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調子に乗ったから痛い目を見た


 魔物の領域でない森で魔物が発見された。

 この一報を受け、領主であるミミーナは森への立ち入りを禁止し、探検者や警備隊員、軍にも協力を依頼して調査に乗り出した。

 少なくとも他に魔物がおらず、安全が確保されるまでは解除されることはない。

 肝心の魔物は遭遇したエディオンが倒したものの、当の本人すら倒した事に驚き、戸惑っている。

 魔物との戦闘経験の無さから、もっと手強いものだと思っていた魔物を、まさかの一撃必殺してしまった。

 如何に最下級の魔物といえど倒してしまった事実に、到着した救援隊ですら驚く。

 事情聴取をした軍人も、報告を受けたミミーナでさえも目と耳を疑った。

 結局、その件についてはブラッドベアにある戦闘の痕跡が、陥没していた額にしかなかった事で証明された。


「まさかとは思ったけど、本当だったのね」

「はい。私もまさか、彼がここまで強くなっているとは……」


 執務室でブラッドベアの死亡鑑定書を見ながら、ミミーナは額を押さえる。

 鑑定書を届けに来たエリアナも、先に目を通した時は同じように額を押さえていた。


「この事はルーディアンには」

「既に伝わっています。魔物を倒したからって、思い上がらないようにしておくか。と不穏な事を言っておりました」


 報告を聞いたミミーナは、心の中で両手を合わせて静かにエディオンの無事を祈った。


「ところで、調査はどれくらいかかりそう?」

「軍の方では、最低でも一ヶ月は必要だと」


 森全体を調査して他に魔物に変化した生物がいないか注意し、魔物への変化の原因を探る。

 そのためには相応の期間が必要になってしまう。


「その間、狩人をやっている人達の収入は大丈夫なの?」

「件の森以外にも、狩場はあるので大丈夫だと、狩人組合は言っていました」


 なら大丈夫かと思いつつ、万が一に備えて支援策の考慮だけでもしておこうと決めておく。


「バレル達の様子は?」


 続いて尋ねたのは、遭遇した時に一緒にいたバレル達四人について。

 町まで必死に走って戻り、救援隊の道案内をしてきただけとはいえ、遭遇した以上は相応の恐怖を経験したはず。

 何かしら精神的に問題が生じていないかと、ミミーナは気にしていた。


「お医者様によれば、問題無いそうです。ですが、一応様子見段階だという事は、覚えておいてほしいそうです」


 問題無いという返答に安堵したが、様子見段階と聞いては表情を緩められなかった。


「分かったわ。フィリアちゃんとウリランちゃんのご両親には?」

「伝えてあります」

「そう、ありがとう」


 大丈夫だとは言われたが、安心するにはまだ早い。

 一見すれば大丈夫そうでも、森に立ち入った時や野生動物との遭遇、将来的には魔物との遭遇で何かが起きるかもしれない。

 そういう意味では様子見段階、という判断は間違っていないのだろうとミミーナは思った。


「とにかく、調査が終わってからも警戒は続けましょう。明日、探検者ギルドのギルド長と派遣軍の責任者とその件を打ち合わせをするから、よほど緊急の件でなければ他の要件は後日にしておいて」

「承知しました」


 一通りのやり取りが終わってエリアナが執務室から出て行くのを見送り、背もたれに寄りかかって肩の力を抜く。


「良かった、皆が無事でいてくれて……」


 帝都の本家から預かったバレルとモレット、そして想い人の息子のエディオンとその幼馴染二人。

 よく知っているこの五人が魔物に遭遇したと聞いた時、ミミーナは血の気が下がる思いをした。

 立場的な事もあるが、それ以上にとにかく五人の生死が心配だった。

 報告例は少ないとはいえ、まだ若い五人の命をこんな形で散らせたくないという気持ちが強く、できることならすぐに現場に向かいたかった。

 しかし、それこそ立場上できない。

 戦闘も得意ではなく、足手まといになる可能性の方が高いと自分に言い聞かせ、飛び出そうとする足と気持ちを必死に理性で抑えて領主としての対応をした。


「さてと、これから忙しくなるわね」


 こういった事態になった以上、領主としてやるべき事案は多い。

 それに取り組むため、頬を叩いて気合いを入れて仕事に取り掛かった。


 ****


 魔物の領域でない森で魔物が出現したという事件は、瞬く間に町に広まりあっちこっちで話題になっていた。

 狩人達はしばらくは狩り場が減るなと愚痴を言い、子供がいる親は子供にその森に入らないようきつく言いつけ、探検者達は調査の依頼を請け負って軍人達と森の中へ向かう。

 さらにどこから漏れたのか、エディオンがその魔物を倒したという話も広まっていた。

 しかし驚きの反応を見せる者は少なく、大抵はルーディアンに鍛えられているだけの事はあるなと納得している。

 尤もそれは一般人だけで、探検者や狩人はいくら鍛えられたからって魔物も倒すかという反応を見せていた。

 そんなちょっとしたヒーロー扱いを受けているエディオンはというと。


「ど、どうしたんだ? 昨日はそんな怪我は無かったはず」


 登校中のバレルとモレットが見たのは、前日は無かった怪我をあっちこっちに作ったエディオンの姿だった。

 ここ最近は修行の変化で生傷が増えたが、明らかにそれ以上の傷があり、さらに疲れたような表情も見せている。


「魔物を倒したからって、調子に乗るなって親父にしごかれた……。別に調子に乗ってなんか……」

「本人はそう思っていなくとも、周囲から見ればって事はありますから」


 ブツブツ文句を言うエディオンをモレットが諭す。

 普段ならこういった役割はフィリアかウリランの役目なのだが、今日は何故かいない。

 いつもは既に一緒にいて、恒例となっているやり取りをしているというのに。

 今日はあの二人は休みかとバレルが思っていると、後ろからその二人の声がした。


「おはよう……」

「おは~……」


 なんだかくたびれた感が溢れる声に振り向くと、声そのままにぐったりした様子の二人がいた。


「ど、どうしたんだ!? 君達まで!」


 続けざまに普段と違う事が起きているせいか、過剰な反応をしてしまうバレル。

 だが、彼女達の有様は自業自得とも言える理由だった。


「いやぁ~。昨日、何もできなかったなぁって思って~」

「これじゃあ、成人した時にディオの旅について行けないって思って、お互いに修行を厳しくしてもらったの」


 説明の通り、二人は事件後に修行をこれまでより厳しくしてもらった。

 さらに、それだけじゃ足りないと思い早朝から自主練をしていたそうだが、やり過ぎてしまったらしい。

 双方の父親からもやり過ぎはよくないと注意され、こうして疲れた状態で登校中という事になっている。


「ディオ君~。気分だけでも回復させてぇ」


 フラフラと歩いてエディオンの背中にしがみつくウリランに続き、疲れで思考が鈍くなっているのかフィリアもエディオンと腕を組む。

 二人と同じく疲れているためエディオンも反応せず、二人の自由にさせた。


「あ~。癒されるぅ」


 蕩けた表情のウリランは自分で歩くことを放棄し、しがみついたままエディオンに引きずられるように学校へと連れて行かれる。


「自分で歩きなさいよ……」


 こちらはボンヤリとした様子で腕を組むフィリア。

 彼女は自分の足で歩いているが、普段の彼女なら恥ずかしがってしない腕組を自分からしている。

 しかも嬉しい気持ちは隠せず、パタパタと尻尾を左右に揺らしながら。


「どうでもいいけど、さっさと行くぞ」

「はぁ~い」

「うん……」


 何事も無いように学校へと向かう三人だが、友人としてバレルはその様子を心配そうに見ていた。

 そして呟く。


「授業中に寝ないか心配だな」

「そこですか? 気にするのは」


 微妙にズレた意見を述べるバレルだが、彼もフィリアとウリランの話を聞いて思うところがあった。

 狩りですら経験が無く、将来は侯爵家を継ぐ以上は戦闘面で役に立てる事はおそらく無い。

 それでも、友人として何かできることはないかと気にしている。


「とりあえず、ディオ達が居眠りしていたら起こす事から始めるかな」

「何をですか。それと、クラス違いますから無理ですって」


 こっちに来て以来すっかりツッコミポジションに収まりつつあることに、未だモレットは気づいていない。

 ちなみにエディオン達はバレルの心配が的中し、授業中に揃って居眠りをして揃って起立した状態で授業を受けさせられ、さらに翌日までの課題も与えられた。


「これも全部あのブラッドベアが悪い」


 下校中、居眠りや課題の原因をブラッドベアに押し付けたエディオンに、一緒に下校中のモレットが鋭くツッコミを入れる。


「なんですか! その理不尽な責任転嫁は!?」


 彼はツッコミレベルは、帝都にいた頃より格段に上がっている。本人の気づかぬうちに。


「ん~。よく寝たぁ」

「あうぅ……。アタシ、なんて事して登校してたの……」


 授業中の居眠りですっかり回復して体を伸ばすウリランに対し、登校中に自分から腕を組んでいた事を思い出したフィリアは、首元まで真っ赤になって両手で顔を隠している。


「そういえばあの森、魔物が出たせいでしばらく立ち入り禁止なんだって?」

「ああ。ミミーナ様がそう仰っていた」

「だとすると、次の狩りは別に行かないと駄目か」


 魔物と遭遇した森を中心に狩りをしていたエディオン達にとっては、大事なホームグラウンドを奪われたような気分。

 理由が理由だけに仕方ないと納得しているものの、ちょっと面白くなかった。


「それにしても、まさか魔物が一撃で倒れるなんて」


 握り拳を見ながらブラッドベアとの戦闘を思い出す。

 全力は込めた。

 今までルーディアンに一度たりとも当たらず、時には小指で軽々受け止められていた全力の一撃。

 ある程度のダメージが通ればと思っていたのが、予想外に吹き飛んで予想外に一撃必殺してしまう。


「一撃で、しかも倒せるとは思っていなかったから、死んだふりじゃないかと足下に落ちていた木の枝でつついたり、小石をぶつけたりして確認したと言っていたな」


 割と全力で石をぶつけてもピクリとも動かないので、直接触れて確かめ、ようやく絶命していたのが分かった。

 その事を救援隊やバレル達、事情聴取をした軍人に説明した時は、誰もが最初は信じられずにいた。

 光魔法の看破で嘘ではないことが判明して、ようやく納得したくらいなのだから。


「アタシ達はそれどころじゃなかったけどね」

「もうディオ君が心配で心配でね~」


 救援隊を案内して駆けつけた時、フィリアとウリランは倒されたブラッドベアには目もくれずエディオンに飛びついて、無事な姿に安堵して泣いていた。


「倒した事については?」

「ちょっと驚いたけど、ディオだと思えば不思議じゃないかもって、後から思った」

「私もだよぉ。探知に引っかかった時は、かなり慌てちゃってたけど~」


 その時の慌てっぷりを思い出し、よほど恥ずかしかったのか照れてエディオンの背中に顔を押し付ける。

 ついでに柔らかい物も背中に押し付けられ、それを見たフィリアの表情が変わった。


「何さりげなく押し付けてるのよ!」


 赤い顔で自分には無い物を睨みながら、二人を引き剥がす。

 バレたかと舌をペロリと出したウリランは、いつも通りの返答をする。


「ゆ~わくのため~?」

「大歓迎だ」

「コラーッ!」


 この三人や町の人々にはもう慣れたやり取りだが、町に来て日が浅いバレルとモレットはまだ慣れていなかった。

 何をやっているんだと呆れるモレットと、ちょっとディオが羨ましいと思うバレル。

 前者は主に女性が、後者は主に男性が、最初に三人のやり取りを見た時に示す反応そのままだった。


「さてと、遊ぶのはこれくらいにして」

「いやいや。さっき大歓迎、って言った時の顔は本気でしたよね!?」


 鋭いモレットのツッコミが入るが、エディオンは気にせず話を続ける。


「真面目な話、ちょっと成人後の予定が狂いかけている」


 成人となる四年後、探検者になって打倒ルーディアンを目標に修行の旅に出る予定のエディオンだが、おおまかな計画では魔物相手に修行をするつもりでいた。

 ところが、予想以上に強くなっていたため、生半可な魔物では修行相手になるかすら怪しい。


「この件については親父に文句言いたいけど、強くはなっているから言えないというジレンマが」

「とてもどうでもいいジレンマですね」


 これではいつになったらルーディアンに追いつき追い越せるか分からない。


「だからさ、バレルはどこか強い魔物とかいる場所って知らねぇか? 俺、そこんとこ疎くてさ」


 申し訳無さそうにしながら尋ねるエディオン。対するバレルのテンションは、この瞬間に爆発的に上がった。

 友人に頼られるという、夢のようなシチュエーションに心がざわめき、身震いすら覚える。

 オーバーな反応かもしれないが、本当の意味での友人がいなかった彼にとっては、夢のような出来事に思えている。


「そ、そうだな。やはり帝国南にある魔の密林と呼ばれる辺りか、西北にある山脈か」


 記憶の中にある、強力な魔物が住む有名所を次々と上げる。

 こうした有名所から入手できる素材は、住んでいる魔物が強いこともあり貴重かつ高価な物ばかり。

 他の有名所も同様で、そうした情報は探検者だけでなく貴族にも入ってくる。

 半分は貴重品を手に入れて、周囲に自慢したいという思い。もう半分は、そういった場所から素材を持ち帰れる探検者を抱え込みたいという思い。

 そういった願望から、大抵の貴族はそういった強い魔物の生息地を知っていたりする。


「なるほど、ありがとな。親父に聞いても、どこも大した魔物がいないとしか言わなくてさ」

「ルーディアンさんの強さじゃ、そう言っても仕方ないわよ」


 群を抜いた強さを持つルーディアンにかかれば、どんな強い魔物でも相手にならない。

 そのために竜撃者となる以前から、いくつかの貴族からあらゆる手段で勧誘をされていた。

 勿論、貴族社会に関わるのが嫌いなルーディアンがそれを受けるはずも無く、全部断っている。


「そうそう。ルーディアン様で思い出したが、竜の聖域もありじゃないか?」


 竜の聖域。

 そこに住むのは地名通り、竜ばかり。

 しかも通常の寿命すら超越して進化した、古代竜という竜種の中で最強の種族が住んでいる。

 長く生きてきた彼らは人語を理解し、喋ることも可能なほど知能も高い。

 ルーディアンがその名を轟かせる戦いの相手であったエンデュミウォンもまた、そこに住んでいた古代竜の一体。

 そんな聖域に住んでいる古代竜の中で最も強く賢い一体が、聖域の主である古代竜王の名を代々受け継いでいる、という噂もあった。

 それらが真実だと判明したのは、暴走したエンデュミウォンの件で、古代竜王が暴走の理由の説明と謝罪をしに来た時だった。


「竜の聖域か。でもあそこって、そう簡単に入れるのか?」

「うん。私も噂で聞いただけなのだが、聖域への出入り口は一つだけだとか、そこを守っている一族がいるだとか、そういった根も葉もない噂ばかりで……」


 情報量が少ないために断言ができず、最後の方で濁すようになってしまう。

 実際、聖域そのものについての情報は噂程度しか流れていない。

 そこへ向かった探検者達もいるのだが、道中の険しさと、聖域へ向かう際に必ず通る事になる魔物の領域に住む魔物の強さから、途中で引き返してしまうほどだという。

 当然ながら、道中で命を落とした者も多い。


「ディオ君、ルーディアンさんは何か言ってないのぉ? 聖域について~」


 強者との戦いを好むルーディアンが、そんな場所へ向かわないはずがない。

 そう思ったウリランの質問に、エディオンは曇った表情を見せる。


「前に一度聞いた事があるんだけど」

『竜の聖域だぁ? 行くのが面倒になって途中でやめた』

「だってさ」


 要するに知らないということである。


「途中で面倒になったって……」

「雑魚ばっか倒していくのにうんざりしたんだって」


 気分任せに行動しがちな彼らしいとも言えた。

 同時に、他の探検者達が引き返すか命を落とすほど強い魔物を雑魚と言い切ったことに、改めて強さの一端が見えた。


「でも、修行にはちょうどいいんじゃないですか?」


 道中で遭遇する魔物を雑魚扱いできるようになれば、少なくともルーディアンとはある程度戦えるはず。

 そういう基準を知り、自身の力を確かめる意味では有りかもしれない。

 モレットの言い分に一理あると思ったエディオンは、それに乗る事にした。


「じゃあ、それでいくか。竜の聖域を目指しながら力を付けていくってことで」


 割とあっさり受け入れ採用されたので、それでいいのかとモレットは心の中でツッコミを入れる。


「聖域ってちょっと、付いて行くアタシ達の身にもなってよ」

「あはは~。さすがに直接そこを目指すのは怖いからぁ、どこか別で修行してからでお願い~」


 どこへでも付いて行くつもりの二人だが、さすがに竜の聖域に対しては及び腰だった。

 しかし、嫌と言っている訳ではなく、力を付けて一緒に行けるようになってからと言う辺りに、彼女達がエディオンに付いて行く事への強い決意が窺える。


「えっ? お二人も付いて行くつもりですか?」


 まさか竜の聖域まで一緒に行くとは思わなかったモレットは、驚きながら尋ねる。


「当然だよ~。ディオ君のいる所が、私達の居場所だからね~」

「つ、付いて行くって決めたんだから、どこまでも、トコトン付いて行く……わよ」


 のほほんと答えるウリランと、どこか恥ずかしそうにしつつ尻尾が上機嫌に揺れているフィリア。

 見た目には分からないが、彼女達の決意は固い。

 仮にこのことを両親に報告して反対されても、絶縁覚悟でエディオンに付いて行くだろう。


「修行のためなら俺は構わないぜ。そんな急いでいる訳でもないし、それに……」

「「それに?」」

「親父が調べた各地の美味い物巡りをしながら、っていう隠れた計画があるからな」


 隠れた計画の暴露により、能天気にそうなんだ~、と反応するウリラン以外の全員がえぇ~と肩を落とした。


「いつの間にそんな計画立ててたのよ……」


 知らぬ間に立てられていた計画の存在を初めて知ったフィリアは、とてもウリランのような能天気な反応はできなかった。

 だが、美味しい物自体は嫌ではないため、計画の存在に文句は言っても計画そのものに文句は言わない。

 美味しい物が正義なのは、いつの時代でも老若男女問わずに同じである。

 ちなみにフィリアは甘い物好きで、帝都で評判の甘味の情報は行商人からちゃっかり入手していたりする。


「そういう訳だから、帝都に寄った時は案内頼む」

「任せておけ! 友人として私が! 立派に案内をしてみせよう!」


 友人という部分をやたらと強調するバレルの表情は、友人に頼られたことで満面の笑みに包まれていた。

 これでいいのかと、疲れた表情を浮かべるモレットを慰める人物はいない。


「そうだ。帝都といえば、バレルとモレットは今度の長期休みは帰省するのか?」


 彼らの通う学校は、もう間もなく三十日の夏季長期休みに入る。

 その間にやるべき課題も与えられるが、それさえやれば基本的に自由なため、遠出をしたり毎日遊びまわったり、時には家の手伝いをさせられたりして過ごす。

 ちなみにエディオンの場合は、そのほとんどが修行に費やされる。


「いや、帰省するつもりは無い。帝都よりも、ここでディオ達と過ごす方が楽しいからな!」


 胸を張って断言しているが、実の所は友人のいない帝都に帰りたくないだけである。


「いいのですか? 旦那様や奥様、それに」

「いいんだ! ちゃんと手紙には書いておくから、問題無い」


 バレルは家族に近況を知らせるため、定期的に手紙を送っている。

 それで伝えれば大丈夫だと言ってはいるものの、それでいいのかなとモレットは一抹の不安を覚えた。


「でも俺は親父との修行で、そう毎日は会えないぞ」

「ならば、私から会いに行こう! 前に話だけは聞いたが、どんな修行をしているのか直に……見て……みたい、かな?」


 喋っている途中で、修行の事について説明したエディオンが震えていたのを思い出し、尻すぼみになる。

 最近は傷が増え、それをも越える修行をしている事は簡単に察することができる。

 そのため、見るのが段々と恐ろしく思えてきて、最後の方には疑問符が付いた。


「どうせならやってみるか?」

「それは嫌だ!?」

「やめてください! バレル様が死んでしまいます!」


 本気でやりたくないバレルは全力で拒否し、モレットも全力で止めに入る。


「……そこまではいかないと思うぞ? 多分」


 完全に言い切れる自信がないエディオンは、最後に保険の意味で多分を付け加えた。


「でもその前に、課題をしっかりやらないとね? 去年は終わらせただけで、答えは間違いだらけだったディオ君?」


 痛い所を突かれ、視線を逸らして黙り込む。

 フィリアの言った通り、昨年は修行にのめり込んで課題をすっかり忘れていた。

 大急ぎで勢い任せに全部解いたが、間違いだらけで再提出を喰らったという苦い経験がある。


「私達が手伝ってあげるって、言ったのに~」

「そんなに頭がいいわけじゃないのに、変な意地張るからよ。今年はちゃんとやるのよ」

「……分かった」


 前回の経験で懲りたエディオンは素直に頷く。


「でも信用できないから、終わるまではディオの家に通うから」

「うぐぅ」


 前科がある身として、反論は一切できない。

 だが、それとは別の意味でウリランが反応を見せた。


「フィーちゃん、ずるいよ~。一人だけディオ君の家に通うなんてぇ。私も行く~」


 頬を膨らませて抗議するウリランだが、そういう理由で言ったつもりじゃなかったフィリアは動揺する。


「えっ? いや、そのね、そういうつもりじゃなくてね」

「どうせ二人きりなったのをいい事に、アレコレしちゃうつもりだったんでしょ~?」

「ち、違うって!」


 顔を真っ赤にして否定しているものの、その光景を想像したのか冷静さは失われ、尻尾も慌しく揺れている。

 だが、冷静さを欠いているために気づかなかった。

 親友である彼女ならば気づけた事に。


「ウリラン、そこまでにしとけ。これ以上は収集つかねぇから」


 幼馴染として気づいていたエディオンが指摘すると、ウリランはわかった~と返す。

 そこでようやくフィリアは気づいた、からかわれたのだと。


「ちょっとウリちゃん!」

「えへへぇ。でもねぇ、ディオ君の家に通い詰めるのが羨ましかったのは、本心だから~」


 笑って誤魔化しつつも、牽制を入れるのは忘れない。

 普段の能天気そうな彼女だが、エディオンに関する事だけは抜け目が無い。

 こういったやり取りに慣れていないバレルとモレットは、どう仲裁しようか迷っていたのが杞憂に済んで良かったと胸を撫で下ろした。


「どうもまだ慣れないな、ディオ達のやり取りには」


 苦笑いを浮かべながらそう告げるバレルに、そのうちに慣れるさとだけ返したエディオンを先頭に、一同は帰路を進む。

 その日の夕方、魔物の領域から戻ったルーディアンとの修行での休憩中、将来的に竜の聖域へ修行に行きたい事を伝えた。

 すると、水をガブ飲みしていたルーディアンの機嫌が良さそうな表情が変わり、真剣なものになる。


「それは本気で言っているのか?」


 まるで試すかのような問いかけ。

 雰囲気はこれまでエディオンが見た中で最も強い気迫を発し、威圧してくる。

 合った目を逸らしたら死ぬんじゃないかという考えが頭を過ぎり、目を逸らすことすらできない。

 それでもエディオンは、切れない程度に唇を噛んで意識を保ち、負けまいと表情を引き締めて答える。


「ああ。でないと、親父には追いつけないし、追い越せない」


 対抗心を込めてはっきりと言い切った。

 そこから互いに一言も発さずに睨みあう。

 重苦しく強いプレッシャーに、エディオンの方が耐え切れず震えだしそうになりだした時、フッとルーディアンは笑みを零した。


「そのツラなら文句はねぇ。生半可な気持ちだったら、ガキが生意気言うんじゃねぇって全力で殴ってるところだったぜ」


 笑ってそう言われたものの、今ほどエディオンは助かったと思った時はない。

 さすがに全力で殴られたら耐えられる、というよりも生きていられる自信が無い。


「でもまあ殴るけどな」


 唐突に振り抜かれた拳を咄嗟に避けたが、掠めただけで服の胸元が斬れ、その下の肌に微かな切り傷がついた。


「ちょっ、何で殴るんだよ!」

「半人前程度のガキが、マジな顔で竜の聖域に行きたいだなんて、調子に乗って生意気なこと言ってるから相応のしつけをな」


 顔は笑っているのに発している雰囲気は恐ろしく、関節を鳴らす音がそれをより一層引き立てる。

 気づかずに調子に乗っていたのかとエディオンは気づくが、もう遅い。


「オラァッ! 行くぞ、修行再開だ! さっきの三割増しでやるぞ!」

「待てぇっ! さっきまでのでもヤバかったのに、三割増しなんかにしたら、マジでヤバイって!?」

「うるっせぇっ! 調子付いているガキは、いっぺん死にかけねぇと直らねぇんだよ!」

「本当に死んだらどうすんだ!」

「そん時は弱い自分を呪っておけ!」

「ふざけんな、このクソ親父!」


 突如始まった口喧嘩。

 しかしこの口喧嘩は全て、修行の最中に行われている。

 超高速で駆け回り、拳を振り抜き、手刀を振り下ろし、蹴りを避けたと思ったらそこから魔力の塊が放たれ、それらを避けたり防御しながら言い合っている。

 攻撃を避けるためルーディアンが空中に跳び上がり、空中を蹴って移動するという修行では初披露の移動方法を見せ、それにエディオンが文句を言って、最後には殴られて地面に叩きつけられた。

 その際にエディオンが叩きつけられた場所がクレーターのように沈むが、エディオンは魔力で全身を全力強化して防御していたため無事だった。


「親父コラァッ! 地面が陥没するほどの力で殴るか、普通!」

「それぐらいやらねぇと、竜を殴り倒すなんてできねぇぜ?」

「ちくしょう! そう言われると納得しちまう!」


 悔しそうに地面を殴るエディオンに、勝ち誇った笑みでルーディアンは高笑いする。

 そんな修行の様子を見かけた町の住人達は。


「あの親子は相変わらずねぇ」

「よくあんな、私達の目じゃ追えない速度で動けること」


 井戸端会議の話題にするぐらい、すっかり見慣れていた。


「ほら立て。この程度で終わってたら、俺を追い越すどころか、追いつくことすらできねぇぞ」


 腕を組んで挑発すると、疲れとダメージで蹲っていたエディオンが歯を食いしばって立ち上がる。


「冗談。立てるに決まってるだろ、この程度」


 明らかに強がりだと分かる口ぶりと笑み。

 しかしその目に宿る決意は強固で、ちょっとやそっとじゃ壊れそうにない。

 その目を見て楽しくなってきたルーディアンは、次の一撃で上手く加減できずエディオンを気絶させてしまった。


「うわっ、やっべ。……まあ、気絶しているだけだから、大丈夫か」


 他に怪我が無いのを確認して、肩に背負って連れて帰る。


「今の修行で足りない分は、明日の朝の修行に回しておくからな」


 気絶していて聞こえないエディオンに、不穏な言葉をかけながら。

 翌朝、それを身をもって実感したエディオンは、前日以上に傷だらけでフラフラになって登校し、前日以上にバレル達に心配された。

 当然、授業中の居眠りも二日連続でしてしまう。

 同じく修業で疲れていたフィリアとウリランと共に。



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