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狩って狩ってとっ捕まえて


 学校が休みの日、毎朝の早朝に行うルーディアンとエディオンの修行は普段より長く続く。

 森の中を駆け抜けながら二人はぶつかり合い、周囲の木々の枝がぶつかり合いや移動の際の衝撃波で激しく揺れる。

 だが全力で攻撃しているのはエディオンだけで、師であり父でもあるルーディアンは結構な手加減をしている。それにも関わらず、次々と繰り出されるエディオンの攻撃は全く当たらない。

 時折服を掠める程度で、肌に掠ることすらできず一方的に押される。


「かっはっはっ! どうしたどうした!」

「こんっ、の!」


 余裕綽々のルーディアンに反撃を試みるも、拳は流され蹴りは避けられ、拳に溜めて弾丸のように撃ち出した魔力は手刀で叩き斬られてしまう。


「これっ、ならっ!」


 先ほどより魔力を溜めた脚を振り抜くと、刃状になった魔力がルーディアンへ向かって飛来する。

 だがルーディアンは、それを魔力を薄く纏わせた素手で掴み、握り潰してしまった。


「なんでそんな事ができるんだよっ!?」

「気合いだっ!」

「ちくしょう! 普通ならアホなって思うけど、親父が言うと納得しちまう!」


 そんな会話を交わしながらの修行は、当然ながらルーディアンの勝利で終わる。

 悔しがるエディオンと高笑いをするルーディアンの姿は、師弟であり親子そのもの。

 周囲の木々が衝撃やなんやで多数倒され、地面にも多くのクレーターのような跡が残っていなければの話だが。


「くそぅ。今日も駄目だったか」

「当たり前だ。まだまだ抜かれるかってんだ。だが、ちゃんと俺の課した修行をやっているようだな。前より攻撃も防御もよくなっているぜ」


 修行の中で鞭を入れつつ、言葉の飴を与える。

 そういった教育方法はともかく、肝心の修行内容が問題だった。

 質も量も十二歳の子供がやるような内容ではなく、腕利きの探検者でさえ全てをこなすのは困難なものばかり。

 しかし、エディオンはそれを毎日こなしていた。

 それをこなす時間が短くなれば、さらに追加の修行をさせられ、翌日からの修行量が増える。

 数年前に修行を始めた頃はこれほどでは無かったが、それでも常識外れな修行をさせられていた。

 どうしてそうなったかというと、ルーディアンが自身の経験からこんなもんだろうと適当に修行内容を決めたからだ。しかもその内容が常識外れとくれば、修行をするエディオンはたまったものじゃない。

 ところがエディオンは、それを毎日こなせるようになった。

 当然ながら、最初はこなせるはずがなく途中で倒れていたが、それでエディオンの心に火が点いた。


『これぐらいできなきゃ、親父には辿り着けないってことか!』


 ルーディアン以外に師を持たず、他者の戦闘行為を見ることも無く育ったエディオンにとって、竜撃者であるルーディアンの強さが全てにおいての目標になっている。

 さらに、子は親を、弟子はいずれ師を越えるものだという、酔って気分任せにした発言も信じてしまっていた。

 元々高い身体能力を誇る竜人族ということもあり、やがては常識外れな修行もこなせるようになっていくことも相まって成長を続けていった結果、今のエディオンができあがった。


「ところでさ、親父」

「おう、なんだ?」

「これ、どうする?」


 ふと気づいた、自分達の修行によって発生した惨状を指差し、対応を尋ねる。

 この日は普段の修業に利用している広場ではなく、障害物がある場所での戦闘訓練をしようということで森での修業をしていた。主にルーディアンの気分で。

 その結果、目の前に広がっているのは折れた多数の木々や抉れた地面、吹っ飛んだ枝が地面に刺さっているという惨状。

 だが、ルーディアンも考え無しにこうした惨状にしてしまったため、何も対策が思いつかない。唯一思いついた対応策はたった一つ。


「あ~。とりあえずすぐに逃げて、知らぬ存ぜぬで押し通すか」

「分かった」


 結論を出した二人は即座にその場を離れたが、同日の昼下がりにラックメイア子爵邸に呼び出された。

 勿論、理由は破壊された森の件だった。


「アンタ達は本当に何をしてくれているのよっ!」


 机を叩きながらミミーナが怒鳴る。

 本が倒れ、置かれていた書類が数枚床に落ちる。

 それを拾うことも直すこともせずにルーディアンとエディオンを睨む。

 エルフ特有の耳がビンビンに尖って、如何にも怒っているように見えるが、当の睨まれた本人達はケロリとしている。


「なんで俺らって分かったんだよ」

「証拠らしい証拠は無かったはずなのに……何故だ」

「他の誰にあんな真似できるっていうの!」


 机を何度も叩いて怒りを表現するものの、それをぶつける相手がなんとも思っていない。


「探しゃあ一人か二人はいるんじゃねぇのか?」

「確かに探せばいるかもしれないわね。でもね、あそこまで大規模にはならないわよ。規模と損壊具合からして、アンタ達の修行の影響としか思えないのよ!」


 怒りが収まらないミミーナは椅子から立ち上がり、二人を指差しながら文句を言う。

 エディオンは聞き流しているかのように平然とした顔はしているが、視線は逸らして明後日の方向を見ている。

 ルーディアンも次からはどうすればバレないかと、小声で呟いている辺り、揃って懲りていない。


「畑とかじゃなかったんだしよ、勘弁してくれよ」

「そういう問題じゃないわよ!」


 こうして説教は三時間ほど続いた。

 途中から許してほしければ、婿入りだとかおかしな方向へ傾きかけたことが何度があったものの、翌日に行われる抉られた地面の埋め立て作業と植樹作業の手伝いをする。という条件でどうにか解放された。

 屋敷から出て行くエディオンとルーディアンの後ろ姿を部屋の窓から見ているミミーナは、どうせ反省してないんだろうと深い溜め息を吐く。


「お疲れ様です、ミミーナ様」


 ミミーナの秘書をしているスーツのような格好をしたエルフの女性、エリアナがお茶の入ったティーカップを机の上に置く。


「ありがとう、エリアナ」


 お礼を言って淹れたてのお茶をひと啜りし、大きく息を吐く。

 床に落ちていた書類や倒れていた本は元に戻されており、普段通りの執務室の光景に戻っていた。


「全くもう。本当にあの親子には苦労させられるわ」

「その親子と縁を結ぼうとしているご主人様が言いますか?」

「あ、あの二人は近くで見ていないと、何をしでかすか分からないからね」

「実際のところは?」

「……ルーディアンに惚れた弱み」


 頬を染めながら視線を逸らして真実を告げる。

 分かっていながら聞いたエリアナはクスリと笑う。


「しかし、エディオン君は何故強くなりたいのでしょうか?」


 首を傾げながら、ふと思った事を口にする。

 子供だから単に強さというものに憧れているからか、それとも育ての親であるルーディアンのような、実力が全ての探検者になるためか。

 強制されているようにも見えないので、強くなりたい理由がエリアナは気になっていた。


「何年か前にちょっと聞いてみたことがあるわ。どうして、そう一生懸命修行するのかってね。そしたら彼ったら」

『親父に勝つため。それが親父に育ててもらった、最高の恩返しだと思うから』

「だって」

「……」


 なんと反応したらいいのか困る理由に、エリアナは何も言えなかった。

 目標が高いのはいいことだが、相手が相手だけに余計に何も言えなかった。


「それとね」

『それに、なんかそうしなきゃいけないって、俺の心の奥底で何かが叫んでいる気がするんだ』

「って言っていたのよ」

「……」


 これまた反応に困る内容だった。

 子供っぽいとも言えるし、何か変な方向にかっこつけたがっているようにも思える返答。

 これ以上この件はいいやとエリアナは思考を放棄し、別の件について尋ねる。


「えぇっと、エディオン君はルーディアン様と親子でない事を知っているのですか?」

「前にあの馬鹿が酔った拍子に言ったみたいよ。赤ん坊の頃に拾ったって。まあ、ディオ君も母親がいないから、薄々感づいていたみたいだけどね」


 実際とは微妙に違うが、ルーディアンが何を思ってそう言ったのかは分からない。

 まだ酔いが浅く気を遣ったのか、それともあの出会いはルーディアンにとって拾ったことになるのか。

 真実はルーディアンしか知らないが、酔っていた彼が覚えているかは甚だ疑問だ。

 そしてそのルーディアンは、エディオンを伴って屋敷の門を潜って敷地の外に出ていた。


「ったく。あのくらいでうるせぇババアだな」


 頭を掻きながらラックメイア邸を出たルーディアンは悪態を吐く。


「じゃあ、作業は明日だから俺は狩りにでも行ってくる」

「おう。俺も適当に魔物でも狩ってくるわ」


 適当な場所で分かれた二人は、それぞれの目的地へと向かう。

 ルーディアンが向かうのは、魔物という通常の動物や昆虫がなんらかの理由で巨大化したり凶暴化したりして、通常の生態系から著しく逸脱した生物が住む森。

 他にもゴブリンやオークといった、元々は何の生物なのか分からない二足歩行の魔物や、生物ではないはずの木が魔物化したトレントといった魔物もいたりするため、詳しい魔物の発生については謎とされている。

 分かっているのは、魔物と言っても強さがピンキリであること、繁殖力が強いこと、採取できる皮や牙といった素材は武器や防具に使えるということ、肉は美味くて高値で取り引きされるということ、そして生息域から何故か出ようとしないこと。

 これからルーディアンが向かおうとしているのは、その魔物の生息域で、ここで狩った魔物の素材を売却して得た金を生活費にしている。

 一方でエディオンが向かうのは、魔物の生息域ではない通常の獣達の生息する森。

 ここは奥地に行かなければ危険な獣もいないため、子供が遊びに来たり未熟な探検者や狩人の狩場でもある。

 だが、今のエディオンの実力ならば魔物でも平気で狩ることはできる。それなのにそこへ向かわないのには、理由があった。

 魔物の住む生息域の近くには、万が一に備えての監視用の帝国軍の関所があり、例えどれだけ強くても未成年が立ち入ることは許されていない。

 この国の成人は、最低でも数えで十六歳のため、まだ十二歳のエディオンは入りたくとも入れない。例え、竜撃者として有名なルーディアンが付き添っていたとしても。


「あ~あ、早く魔物の領域に行きたいぜ」


 足元にあった小石を蹴りながら不満を口にする。

 修行に使っているのも普通の森で、一度も魔物との戦闘経験は無い。

 あのルーディアンと修行をしている時点で、強力な魔物との戦闘経験にも匹敵するのだが、当の本人がその事に気づいていない。

 彼が実際の魔物と戦い、この程度なのかとガッカリするのはもう少し先のことである。


「あっ、来た来た~」

「遅い! 何してたのよっ!」


 森の入り口に到着すると、約束もしていないのに待ち合わせをしていたかのようにフィリアとウリランが待っていた。

 一緒に狩りをするつもりなのか、いつもの格好に加えてフィリアはダガーを腰に二本差し、ウリランは短杖を手にしている。


「別に待ち合わせしていないだろうが。それとも、そんなに俺と会いたかったのか?」

「べ、別にアタシはそういうつもりじゃ。ただウリちゃんに誘われて……」

「うん! 朝からずっと会いたかったよぉ~」


 視線を外して素直に答えようとしないフィリアに対し、ウリランはいつも通りに抱きついて胸板に頬ずりをする。

 その際に豊満な胸が押し付けられ、受け止めたエディオンの表情が緩む。

 当然、ウリランが狙ってやっているので本人も恥ずかしがったりせず、逆にグイグイと押し付けてくる。


「って、コラーッ! 毎度のことながら、何してるのよ!」

「毎度のことながら、ディオ君をゆ~わくしているんだよ~」


 笑みを浮かべての返答に、エディオンも乗ってくる。


「そして俺も毎度のことながら、ウリランの胸を堪能しているわけだ」


 どうだと言わんばかりに胸を張るが、言っている内容で色々と台無しになっている。

 そしてこれまた毎度のことながら、フィリアの回し蹴りが二人を襲う。


「いい加減にしなさいよ! そんなベタベタベタベタして!」


 怒って次々に繰り出される蹴りを、しっかりとウリランの腰に手を回して固定したエディオンが避け続ける。


「いつもながらいい蹴りだな」

「ついでにいい脚だよね~」

「同感だ」

「うっさい!」


 観察するように脚の動きを目で追いながら褒められ、フィリアの顔は一気に真っ赤になる。

 だが恥ずかしさから蹴りの精度が鈍るどころか、逆に勢いが増す。

 右から左から、時折下からの蹴り上げ、そこから踵落としのような蹴り落としもした。

 それでもエディオンはウリランを抱えたまま、何食わぬ顔で避け続ける。

 受け止めるのも容易なのに、あえて避け続ける。

 何故かというと、避けている最中にウリランが気になる事を耳元で囁いたからだ。


「ほら見てぇ、フィーちゃんのシャツの裾が捲れてるよぉ」


 蹴りをするたびにフィリアの半そでシャツの裾が舞い、引き締まった腹部が見える。

 さらに上段蹴りなら、胸元が見えるか見えないかというぐらい捲くれた。

 特にそれに固執するつもりは無いものの、ウリランの言葉に乗ってそこに注目し続ける。

 下手に受け止めると気づかれるかもしれないため、あえて回避行動を取りながら。

 予想通り、攻撃に専念しているフィリアは熱くなっていてエディオン達の視線には気づいていない。


「うわぁ、相変わらず凄いキックだねぇ。これで胸が私ぐらいなら、ブルンブルン揺れてるだろうねぇ」


 トドメとばかりに告げたウリランの言葉はフィリアに頭に血を一気に昇らせた。色々な意味で。


「そんな脂肪の塊、別にいらないわよ!」


 本当は欲しい気持ちを殺し、半ば負け惜しみのような叫びと共に今日一番の蹴りが繰り出されるが、当然これも軽く避けられる。

 すると勢い余ったのか、フィリアの体勢が崩れた。


「あ痛っ!」


 勢いそのまま転び、しりもちをついた事で攻撃は止んだ。

 それに伴ってエディオンの腕の中にいるウリランは開放され、空いた手が今度はフィリアに差し出される。


「大丈夫か?」

「だ、大丈夫よ……」


 恥ずかしがりながらも差し出された手を握り、起き上がらせてもらう。

 一見すれば微笑ましい光景だが、ここでウリランが余計な一言を告げる。


「惜しかったねぇ、ディオ君。フィーちゃんがスカートだったら、今ので中が見えたのにね~」


 この一言でフィリアの顔全体が真っ赤になり、直後に笑いながら逃げ出したウリランと怒れるフィリアの追いかけっこが始まった。

 その様子をエディオンはただ笑って見物する。

 追いつかれたウリランは両の頬を摘ままれ、左右に引っ張られる。

 勿論手加減はされているためさほど痛みはない。

 ごめんごめん~と笑いながらウリアンが謝っているのがその証拠だ。


「さて、遊ぶのはここまでにして、一狩り行くか」


 体を伸ばしながら森へ入ろうとする後に続いて、じゃれていたフィリアとウリランも追いかけてくる。


「私達も一緒に行くよぉ」

「いつもの事だから、別にいいでしょ?」

「本当にいつもの事だな。断る理由が無いからいいけど」


 何気ない会話を交わしながら三人は森へと足を踏み入れる。

 特に危険な獣もいない入り口付近はのどかな雰囲気に包まれており、殺気のようなものもまるで無い。

 そのため、入り口付近では友人達と遊ぶ子供の姿も見られた。


「さて、最初は何が出てくるかしら?」


 ある程度森の中を進み、ダガーを一本抜いて右手に逆手持ちしたフィリアが周囲を見渡す。


「何が出てきても、私が魔法でドッカンドッカンやっちゃうよ~」


 やる気を表現しているのか、手にしている短杖をブンブン振ってみせるウリランだが、そこへエディオンから待ったが入る。


「やめろ。ドッカンドッカンなんてやったら、食える肉が食えなくなるし、売れる毛皮も売れなくなる」

「あっ、そっか~。えへへ、ごめんねぇ」


 舌をペロリと出しながら謝る姿に、申し訳なさはこれっぽっちも見えない。

 だが、これはこれで反省しているのだと、幼馴染で付き合いの長い二人は知っていた。


「お詫びに探知の魔法で、この辺を探ってみるねぇ。風よ集え そよ風の調べを我が下へ ウィンドサーチ~」


 杖に魔力を込めながら詠唱し、魔法を発動させる。

 周囲にそよ風が吹き、同時に周辺の情報がフィリアに流れ込み、その中から獲物を探す。

 探知に集中するために閉じていた目を開くと、ある方向を指差す。


「あっちに少し行ったところにぃ、ウサギとか鳥とかの小動物が結構いるねぇ。そのちょっと奥。これは猪か鹿かなぁ? 二、三匹いるよ~」


 狩る獲物の存在を聞き、エディオンとフィリアは了解したと言うかのように頷く。

 三人でその方向へ移動していくと、先頭を歩いていたエディオンが獲物を見つけて隠れるようにジェスチャーで伝える。

 すぐに木の陰や繁みに隠れ、そこから獲物を確認した。

 いたのウサギが二羽。それと木の枝の上に大きめの鳥が一羽止まっていた。


「どうする?」

「俺が鳥をやるから、お前達でウサギを頼む」

「え~。鳥なら、魔法を使える私の方が狩りやすいよぉ?」


 この三人の中で魔法を使えるのはウリランのみ。

 フィリアは使えるには使えるが、身体強化や夜目、筋力や俊敏といった局所的な強化をする魔法のみで遠距離攻撃はできない。

 そしてエディオンは魔法を使えないという以前に、使おうということをこれっぽっちも考えていない。

 というのも、彼を育てたルーディアンの戦い方や考え方がその影響を与えているからだ。

 学校でも魔法は向き不向き、得手不得手の差が激しいことから、実習は魔力の扱いについてしかやっておらず、魔法の練習は大抵放課後に教員が付き添いの上で行われているぐらい。

 他に魔法を練習するとしても、魔法を使える親に教わるか師と仰ぐ人物に教わるかぐらいしかない。


「でもお前の遠距離攻撃用の魔法、火か土だろ? 火じゃあの鳥が焼き鳥になっちまうし、土じゃ届く前に逃げられるぞ」


 鳥がいるのは木の枝の上。

 速度に欠ける土属性の魔法では届く前に逃げられる。その指摘は正しい。

 ただ、火魔法を使う注意点が火事ではなく焼き鳥になることなのかと、話を聞いていたフィリアは若干の頭痛を覚えた。


「そっか~。じゃあ土魔法でウサギを足止めするから、フィーちゃんよろしくねぇ」

「分かったわ」


 打ち合わせを済ますと、それぞれの標的に狙いを定める。


「じゃあいくよぉ。土よ集え 敵を囲いて立ち塞がれ アースウォール~」


 発動した魔法により、ウサギを囲うように土が盛り上がって壁となる。

 この魔法は習得難易度は低いものの、自分自身に対する防壁にも、敵の動きを封じる障壁にもなる応用範囲の広い魔法。

 驚いたウサギが逃げようとした時には既に遅く、周囲は完全に壁に囲われていた。

 唯一逃げられるのは上からのみ。そこからジャンプして外へ出ようとしたのだが、そこにダガーを逆手に持ったフィリアが現れる。


「悪く思わないでね」


 半ば自分に言い聞かせるような台詞を言いながら、囲いの中で逃げられないウサギにダガーを振り下ろす。

 一羽を最初の一振りで仕止め、二羽目もすぐさま仕止める。


「オッケー、捕まえたよ。そっちは」

「バッチリだ」


 倒れたウサギの耳を掴んで囲いから出ると、既にエディオンは鳥を仕止めて血抜きをしていた。

 エディオンはウリランが詠唱を始めると同時に足元に魔力を溜め、詠唱が終わる少し前には飛び出して音も無く鳥の元へ辿り着いていた。

 ただ魔力を込めただけの跳躍。

 それが魔法によりウサギが土の壁に囲われるより早く、枝の上にいる鳥に到達する。後は首根っこを掴んで、鍛えた握力でもって首をへし折っただけ。

 結果、余計な外傷一つ無い鳥はぐったりと息絶えてエディオンの収穫となり、血抜きをされている。


「相変わらず早いわね……」


 フィリアとて、狼人族特有の速さを生かして獲物を捕らえたつもりだった。

 しかしエディオンは、それよりも遥かに速く動き、獲物を仕止めて処理までやっている。

 身体能力が高い傾向にある竜人族とはいえ、負けるのはちょっとだけ悔しくもあり、ルーディアンに鍛えられたエディオンだから仕方ないと思いもした。


「さぁ、この調子でもっとたくさん狩ろうかぁ。お小遣い増やさなきゃ!」

「ついでにうちの食料確保もな」


 彼らにとってはこの狩りはエディオンの家の食料確保であると同時に、大事な小遣い稼ぎでもある。


「あのさ、一応これは将来のための修行でもあるんだからね? ディオはともかく、私とウリちゃんは」


 そしてそれ以上の目的がフィリアとウリランにとっての修行。

 ルーディアンに稽古をつけてもらっているエディオンはともかく、フィリアとウリランの家庭は、片親が引退した元探検者という事を除けば極普通の一般家庭。

 成人後はルーディアンを越えるため、探検者になって武者修行に出ると宣言しているエディオンに付いていく。

 そのために、こうして修行も兼ねて狩りをし、元探検者だった親からも修行をつけてもらっている。エディオンがルーディアンから受けている修行に比べれば、ずっと常識の範疇の修行を。

 ちなみに、何故自分に付いてくるのかというエディオンの質問に、二人は同じような答えを口にした。


『ディオと……一緒にいたいから。じゃ、駄目?』

『ディオ君の傍にいたいからだよ~』


 修行から戻って来るのを待つ、という選択肢は二人ともこれっぽっちも持っていなかった。

 それが嬉しかったエディオンが直後に二人を抱きしめ、フィリアが嬉しさ交じりの驚きの悲鳴を響かせ、ウリランが喜びの鼻歌を奏でたのは言うまでもない。


『お父さん達も、いいよって言ってくれたよ~』


 手回しのいい彼女達は既に両親から、成人までしっかり修行をして実力の証明として魔物を二人で狩れれば、という条件の下で探検者になる承諾を得ている。

 そのため、この狩りですら二人にとっては大事な修行の一環。

 なお、一緒にルーディアンの修行に参加するかというエディオンの誘いには、揃って無理という返答がなされた。


「それじゃあもうちょっと奥に行くか。確か、鹿か猪がいるんだったな」


 ウサギなど彼らにとって、既に連携の確認程度の獲物でしかない。

 目標はこの奥地にいる熊や虎、獅子といった獣達。

 最初に挑んだ頃は戦う以前に迫力負けしていたものの、今では一頭だけならば協力して狩れる。勿論、エディオンの協力は無しで。

 そのエディオンにとっては、熊であろうと虎であろうと獅子であろうと、既に敵ではない。

 だからこそ、彼らは森の奥まで進んでいく。


「あっ、近くに獅子の群れがいるよ~」


 途中で猪や鹿を狩りながら奥地に到着した途端、探知の魔法に獅子の群れが引っかかった。

 目的の獲物を見つけた三人は群れのいる方向へ向かい、それと鉢合わせする。


「グルルゥ」


 向こうとしても獲物となる対象を見つけたからか、唸り声を上げて威嚇してくる。

 だが、フィリアとウリランはともかくエディオンにとっては威嚇になどなっていない。


「んじゃ、ちょっくら数減らしてくるか」


 脚が微かに震える二人の前にエディオンが進み出る。

 まるで準備運動をするかのように肩を回し、たった一人で獅子の群れへと歩み寄っていく。


「グアァァッ!」


 相手が子供ということもあってだろうが、獅子達は一斉にエディオンに向かって飛び掛る。それが獅子達にとって最大の判断ミスだった。

 ギリギリまで引き付けた一頭をエディオンが殴り飛ばし、その後方から迫る別の獅子を二頭巻き込ませる。

 さらにフィリアに迫っていた獅子の下あごを蹴り上げて吹っ飛ばし、ウリランを狙っている獅子の眉間に拳を叩き込んで吹っ飛ばす。

 魔力で強化した身体能力で超高速で動きつつ、迫り来る獅子の集団を次から次へ、とにかく殴るか蹴るかで吹っ飛ばしていく。


「ガアァァァッ!」

「グルアァァッ!?」

「ギャーギャーうるっせぇっ!」


 鳴き声を上げながら吹っ飛んでいく獅子達に怒鳴る頃には、フィリアとウリランの修行用に一頭だけ残し、他は全て排除し終わっていた。

 何度も見たその強さを改めて自分の目で見たフィリアとウリランからは震えは消え、落ち着きを取り戻していた。

 一方でたった一頭だけ残されていた獅子は、危険な相手だと判断し回れ右して逃げようとする。


「残念でした~」


 逃げようとした獅子の周囲に、既に詠唱を終えて発動させたウリランの魔法により、土の壁が出現して逃げ道を塞ぐ。

 唯一残された方向は、エディオン達が待ち構えている真後ろのみ。


「じゃあ、頑張れよ」


 それだけ言い残し、エディオンは気絶している獅子へのトドメを刺しに向かう。

 最も脅威となる相手がいなくなり、目の前に残ったのは弱そうな少女二人。

 獅子は自分を幸運だと思った。そして、あの強敵が戻る前に彼女達を突破して逃げようと、狙いをフィリアとウリランへ定める。


「ウリちゃん!」


 相手の体勢が低くなる様子から、向かってくると判断したフィリアが叫ぶ。


「分かってるよぉ。火よ集え 紅蓮の礫を飛ばしたまえ フレアショット~」

「ガァッ!?」


 低い大勢から飛び出そうとした獅子に火の魔法が降り注ぎ、直撃ではなく手前の地面に当たる。

 飛び出そうとした矢先の足元への攻撃に、獅子は後ろへ飛び退こうとしたが、土の壁に激突して体勢が崩れる。


「ふぅっ!」


 そこへフィリアが駆け出して接近し、逆手に持った二本のダガーで首元を一閃した。


「えい」


 それとほぼ同時に土の壁が解除され、フィリアは壁に激突することなく駆け抜ける。

 一方の獅子は、弱そうな少女と高を括っていた相手に手傷を負わされ、完全に怯んでいた。

 斬られた首元からはとめどなく出血し、放っておいても失血死しそうだが、手負いの獣ほど怖いものはない。


「土よ集え 敵を囲いて立ち塞がれ アースウォール~」


 それが分かっているからこそ、ウリランは今度は全方向を土の壁で囲んで獅子の動きを封じた。

 さらに、壁はフィリアの足元から出現したので、必然的にフィリアは土の壁の上にいる。

 落ちないようにしゃがんでいたフィリアは立ち上がり、獅子の跳躍では届かない高さから見下ろす。


「グルルゥ……」


 獅子の唸り声に力は無い。

 徐々に体勢も低くなり、やがてひれ伏す。

 それでもプライドがそうさせるのか、フィリアを睨みつけて視線は外さない。


「じゃあね」


 相手が動けなくなったのを見計らい、握っていたダガーの一本を投擲する。

 ダガーは眉間の中央に刺さり、それが決め手となって獅子は絶命した。


「いいよ、ウリちゃん。解除して」

「オッケ~」


 土壁の外側へ飛び降り、安全を伝えると土の壁が解除される。

 現れた獅子はぐったりとして動かない。

 念のためだろうか、足下にあった小石を放ってぶつけてみるが、ピクリともしない。


「どうやら、なんとかなったみたいね」


 警戒していたフィリアはホッと胸を撫で下ろした。


「やったね~。損傷も少ないから、高く売れるよぉ」


 喜んでいるウリランの言う通り、今回の狩りで二人は獲物から取れる素材の品質の高さを求めていた。

 普通に戦って狩ればいいだけならば、指導してくれている親のお陰でフィリアもウリランも、一対一なら獅子であろうと虎であろうと単独での討伐ができるまでに強くなっている。

 だからこそ、連携を取って損傷を少なくといった課題を自分達に課し、一つ上のレベルでの戦い方を練習している。

 尤も、いざという時はエディオンが助けてくれるという安心感があるからこそ、こういった練習ができるのだが。


「おう、どうだった?」


 ハイタッチで戦果を喜んでいると、気絶した獅子数頭にトドメを刺し、回収していたエディオンが戻ってくる。

 他の獅子達は狩り尽くして絶滅に追い込まないよう、睨んで怯えさせて逃がしてやった。


「見て見て~。ほらぁ」


 どうだと言わんばかりに、二人で狩った獅子を指差す。


「へぇ、やったじゃないか」

「そうでしょう~。じゃあ今度は私を見ててね~。特に胸とか。えっへん!」


 自慢気に胸を張ると豊かな胸が大きく揺れる。

 見ていてと言われて見ていたエディオンはそれを目にし、頷きながら一言呟く。


「ほう。これはなかなか」

「どこ見て言ってんのよ!」


 死角からのフィリアの蹴りを軽く片手で防ぎ、改めて戦果の方へ目を向ける。


「ダガーでの傷跡もさほど大きくないし、魔法での焼け跡も無いな。これならそれなりの値段になるんじゃないか? 二人とも、腕上げたな」

「ふっふ~ん。当然!」


 自慢げにブイサインを見せるウリラン。

 フィリアも褒められたからか、頬を少し赤くして視線を逸らしながら照れている。


「じゃあ、こいつも片付けておくな」


 腰に下げていた小さな袋の口を開き、そこに倒れている獅子の尾の先端を突っ込む。

 すると獅子は、その小さな袋の中へあっという間に吸い込まれていった。

 この袋はそのまんま、魔法の袋という魔法の効果が備わった道具。備わっている効果は生物以外の物を、最大で千キロまでなら、どんなに大きな物でも入れられるという効果。

 もっと重い重量を入れられる物もあるが、当然数は少なく値段も高くなってしまう。

 エディオン達が使っているのは、フィリアの親が昔使っていた物を譲ってもらった物。

 その中には、先ほどまでエディオンは回収していた獅子や、道中で狩ってきた兎や猪なんかも入っている。


「それじゃあ、いつも通りもう二頭くらい獅子と戦っておくか?」

「ええ、そうしてみるわ。もうちょっと練習したいし」

「さんせ~」


 常識の範囲での修行しかしていないフィリアとウリランにとっては、魔物でない普通の獅子相手でも精神的な負担は大きい。

 それでも平常心で戦えるのはエディオンがいるからだが、それでもせいぜい四頭か五頭ぐらいで体力的にも精神的にも限界を迎えてしまう。

 帰りの体力や帰路での狩りの事を考えると、一日に二人が戦えるのは三頭まで。それも一対一で。それ以上の獅子や虎といったものと遭遇した場合は、戦闘は全てエディオンがやってしまう。

 三人にとっては、休みの日はいつもやっている狩り。

 この日もいつも通りに獅子を三頭ほど倒したところで浅い場所へ移動し、標的を熊や猪へと変えて狩っていくのだが、ちょっとだけいつもと違うことが発生する。


「よっと」

「ふっ!」

「てや~」


 熊の脳天を魔力で強化した手刀の一撃で叩き割るエディオン。

 ダガーで鹿の首を斬り裂くフィリア。

 突進してくる猪の手前に土の壁を出現させ、そこに突っ込ませて自滅させ、弱ったところへ魔法による石礫を頭に撃ち込むウリラン。

 順調に狩りをする三人は狩りすぎて全滅させないよう気をつけながら、森の中を歩く。

 すると、周囲を探っているウリランの探知の魔法に妙なものが引っかかった。


「うん? なにかなぁ? これ~」

「どうした?」


 今までに無い反応に、エディオンとフィリアは足を止めて尋ねる。


「うぅんとねぇ。あっちの方にねぇ、人が何人もいるんだよぉ」

「アタシ達以外に狩りに来ている人じゃないの?」

「かもしれないねぇ。ただ、馬も一緒にいるみたいだよ~」


 こうした森の中へ馬で来るのは、あまり考えられない。

 狩りをするにしても木々の生い茂る中では馬は速度を出せず、蹄の音で警戒心の強い獣は逃げてしまう。

 獲物は近寄らず、熊や虎に追いかけられたら逃げきれる可能性は低い。

 森は街道から外れているため、近道のために走るとも考えにくい。

 なんとも不自然な情報に、三人は揃って首を傾げた。


「俺が見てくる。二人はここで待っていてくれ」

「分かったわ。気をつけてね」


 斥候を買って出たエディオンは魔力で強化した脚力で木の枝に飛び乗る。


「いってらっしゃ~い~」


 見送りに軽く手を挙げて応え、ウリランが指差した方向に枝から枝へ飛び移りながら移動を開始する。

 しばらくすると、何か車輪のような物が回る音が聞こえてきた。


「馬車……?」


 馬と車輪という情報から、こういう場所にいたらなおさら不自然な存在が脳裏に浮かぶ。

 こんな森の中にはわざわざ馬車で来るような物は無い。

 貴重な素材も魔物もいない。ただの獣と珍しくもない薬草が生えているだけのこの森に、わざわざ馬車で来る必要がどこにあるのかと。


「……うん?」


 馬車を直に見たエディオンに疑問が浮かぶ。

 木の上から見つけた馬車は、一頭引きのさほど大きくないもの。

 だが荷馬車は檻のようになっていて、その中には首輪を付け、身を寄せ合って泣いている子供達が何人もいる。

 御者台には猿人族の御者の他に、鞭を持った蛇人族の男が一人。そして檻の中の出入り口付近には剣を腰に差した狼人族の男が二人と、杖を持ち露出の多い服装をした虎人族の女がいた。

 どれも武器を持っていることから、護衛のようだ。


(誘拐かと思ったら、これって奴隷を運んでいるところじゃね? でも確か未成年の奴隷は違法のはず……)


 荷馬車が檻になっていて、逃げないように見張りを付ける。

 それ自体は奴隷商が持つ馬車としてはおかしくない。

 エディオンがおかしいと思ったのは、奴隷の証の首輪を付けられている少年少女達が、明らかに未成年に見える子供だからだ。

 というのも、ガルガニア帝国において未成年の奴隷は存在するはずがない。

 ガルガニア帝国における奴隷は犯罪者による犯罪奴隷か、債務者による借金奴隷の二通り。

 ただし奴隷落ちは成人にのみ課せられる刑罰で、未成年者には当てはまらない。

 仮に未成年者が犯罪を犯したり、返済できなりほど借金をしたりした場合は、国の矯正施設に入れられる。もし刑期を終える前に成人になった場合、残りの月日を奴隷として過ごす。

 つまり、仮に檻の中の少年少女が犯罪者か債務者だとしても、奴隷の首輪を付けられているはずがない。

 そもそも、国の矯正施設に送る馬車には国旗が掲げられ、国としての紋章が馬車に刻まれているはず。

 そのどちらも無く、街道ではなく森の中を隠れるように移動している。

 これは明らかに、どこかから入手した未成年の子供達を非合法な奴隷にして、それを誰かしらに売却するために運ぶ最中だと思われる。

 学校でガルガニア帝国の奴隷制度について教わっていたエディオンは、馬車の一団が違法な事をしようとしている集団だと気づいた。


「どうすっかな……」


 これは本来、軍か町の警備隊の対応すべき事案。

 しかし今から呼んでいたら間に合わず、だからといって放置するほどエディオンは薄情じゃない。


「しゃあないか。幸い、あいつら弱そうだし、俺一人でいけるか」


 長年ルーディアンの下で修行してきたエディオンの眼力は、ある程度なら見ただけで相手の強さが分かる。

 正確に力量を見抜けるわけではないが、少なくとも自分より強いか弱いかの判断はつく。

 その判断が、相手は全員自分よりずっと格下だと告げている。

 助けられそうな奴は黙って助けるのが男ってもんだ。特に相手が女ならな!

 そうルーディアンから教わっていたエディオンは、相手が全員自分より弱いならと枝を飛び移って先回りし、馬車の前に降り立った。


「うおっ!?」


 突然人影が現れて御者が馬を止める。

 急停車で鞭を持った男が前のめりになり、檻の中の子供は悲鳴を挙げ、それを見張っていた三人が外に出てきた。


「ちょっと、何事よ」

「ガキだ。目の前に突然ガキが降ってきやがった!」

「はぁ? なんだそりゃ。でもちょうどいいじゃねぇか。そいつもとっつかまえて、売り飛ばしてやろうぜ」


 御者の声を聞き、捕まえた子供達の見張りに御者を一人残して武器を手にする。


「うひゃっ! しかも竜人族かよ! 高く売れるんじゃねぇの?」

「見た目も悪くないわねぇ。売る前に味見してもいいかしら?」


 虎人族の女の言葉にエディオンは、白い目を向けて答えた。


「オバさんはお断りだよ。二十年遅いよ、オバさん」

「んだとコラァ! このクソガキがぁっ! 二度もオバさんって言うんじゃないよ!」

「ひゃっひゃっひゃっ! 言われてやん――ガフッ!?」


 鞭を持った蛇人族の男が下品な笑いをしていると、急にその男の姿が消えた。

 いや、消えたのではなく後方に吹っ飛んでいった。

 男はそのまま木の幹に激突し、崩れ落ちる。


「……はっ?」


 一瞬で吹っ飛んだ男がいた場所には、軽く拳を突き出している体勢のエディオンがいた。

 ついさっきまで、二十メートルは距離を開けていたというのに。


「て、テメ」


 狼人族の一人が慌てて剣で斬り捨てようとするが、エディオンはそれを右手の指だけで白羽取りにして左拳で殴る。


「ゴォッ!?」


 変な悲鳴を上げた男も吹っ飛び、背中から馬車に激突する。

 檻の中にいる子供達は激突した瞬間に一瞬怯える。


「兄貴! このガキがぁっ!」

「援護するよ! 水よ集え 敵を貫く」


 兄をやられたもう一人の狼人族が切りかかり、虎人族の女は距離を取って魔法で水の槍を放とうとする。

 ところが水の槍が完成するより早く、エディオンは魔力で強化した脚力で狼人族の横をすり抜け、虎人族の女の下あごに掌を叩き込む。

 下から突き上げられて宙に浮かんだ女の体は地面に落ちて倒れ、動かなくなる。詠唱中で舌でも噛んだのか、口の端からは血が流れている。


「どどど、どうなってるんだよ! なんで武器も魔法も使ってないこんなガキに」


 あっという間に仲間が子供に倒され、残った狼人族の男は戸惑いを隠せない。


「武器なら最初からあるぜ。ここにな」


 握り拳を突き出し、これが武器だとアピールする。

 子供の小さな手での握り拳。

 そんな物を武器だとは呼べない男は、声を挙げながら剣を振り上げ接近する。


「おぉぉぉぉっ!」


 激昂しているかのように見える男に対し、落ち着いているエディオンは溜め息を吐いた。


「はあ。見た時から思ったけど、やっぱり弱いや。こいつら」


 振り下ろされた剣を簡単に避けながらそう呟いたエディオンは、魔力で強化した脚力で瞬間的に男の背後に回り、背中に肘打ちする。

 前につんのめった男はそのまま前方に立つ木の幹に顔面を殴打し、鼻血を垂らしながらうつ伏せに倒れた。


「ひいぃぃっ!」


 護衛がやられたのを目の当たりにした御者は馬車も護衛も見捨て、一目散に逃げ出す。

 だが、いかにすばしっこい猿人族であろうとも、エディオンには敵わない。

 あっという間に追いつかれ、後頭部を掴まれ顔面を地面に叩きつけられた。

 加減したからか死んではいないものの、顔が地面にめり込んでいる。


「さてと……とりあえずあの馬車の檻の中にでも入れておくか」


 後ろ襟を掴んで持ち上げた男を引きずりながら、馬車の下へ戻る。

 馬車に繋がれた馬は戸惑っている様子があるものの、その場からは逃げずにいた。


「どうどう、大丈夫だ」


 馬を宥め、逃げようとしていた御者が持っていた鍵を使い檻を開け、中にいた子供達を解放する。

 すると助かった安心感から、子供達は一斉に泣き出した。


「よかった、よかったよぉ!」

「お兄ちゃん、助けてくれてありがとう!」

「おうちに帰れるよぉ」


 すぐにでも子供達と馬車で町へ戻りたいのに、縋りつかれてエディオンは動けなくなってしまった。

 落ち着かせようにも相手は子供。いくら言っても泣き止まない。

 どうしようかと頭を抱えていると、待っていろと言ったはずのフィリアとウリランが姿を現した。


「ちょっと! 泣き声が聞こえたんだけど、何が……何この状況?」

「うん~? どうしてディオ君、子供達にくっ付かれてるのぉ?」


 言いつけを守らず来てしまった事に怒りたかったが、この状況から脱せるのならいいかとエディオンは思った。


「説明するからさ、とりあえずこの子達を落ち着かせるのを手伝ってくれ」


 この後、どうにか子供達を宥めた三人は、家の農家で馬を扱っているという子に手綱を引いてもらい、町まで歩いて移動する。

 できれば馬車に乗って移動したかったのだが、御者の経験は誰にも無いため、馬を引いて歩くしかなかった。

 檻の中には倒した御者と武器を奪った護衛達が放り込まれていて、鍵を掛けた上で最後尾からエディオンが監視して警戒している。途中で二人ほど目覚めたが、どちらもエディオンの一睨みで大人しくしていた。

 一行は無事に町まで辿り着くと、門の所で警備をしている町の警備団員に事情を説明。すぐに警備団員は警備隊長と、魔物の森付近にある軍の詰め所、そして領主であるミミーナの下へ使いを走らせた。


「君達はこの部屋で待っていてくれ。あの男達は、私達が拘束しておくから安心してくれ」

「その前にこれを。あいつらから回収した武器です」

「おぉ、すまないな。確かに預かったよ」


 部屋へ案内してくれた警備団員に、魔法の袋から取り出した武器を手渡し、通された部屋で子供達と共に休息を取る。

 安堵感からか、子供達は中にあった椅子に座った途端に眠ってしまい、釣られるようにエディオンもつい欠伸をしてしまう。


「ふぁ……」

「ディオ君眠いのぉ? 私の膝枕使う~?」

「言ったな。遠慮なく使わせてもらうぞ」


 提案に乗ったエディオンは、自分の座っていた椅子と使われていない椅子を繋げ、左隣に座っているウリランの膝を枕に寝転んだ。


「ちょっと! こういう所でくらい自重しなさいよ!」


 エディオンの右隣に座っていたフィリアは二人の行動に対し、椅子から立ち上がって抗議する。


「え~。いいじゃん」

「そうだぞ。それに膝枕なら許容範囲だろ」

「そんなわけないでしょうが!」


 尻尾と耳をビンビンと立てて怒るフィリアだが、当のエディオンとウリランは全く気にしていない。

 ウリランは上機嫌にエディオンの頭を撫で、エディオンは見上げた先に迫るウリランの胸を下側から凝視している。


「あっ、そっかぁ。大丈夫だよ~、ちゃんとフィーちゃんとも変わってあげるからぁ」

「そりゃいいや。フィリアの脚なら、さぞかし寝心地がいいだろうな」


 体勢を変え、視線をウリランの胸からフィリアの脚に移す。


「ちょっ、見ないでよ!」


 ショートパンツからむき出しの脚を隠そうと、元々座っていた椅子に座り、脚を床から上げて腕で包んで隠すようにした。

 しかし、エディオンに関してはあくまで正々堂々というスタンスのウリランが、それを良しとするはずがない。


「ディオ君、ちょっとどいてくれる?」

「名残惜しいけどいいぞ」


 幼馴染として過ごしてきた経験から、この後の展開をなんとなく察したエディオンは、素直に体を起こす。


「ふっふっふ~。さぁ、フィーちゃんもディオ君に膝枕させてあげようねぇ」


 両手の指をワキワキと動かしながら迫る親友に、フィリアは身の危険を感じた。

 こういう時のウリランは、大抵予想の斜め上の行動をして、恥ずかしい目に合わされるからだ。


「さあフィリア。今ならまだ間に合う。お前の膝枕を俺に!」

「う、うぅぅ……」


 何をするか分からない状態の親友を見、続いて早くと急かす想い人を見る。


「ど、どうぞ……」


 観念した様子で腕を解き、脚を膝枕できるようにする。

 またあんな恥ずかしい思いをするぐらいならと、大人しく膝枕を提供する選択をした。


「じゃあ遠慮なく」


 椅子の位置を変えて遠慮なく膝枕にするエディオン。

 そのエディオンの頭が膝に乗った瞬間、フィリアの尻尾と耳はビンッと逆立ち、次の瞬間には尻尾が嬉しそうに左右に揺れる。

 本人の表情は照れているのか、頬は赤いものの顔はそっぽを向いているが、尻尾を見れば嬉しいのは一目瞭然だった。

 ウリランはその様子を楽しそうに眺めながら椅子に座り、なんとなく気分でエディオンの脚のマッサージを始めた。


「待たせたな。事情聴取を……何をしているのかね?」


 なんとも緊張感の無い室内の様子に、事情聴取をしに来た警備団員は困惑した。

 寝ている子供達はともかく、フィリアに膝枕され、ウリランにマッサージされているエディオンを忌々しい目で見ながら。

 この警備団員、彼女いない歴イコール年齢である。

 そのためか、事情聴取の際にエディオンはやや厳しめの口調で質問をされた。


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