Prologue
激痛に顔を顰め、気を抜けば遠のく意識を繋ぎ止めながら、私は苦悶の吐息を吐いた。
最早何処へ向っているのか、自分にも分からず、それでも足を引き摺って、何とか前へ、前へ進んでいく。辺りの景色は吹雪が続くばかり、通信もつながらず、人気も無い、少女の後ろには点々と血液の足跡が続くばかり。
「か…………いと」
少女の口からはうわ言のように言葉が漏れる。
片手で押さえた右腹部からは血が零れ落ち、虚ろな瞳にはもう何の輝きも宿っていない。それでも足は勝手に動いていく。
大時計の聖遺物を回収するだけだった筈なのに。後悔だけが頭を過ぎっていく。慢心していた訳でもない、疲労が溜まっていた訳でもない。ただ単純に自分の弱さが原因で、この結果がある。
何も出来ずに、後悔して、苦痛に塗れて、死ぬ。
こうなるんじゃないかと、本当はずっと思っていた。魔法の力を手にした時から、なんとなくそうなる気がしていた。どれだけ魔力と親和性が高くても、本当は戦う覚悟も度胸も無い自分は、いつか付いて行けなくなる。
「かえら……ないと」
その一心で、死体となった身体を動かしていく。
少女は、任務の帰りに正体不明の機械兵器に襲撃された。人型をした大型のもの。魔法の威力を減衰するバリアを展開していたが、ガス欠でも起こしたように効力が急降下したため、楽に片付けることが出来た。
戦闘が終わり、大型機の残骸を調べていた時のことだ。残骸の中枢から懐かしい感覚を感じ中を覗いて見ると、私が魔法と出会う切欠となったウル・クリスタルが組み込まれているのが分かった。
ウル・クリスタルが何年か前に、解析しきれず深淵の保管庫に移送される途中、何者かに奪取されたことは耳にしていた。
莫大なエネルギーを蓄える宝石。これを燃料に機械兵器は動いていたのだろうと考え、ウル・クリスタルを手に取ると、宝石は封印こそ解かれていたものの、魔力の大半をその身に宿したままだった。注意して見てみると、機械兵器は内側からも魔力による衝撃を受けたようにひび割れている。
戦闘中のガス欠は、そもそもウル・クリスタルから安定して魔力を引き出せずに不具合でも起こしたのだろうか。そんな思考を廻らせながら、仲間たちのいる船との連絡を取ろうとしていたが、ふと、腹部に痛みを感じ視線を落とすと。
右腹部がごっそりなくなっていた。
思い出したかのように、後から後から血液が流れ始め、私は困惑の声を漏らしながら、お腹に出来た穴を押さえる。
現実感が無く、服に穴でも空けてしまったかのように、ぺたぺたと手で傷口を覆っていると、次第に手は赤黒く染まり、痛みはじくじくと私に現実を突き付け、追い詰めていく。自分でも驚くほどの悲鳴を上げながら、困惑や怒り絶望、綯い交ぜになった感情に涙を流し、振り向き様に砲撃魔法を撃った。
そこから先は、良く覚えていない。
背後にいた襲撃者がどうなったのか、自分の身体がどうなっているのか、何処に向かって、自分が、歩いているのか。
唯一分かることは、相棒である槍が損傷し、反対の手にはウル・クリスタルを握り締めているということ。そして血は止まらず、足は次の瞬間には崩れ落ち、やがて息は止まり、自分は、死ぬ。
後悔は、ある。だがそれ以上に、「やっぱりこうなってしまった」という、諦めのほうが強い。
組織に入った時から、大きな志も、目標も私には無い。ただ漠然と友達の手助けがしたい、一緒に居たい。それだけが、私の思いの全て。
所属している二人と違って、何て安易な気持ちなのだろうか。そう常々考えていた私には、いつも漠然とした不安が纏わり付いて離れなかった。
魔法なんてファンタジーな言葉で誤魔化しても、自分の砲撃は、とてつもなく痛くて恐い。信念の篭っていない力はただの、暴力でしかない。
本当は戦いたくなんてない。痛い思いをするのも、相手に痛い思いをさせるのも、嫌いだ。
何より、そんな才能しか持ってない自分自身が、大嫌いだった。
「……かえりたい」
一途に、友の為に。
こんな才能でも、二人の役に立てるなら。その一身で、様々な苦手を虱潰しに克服した。役立たずだと、思われたくなかった。
「かえりたいよ」
最初と最後は三人一緒。
三人で交わした約束。
そんなことを考えて、血塗れの私は薄らと笑みを浮かべた。
「かえり……たかった……な……」
二人にとっては、他愛も無い約束かもしれない。
でも、それだけが私の全てだった。、普通の何の取り柄も特徴も無い少女には、その約束が全てだった。嬉しかった。二人が自分を必要としてくれる。そのためなら、嫌いな力も好きになれる。これから先も戦っていける、そう思っていた。
国連直轄組織に再編成されてから、二人に会える機会が減ってくると、段々と独りになる時間が増えてくる。幼いころのトラウマが浮かび上がり、感情が揺れ動くのを止めていく。日々が移ろい、私の心は色を失った。偶に二人に会うとき以外は、宛ら感情がないかのように任務に当たり、周囲の評価とは反比例するように、不安ばかりが募り心を締め上げていた。
結局、根底にあるのは何の取り柄も無い自分だ。
完璧を装っていてもいつか襤褸が出るんじゃないか。
二人は順調に歩みを進めているのに、自分は何処かで躓くんじゃないか。
もしかしたら、もう、必要とされていないんじゃないか。
なんで、こんなことを続けているんだろう。
「……ごめ……ん、ね」
そんなことばかり考えていたから、罰が当たったんだ。
そう、思った。同時に、もうそんなことを考えなくて良いんだと、何処かでほっとしている自分が居る。
前のめりに倒れ込み、最後に人生でも振り返ろうと瞼を閉じても、走馬灯なんか見えやしなかった。そんなものだろうと自嘲していると、身体から急速に熱が引いてく感覚がした。自分にかけていた炎熱変換を用いた魔法がきれたのだろうか。
あぁ、約束は、守れそうにない。
あの頃に、戻りたいなぁ。
皆で笑えていた、あの頃に。
弱弱しい呼吸音に掻き消され、呟きは、声に出ることは無い。思考は痛みで混濁していたが、感覚が無くなっていくことで一瞬だけ槍を手にする前の自分の姿を思い出した後、私の意識は遠退いていった。瞼を透過してみえる、黄色い神秘的な光に包まれながら。