変化
プラントオロチ。
長い胴体に目と角の無い龍のような形状の頭部を持つ、木でできた体を持つ巨大な植物型の魔物。
高い魔法耐性を持っているため、弱点のはずの火魔法を浴びても燃え辛く、斬ることは斧や大剣ですら困難。
防御力の高さと魔法耐性の高さからランク七の探検者が十人以上必要なほどで、それでも生きて帰れる保証は無い。
そんな魔物が、迷宮の最上階に君臨していた。
しかも頭部は同じでも体が変異していて、まるでその場に根付いている樹木のように見える。
一つだけのはずの頭部も枝分かれして複数あり、複数の根っこを波打つように動かして移動し始めた。
「来るぞ! 全員、全力で立ち向かえ!」
剣を抜きながら叫ぶカイエンの声で、呆然としていた面々がハッとして武器を構える。
迫りくる、鞭のようにしなる無数の木の根。
それらを防ぐなり避けるなりし、数名が木の根に向けて武器を振り下ろす。
すると、本来なら斬る事も困難なプラントオロチの体の一部である木の根が斬れたり砕けたりした。
「なんだこいつ、随分と脆いぞ?」
メイスで木の根を砕いた探検者が驚く。
「確かに。下層の木の根もこいつの体の一部ならば、斬るのも困難だったはず」
木の根を斬り捨てたカイエンが、下層で木の根を斬ったり握り潰せたりした事を思い出す。
「デカくなったぶん、全体的な防御力が落ちているのかもしれん」
「だとしたらチャンスよ。強力な攻撃を叩き込めれば、勝機はあるわ!」
同じように木の根に対処するアーガンとエリーナが推測を叫ぶ。
敵わないと思った相手に見えた勝機に、探検者と兵士、双方の士気が上がる。
「ならば火魔法も通常より効くはず。一斉に火魔法を使いましょう!」
魔法使いの女探検者の意見に反対は出ず、同意する声がいくつも聞こえる。
周囲から襲ってくる木の根を前衛に対処してもらっているうちに、後衛の魔法使い達が集まって一斉に詠唱を始める。
そこへ頭部の一つから竜巻のようなブレスが放たれるが、それもアーガンが魔法で強度を上げた盾を構えて防ぐ。
「今だ!」
防御に成功したアーガンの合図と共に、一斉に火魔法を樹木のような胴体に一斉発射する。
あらゆる火魔法が次々と着弾し、木の根の動きが止まった。
「やったか?」
兵士の一人が思わずそう呟くが、それはやっていないフラグだ。
大量の火魔法を浴びたプラントオロチは、体こそ燃えず傷らしい傷も無いがブルブルと震えだして頭部が全て俯く。
これは決まった。やっぱり防御力が落ちている。思ったより呆気ない。
そんな気持ちが探検者達にも兵士達にも広がって、このまま押し切ろうとした時だった。
俯いていた頭部が一斉に上を向き、雄叫びを上げた。
響き渡る大音量に全員が思わず耳を塞ぐ。
そしてそれは起きた。
胴体が太くなり、枝分かれしている部分から新たな枝が伸びた首のように生え、そこに新たな頭部が形成され雄叫びに加わる。
「なんだと……?」
目の前で起きた光景をカイエンは信じられなかった。
長い探検者家業で、戦闘中に魔物が進化した場面には数回遭遇した事がある。
しかしこれは進化ではない。
例えるのなら、成長。
ただでさえ増えている頭部が新たに増え、それに合わせるように胴体が太くなったのだから。
「おいおいおい、どうなってんだよ!?」
「ていうか魔法効いてねぇじゃねぇかっ! 本当に防御力落ちてんのか!?」
不測の事態に動揺が走り、不安が探検者と兵士の間に広まっていく。
そしてそんな状況を待つなど、プラントオロチがするはずがない。
「いかん! くるぞ!」
雄叫びが終わり頭部が自分達に向いたのを見たカイエンが叫ぶ。
これに反応できず武器を構えられなかったのは、僅か数人。
その数人は再び迫ってきた触手のような木の根に貫かれ、木の根を抜くか斬るかする前に体液を吸われ干からびてしまう。下層にいた魔物達のように。
すると、先端の棘が斬りおとされていた木の根に、新たな棘が生えてきた。
「こいつ、一体何なんだ!」
盾で木の根を防ぎながら、剣で斬って捨てる。
「魔法が効かねぇなら、直接斬ってやる!」
鷹人族の兵士が羽を広げて飛翔し、木の根を避けながら接近する。
途中で肩を掠めた痛みにも耐え、手にしているハルバートを頭部へ向けて振り抜く。
「くらえっ!」
勢いよく振られたハルバートの刃が頭頂部に当たり、僅か数ミリ食い込んだだけで刃は止まった。
「ぐうっ……。硬いじゃねぇか!」
硬い物に打ち付けた衝撃で手を震わせながら刃を引き、距離を取る。
直後に下から伸びて来た木の根を飛翔で回避し、天井近くで斧を振るい木の根を切断した。
「ふっ!」
続いてカイエンが「空駆け」を使って接近して刃を振り抜く。
ところがこれも胴体に数センチほどの傷を作っただけだった。
それを見ていたエリーナはある推測に辿り着く。
「まさかあのプラントオロチ、頭部や胴体といった主要な部分だけ硬いんじゃないの?」
「なるほど。全体的に防御が落ちているのではなく、局所的に防御力が集中しているのか」
着地しながら推測に同意したカイエンだが、分からない事はまだある。
「んなら、魔法を浴びた後で顔が増えたのはなんでだよ!」
「知らないわよっ!」
アーガンの問いかけに答えながら迫ってくる木の根を避け、切り裂く。
そうした攻防が続く中、様子を見守るようにしていた頭部の一つが鳴きだした。
今度は何だと誰もが思う中、複数ある頭部の一つが胴体に吸い込まれるように引っ込んでいく。
やがてそれが全て引っ込むと、先端が切断された木の根に新たな棘が生えてきた。
「んなっ!?」
さらに今度は木の根だけでなく、いくつかの頭部が首を伸ばして襲いかかってくる。
「こ、このっ!」
魔法を準備していた魔法使いが近づく頭部に火魔法を放つ。
ところがその頭部は口を開き、あろうことか迫ってくる火の槍を食った。
「えっ!?」
避けるでも受けるでもなく、食べるという行動に呆気に取られている間にその魔法使いは腹部を貫かれ、あっという間に干からびて死んだ。
魔法を食った頭部は何事も無いかのように標的を別へ向け、襲いかかる。
他の頭部も似たようなもので、防ぐことも避ける事も出来なかった探検者や兵士が噛まれ、干からびてその辺に放り出される。
そうして干からびた面々は当然のようにミイラとなって動き出すが、プラントオロチにとってそのミイラは味方ではない。
ただ邪魔な物のように木の根で打ち払われ、頭を吹っ飛ばされてしまう。
「こいつ、敵味方お構いなしか!」
「そもそも味方とすら認識していないのかもな」
誰かが呟いたように、このプラントオロチにとって味方という物は存在していない。
戦っているカイエン達どころか、下層にいる魔物達でさえ、プラントオロチは餌としか認識していない。
その餌に棘を刺して水分と魔力を吸収し、自身の糧にする。
結果的に生まれた副産物のミイラには水分も魔力も無く、餌にする価値も無い。
だから容赦なく邪魔な物として払いのけた。
なお、どうしてそんな物が生まれたのか、プラントオロチ自身も知らない。
「そんな事より、どうする! このままじゃ持ちこたえられん!」
木の根の方はどうにかなっても、肝心の胴体と頭部は硬く魔法もほとんど効かない。
今も鷹人族の斧使いと「空駆け」をするカイエン、魔法使いが攻撃をしているが、まるでダメージを与えられていない。
どうにか付けている傷も魔法を受けた途端に塞がっていき、木の根の先端が生え変わり、新たな木の根と頭部も生えてくる。
「魔法は使わないで! あいつの頭部と木の根が増えるだけだし、切り落とした先端を再生させるだけよ!」
指示を出しながらエリーナも必死で分析する。
これまでの戦闘の様子から、何が有効そうで何が意味を成さないのか。
そうした中から、どうにか状況をひっくり返すか撤退するための手段を探る。
(奴はおそらく、水分と魔力の吸収能力を持っている。あの増えた頭部はおそらく魔力貯蔵庫のようなもの。そうやって蓄えた魔力は木の根の再生と増量、自身の傷の修復に当てる。魔法を食べるのや、生物を干からびさせたのは、その魔力吸収の延長による能力。つまり奴があれだけ変貌したのは、魔力吸収による成長とより効率的な吸収行為を行うため。そして魔力を守るため、頭部と胴体は防御力が高い)
自身の身を守りながらも思考は止めず、ひたすら考察する。
そうして危機を乗り越えたり、仲間を救ったりしてきたからこそ、エリーナは高ランクの探検者になれた。
「魔法は治癒と付与、防御に限定! 魔法使いは決してあいつの頭部に攻撃しないで! 食われて成長させるだけよ!」
ここまでに分析して分かった事を攻略班へ促す。
魔法使い達はすぐさま付与魔法を前衛にかけていき、時折防御魔法で木の根を防ぎ、治癒魔法で怪我人を治療する。
それでどうにか戦線は保てているものの、攻撃魔法が使えないため流れはジワジワとプラントオロチへと傾いていく。
頭部も一つだけでなく、二つ三つと伸びてきて探検者と兵士を襲う。
「なんのっ!」
迫ってくる頭部を件で受け止めたカイエンが力任せに弾く。
そうして上を向いたところで、首のような箇所へと刃を向ける。
いかに頭部と繋がっていても伸ばした以上は切れるかもしれない。
そう考えての攻撃は八割ほど切りかけたところで、硬さで刃が止まる。
しかし、残った二割ではカイエンは止まらない。
「ぬうん!」
気合いを込めて残る二割を切り裂き、頭部と胴体との繋がりを絶った。
切り落とされた頭部はそのまま萎れていき、枯れてしまう。
残る頭部はそれに激高するかのように声を上げたが、行動は冷静で向かわせていた頭部を戻している。
さらに頭部を斬り落とされた木の根に魔力を流したのか、先端が尖った数本の木の根が生えてきて攻撃に加わる。
「うおっ!?」
「また増えやがった!」
対処する木の根が増えた事で形勢はさらにプラントオロチに傾く。
(頭部の数を減らせば魔力貯蔵庫を失い、魔力は激減する。そうすればいずれ、木の根での攻撃も無くなるはずよ。だけど……)
作戦としては正しいのかもしれない。
だがその頭部の数は、まだかなりの数がある。
おまけに木の根自体が多い上に、下層に刺さったままの木の根もまだまだある。
(消耗戦になったら、とてもじゃないけど勝てない)
そもそもプラントオロチに対抗できそうな実力があるのは僅かに三人。
予想外の強敵、それも通常とは違う生態を持つ相手に仲間は減っていく一方。
勝てない。これがエリーナだけでなく、カイエンとアーガンが出した結論だった。
「エリーナ、撤退はできそうか?」
既に半数近い犠牲が出ている以上は撤退しかない。
どうにかこの場を退き、戦力を整え対策を練って再度挑む。
そのためには情報を持つ自分達が、なんとしてもこの場を切り抜けて撤退する必要がある。
そう決断したカイエンがエリーナに尋ねる。
「可能性があるとしたら、階段の方に高火力の魔法を集中して放って、突破口を作るぐらいよ」
胴体と頭部には効かなくとも、木の根には魔法が通じる。
首を伸ばした頭部に邪魔されなければ、木の根だけを魔法で吹き飛ばしてそこから一気に撤退する。
既に昇ってきた階段の方にも多くの木の根が伸びていて、行く手を遮るように蠢き、攻撃してくる。
それを突破するには、どうしても魔法が必要という結論に至った。
「分かった。これより撤退する! 魔法使いは使用できる最大火力の魔法を階段のある方面へ! 前衛は後衛を守り抜け!」
カイエンの指示で生き残っている全員が気力を振り絞る。
魔法使い達は一斉に詠唱を始め、前衛達は木の根や頭部から必死になって守って時間を稼ぐ。
「いつでもいけます!」
「こっちもです」
「準備完了!」
後は放つだけとなった魔法使い達の声が順々に上がり、放つ方向へ杖や手を構える。
「よし、撃てぇっ!」
合図と同時にあらゆる属性の魔法が一斉に同じ方向へ放たれた。
各自の最強魔法だけあって、その威力は高く木の根の壁をあっという間に吹き飛ばす。はずだった。
突如一本の木の根の先端が内側から開き、そこから新たな頭部が生えてきて口を大きく開く。
ほとんどの魔法はその口の中に入って食われ、食われなかった魔法だけでは壁を全て吹き飛ばす事はできず六割ほど残る。
「そんな! あんな事ができるの!?」
隠されていた能力に驚き、絶望する。
これでは突破方法に魔法を使えず、力づくでの突破しかできない。
しかし、それもまた簡単ではない。
誰もがもう終わったと思う中、カイエンだけは諦めていない。
「構うか! このまま斬り捨てる! 火よ集え 刃に宿りて燃やし切れ ブレイズエンチャント!」
剣に付与魔法で火属性を付与し、頭部に斬りかかった。
振り下ろした刃は額に当たるものの斬れず、逆に力づくで押し返される。
だがカイエンもすぐに体勢を整え再度向かう。
木の根を斬り捨てながら頭部とぶつかり合い、突破しようと刃を振るって徐々に押し始めた。
「おぉぉぉっ!」
速く鋭い一閃一閃で頭部が徐々に後退しだす。
「いいぞ、いける!」
「頑張ってくれ、カイエンさん!」
「お前らも踏ん張りやがれ!」
カイエンの戦いに触発されたアーガンもそちらへ向かい、木の根の攻撃からカイエンを守る。
それに続いて数人がカイエンと頭部の戦いに介入されないよう、木の根から守る。
さらにエリーナが援護に加わり、残る攻略班の人員も徐々に下がりながら木の根を捌く。
接近して首元を斬られるのを嫌うプラントオロチは首を伸ばさず、下層に木の根を張り巡らせているせいか動きも鈍い。
この状態が続くならば、ひょっとしたら彼らは逃げられるかもしれない。
ところがこの状態は続かない。
せっかく近づいて来た餌を逃すほど、プラントオロチは甘くないし寛大でもない。
複数の頭部が狙いを定め、魔力を口元に集めていく。
口元に魔力が変換された風が渦巻いていき、今にも放たれそうになる。
それに気づいたアーガンは、青ざめながら声を上げた。
「魔法使い共! 全力で防御魔法! 盾持っている奴もアレを死ぬ気で防げぇっ!」
叫び声に反応するより早く、それは放たれた。
一つだけ見れば少し大きめの竜巻程度だが、それが複数あると変わってくる。
発生する風が乱気流のようになり、盾を構えるどころか立っているのも困難になって防御どころではない。
咄嗟に戦っていた頭部を盾にしようとしたのも何人かいたが、プラントオロチは放出と同時にその頭を引っ込めて元の木の根に戻していた。
後はもう竜巻と乱気流に蹂躙されるだけ。
吹き飛ばされ床や壁、中には天井まで巻き上げられて叩きつけられる。
固まっていた陣形はバラバラになり、起き上がろうとしている所へ木の根が一斉に伸びていく。
「ぬぐうっ!」
誰も守ってくれない状況を切り抜けられたのは、自力で避けるか防ぐかをできた実力者だけ。
剣を振るって全ての木の根を切断したカイエンに、防御魔法で 辛うじて防いだエリーナ、盾で防いだアーガンを始めとする十数名。
他は全て木の根に体を貫かれるか、巻き付かれ別の木の根に刺されていく。
そこから魔力と水分を吸われた探検者と兵士は全員干からび、用無しとばかりに壁や床に叩きつけられ、その衝撃で乾ききった体がバラバラになってしまう。
「こんのぉっ!」
どうにか回避した兵士の一人が階段へ向かって走る。
たった一人でも逃げ切れれば、情報を持ち帰ることができる。
使命感から体の痛みを堪えて走り出した彼だったが、木の根が脚に絡みついて持ち上げる。
「うわわっ!」
「いかん! ふうっ!」
咄嗟にカイエンが剣を数回振り抜くと、魔力を込めた刃が複数放たれて木の根を切断しに向かう。
しかしそれは首を伸ばした頭部に防がれてしまう。
魔法ではないために食われなかったが、魔力の斬撃を浴びても傷らしい傷はつかない。
そうしているうちに兵士は別の首を伸ばした頭部に上半身を食われ、刺さった歯のような棘によってあっという間に干からび放り棄てられて、壁に勢いよくぶつかって砕けた。
「くっ!」
続けてエリーナが向かおうとするものの、頭部を一つ失って復活した木の根が行く手を遮る。
「どけぇっ!」
短剣を抜いて斬りかかるも、数本を斬っただけで叩かれ床に転がる。
その横を別の誰かが放った魔法は、先ほどと同じように頭部の一つが木の根から生えて食らった。
それを利用してエリーナに切られた木の根は再生し、起き上がったエリーナに襲いかかるがそれは回避された。
「どうするっ! このままじゃ全滅だぞ!」
最悪の終わり方が現実味を帯びてきた。
数十人いた攻略班で、残っているのは僅か十数名。
未だにプラントオロチは傷らしい傷を受けておらず、逃げ道も塞がれそれを突破するのも困難。
せめて情報を外に、と手段を考えている最中、突如轟音と共にプラントオロチの右後方にある床が吹っ飛び崩れ落ちる。
今度は何だと視線がそっちへ向かうと、吹っ飛んだ床の破片の中に二つの影が見え、その中の一つが破片に体を打ちつけながら床に叩きつけられた。
それは腹部に穴が開いているミイラ化したカマキリの魔物。
まだ動いているそれに、もう一方の影は破片を足場にして接近していき、最後に空中を蹴った勢いを利用した拳で魔物の頭を粉砕した。
「ひっ!」
粉々に砕け散った頭部を見た兵士が思わず声を上げる。
背後でのうるさい音にプラントオロチも攻撃の手を止め、頭部の一つが後ろを振り向く。
認識したのは一人の人物。
注目を集めているその人物の背中からは、血液が蒸発しているかのように赤い湯気が立ち、体の表面を覆っている高密度の魔力により鱗が鮮紅色に輝く。
「な、なんだありゃ?」
突然現れたその人物が、一瞬誰なのか分からなかった。
しかし、服装や見た目の特徴で誰なのか判明する。
「エディオン……君なのか?」
ゆっくりと顔を上げたその人物はカイエンが口にしたとおり、下層で分かれ、ミイラ化した魔物集団と戦いに向かったエディオンだった。
しかしその様子は分かれた時とは大違いで、まるで別人のように見える。
角や尻尾の大きさは変わっていないが、体から発している赤い蒸気に鮮紅色になった鱗、そして迫力のある目つき。
それらが彼を竜人族の少年ではなく、本物の竜のように感じさせる。
成竜とまではいかないまでも、幼竜は脱している成竜への成りかけ段階。
だとしても驚異的な存在に似た雰囲気に変わりなく、カイエン達は全身にビリビリとしたものを感じる。
「おい、どうなってんだありゃ? 亜人ってのは、あんな風にもなれるのか?」
人間であるアーガンが尋ねるが、それをエリーナが否定する。
「そんな訳ないでしょ。何よ、アレ……」
変貌した雰囲気に反応しているのはカイエン達だけではない。
これまでカイエン達を厄介な餌と認識していたプラントオロチも、雰囲気と迫力から今のエディオンを餌とは認識できずにいた。
あれは餌じゃない、全力で排除すべき敵だと認識する。
それに対してエディオンは、敵意を向け出したプラントオロチを見てにんまりと笑う。
見ている側からすれば寒気を覚えるその笑みを浮かべ、魔力を拳に集めながら呟く。
「いるじゃんか、もっと強そうなのが」
恐れるどころか楽しむような様子に全ての頭部が声を上げ、床を貫通していたのを含めて木の根を全てそちらへ向かわせる。
「危なっ」
動く事が出来ず、声を出す事しかできないカイエンだが、全てを言いきる前にエディオンはその場から消えていた。
そして次の瞬間にはプラントオロチの懐に飛び込んでいて、魔力を込めた右拳を胴体に叩き込んだ。
魔法でも物理攻撃でもほとんど傷つかないほどの防御力を誇る胴体が軋み、頭部からは苦しそうな悲鳴が漏れる。
「おっ、らあっ!」
続けて左拳を全く同じ場所に振るうと、その個所にひびが走って木片が飛び散る。
武器を使ったカイエンですら僅かに傷つけるのが精一杯の胴体が、魔力で強化されているとはいえ拳でひび割れた。
それを天井に貼りつけた水晶を通して見ていた羊人族の女は、滞在している宿の部屋でそれを見て感心を示す。
「あらぁ、凄いわねこの子」
体にシーツを纏っただけの姿で水晶を眺め、そこに映る戦いに見入っている。
「まさか前に声を掛けたあの子が、こんな凄いのを見せてくれるなんてね」
前に町で目を付け声をかけた少年がそこに映り、「空駆け」で空中を動き回りながら木の根を掻い潜って頭部の一つを殴り、すぐさま別の頭部を尻尾で薙ぎ払う。
それを見ていると、あの時に無理矢理にでも連れ帰って楽しめば良かったと思い、つい唇を舐めてしまう。
「ていうか、あの姿は何かしら?」
研究畑に生きてきた彼女にとって、今のエディオンは強い関心を抱かせた。
今の姿は何なのか。亜人の新たな進化の可能性なのか。それとも本来亜人の中に眠っていた何かの目覚めなのか。彼だけが持つ特別な何かなのか。
考えるほど好奇心が抑えられず、水晶越しに見ている戦いから目を離せなくなる。
「もっとよ、もっとあなたの力を見せて」
プラントオロチの種を入手し、品種改良して作り上げた種から生まれた、自慢の改造プラントオロチにダメージを与えた。しかも防御力の高い胴体に素手で。
防御力にこそ偏りは出たが、魔法や魔力を吸収しての魔力貯蔵能力、貯蔵した魔力を使っての再生能力。
魔力を直接吸収されると魔物であろうと人であろうとミイラ化するという想定外の事態もあったが、自分が作った迷宮を生み出す種も含め結果は概ね良好。
そこへ現れた新たな研究対象。
最早羊人族の女にとって改造プラントオロチがどうなろうと関係無い。
結果が出た研究成果よりも、結果が出ていない研究対象を観察することが何よりも最優先だと判断して。
「はあ、こんないい少年を逃していたのね私は。こんな事なら、無理矢理にでも連れて来れば良かったわ」
彼女がいる部屋にはエディオンと似たような年頃の、見た目がいい少年が数人ベッドや床に転がっていた。
全員何も着ておらず、精根尽き果てた様子で動かない。
「さあ、見せてちょうだい。あなたのそれを」
頬を赤く染めてハアハアしながら恍惚の笑みを浮かべる羊人族の女。
そんな人物に見られているとも知らず、戦いは続く。
「空駆け」を使った攻撃後、空中にいるエディオンへ向けて前後左右上下から無数の木の根が迫る。
逃げ場の無いような状況にあっても、今のエディオンには逃げ場が分かっていた。
どういう訳か強化された身体機能を利用し、どうすればいいのかがすぐに分かる。
動体視力が全ての木の根の動きを見切り、加速した思考が回避の最短ルートを導き出し、超高速の反応速度と反射神経が魔力で強化された体を動かす。
なんの苦も無く「空駆け」で導き出したルートを駆け抜け、まるで瞬間移動したかのような速度でプラントオロチの頭部の一つへ接近。そのまま左右の拳で連打した勢いで頭部が首から千切れ、飛んで行って壁に叩きつけられ床に転がる。
頭部を一つ失った痛みからか怒りからか、叫び声のような鳴き声を上げたプラントオロチは頭部から一斉に竜巻を放つ。
「ぐっ!」
空中にいたエディオンはすぐに「空駆け」を使って回避行動を取る。
しかし床に到達するより先に竜巻に捕らわれ、複数の竜巻による乱気流の中へと巻き込まれていく。
「坊主!」
思わず叫んだアーガンだが、その心配はすぐに杞憂に終わる。
「うわあぁぁぁっ!」
雄叫びと共に魔力を全身から放出し、周囲に赤い衝撃波が広がる。
衝撃波は乱気流も竜巻さえも消し去り、頭部をのけ反らして竜巻の放出さえも止めた。
「な、なんて奴だ……」
衝撃波に耐えきったカイエン達は、何事も無かったかのように着地したエディオンから目が離せない。
強い事は分かっていたが、今の強さは明らかに下層で分かれた時とは格段に違う。
異質ささえも感じられるその強さを目の当たりにして、逃げる事も戦う事も忘れ、ただ傍観者となっている事にも気づかずに。
「こんなんじゃ足りねぇ……」
誰にも聞こえない、俯いて独り言のように呟く。
「あいつは、もっと強かった」
頭を上げてプラントオロチを睨みながら呟きは続く。
そのあいつというのが誰なのか、言った本人にすら理解できていない。
ただ本能的にそう思い、それを口にしただけ。
頭部を二つ消して木の根を再生したプラントオロチは、雄叫びを上げて木の根を絡ませてランスのようにする。
それを回転させ、巨大なドリルと化した木の根が迫る。
「俺は!」
しっかりと床を踏みしめて構え、魔力が高密度に集中して赤くなった拳を突き出す。
双方の一撃がぶつかって、ドリルの先端が吹っ飛びプラントオロチがよろける。
一方のエディオンは拳を突き出した体勢のまま、よろけるどころか衝突の勢いで後退すらしていない。
「あいつより強くなりたい」
決意が籠った言葉を発しながら、さらに魔力が溢れてくる。
やがて魔力は手足に集まり、まるで竜の手足のように形成され鋭い爪を作り上げた。
「だから俺は、もっと強くなる!」
この時、下層で僅かに開いたエディオンの中にある何かの扉。
その扉の向こうにいる何かが、僅かな隙間から射殺すような目で外を覗いていた。




