、突然罵声を浴びせられた。リーダーだった。
「また同じことを繰り返すのか。」
「しかし、いくらなんでも会社名も名前も何もわからない相手と会話ができるわけないし。」
「お前はわかってきているはずだ。あののっぽの娘と話し合ったのじゃないのか。」
「・・・」
「この世界の目に見える範囲のものがどういうものだかということを。」
「少しは・・・」
「わかっていながら壊してしまうということは、お前にはここで暮らしていこうという意思がないってことだぞ。我々の好意がわからんのか。」
思いきり殴られた。リーダーのパンチは久しぶりだった。道に倒れた私をリーダーはブーツの足で蹴り上げた。
蹴り上げるリーダーのスカートの中が、ほんの一瞬私の目に入った。殴られた痛みにも係らず、衆目の前で倒され蹴られ、私のスカートも捲れ覗かれているという羞恥にもかかわらず、リーダーの下半身を一瞬でも垣間見たという嬉しさで頬は赤くなり、下半身は湿った。
「お前は変態だな。お前の捩じれた情欲はよくわかった。」
「そんなことは・・・」
「私の下半身をのぞきこみ、欲情に駆られているということに気が付かないわけがないだろう。」
「・・・」
「わかった。お前の意識がどんなものか。お前好みの仕事を用意してやろう。明日朝7時、お前のマンションの前から連れて行ってやる。遅れるなよ。」
リーダーは立ち去っていった。




