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魔法少女(仮)  作者: takashitomo
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一話

今まで生きてきてと言えるほど長く生きてはいないが、宮原ますみの目覚めは人生で最悪のものであった。

 頭が酷く痛み、体に力を込めても、視界が一回転するようにぐるりと引っくり返り、うつ伏せから仰向けに体勢を変えるだけに留める。しばらくしていると視力が段々と回復していった。

 緑。空を覆い隠すほどの緑が宮原ますみの視界を覆い尽くす。

 頭の痛みに耐えて周囲を見回しても、同様の光景が広がっている。鳥の囀りを聞き流しながら、這いずる様にますみは身体を起こすと、背中を近くの大樹に預け一度大きく深呼吸をする。


「どこなんだろ、ここ」


 疲れきった様子を隠すことなく、吐き捨てるように声を漏らす。

 吹雪の中を這いずり回っていた記憶が蘇り、もうどうなっていてもいい、と投げやりに自分の身体を見詰めると、右腹部に開いた穴は跡形も無く消え去っていた。血の跡も匂いも、夢か幻だったかのように、全てが元に戻っている。

 唯一、握り締めていた皹の入ったレーヴェと、激痛の余韻だけが、自分が死ぬ寸前まで行って死に損なったのだとますみに教えてくれた。機動部隊の隊員か仲間が助けてくれたのだろうか。それとも死に損なったと感じているこの感覚すら、死んでしまった自分が最後に見ている夢なのかも知れない。

 何にせよ、今のますみに出来ることは少ない。


「……っぅ!」


 痛みを感じる身体を騙しながら無理やり立ち上がると、木に寄りかかって荒げた息を整える。魔力は少し回復しているようだが、歩くしかない。幸いと言っていいのか、少し先は崖で、看板が置いてある。離れたところにはビルらしき建造物があることが分かる。

 富士の樹海のような大森林ではないようだと考え、足を引き摺りながら、時折木に寄りかかりながら、ますみは整備された道を探して歩き出した。





 人通りの疎らな町並みに独り取り残されたかのように、宮原ますみは立ち尽くしていた。

 見覚えのある町並みと、通り過ぎる人々はますみの故郷のそれと酷似している。それどころか、今まさに実家のご近所さんに「ますみちゃんどうしたの? こんな時間に?」と声を掛けられた。間違いなく日本、それも自分が住んでいる市である。

 どういう状況なのか、自分自身上手く飲み込めていない。身体は重く、頭には靄が掛かっているかのように思考が働かない。ここは日本で、ここには自分の家がある。家族は、少なくとも味方だ。

 兎に角、今は家に帰りたい。臨死体験のお蔭で身体の調子の悪さは元より、精神的にも滅入っていることを自覚したますみは、具合が悪くて早退してきたと適当に誤魔化すと、その場を離れる。


「学校があそこに見えるから、こっちだったかな」


 休み休み歩きながら、ますみは辺りをきょろきょろと見回す。

 頻繁に通る道なら話は違うのだろうが、車で通ったことはある程度にしか知らない道を完璧には覚えていない。思えばこの辺りを歩いたのは、クロちゃんとウル・クリスタル探しの為に各方面を歩き回った時が最後だ。


「あれ……?」


 ふと、足を止め思い出す。


 何やら先ほどから、奇妙な違和感を感じてならない。

 身体の具合が悪いからとかではなく、目に映る光景や雰囲気が、何処となく違う。

 本当に些細なことなのかも知れない。あそこに見える商店街のお店は少し前に潰れてしまったような、とか。真夏で、気温も暑かった筈が、何処となく今日は肌寒い。記憶違いかも知れない。それでも、違和感がつきまとう。

 気のせいだろうと思いつつも、ますみの足取りは速さを増していた。気温とは別に悪寒が背筋を走る。考えすぎだ、気にすることじゃないと呟きながら、心の安定を図ると、出来るだけ余所見をしないように前に向っていく。


 思えば、心配して声を掛けてくれた女性も奇妙なことを言っていた。


 「髪の毛どうして切っちゃったの?」と。


 宮原ますみの髪型は肩に掛からないくらいのショートヘアだ。それは小学校に上がった頃、邪魔になるからと父に言われ、髪型を変えてから、今の今まで変わらない。それ以前はポニーテールにし、リボンで纏めていたが随分前の話になる。

 きっと、他所の子供と混同してしまったのだろう。

 現在の状況には全く関係のない話になるが、自分すらも騙せない嘘は自分を追い詰める材料にしかならない。

 いつからだろう、あまり泣けなくなったのは。

 ごみ箱に投げ捨てられた比較的汚れの少ない『2015年』の新聞紙を一瞥しながら、ますみは歩みの速度を緩めた。何もかも、全部手遅れのような気がした。

 本当に、気持ち悪い。身体も、心も。





「ただいまー!」

「あら、お帰りなさい。」

 元気な声を上げて、玄関に入った少女に出迎える女性。

 先程擦れ違った顔の似た彼女は、髪の毛を水色のリボンでポニーテールにし、明るい笑顔を可愛らしい顔いっぱいに貼り付けていた。だけど、そんなことはどうでもいい。


 宮原家に帰宅した少女を、出迎えたあの女性は……。あの人は……。

人目を避けるように、離れた位置から見詰めていた宮原ますみはうろたえる。


「お母様が……生きている」


小学校にあがる前に、母親は亡くなった。後から聞いた話では、非合法テロ組織に殺されたという。小学生になってからは、苛烈なまでの修練を父親より施された。最初は、体力作りから我が家の槍術である、威覇流の継承まで。

そのため、仲が悪かった訳ではないが、父親に対して、恐れを抱いていた。



 不思議と、泣き叫んだり取り乱したりすることはなかった。ただ、この場から離れなきゃと走って逃げた。

大きく乱れた呼吸を整えるために大きく深呼吸をする。

落ち着ける場所にでも見つけて、今後のことを考え始めたら、嗚咽を漏らし始めることになる。

 

「これから、どうしよう」


 少し、整理をしよう。

 『この場所』は2015年の4月、宮原ますみが生きていた時代よりも大凡3年程前の地球、生まれ育った街。単純に時間が巻き戻った訳ではなく、若干の差異が生じている似て非なる世界。違う過程を経た二種類の宮原ますみの存在を確認する限り、重なり合う部分もあれば違う部分もあるのだろう。そして何より……。


「また……独りぼっちになっちゃった」


 似ている人間は居るだろう。似ている町並みも、似ている場所もあるのだろう。

 しかし、この世界で自分を、『宮原ますみ』を知るものは誰一人としていない。

 死に掛け、意識を朦朧としながらも強く願っていた。宮原ますみが、少しだけ幸せを感じていたあの頃に戻りたい。

 確証はないが、大時計の聖遺物が、ウル・クリスタルの魔力をもって起動し、叶えたのがこの結果。歪んで叶った願いは、確かに傷を癒し、時間を超越して宮原ますみを救った。

 この世界に、既に宮原ますみが存在することを除けば、確かに願いは叶ったのである。

 全ては自業自得でしかない。頭では理解しつつも、果たしてあの場所で苦しみながら死ぬことと、現状の、どちらに救いがあったのだろうか。

 少なくとも、今のますみの心には、希望の欠片もない。


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