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迷宮内は混沌と


 迷宮を攻略するために移動中、予期せぬ魔物と遭遇する。

 先頭の組から一報を受けた各組は、より慎重に歩を進め魔物に対処していく。

 元々この魔物の領域にいる魔物だけでなく、時折いないはずの魔物が現れると、本来は攻略班である探検者や兵士が討伐する。

 その甲斐あって誰一人欠けることなく、巨大な樹木にある迷宮の入口手前までたどり着いた。

 最終組にいたカイエンは、露払い班には休息を、攻略班には武器と防具の点検をするように指示を出した後、エリーナの下へ向かう。


「エリーナ」

「カイエン、そっちはどうだった?」

「道中でソニックモスキートと、パニックフラワーと遭遇した。そっちは?」

「連絡したバーサークホーネット以外に、シザースコーピオンとヒューマンプラントがいたわ」


 彼らが口にしている魔物は、どれもこの魔物の領域には存在しないはずの魔物。

 しかも、どれもランク四以上での対応が推奨されている。


「確実に、この中の魔物が外に出ているな」


 割って入るようにアーガンも話に加わった。


「一応言っておくわね。私らが遭遇したのは、全部あの子が倒したわ」


 指差した先にいるのは、フィリアと露払い班に入っていたマナと会話をしているエディオン。

 やはり、とカイエンは小さく呟く。


「知っていたの?」

「連絡に来た奴が、遭遇したバーサークホーネットを竜人族の少年が瞬殺した。と言っていたぞ」

「俺の方もそうだったぞ」


 そこまで伝えろとは言っていないと、エリーナは心の中でぼやいた。


「だが結果的に、彼への興味は湧いたようだぞ」


 カイエンの言う通り、周囲の視線はエディオンに向けられ、コソコソと小声で喋っている。

 会話をしている彼らの傍で何か気になる事を聞いたのか、周囲にそれを伝えに行く姿も見れる。


「これで彼を連れて行けるかもしれん」


 こうも注目されているなら、迷宮で魔物と戦って見せなくとも連れて行ける。

 そう思ったカイエンだったが、そう簡単にはいかなかった。

 背中に大剣を背負い、不機嫌な表情をした狐人族の大柄な男がエディオンに歩み寄っていく。


「おう、テメェか。バーサークホーネットを瞬殺したって竜人族は」


 如何にも陰険をつけにきた感じの目で睨む相手に、顔を向けただけのエディオンは怯みも怯えもしない。


「ふうん。とてもそんな事できるようには見えねぇな。こんな成人なりたてっぽいガキが、バーサークホーネットを瞬殺だなんてよ」


 見た目だけで舐めている相手に、エディオンではなくフィリアとマナの表情が険しいものに変わる。

 片や想い人をバカにされ、片や実力も知らずにいちゃもんを付けている事に、それぞれ腹を立てている。


「おおかた、そのバーサークホーネットは成虫に成りたてだったんじゃねぇの? それだったらランク二程度でも倒せるもんな」


 どこまでも人を馬鹿にした態度と言葉に、言われているエディオンよりもフィリアとマナがキレそうになった。

 見かねたカイエンが歩いて行き、間に割って入ろうとする。

 何かの気配に感づきながら。


「やめないか。これから迷宮に挑むというのに、余計な騒ぎを起こすな」


 さすがにカイエンに逆らう気は無いのか、狐人族の男は下手に出る。


「やだなあカイエンさん。俺は若いのが調子に乗って、痛い目に遭わないように指導していただけですよ」


 今のやり取りのどこをどう聞けばそうなるのか、野次馬の探検者達も兵士達も分からなかった。

 そんな中、近づく気配に感づいているカイエンは、同じく気づいているであろうエリーナとアーガンに目配せをする。

 二人は無言で頷く。まるで何かを了承したかのように。


「ほう? ならいいんだが。ところでエディオン君、ちょっとアレを片付けてくれないか?」


 そう言って指差したのは迷宮の入り口。

 そこから二匹のバーサークホーネットが飛び出しきた。

 しかも、明らかに成虫になって数年と分かる大きさ。


「ひっ!」


 突然の事に恐怖心で顔を引きつらせながらも、背中の大剣に手を伸ばす狐人族の男。

 その手が剣を掴むより速く、跳び上がったエディオンの蹴りがバーサークホーネットの片方を蹴とばしていた。


「ほう」

「おお」


 初めて実際の戦闘を見たカイエンとアーガンが、動きを見て感嘆の声を漏らす。

 蹴とばされたバーサークホーネットは首が千切れて地面に落ち、もう一方はまるで逃げるようにその場を離れようとする。

 それを視界に捉えたエディオンは、何も無い空中を蹴って方向転換と加速をして一気に迫る。


「あれはっ!」


 空中での方向転換と加速を行った技術に見覚えがあるカイエンは、目を見開いて驚く。

 その間にエディオンは逃げていたバーサークホーネットに追いつき、後頭部を掴んで付近の木に叩きつけた。

 顔は潰れ、噴き出た体液を撒き散らしながら地面に落ちる。

 それとほぼ同時にエディオンも着地し、頬に着いた体液を袖で拭う。


「これでいいですか?」


 バーサークホーネットの死骸を前に尋ねるエディオンに、誰もが驚いていた。

 実際に動きを見て、あれは本当だったんだと実感したのだろう。


「あ、ああ。ありがとう。ところでエディオン君。君は「空駆け」が使えるのかい?」

「ええ、親父に教わりました」


 「空駆け」とは、空中を移動するための技術。

 足元に魔力を高密度に集めて足場にし、同時に魔力を放出して空中で方向転換をしたり、空中を走り回ったりすることができる。

 魔法を使わずに空中を移動するため、高度な技術であると同時に、空中で静止できないという欠点はあるものの、近接戦闘を専門とする者の中にはこれを使える者がたまにいる。

 当然、これをエディオンに教えたルーディアンもその一人だ。


「そうなのか。いや、驚いたよ。君の年齢でそれを習得しているなんて」

「魔法を覚えない分、ほぼ全ての時間を近接戦闘のために費やしてますから」


 だからといって、簡単に覚えられる技術ではない。

 カイエンも「空駆け」を使えるが、使えるようになったのは三十半ば辺り。

 いくら魔法の練習をしていないとはいえ、成人したばかりで習得しているのは異常とも言える。


「ちなみに、何歳くらいには使えていたんだい?」

「初めてできたのは十四くらいですかね。一回しかできませんでしたけど」


 たった一回、されど一回。

 少なくとも十四歳で「空駆け」に成功しているという事には変わりない。


「いやいや、それでも大したものだよ」


 感心しつつ、どんな修業をさせられたんだろうと、気になってきた。

 一朝一夕で身に付く技術ではないのは、使えるカイエン自身もよく知っている。


「ところで、そろそろ迷宮に入る準備も終わったんじゃないですか?」

「むっ、そうだな」


 露払い班の休憩は十分に取れ、攻略班の武器と防具の点検は既に終わり、準備の方は整っていた。

 先ほどエディオンが絡まれていたのと、バーサークホーネット騒動で遅れただけで、出発自体はいつでもできる。

 周囲を見渡してそれを確認したカイエンは、エリーナとアーガンと一緒に横並びになる。


「それではこれより、攻略班は迷宮に挑む」


 代表してアーガンが宣言し、攻略班の表情が引き締まる。


「だがその前に一つ提案がある。先ほど見事にバーサークホーネットを撃退した、彼を新たに攻略班に加えたい。異論のある者はいるか?」


 この提案に攻略班も露払い班も、名指しされた本人も驚く。

 だが、納得しない者はいなかった。

 同じ班にいた者達は勿論、先ほどの戦闘を目の当たりにした者達も納得している。

 少なくとも迷宮内の魔物と戦える力はあると。

 簡単にはいかない迷宮攻略を成功させるためにも、戦力は多い方がいい。

 その認識の下、異論を唱える者はいなかった。

 予定通り、同行させる事に成功したカイエン達の口の端が僅かに上がる。


「異論が無いなら、後は本人の意思だけだな。どうかね」


 当然、こんな機会をエディオンが逃すはずない。

 歓喜するように尻尾が大きく揺れ、地面を叩く。


「参加します」


 笑みを浮かべての参加表明にカイエンは、そうこなくてはと頷く。


「よろしい、参加を認める。ではこれより、作戦の概要を説明する」


 作戦といっても、兵士達はともかく探検者達は寄せ集め。

 高度な連携ができるはずもなく、またそれを練習している時間すら惜しい。

 練習している間に迷宮が成長して、攻略が困難になったらシャレにならない。

 そういう訳で作戦は単純。

 一番上の階層にいる迷宮主の所まで主力を運ぶため、それ以外の攻略班が各階層にいる魔物との戦闘を引き受ける。

 できもしない連携をして魔物を殲滅しつつ一階層ずつ上がっていくのではなく、攻略班の精鋭が迷宮主を倒して迷宮を一気に攻略する。

 これが今回の作戦。


「精鋭は私、カイエン、エリーナを中心とした十名。それ以外の攻略班は、各階層で魔物の討伐を。露払い班はここに残り、回復しつつ迷宮に魔物が入らないよう見張っておくように」


 迷宮から魔物が出てくる事があるならば、その逆も当然ある。

 そんな事になって迷宮内の魔物が増えれば、中にいる攻略班の戦いにも影響が出てしまう。


「また、攻略班から数名、一階層に残ってもらう。殲滅とまでは言わないが、魔物が外に出ないように対処してくれ」


 中の魔物が出てきたら、外にいる露払い班では実力的に大きく劣る。

 頑張れば二体か三体はどうにかなるかもしれない。

 しかし、危険には違いない。

 そうならないためにも、中で戦う攻略班の戦い方も重要になってくる。


「それではこれより迷宮へ入る。各人、全力を尽くし全員が無事に帰ってくることを願う!」


 最後にアーガンがそう締めくくると、その場にいる全員が雄叫びを上げた。

 そのまま攻略組は迷宮の入り口をくぐり、内部へと足を踏み入れる。

 巨大な樹木の中は意外と広くて天井も高く、辺りに草木が生い茂っており、そこに虫系の魔物や植物系の魔物が多くいた。


「来るぞ! 作戦通り、精鋭を守りつつ、ここを突破しながら上への階段を探す。この階層に残る者達は、出入り口付近を固めろ!」


 精鋭を守る側のリーダーに指名されたヴァンパイアの男が剣を抜き、迫ってくる魔物に斬りかかる。

 それを発端に、探検者達と兵士達による魔物との戦闘が始まった。

 一部の兵士と探検者が出入り口を固め、他は精鋭を守りながら魔物の群れの中を突破していく。

 襲ってくる全てを無理に退けようとせず、正面にいる魔物だけを倒しながら迷宮内を進む。


「くそっ、やっぱ蟻系は固いな」

「毒の花粉が来るぞ! 風の防御魔法を頼む」

「今からじゃ間に合いません。解毒の魔法を使います。数秒は我慢してください」


 相手が言葉の通じない魔物だけに、声を出しあって戦う。

 特に猛烈な勢いで戦っているのは、先ほど攻略班に加えられたばかりのエディオン。

 迫ってきた魔物を全て一撃か二撃で倒し、時には凄まじい蹴りで数匹を一気に蹴散らしている。


「おいおい、何者だよあいつ」

「しかもあれ、身体強化魔法じゃなくて魔力による身体強化だけじゃね?」


 魔物に対処しながらエディオンの戦いを見た兵士や探検者は、物凄い勢いで魔物を倒していく姿に驚きを隠せなかった。


「ありました! 上への階段です!」


 魔物を倒しながら進む中、先頭を行く誰かが階段を見つけ叫ぶ。

 見ると、十時の方向に細い木の幹があり、それに螺旋階段が備わっていた。

 上の階層から降りて来たらしき魔物が数匹いるが、他に上に行く道は存在しない。


「よし、一気に行くぞ!」

「ならば私が。雷よ集え 貫き引き裂き駆け抜けろ ライトニングブラスト!」


 雷の砲撃が魔物を一気に焼き尽くし、階段まで一直線に道が開ける。


「突破!」


 精鋭を守りながら開けた道を駆け抜け、階段を伝って降りて来る魔物を倒しながら階段を上って行く。

 上の階層の魔物が下に降りてくることはあっても、その逆は無い。

 後ろを気にせず戦えるのは良いのだが、下の階層の魔物の様子が少しおかしかった。

 階段下まで追ってくる魔物がいる一方で、一部の魔物は追う事はせず出入り口の方へ一目散に向かっている。

 しかもその魔物は全て、上の階層から来たらしきやや強めの魔物ばかり。

 降りてくる魔物も、空を飛べる虫系の魔物は探検者も兵士も無視し、出入り口へと向かっていく。

 それを見ていたアーガンは、隣にいるカイエンに声を掛ける。


「おい、どうなっているんだこれは」

「まさか、何かから逃げているのか?」


 こういった現象は魔物の領域内でも起こる。

 何かの拍子に強い魔物が現れ、そこを縄張りにしていた魔物達が一斉に逃げ出す。

 その現象と似ている事に気づき、この上で何が起きているのかと不安になってくる。


「もうすぐ次の階層です!」


 前方からの声に不安を抱えて二階層に到達すると、そこには目を疑う光景があった。


「なんだ、これは……」


 下の階層へ逃げようとする魔物。

 その魔物に迫りくる、天井を突き破って上の階層から伸びていると思わしき、触手のような動作をする無数の木の根。

 それに捕まった魔物に先端の棘が刺さると、あっという間に干からびてミイラのようになる。

 しかもそのミイラがフラフラと立ち上がって歩き出した。


「ここの魔物は、アレから逃げていたのか……」


 中には木の根に向かっていく魔物もいたが、無数の木の根が相手では多勢に無勢。

 あっという間に捕まり、体に棘を刺され干からびてしまった。


「おいなんだ、あの木の根は!?」

「俺が知るか! どうするんだカイエンさん!」


 予想だにしない事態ではあるが、カイエンは冷静だった。


「落ち着け。やるべき事は変わらない。この原因が上にあるのなら、なおさら一刻も早く最上階を目指すんだ!」


 動揺の広がる攻略班に渇を入れ、冷静さを取り戻させる。

 相手が変わっただけで、やる事は変わらない。

 とにかく上の階層に進むだけと目的を再確認し、木の根の動きを観察する。


「とにかくあの先端の棘に注意して。あれさえなんとかすれば、あのようになる事は無いわ」

「可能なら棘を破壊しろ。斬り落としても焼き尽くしても構わん。とにかく、刺されないようにするんだ!」


 エリーナとアーガンも攻略班に呼びかけ、全員で一斉に駆け出す。

 精鋭を守る面々が剣を振るい、迫りくる魔物と木の根の棘を切っていく。

 魔法使い達は防御魔法で棘を防ぐか、風魔法で切り落とすか、火魔法で燃やしている。

 樹木型のとはいえ、迷宮の壁や天井は生半可な炎では燃えない。

 そのため、火魔法を使える者は遠慮なく木の根を燃やしていた。

 そんな中でエディオンはというと。


「うおうりゃっ!」


 迫ってきた棘を掴んで握り潰し引き千切るか、魔力を纏わせた手刀で叩き斬っていた。


「おいおい、普通素手で掴もうとするか?」

「どんな反射神経と動体視力してんのかしら、あの子は」


 刺されば危険な木の根にも素手で対応する姿に、当然かと微笑むカイエンの隣でアーガンとエリーナは呆れる。


「前方、ミイラらしき奴らも来ます!」


 魔物、謎の木の根だけでなく、養分を吸われミイラのようになった魔物達まで、行く手に立ち塞がる。

 しかしその動きは鈍く、あっさりと倒されていく。

 ところが、予想外の反応をする人物がいた。エディオンである。


「ふん!」


 魔力を込めた一撃でミイラの腹部を拳が貫く。

 それを抜いてもう一方の拳でミイラの顔面を殴って吹き飛ばした後、感覚を確かめるように両方の拳を開いては閉じを繰り返す。

 その光景に周囲は、よくあれを素手で殴れるなと思う。

 ところが、急にエディオンが笑みを浮かべて笑いだした。


「ふっ、ふふっ、ふふふふふふっ」

「き、君? どうしたんだい?」


 突如笑いだしたものだから、恐怖に似た感覚を覚えた兵士が尋ねる。


「親父曰く。ゾンビ系の魔物を殴り倒す手段、それは……慣れろ」


 若干光を失いかけている目でそう呟き、背後のミイラの鼻っ面を裏拳で叩く。

 普通の生物を殴るのとは違う、どこか気持ち悪い独特の感触に寒気が走り鳥肌が立つ。

 これは干からびているミイラ、体液やなんかがあるゾンビよりはマシだと自分に言い聞かせ、全体の先頭へと飛び出す。


「お、おい」

「慣れるまでぶっ潰してやる!」


 そこからエディオンのミイラ無双が始まった。

 ヒャッハーとでも叫び出しそうな勢いでミイラを殴って殴って殴って、たまに魔物を殴り木の根を握りつぶす。

 こうなると、他の攻略班の出番が無くなってしまうが、彼らから不満不平は出ない。

 暴走しているようにも見えるが、ミイラを直接殴っているんじゃしょうがないかとという気持ちに包まれる。

 さらに、これはあまり敵と戦闘をせず、一気にこの階層を突破するチャンスだと誰もが思った。


「行こう。彼の活躍を無にするな」


 そう言って真っ先に後を追うカイエンに続き、探検者達が続々と後を追う。

 探検者とは目的のためならば、他の何よりも効率を優先する。

 そうすることで目的を達成して、生還する事が大事。

 生還さえすれば金や名誉は二の次。生き残らなければ、次のチャンスや名誉挽回の機会すら無いのだから。

 不平不満が出ない理由の一つは、そんな彼らの効率主義にもある。

 いいのかなと迷いながらも後に続けと叫ぶアーガンの指示に従う兵士達には、上司の命令には絶対という教育がしっかり体に叩き込まれていた。


「階段発見!」


 上段回し蹴りでミイラの頭を同時に二つ蹴とばして胴体とサヨウナラさせたエディオンが、視界に捉えた階段の存在を後ろに伝える。

 あれだけヒャッハーしておいて、頭は冷静だったんだなと周囲が感心する中、一直線に道を切り開いていく。

 そうしてようやく階段に辿り着き、同じ螺旋階段を上って行く最中、最後尾から声が上がった。


「嘘だろっ! このミイラ、上がってきやがる!」


 上の階層から降りてくる魔物と、天井から伸びて襲ってくる木の根。これが襲ってくるのはまだ分かる。

 しかし、本来なら上がって来ないはずの存在が上がってきたため、攻略班に動揺が走る。

 それを治めようとカイエンが声を上げるより先に、何かがジャンプして上を通過し、上ろうとしていたミイラに落下しながらのキックを顔面にかました。

 勿論、そんな事をするのはエディオンくらい。


「慣らしついでにこいつらを食い止めます。先に行ってください」


 顔面蹴りして踏み潰したミイラの体を蹴っ飛ばしてどけた後、魔力を全身に纏い、目にも止まらぬ速さで襲いかかってくるミイラ達を倒していく。

 合間に木の根や魔物を殴っているが、メインはあくまでミイラ。

 動きの鈍いミイラを次から次へと拳と蹴り、尻尾を繰り出して倒す。

 まだ気分的に慣れてないためか、虚勢を張るように声を上げて攻撃している上に、表情も若干引きつっている。

 それでも攻撃の手は緩めず、一撃で葬っていく。


「よし、ここは彼に任せておこう」


 どこまでも効率主義な探検者達は上で駆け出し、納得しきれないがエディオンの戦いを見て邪魔になるなと判断した兵士達も駆け出す。

 そうして辿り着いた三階層目は。


「まあ、こうなっているわよね」


 頭を抱えたエリーナの意見に全員が同意する。

 彼らの目の前には、さらに上の階層からこの階層の天井どころか床までも貫き、下の階層に伸びている木の根。

 まだこの階層で蠢いている木の根。

 そして大量のミイラと、逃げ惑う僅かな魔物。


「とりあえず、突破するか」

「あの天井から床まで貫通している木の根、斬らないと通り難そうっすね」


 剣を構えて戦闘態勢を取る探検者と兵士。

 いざ戦闘に入ろうとした途端、兵士の一人が言い辛そうに切りだした。


「あの、階段ならそこに……」


 兵士が指差した先、彼らの数メートル左の方向に上の階層へ行く階段があった。


「……ラッキーフロア、だったようだな」


 迷宮で上の階層に行く階段はどこにあるか分からない。

 出入り口や上ってきた所から遠い場合もあるが、今回のようにすぐ傍にある場合もある。

 すぐ傍にある階層は戦闘をせずに上に行ける事から、ラッキーフロアと呼ばれている。


「よし、このまま一気に行くぞ。外から見た大きさと天井の高さからして、次の階層に迷宮主がいる可能性が高い。気を引き締めていこう」


 表情を引き締め直した一行は、周囲を警戒しながら階段を上って行く。

 なんだかんだあって、幸運にもここまで負傷者はいても軽傷で、死亡者は無し。

 誰もがいけると思っていた。

 二階層から遭遇した、あの木の根の正体に不安を感じる、数名を除いて。

 そして階段を上がりきった彼らの前に現れたのは。


「なん……だと?」


 目の前にいる敵にアーガンは驚愕した。


「嘘……でしょ?」


 これまでの二倍はありそうな天井の高さがある四階層目。

 その中心にいたのは、無数の木の根を触手のように動かし、大半を床に突き刺している植物型の魔物。

 床を貫き下の階層にいる魔物達から栄養を吸収したと思われるその魔物は、彼らが知っている通常の姿より大きく、何より一個のはずの頭が複数あった。


「バカな……何故、何故こんな魔物がいるんだ!」


 カイエンの叫びに応えるように、その魔物も複数の顔にある口から同時に咆哮を響かせた。

 魔物の名はプラントオロチ。

 探検者ランク七以上が十人以上での対応が推奨されている、植物系の魔物だった。

 この場にいる攻略班でランク七以上の実力者は、僅かに三人。

 他は全てランク六以下。

 それでも、相手は待ってくれなどしない。

 咆哮を響かせたプラントオロチは、地面に這わしている触手のような木の根を動かし、複数ある頭を全て向けて攻略班へと接近を始めた。


「来るぞ! 全員、全力で立ち向かえ!」 


 呆然とする攻略班に向けて、カイエンは全力で叫んだ。


 ちょうどその頃、二階層にいたミイラを殲滅し終えていた。


「うしっ、少しは殴るのにも慣れてきたな」


 疲れた様子を見せず、迫ってくる触手を尻尾で弾いて階段へ向かう。

 早めのペースで螺旋階段を上って行き、三階層に辿り着く。


「おぉ……」


 目の前にいる大量のミイラと触手。

 この階層に僅かにいた魔物も全てミイラになっており、うろうろと歩き回っていた。

 それを見たエディオンの中に、高揚感が滾ってくる。

 下の階層で戦い終えて取り戻しつつあった熱気が、再び体の奥底から湧いてくる。

 加えて、ミイラを直接殴るという嫌悪感を振り払うためのハイテンション。

 さらに無双状態による一時的な自己陶酔。

 理性のタガが外れる寸前まで上がった高揚感により、彼の中にある何かの扉がホンの数ミリ程度だが開いた。

 ルーディアンとの修行でも、一度も開いた事の無かった重い扉が。


「あはっ。まだミイラいた。しかもこんなにっ!」


 ミイラを相手にしていたため、返り血などは浴びていない。

 それなのに、愉悦の笑みを浮かべているエディオンは、何故か返り血を浴びて真っ赤に染まる姿に見える。

 持って生まれた膨大な魔力で全身を強化し、すぐ近くにある階段には目もくれず多くのミイラが徘徊し、木の根が蠢く三階層の中を歩きだす。


「これ全部殴れば、もう慣れるだろう。だから……」


 魔力が体の表面にピッタリと貼りつき、身体能力と身体機能が飛躍的に上昇する。

 本来なら魔力の強化であろうと身体強化の魔法であろうと、身体機能は決して上昇しない。

 しかし今のエディオンは、思考速度、反応速度、動体視力等。その全てに影響を及ぼしている。


「一気にぶっ潰す!」


 駆け出したエディオンは気づいていない。

 今の自分がかつてリグリットに言われた分岐点の言葉、その入口に足を踏み入れかけている事に。


『忘却せし己の存在と存在する意味、目的を思い出す……なの』


 これはまだ、思い出すための小さな小さな切っ掛けにすぎない。

 己の存在が何なのか、本人に自覚は無くとも、魂が微かに思い出しかけている。

 それを象徴するように、尻尾の付け根辺りにある数枚の鱗が、魔力と反応して赤黒い色から鮮紅色に変わっていた。


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